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顧客志向が度をすぎると

2013年04月20日 13時44分00秒 | キャリア支援
誤った“顧客志向”に走る、困った人々
感謝されたいのはわかります、が……

高城 幸司 :株式会社セレブレイン社長
2013年04月15日

つい、先日の話ですが
「ご要望には何でもお応えします」
と言い切る、サービス精神旺盛な営業マンに遭遇しました。
事務機器系の会社に勤めるDさん(26歳)。
「聞きたいことがあるのだけど」と連絡すれば、
すぐに飛んでくるフットワークのよさに加えて、
無理難題にも応えようとする姿勢がとても好印象。
お客様の声に耳を傾ける『顧客志向』で、
営業成績も高いようです。

顧客志向と言えば、企業がお客の要望を聞く、
お客様窓口のあり方も変わってきました。
以前なら、お客様相談室に電話で要望を伝えたとしても、
「商品開発など、今後の参考にさせていただきます」
と回答があっても、
具体的に社内で共有され、
商品開発に反映される可能性は低いものでした。

ところが大企業を中心にCSR(会社の社会的責任)の一環として、
積極的にお客様から話を聞き、
具体的な商品・サービス開発に反映させる傾向が出てきています。
ある会社のHPをのぞいてみると

《お客様からいただいたご意見で、
製品性能の改善など具体的な改善を行っています》
と書かれており、
さらにお客の要望に応えて小型サイズの商品を開発したなど、
具体的な取り組みがずらりと並んでいます。
それだけ会社が
『顧客志向』でありたいと考える時代になってきたのです。
当然ながら、
現場の社員も顧客志向であることが求められます。
だだ、

「わが社はプロダクトアウト志向で、
お客様の声ありきではなかったのに……」

と、急な変化に戸惑う人もいるかもしれません。
ここであらためて、
会社が顧客志向でありたいと考える背景を
説明しておきましょう。

振り返れば、過去には、
商品を作りさえすれば「売れた」
会社優位の時代もありました。
でも、それはそうとう過去の話。
20年以上前から、

・消費者の志向が多様化(消費者優位へと転換)
・断続的な不況で「モノが売れない時代」に突入

ということが起きました。
会社はお客様の声に耳を傾けないと、
本当に生き残れない時代になったのです。

取材した食品商社では、経営者が朝礼で
「君たちが顧客のことを考えていないとしたら、
何も考えていないのと同じだ」
と語っていました。
ほかにも
「顧客ニーズが起点」
「徹底して、買う側の立場で考えろ」
と、顧客志向を標榜する発言をしていました。
あくまで収益を向上させるために
会社のあるべき姿なのですが、
もはや当たり前のスタンス
となってきたのではないでしょうか。

さて、顧客志向は営業部門だけでなく、
商品開発や管理部門まで、
理念(あるいはビジョン)として
共有される職場が増えていま。
取材した食品メーカーでは
顧客志向の重要性を新入社員の導入研修から
徹底的に理解させるプログラムがあるそうです。
具体的には

・現場で実演販売する
・お客様の声に耳を傾ける

という厳しいもの。
「他社に比べてイマイチだよね」とキツイ指摘を受けて、
そこから真のニーズを見出すのが目的のこともあるようです。
こうした研修を通じて、
プロダクトアウト的な発想
(会社側の都合を優先するやり方)
に陥らないようにしていくのでしょう。

先日、取材した携帯電話メーカーの販売店では、
「お客様のご要望にはノーと返さない」をモットーに、
トコトン顧客志向を追及した対応を心掛けている……
と責任者が誇らしげに語ってくれました。
そのメーカーはつい最近まで「できません」
「無理です」などと、
顧客志向とは程遠いイメージがあったので驚きの転換でした。

増える、感謝されたい日本人

一方で、顧客志向という言葉に縛られすぎている社員の仕事ぶりに、
頭を痛める職場が増えています。
それは
《行きすぎた顧客志向で同僚を混乱させる社員》
による困った行動。
仕事の域を超えた対応をしようとして、
会社の利益や同僚の迷惑を顧みなくなってしまうのです。

「お客様のご要望に応えて、
感謝されることにやりがいを感じています」

と答えてくれたのは
広告代理店に勤務しているSさん(24歳)。
イマドキの若手社員は、
お客様に感謝されることが大好きのようです。
日本生産性本部が調査した
平成24年度新入社員「働くことの意識」調査によると、
「感謝される仕事をしたい」と回答した人が95%を超えました。

ただし、こうした傾向は10年以上前から継続しているもの。
顧客志向の高い人は、
堅調に増加しているのです。
そんな、お客様からすれば
「ここまでやってくれるとはありがたい」と
感謝される存在の人。
ただ、理想的なようで、職場の同僚にすれば、
「外面がよいのはいいけど、
社内に迷惑かけないでくれ」
と思われていたりします。
取材した建材メーカーにも、
職場を混乱させる困った顧客志向の社員がいました。
営業部門の所属している若手社員のGさん(28歳)。
周囲の同僚からすれば仕事にならない
(つまり、売り上げにつながらない)仕事に振り回されて、
そのツケを周囲にまき散らすのです。

