ひとり井戸端会議

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「見た目」は人となりを現す鏡

2008年11月01日 | 教育問題関係
「見た目」不合格問題で神田高校長を更迭…神奈川県教委(読売新聞) - goo ニュース

 神奈川県平塚市の県立神田高校が入学試験で、服装や態度の乱れを理由に合格圏内の22人を不合格にしていた問題で、県教委は29日、渕野辰雄校長を更迭し、11月1日付で県立総合教育センター専任主幹に異動させる人事を発表した。
 県教委は、服装の乱れなどを選考基準として公表していなかった点を問題視、「保護者や県民の不信を考えると、これから始まる入試準備にかかわるのは適切でない」と説明している。
 渕野校長は、受験生の外見を合否判定の基準にし始めた04年度実施の入試時は教頭、05年度以降は校長として非公表基準での選考を指示していた。
 県教委にはこの日、「なぜ外見で判断することがいけないのか」などとする意見が多数、寄せられた。一方、文部科学省は「公表基準以外で選考したのは入試の透明性、公正性の観点から不適切」との見解を示し、県教委に再発防止策の報告などを求める。



 一部批判的意見にあるように、「裏」基準によって生徒の取捨選択を行ったことは軽率であったと思う。生徒の側からすれば不意討ちだとも思うだろう。よって、学校側が絶対的に正しいことをしたとは思えない。

 しかし、この「裏」基準によって落とされた生徒を擁護するつもりには全くなれない。報道によれば、この高校は中退者が年間100人を超える課題校であったという。ということは、いわゆる素行の悪い生徒が多数受験するような学校であったのだと思う。そうであれば、受験日に眉を剃ったり、スカートの丈を短くしていたり、茶髪だった生徒が散見できたであろうことは、容易に想像がつこう。

 だが、学校側を非難する前によく考えてみるがいい。普通に考えて、受験のその日にこのような格好で試験を受けに来る生徒は、TPOを弁えた身なりをしていると言えるだろうか?もっと言えば、「この学校に入りたい」という誠意を、学校側に見せようとしているか?その人物の人となりは、たとえ中学生であっても、態度や身なりに出るものだ。つまり、おおよそ身なりや態度と、その人物の人間性は比例するものだ。だからこそ、第一印象は見た目が大事とよく言われるのだ。



 実際、多くの人は見ず知らずの他人をいかなる人物か判断する場合、その人物の見た目に依拠して判断しているだろう。現に、スーツをビシッと着て、ネクタイをきちんと締めて、髪もしっかりと整えている人物を、ヤンキーだと思う人はまずいない。

 こういう実験結果もある。横断歩道の信号が赤で車が通っていないとき、誰かにつられて一緒に信号を無視して横断歩道を渡る場合に、真面目そうな服装(たとえばスーツなど)をした人が赤信号を渡ったとき、多くの人がその人に便乗して赤信号の横断歩道を渡ったという。逆に、チャラチャラした身なりの人が赤信号の横断歩道を渡っても、それにつられて一緒に渡る人は少なかったという。

 今でこそ若干そのような傾向は薄らいだものの、サラリーマンの髪型はどうして額が出るような髪型なのかと言えば、それは髪を垂らすのよりも、額を出していたほうがその人物がより誠実そうで信頼できるという印象を相手方に与えるためでもあるのだ。髭をたくわえることによって、実際よりも自分を上に見せたいという心理も同類の発想であろう。

 このように、人間はつまるところ実際は、人を見た目で判断すると言われているからこそ、このような「見た目で損をしないための方策」や、その人の見た目が周囲にどのような影響を与えるかといったような実験が行われているのだ。やはり、先述したことや自分の経験則を踏まえて考えて、人を見た目で判断しても間違うこと基本的になく、まれに例外がある、という程度のものだと思う。第一印象が悪いと損とはよく言ったものだ(以前ライブドアの堀江元社長が既存の球団と新球団設立交渉をした際、交渉にノーネクタイで臨んだことに批判があったことを思い出してみればいい)。



 話を戻して、学校側を敢えて擁護するならば、たとえ今回の当該判断基準が公表されていない「裏」基準であってとしても、常識で考えて試験会場に茶髪やズボンの裾を引きずって来ては受験校に良い印象を与えないことぐらい分かりそうなものだ。少なくとも私が高校受験をした際には中学校の教師や親から、だらしない格好で行ってはいけない、身なりはきちんとしなさいと口すっぱく言われたものだ。学校側も軽率であっただろうが、生徒はそれ以上に軽率であったことは間違いないだろう。

 ところで、試験には面接もあったのだという。面接は言わずもがな、その人物と直接接してみて、その人物がいかなる人物なのか、本校の掲げる方針に適う人物なのか、などを判断する場である。極端な話だが、面接において面接官に対しタメ口で足を組み、頬杖をつき睨みつけながら面接を行う生徒がいたら、面接官はどのような印象をその生徒に対し持つだろうか。決して好印象を抱かないであろうことは誰でも分かりそうなものだ。

 もし、茶髪で制服のズボンの裾を引きずっている受験生が、面接でいくらいいことを言ったとしても、面接官の第一印象はそう簡単には覆せないのではないか。それはやはり、人は見た目でその人を判断するからである。少なくとも、面接において身なりがきちんとした生徒が、さきの生徒と同程度の「いいこと」を言ったとしたら、身なりのきちんとした生徒を取るのが一般的な判断であろう。



 よって、学校側の選考基準に批判されるべき点があったとしても、それによって不合格にされた生徒は被害者ではないことは言うまでもなく、またそのような生徒に対し救済の措置を取ることは、彼らとは逆に試験にきちんとした身なりで来て合格した生徒に対し不公平感を感じさせることになるであろうから、これにも賛同できない。もちろん、校長に対する処分は行き過ぎた制裁であり非難されるべきだ。

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