千葉県の干潟や里の水辺でシギ・チドリ類の春の渡りのシーズンが終了すると、野鳥観察者が決まって通いだすのが、湖沼や大きな河川のヨシ原である。ヨシゴイやオオヨシキリなどの夏鳥の他にも、この環境には希少な鳥類も生息していてバーダーやカメラマンは、これらの鳥たちを狙い観察や撮影に出向くのである。今回、紹介する野鳥はブログのタイトルとした『サンカノゴイ』という、このヨシ原に生息する大型のサギの一種である。
このサンカノゴイ、一般にはまったく馴染みのない名前である。漢字的には「山家五位」と書く。五位(ゴイ)というのは、ゴイサギ、ササゴイ、ヨシゴイ、ミゾゴイなど鷺の仲間に多くつく名前だが、その由来は平家物語に記される「醍醐天皇が神泉苑の御宴のおり、空を飛んでいた鷺が勅命に従って舞い下りたのをたたえ、五位の位に叙したところ、嬉しげに舞ったという故事にもとづくもの」だそうである。また、江戸時代の医師、赤松宗旦によって書かれた「利根川図誌」にヤハライボ(谷原イボ)という名前で登場し、「この鳥、昼は人目にかからず故に、見る人稀なり、大きさ羽色とも鳶に似て黄を多く帯びたり、五月頃より昏夜芦中にて、スー(細く)ボウイ(大声)スーボウイと鳴く声、螺(ほら)に似たり」と記載されている。
英語名はGreat Bitternという。イギリスの鳥類図鑑での声の表記は”uh-BOOH"であり、蒸気船の霧笛の音に似ているなどと解説文に書かれている。分布はユーラシア中部・北アフリカ・南アフリカで繁殖し、北方のものは冬季、アフリカ・南アジア・東南アジアに渡る。日本では北海道・茨城・千葉・滋賀などの湖沼や河川周辺の広大なヨシ原で局地的に繁殖。繁殖地周辺では留鳥だが、本州以南の他の場所では冬鳥。北海道では主に夏鳥とされている。大きさは体長が80㎝、翼開長が135㎝とあるのでかなり大型の鷺である。繁殖期には"ウッ、ウッ、ウッ…”という前奏のあと”スーボウィ、スーボウィ”とヨシ原の中で低いがよく通る声で鳴いていることが多い。ウシガエルの声にちょっと似ているが、よく聴くと音質が異なる。
工房に近い印旛沼周辺では28年ほど前に北印旛沼で、声と飛翔姿が初めて確認された。翌年、西印旛沼のヨシ原で僕が繁殖期の声と飛翔する姿を観察確認。この頃、かなり話題となり専門家が各地から訪れたりしたが、希少鳥類ということもあり地元関係者の間で情報を伏せようということとなり、しばらくは生息状況を静観することとなった。だが、この大きさで、この特徴のある声である。そして繁殖期は他の野鳥が少ない時期でもあり、飛翔姿は良く目立つ。たちまち情報は広まり、現在のように繁殖期には全国からバーダーが観察、撮影に訪れるようになった。特に北印旛沼のあるポイントでは土手から営巣場所や雛のために与えるエサの採餌場所(水田)との距離が比較的近いということもあり毎年、多くの人々が訪れている。
一番、多くの個体数が観察された時には、北と西の二つの沼で少なくとも20羽前後は生息が確認されていた。ところが西印旛沼のポイントではサイクリング・ロードが建設されたり、ヨシ原を含む湿地全体が乾燥化してしまったりして早くからサンカノゴイが姿を消して行った。そして北印旛沼で、もっとも多くの個体が観察されていた南部の広大なヨシ原には地元自然保護団体の保護活動や反対署名が展開されたにも関わらず、8年前に成田空港にアクセスする高速鉄道が横断建設され、姿を消してしまった。残る生息地は、僅か2か所ほど。
サンカノゴイは環境の変化にとても敏感な鳥なのである。2014年版、環境省編の「Red Data Book 2 鳥類」では「絶滅危惧ⅠB類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)」として記載されている。日本列島全体で生息数のかなり希少な野鳥である。住まいの近くで、たかだか30年弱で生息地を追われつつある。この状況、なんとかならないものだろうか。また、野鳥のブログを書き終えて深い溜め息が出てしまった。醍醐天皇から高貴な位を叙した「ゴイ一族」の一種の未来に幸あらんことを切に願います。画像はトップが水田に下りたサンカノゴイのアップ。下が向かって左から水田で採餌するサンカノゴイ2枚、ヨシ原上を飛翔するサンカノゴイ。