職場の先輩社員に聞いたところ、
お客様からたびたび呼び出されて、
再三にわたる見積もりの提出や納期の見直しなど、
さまざまなことを要求されているようです。

営業であれば、
多少の無茶な要求には応えざるをえないこともあります。
ときには目先の売り上げにこだわらずに、
お客の要望に耳を傾けて
「売り上げにならない仕事」もこなすことはあるでしょう。

ただ、Gさんの行動は限度を超えていました。
お客様の要求に応えるために社内の営業アシスタントに対して
「見積もりは今日中に送ってくれ」と
深夜残業を強いることがたびたび。
また、納品直前での仕様変更を平気で行うため、
周囲の人々が振り回されることが頻繁に起きていたのです。
しかも
「お客様の要望に応えなくては……」
を合言葉のように連発し、周囲を巻き込もうとします。
無理、無茶な業務の依頼で周囲は怒りがこみ上げる日々。
それでも、関係者に
「いろいろ無理をお願いしてすみません」と
気配りがあれば、
多少はよかったかもしれません。
ところが、そんな気配りはゼロ。
逆に「やって当たり前」という態度なので、
周囲の怒りは増幅していきました。
もちろん、顧客志向という信念がそうさせているのですが……。

お客様の要望だから、仕方がない?

ついに1人の先輩社員が、
その彼に注意をしました。
無茶な仕様変更を平気でやる態度に「やっていられない」と、
商品部からクレームが来たのです。
そこで、仕事中にGさんに声をかけて
「無理な要望をぶつけてばかりいると、
自分が損することになるぞ」
と、行きすぎた顧客志向にブレーキをかけてもらおうと、
やんわりと注意をしました。
先輩社員は、意図を理解して
「以後、気をつけます」と
反省の言葉が返ってくると思っていました。
ところが、返事は想定外のものでした。
「お客様のご要望なのだから、仕方ないじゃないですか」
と、平然としています。
むしろ、注意した先輩に「本質がわかっていない」と言い放つ始末。
こうなると先輩もお手上げ状態です。
周囲から総スカンを食らうのも時間の問題でしょう。

こうした顧客志向の呪縛に陥って、
職場を混乱させるのは営業職だけではありません。
例えば、システム会社で
エンジニアをしているSさん(28歳)は
収益を度外視したサポートを特定のお客様から要求されたのですが
「期待されているのであれば、応えなければいけません」
と、必死で業務に取り組みました。
ただ、Sさんはこのお客様以外にも顧客を担当しています。
当然ながら残りの業務はおろそかになり、
一緒にかかわるエンジニアが代わって対応することになりました。
そこでチクリと
「顧客志向も、大概にしてほしいよ」
と指摘したところ、
Sさんが烈火のごとく怒り出しました。
「お客様の期待に最大限応えることが、
わが社のビジョンではないですか。
間違った指摘は勘弁してください」

思わず、職場に重い空気が流れました。
このようにアカウント(売上数字)を持っていないエンジニアが
顧客志向にハマりすぎて、
周囲に迷惑をかけることもよくあるようです。

顧客志向は重要ですが、職場に迷惑をかけて、
さらに収益も得られないような仕事まで
果たしてやるべきなのでしょうか?

顧客志向は商品やサービスという、
自社本来の役割で相手を満足させることであって、
顧客からの無理難題をすべて聞き入れる
「何でも屋」になることとイコールではありません。
「NO!」と言えないまま、
なし崩し的に相手の要求を受け入れて
職場に迷惑をかけていい……なんて
道理は存在しません。

そもそも、なぜそこまで過剰な顧客志向になってしまったのでしょうか?

・あまりに実直すぎる

ことが原因かもしれません。
ちょっときつい言い方かもしれませんが、
自身の気の弱さ・判断力の欠如を、
顧客志向で正当化している場合もあるでしょう。

本来、顧客志向であることには前提条件があります。
いただいた対価に対して高い満足度をいただくため、
お客様の声に耳を傾けるものです。
お客様ごとに提供できることには違いがあり、
限界があります。例えば、
・赤字でもご要望どおりのサービスを提供する
などということはありえません。
例えば、既製品のスーツを販売するスタッフが、
お客様からオーダーメイドのスーツと
同じレベルの要望をいただいたとしましょう。
もし、その無茶な要望に応えては、
原価割れしてしまいます。
そういう場合は、

「そのようなご要望にまでは、お応えできかねます。
オーダーメイドのスーツをご注文いただいたほうがよろしいかと存じます」

と、対応すればいいのです。

仮に、“顧客志向”のスタッフが反論してきたら、

「社内リソース(人材・態勢)で対応可能か、
関係者への確認は必要だね」
「ご要望に応える範囲にも限度がある。
その線引きも仕事じゃないかな?」

と、困った仕事に巻き込まれないように、
アドバイスしてあげてはどうでしょうか?
最後に、本当の顧客志向を標榜するなら、
お客様の声に耳を傾け、
要望に応えるだけでは十分ではありません。
ソリューション型(仮説提案)の仕事にまで
進化させたいものです。


週刊『東洋経済』2013年04月20日号の表紙

http://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/bizskills/toyokeizai-13664.htmlより