「本人が『いじめられている』と感じた時点で
それは いじめです。
『遊びで ふざけていただけなのに…』
『ちょっと からかっただけ…』
『それぐらいで傷ついて どうするの…』
『もっと 強くなりなさい…』
これらは 周りの人の主張です。
その子自身は
誰にも自分の気持ちをわかってもらえない
と感じてしまいます。」
先日、スクールカウンセラーから聞いた話です。
子どもの心を追い詰めないでいたい…。
そう思っています。
それは いじめです。
『遊びで ふざけていただけなのに…』
『ちょっと からかっただけ…』
『それぐらいで傷ついて どうするの…』
『もっと 強くなりなさい…』
これらは 周りの人の主張です。
その子自身は
誰にも自分の気持ちをわかってもらえない
と感じてしまいます。」
先日、スクールカウンセラーから聞いた話です。
子どもの心を追い詰めないでいたい…。
そう思っています。
学校に行けなくなったうちの子たちは、いわゆる「集団いじめ」のようなものには合ってなかったと思いますが、乱暴な子、強引な子(悪気はなかったのかもしれないけど)に言われたこと、されたことを、とても嫌だったと私によく訴えてきました。
そのたびに担任に報告し、注意してもらってはいましたが、「それほど気にすることでもない。本人がもっと強くならなきゃ」というふうにも言われていました。でもある人にとってはささいなこと、親愛の情を示すためにやっただけのことだったとしても、それがとても嫌だったり傷ついたりする人もいるんですよね。そういうことを分かってくれる人が増えれば、うちの子たちも生きやすい学校、社会になるのと思うのですが、なかなか難しいです。
私も、のんのんさんの過去ログを読ませていただきました。
いろいろなことがあるなか、一生懸命頑張っておられるのですね。
のんのんさんのお子さん達は、きっと繊細な気持ちの優しい子どもさん達なんだと思います。
「気にするな。」「強くなりなさい。」と言うのは簡単ですが、
それって、大人の勝手な考えですよね。
自分を奮い立たせながら、ギリギリまで頑張って来た子に
言える言葉ではないなぁと思います。
でも、嫌だったと言えたのは、思ったことを言葉に出せる環境に、のんのんさんの家庭があるからだと思います。
子どもが自分の気持ちや考えを言葉で表現して伝えることができる、又、それを受け止めることができるって、とても大切なことですよね。
その上で、じゃあ、あなたはどうしたいのか、自分で何ができると思うか、お母さんにどうしてほしいのか、子どもさん自身がお母さんにヒントをもらいながら、考えていけるといいですよね。
息抜きしながら、のんのんさん自身も大切にしながら、
子どもさん達の気持ちに寄り添って、これからもゆっくり歩いてあげてくださいね。
その上で、何ができるのか? これがまた難しいんですけどね。特によく話をしてくれた次男に、「嫌なときは嫌だと言っていいんだよ」とか、色々アドバイスはしましたが、放課後遊ぶことを強要されることについては、「嫌といっても、しつこい」「誘われること自体が嫌でたまらない」と・・・。
まだまだ心が揺れる毎日ですが、先のことを心配するあまり今をおろそかにすることのないように、心がけていこうと思います。
嫌って気持ちをきちんと持っているって、しっかりした次男さんですよね。自分の気持ちをごまかしたり、隠したりしてしまう子が多い中、えらいなぁ。
のんのんさんも、つらいことが多かったり、心が揺れることもいっぱいあると思いますが、どうか、一人で頑張り過ぎないようにしてくださいね。
のんのんさんの学校のスクールカウンセラーがどんな方かはわかりませんが、先生の立場とは違い、ゆっくりじっくり聞いてもらえるし、意見の押し付けは絶対にないと思いますよ。
一人でも、わかってくれる人がいると気持ちの重荷が少し軽くなるので、話を聞いてもらうだけでも、いい時間がすごせるのではないかなぁと感じています。
スクールカウンセラーのことに触れられていましたし、私が知っているスクールカウンセラーの人達は、人間的にも大きく、信頼できる人が多いので、ちょっとお勧めデス。
スクールカウセンラーについては、私は読んだり聞いたりした範囲では、「余計に傷ついた」「結局は、学校に行かせなきゃって言われる」というのが多かったので、尻込みしているところがあります。でもまあ、モノは試しで一番近くの中学校におられる方のところに行ってみようかと思います(私の住んでいる市では、小学校にはいなくて、何人かが中学をかけもちでという感じみたいです)。
いろいろありがとうございました。
ゆきさんはママさんなんですね、なんだかやさしいママさんみたいですね。(^-^)
今回本当は普通にコメントいれるだけのつもりだったのですが、この話題を拝見して自分の経験が参考になればと思いコメントさせて頂きました。
実は自分もイジメにあっていました。と言っても、それほどすごいものではなかったのですが、小学生のころの自分を絶望させるには十分でした。自分の場合、親に言うこともずっとできずにずっと自分だけで抱えていました。そのころの私は親に知られることが何よりも避けたいことでした。たぶんきっと心配されたくなかったんだと思います。でもある日、本当に耐えられなくなり親に告白しました。あのときの敗北感に似た感覚はきっと一生忘れることはないと思います。私はそれで学校が変わってて欲しいって心から願っていました。でも実際は本当に何も変わっていなかった。本当にショックでした。その日家に帰ったとき、(両親が共働きなので)お婆ちゃんが心配そうに何を聞くというわけでもなく、「おかえり」って言って、自分がその時精一杯の笑顔で「たただいま」って言って自分の部屋で静かに泣いたというか、すべてを諦めて、自分の心をどっか遠くにやってしまおうって思って、、、そのあと風呂場に行って本気で自殺まで考えました。