愛犬くんとのゆったりライフ

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郷土の武将・武石胤盛さんに関するレポートもございます。

武石胤盛さん(5)「胤盛さんの謎」

2009年11月24日 | 郷土の武将 武石胤盛

飼い主が心惹かれる「武石胤盛さん」についての第5弾です。

今回は、胤盛さんの謎について、飼い主なりに推理?をしたいと思います。


<武石胤盛さんの謎>

(1)「香取の神生館に住んでいた」という伝承がある。

『香取郡誌』『世俗東荘誌』によると、最初は香取郡神生(山田町神生)に住んで、観音菩薩を信仰したそうです。


「神生」について調べてみました。

現在は「かんのう」と読むそうです。

何気なく「かんのう」を漢字に変換してみたところ、「観音」という表記も出てきました。

そこで、推理してみました!

・胤盛さんが観音菩薩を信仰したので、地名が「かんのう」になった。

・観音菩薩を信仰する土地柄であったため、胤盛さんが観音菩薩を信仰した。

などが考えられるのかな?と、勝手に推測してみました。


(2)なぜ、神生に住んでいたのか?

伝承のとおり「初めは神生館に住んでいた」とすると…

その時期は、父・常胤公から武石郷を譲られる前だと思われます。

胤盛さんは神生館で、どのような暮らしをして、どのような役割を担っていたのでしょうか?


福田豊彦さん著『千葉常胤』(吉川弘文館)を読み返してみました。

・神生に隣接する『立花郷』は、かつて、父・常胤公に支配権があった。

当時の政治状況を自分なりに整理してみますと…

【補足】

『立花郷』は、後の『東庄』と重なると推定されるようです。

しかし、常胤公が支配権を握っていた頃の正確な地域は判っていないようです。

 

・胤盛さんが神生に住んでいた頃には、立花郷の支配権は国司に奪われていた。

合戦によって奪われたのではなく、政治力によって奪われたようです。

奪われたのは保延2年(1136年)です。

※胤盛さんが生まれたのは久安2年(1146年)です。

つまり、当時の神生には、常胤公の支配は及んでいなかったと思われます。


では、なぜ神生に住んでいたのでしょうか?

小見郷を治めていたとされる『小見胤隆』氏に着目してみました。

小見胤隆氏は、常胤公の弟です。

常胤公は、父・常重公から家督を譲られた際に、千葉郷・相馬御厨・立花郷なども併せて譲られたそうです。

その際、弟・胤隆氏は小見郷を譲られ『小見胤隆』と名乗ったそうです。

胤隆氏は、文献にも記録がなく、兄の常胤公とは別行動を取っていたそうです。

一時期、叔父の小見胤隆氏の元に身を寄せていたのかも知れない…と、大胆な推理をしてみました

神生館には、いずれ実地調査に行きたいと思います!


(3)信州に移住したという伝承がある

長野県小県郡武石村に移住したという伝承があるそうです。

胤盛さんの移住によって武石村になったとされ、妙見寺もあるようです。

胤盛さん夫妻の供養碑も残っているそうです。


胤盛さんがご存命の頃は、まだ千葉一族の勢力は衰えておらず、鎌倉幕府内での立場も悪くはなかったと思われます。

晩年になってからの移住と思われますが、そのまま最期まで信濃の武石村で過ごしたのでしょうか?

なにか、武石郷から離れなければならない事情が発生したのでしょうか?


飼い主は、千葉氏嫡流の跡目争いが絡んでいるのではないか?と考えてみました。

常胤公が亡くなった2年後、家督を継いだ嫡男の胤正さんも亡くなります。

さらに、その2年後には、次男の師常さんも亡くなります。

(胤正さんと師常さんは、胤盛さんの兄です)

嫡流である胤正さんの子息たちは、激しい跡目争いを展開しました。

一族の本拠地・猪鼻館の近くに領地を持つ胤盛さんにも、影響が及んだのかも知れません。


・信濃の武石村に移住して、そのまま最期を迎えた。

或いは、

・一旦、信濃に身を置いたが、最期は武石郷に戻った。


いずれの場合でも、動乱の世に生きた胤盛さんが、平穏な晩年を過ごしたのなら良いなぁ…と思います


<まとめ>

今回の推理は、あくまで飼い主の個人的な見解です。お許しください!

胤盛さんという中世の武士に思いを巡らせて、考えたことを書きました。

どうして、こんなに胤盛さんのことが気になるのか、本当に不思議です。

これから、まだまだ勉強していきたいと思います。

もっと、歴史の知識や洞察力があったらなぁ…と思います


【追記】

2016年5月に大幅に加筆修正しました。

武石郷を譲られた時期について、これからも調べていきたいと思います。

【更に追記です】2019年4月26日

武石胤盛さんが武石郷を譲られた(武石郷の領主となった)時期は、承安元年(1171年)11月のようです。

(武石神社の案内板「おたけし様の御由緒」より)

【飼い主が勉強した本

◎吉川弘文館 福田豊彦著『千葉常胤』

◎新人物往来社 丸井敬司著『上総下総千葉一族』

◎千葉日報社 『千葉氏探訪 ~房総を駆け抜けた武士(もののふ)たち~』

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