愛犬くんとのゆったりライフ

温厚な愛犬くんとの日常を気ままに綴ります。
郷土の武将・武石胤盛さんに関するレポートもございます。

己がつとめに励みつつ…

2013年03月14日 | 日記・エッセイ・コラム

本日、母校の大先輩である作家の北原亞以子さんがお亡くなりになりました。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

 

下記の記事は、以前(平成21年)に投稿したものです。

ブログ全体を大幅に編集した際、誤って非公開にしてしまいました

今回、母校の大先輩の訃報をお聞きしたこと、そして先日墓参をした岐阜の曾祖母に、母校に合格した時に喜んでもらったことを思い出したこともあり、再投稿することにしました。

数年前のもので文章が幼い感じですが、お許しください

 

<己がつとめに励みつつ…>

H21年11月13日

飼い主の母校は、高等女学校を前身とする、伝統ある、ちょっと古めかしい?クラシカルな校風の女子高でした

出身校は県立千葉女子高校です

 

元来、楚々とした雰囲気ではない飼い主が、なぜ女子校へ?

…と、友人たちは首をひねっておりましたが、それには抗いがたい理由がっ! 

実は、お袋様の母校だったので御座います

それだけでは御座いません。

お袋様の三人の妹たち(叔母上たち)も皆、母校の先輩なのです

また、一歳年上の従姉(ほぼ同じ成績)が、前年に市立稲毛高校に進学しました。

これでは、飼い主に選択の余地は御座いません。

無言の圧力&期待を感じ取った飼い主は、素直に要望に従ったのでした~

 

…思わず大仰な表現になってしまいました

母校は、飼い主が在学していた約20年前に『90周年』を迎えた伝統校だけに、校歌も相当に時代を感じさせるものでした。

ただ、歴史好きな…というか、古いものを好む?飼い主は、この校歌が好きでした。

今でも座右の銘と言いますか、生きる指針と言いますか、大切に心に抱いております(また大げさに

お袋様も時々、ご飯を作りながら歌っております

二番の歌詞が特に好きです。ご紹介しましょう

 

袖が浦曲(うらわ)を漕ぐ船の

驕らず(おごらず)倦まず(うまず)怠らず(おこたらず)

己がつとめに励みつつ

御国(みくに)の民と世に立たむ

(作詞・高野 辰之 氏)

※「御国の民と~」の部分は、現代では、地域貢献とか社会貢献と捉えるのかな~と思います。 

 

この歌詞は、本当に戒めになります。

『おごらず、うまず、怠らず』のうち、『おごらず』は気弱な飼い主には、あまり当てはまりません。

しかし、『うまず、怠らず』は本当にマズイです

資格試験の勉強をしていても、すぐに飽きて眠ってしまう飼い主

早く試験に合格して、その資格で働いて、少しでも世のためになりたいです

おっ!

今も仕事をしていますし、善良な?一市民として、のんびりと穏やかに暮らしているので、まぁ良しとしましょう~ 

↓この週末は、愛犬くんとお昼寝三昧の予定で~す

211031_028

<追記>H25.3.14

時には怠けたり、ひと休みしながらも、その後、何とか試験に合格出来ました

今後も、時には校歌を思い出して、一市民として少しでも社会貢献したいです

 

<追記>R6.4.20

母校に進学した理由や学校生活について、追記します。

内容的にどうかな?と思わなくもありませんが、どなたかのご参考になれば…と思います。

 

中学生の時に運動部に所属していて、そのスポーツが大好きでした。

将来は中学校の先生になって、その部活の顧問になろうと考えていました(懐かしい…)

人気のあるスポーツではないので、先生方や親父殿から勧められた他の学校には部が存在せず、あったとしても、遠くから見学してみると熱心ではなさそうでした。

中学三年生の冬休みに、お袋様と母校の見学に行った際に練習を覗いてみると、先輩達の動きが良くて活気があって雰囲気も良さそうだったので、志望校に決めました(入部してから知ったのですが、激戦の地区予選を突破して毎年、県大会に出場していました)

在学中は部活ばかりして勉強が疎かになっていましたが、数少ない?運動部員ということで、大目に見てもらった気がします

選手として出場した二年生・三年生の五月の地区予選でも、県大会への切符を手にしました!二年生の時には一勝して、県大会ベスト16入りしました(人数がギリギリなので、これが我々のベストでした

極端な文系だった上に、二年生の頃は部活で疲れて家でも授業中も眠ってばかりいたので、苦手な数学の試験は本当に苦労しました。

同じく数学が苦手な仲間たち?と、何度も追試を受けさせてもらって、無事に三年生に進級しました

追試が決まる度に、数学の得意な友達に丁寧に教えてもらったのも、今では良い思い出です

三年生の六月に部活を引退してからは、真面目に受験勉強モードに入ったので(本当か?)追試を受けることはなくなりました!