でも決心してカミソリを握った時本当に怖くなって、、結局ためらいました。(周りが本当に真っ暗と言うよりは真っ黒になった感じがしたのを覚えています。)それからは本当に自分を出さないように、そしていつしか出せないようになっていきました。家でもイイ子の自分を作っていました。でも心の中でずっと「誰か助けて、誰か助けて、誰か助けて!!!」ってずっと叫び続けていました。でも、誰も気づいてくれない。いつしか心の中は自分をいじめている子達、見ている、もしくは横で哀れんでいる子達、助けてくれない、言葉だけの大人達を恨んでいました。ハッキリ言います。簡単に言葉にするべきではないとは思うのですが、でもハッキリ言います。あの時わたしには確かに殺意が合ったと思います。想像のなかで何度、いじめてた子そして助けてくれない親を殺したかわかりません。でも何よりも殺したかったのは自分自身でした。抵抗すべきで、抵抗したいのに、抵抗できない自分。運動神経がなく、面白い話もできず、勉強もそこそこでしかない自分。最近になってわかったのですが、あの頃自分はテレビや先生達が示し、自分が描く、こうあるべき「子供(男の子)の像」とそれにあまりにも遠い自分、追いかけようとしてもその理想の自分に全く追いつけないことに、自己否定を積み重ね過ぎていました。きっとだから自分に自信が持てず自分を出すことができなかったんだと思います。でも中学生になったある日(このころにはなぜかいじめられなくなっていました)、何のきっかけかはしっかり思い出せないのですが、自分の未来を聞かれたことがあって真剣に考えたとき、本当にこのままの自分だったらって考えて、全く、明るい未来が想像できなかった。そしてそのときに僕は決心しました。というか自分に言い聞かせることを決心しました、
「もう誰も僕のことを助けない、自分自身で変わっていくしかないんだ。」
そのときまでずっと暗黒の海をもがいてももがいても落ちていってたのが底についたというか、ずっと怖くて見ることができなかった、その暗黒の海の底をありったけの勇気を出して見たら、実はもう底についてて、沈むのが止まった、見上げたら小さな隙間かきれいな青空が見えてて、、あそこまで這い上がってみせるって!絶対に!絶対に!負けない!って。
それから本当にいろんなことがありました。初めて自分が実はずっと、親に言ったあとも、いじめられてて、自分がずっと出せないことを人(姉だったのですが)に告白したときはもう18歳だったにも係わらず、泣きながら、しっかりした声にもなってませんでした。少しずつ少しずつ、自分を出していけるようになり、自分でもガンバッたと思えることなのですが、大学2年の冬休みには自分が幹事としてみんなに呼びかけて小学校の同窓会を開きました!その時の先生に電話を掛けたとき「まさか君がこんな電話を掛けてきてくれるとは思わなかったよ」って言ってくれた言葉をぼくは一生忘れないと思います。
最後に実は自分の感情を残しておこうと思って詩書いてたりするのですが、昔ずっと自分の中に擁いてたものをちょっと照れるのですが乗せたいとおもいます。
「理由」
逃げたくなかった
目をそらしたくなかった
自分を好きだと言いたかった
自分を好きだと言える自分でいたかった
幸せでいたかった。
絶対に 絶対に
負けない。
なめんじゃねえ!
長々と失礼しました。
世の中や学校は依然として「活発でハキハキした子」を理想像として押し付けてくる。そんな中で、運動が苦手で自分を押し出すことのできないうちの子達に、自信を持ってがんばれと言っても難しいことですよね。
「学校行けなくても大丈夫だよ」と安心させてやること、うちの子たちもraisalさんのようにいつか自分で考え自分の道を歩んでいけるはずだと信じてやること、が親として私がすべきことだと思っています。raisalさんのようなつらい思いはなるべくしてほしくないですから。(それでももちろん苦しんでいるのでしょうけど)
色々と書いてくださり、私からも感謝したいと思います。親である自分への貴重な言葉として、受け止めたいと思います。ブログもまた読ませてもらいます。
コメントありがとうございます。
ここに書いてくださったこと、本当に感謝しています。
一番思い出したくないことだったと思います。
長い間、どれほどつらい思いをされていたのか…
raisalさん自身、書きながら今までのご自分の思いをたどっておられたのではないでしょうか。
心の痛みが伝わってきて、涙がこぼれました。
でも、自分自身で這い上がってこられたのですね。
幹事になって同窓会を開くなんて…。
あの時の自分を乗り越えたからこそ、できたこと。
本当によく頑張ったね!と心から拍手を送りたいです。
過去ログも読ませていただいていました。
真っ直ぐで、心が柔らかい方だなぁと感じていました。
傷ついて、悩んで、それでも一生懸命に自分と向き合って
生きて来られたことが、今のraisalさんに繋がっていますね。
お聞きしてもいいでしょうか?
親にどうあってほしかったですか?
或いは、何をしてほしかったですか?
してほしくなかったですか?
学校に何を望んでいましたか?
raisalさんが叫んでいた言葉を
今もたくさんの子ども達が叫び続けています。
私の近くにもいます。
その親達もみんな悩み、もがき苦しんでいます。
子ども達を助けるために大人ができることはありますか?
raisalさんは、どう考えておられますか?
子どもって親が考えている以上に
親に心配をかけたくないと思っているのかもしれませんね。
小さな頭で、精一杯いろんなことを考えて、苦しんで…。
親はその気持ちをわかって支えてあげることしか、
できないのかもしれませんね。
気持ちが優しくて、外には攻撃できない。
それが、その子のとってもいいところ。
そう認め合える社会であってほしいです…
のんのんさん、ごめんなさい。