随所随縁

所に随(したが)い、縁に随い、時に随い、想いに随い、書き留めていきたい。

今週のNEWSWEEK誌より~中国VSアジア

2005-12-15 23:06:13 | NEWSWEEK日本版



今週のNEWSWEEK(日本版)の表紙は「中国VSアジア~「唯一の超大国」阻止へ動き出す日本とインド、東南アジアの思惑」でした。近頃開催された「東アジアサミット」を見ると、そろそろ「アジアの統合」が議論されるようになってきたことを感じます。しかし、統合が進んでいるヨーロッパと比較して、大きく違う点として、その地域の広さと多様性が挙げられると思います。EUの中核となる、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどは、列車で行き来できるほどの近さですし、キリスト教という共通の基盤を持ち、長い歴史的な時間を共有している地域でもあります。それにくらべて「東アジア」は太平洋・インド洋を含んだ広大な地域であり、宗教も様々ですし、「東アジア」が地域として歴史的に共有した時間は極めて短いものでもあります。第一、中国という国ひとつをとってみても、あまりに広大で多様であり、沿海部の人と東北部、チベットや西部の人たちが、お互いに同じ国という意識がどれだけあるだろうかと思ってしまいます。

そのような「東アジア」が、「統合」を議論できるようになったのも、政治的・文化的なつながりではなく、経済的なつながりによるものであるかと思われます。「統合」というのは何やら崇高な感じがしますが、宗教による統合、イデオロギーによる統合、軍事力による統合はいずれも悲惨さ・残酷さがつきまとい、今までも、そして今後も実現する見込みはなさそうです。それに比べて、経済的な統合は、経済的な合理性という歯止めがあるため、無理のない統合ができそうな気がします。

現在のアジア統合のモデルは、原料を輸入し、付加価値を付けた製品に加工し、欧米へ輸出する、という日本式の経済モデルに、韓国が、東南アジアが、そして中国が参加してできたものであると言えます。そして、この生産システムに参加するためには、品質・納期・コストなどの「ルール」を守らなければならないのですが、いかなる宗教やイデオロギーも実現できないほどのスピードで「統合」が進んでいます。

この記事では、「超大国を目指す中国」対「それを阻止したい日本・インドほか」という図式で捉えられていますが、それは、やはり政治的・地政学的・軍事的な観点で見た場合であり、経済的な側面から見れば、「売り手」と「買い手」、という関係でしか認識しなくなるのでは、という気がします。例えば日韓の覇権争いというよりは、ソニーとサムソンのシェア争奪戦、という認識が広まれば、消費者としては安くて品質の良い方の製品を買うだけですし、生産者としては、取引条件の良いところと取引をする、という流れで、アジアの経済的統合がより進んでいくのではないかと思われます。

東アジアは、今しばらく、政治的にはごたごたが続くと思われますが、この「生産システム」は、より精密さを増していくのではないかと思われます。