時代が平成初期ということもあり、長閑な高校生活でした

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墓参で岐阜に行って来ました!

2013年03月14日 | 日記・エッセイ・コラム

先日、念願だった曾祖母の墓参で岐阜に行ってまいりました!

時間的な事情により、今回は日帰り旅行でした~

久しぶりの新幹線

久しぶりのレンタカー

久しぶりの岐阜

岐阜羽島駅から、曾祖母の墓参のため各務原市に向かいました。

曾祖母が亡くなってから十数年を経て、やっとお墓参りできました!

※当日は曇りと小雨という天気模様で、画像が少し暗いです。

↑お墓側から見た景色です。

お墓は、同じ地域の方たちと相談して、コンパクトに整備したそうです。

飼い主が子どもの頃にお参りした時は、木々に囲まれて、蛇の抜け殻まであるような自然に溢れた場所でした。

 

次に、曾祖母の生家のある地域(前渡地区)に行ってみました。

木曽川が近くに流れ、田園地帯が広がっていました。

↑耕作前のようです。

ナズナの花が一面に咲いていました。

 

曾祖母の面影を感じつつ、木曽川を渡って、愛知県江南市へ!

愛知県江南市は、曾祖母の母と、曾祖母の祖母の実家があったところです。

↑江南市役所です。

画像が曲がってしまいました

先日は、古い時代の除籍謄本を送っていただき、ありがとうございました!

↑こちらの画像は曲がっていません。大丈夫です

市民会館では、グルメ・イベントが開催されていました。

 

江南市の郷土資料館に行き、当地の歴史を少し勉強しました。

曾祖母の母と、曾祖母の祖母が存命だった頃は、養蚕と製糸業で栄えていたそうです。

岐阜県各務原市の曾祖母の実家が機屋(農業と兼業)だったことを考えると、商い上のお付き合いが婚姻の縁だったのかも知れません。

↑再び木曽川を渡って、岐阜県各務原市へ!

写真は助手席の母上が撮影しました。

(焦点が合っていなくてスミマセン!)

小雨が降り出しました。

 

子どもの頃、祖母の実家(各務原市那加地区。曾祖母の婚家先)の周辺で、虫捕りや魚釣りをして遊んでいました。

子どもの足ですので、各務原市内の他の地域については、あまり知りませんでした。

今回、短時間ですが、市民公園周辺の散策も出来て良かったです!

↑市民公園は、岐阜大学農学部の跡地だそうです。

 

次に訪問する際は、鵜沼地区まで回ってみたいと思います。

泊りがけで「鵜沼宿」「加納宿」にも行ってみたいです。

(曾祖母は加納の女学校に通っていたそうです)

また、子どもの頃に行った愛知県犬山市の「犬山城」にも行ってみたいです。

愛犬くんの故郷・愛知県一宮市にも行ってみたいです。

(一宮市のブリーダーさんのところで生まれました)

陽のあるうちに予定通りに岐阜羽島駅に到着!

駅のホームから、名鉄の新羽島駅の看板が見えました。

駆け足で駆け抜けた墓参旅行でしたが、心休まる旅でした~

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岐阜の曾祖母の思い出

2013年03月03日 | 日記・エッセイ・コラム

先日、千葉市内に住む祖父の自宅の土地と建物について、相続登記の申請をしました。

亡くなった祖母が、土地と建物、それぞれに2分の1の持分を持っていたのです。

当時92歳だった祖父を残して、祖母が脳梗塞で突然亡くなってから、丸5年が過ぎました。

法務局の相談窓口で、申請書の書き方を教えていただいて申請して来ました。


必要書類を揃える過程で、祖母の戸籍を出生まで遡って取得しました。

祖父の戸籍は、家系図を作ろうと思って既に取得済みです!

なので、祖母についても、祖父と婚姻した後のものは全て揃っていました。


今回、新たに、祖母の婚姻前の本籍地・各務原市役所に、戸籍を郵送で請求しました。

直系であれば、戸籍(除籍謄本・改製原戸籍など)が取れるそうです。

祖母の故郷は、岐阜県各務原市です。

木曽川を境にして、愛知県と接しています。

飼い主は中学に上がるまで、毎年夏休みになると、家族全員で泊りがけで遊びに行っておりました。

祖父母、いとこ一家(3家族)も一緒に行っていました。


曾祖母が99歳まで生きていたので、社会人になってからも訪ねました。

今回、祖母の戸籍を眺めていたら、曾祖母のことも懐かしく思い出しました。

そこで!

曾祖母の戸籍も、取ってみることにしました!

飼い主の『調査本能』が、ムクムクと湧き上がってしまったのです。

 

曾祖母は、祖母の実家(旧・稲葉郡那加村)の近くの旧・稲葉郡前宮村から嫁入りしました(今は同じ各務原市内です)

再度、各務原市役所に郵送請求をして、曾祖母の戸籍を取り寄せました。

曾祖母の実家は「機屋」(農業と兼業)を営んでおりました。

岐阜県南部や隣接する愛知県北西部は、曾祖母の若い頃、織物業で栄えていたそうです。

歴史の教科書で学んだ表現を使うとすれば、『家内制手工業』『工場制手工業』といった感じの形態だと思われます。

昔、社会科の宿題で、曾祖母の若い頃の生活について質問したことも、改めて思い出しました。


<曾祖母について>

曾祖母は、明治36年の生まれです。

(詩人の金子みすゞさんと同い年です)

大正デモクラシーの頃に女学校に通い、卒業後は少しだけ先生をして、お嫁にいきました。

「大正時代の女学生」と聞けば『はいからさんが通る(作・大和和紀さん)』の主人公・花村紅緒が思い浮かびます。

しかし、残念ながら「袴姿でブーツを履いて、颯爽と自転車に乗る」ということはなかったそうです。

着物と下駄で過ごしていたとのこと

「東京の学生さんたちとは違うがね~」と、笑っていました。

 

曾祖母は農家に嫁いでからは、農作業にも大いに精を出しました。

92歳まで畑仕事を続けていました。

農作業に出る時は、モンペ姿で、古い乳母車をガラガラと押していました。

曾祖母と一緒に畑に行き、収穫した作物を乳母車に山ほど載せて帰ってきたことも、懐かしい思い出です。

曾祖母の実家は、機屋を営む前は代々農家で、曾祖母にも農家の血が濃く流れていたんだろうなぁ…と思います。

汗っかきで、夏は農作業をしながら、玉のように流れる汗を拭っていました。

家に戻ると、三ツ矢サイダーを美味しそうに飲み干していました。

(酒屋さんに、三ツ矢サイダーの瓶をケースで届けてもらっていました)

いつも、「ホッホッホ」と朗らかに笑っていた姿が思い出されます。


飼い主が高校(女子高でした)に合格したことを電話で報告した時には「あんたは、女学校に受かりなさったんかね?」と聞かれました。

確かに、母校の前身は高等女学校だったので、「うん、そうだよ」と怪しげな返事をしました。

…でもまぁ、喜んでくれたので良かったです!

さてさて…

曾祖母の戸籍には、曾祖母の父母&祖父母の名前も出ていました。

そこで、今度は曾祖母の母についての戸籍も取ってみました。

『ミトコンドリアDNA』に興味があったので、曾祖母の母の本籍地にも、関心が湧きました。


ミトコンドリアDNAとは…

母系から受け継がれる遺伝子だそうです。

母方の母を辿っていくと、自分のルーツが判るとのこと。

 

途中で曾祖母の父が分家していたので、更に分家前の戸籍を取ってみました。

そこに、曾祖母の母の本籍地と、曾祖母の母の父の名前が載っていました。

曾祖母の母の生家は、木曽川を渡ってすぐの愛知県丹羽郡栄村(現・江南市)でした。


以前、飼い主がお袋様から聞いた話では、「愛知の一宮の辺りとか言っていたような…」ということでした。

確かに一宮市のすぐ近くでした。


そして、曾祖母の母と、その父母(曾祖母の祖父母)について、江南市役所に戸籍の請求をしました。

戸籍が廃棄されて既に無い場合もあるので、期待し過ぎずに返送されてくる郵便を待っています。

うまくいけば、曾祖母の祖母の生家も判るかなぁ…と思っています。


祖母の相続登記をしていたはずなのに、気が付けば、ご先祖の戸籍を集めている飼い主。

自分でも、「ちょっと怪しげだなぁ」と思いました

 

今回は、かなりの長文でした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!


<追記>H25.03.09

曾祖母の母&祖父母の戸籍を、愛知県江南市にお願いしていました。

昨日、除籍謄本が届きました!

何しろ、かなり昔のことなので「既に廃棄されているかも知れないなぁ…」と考えていたので、すごく嬉しかったです。

 

戸籍には、曾祖母の祖母の旧姓と本籍地も載っていました!

曾祖母の祖母は、曾祖母の母と同じく、現・江南市出身でした。

(当時の地名は、愛知県葉栗郡鹿子島村です)


曾祖母の祖母の実家のあった鹿子島村は、木曽川のすぐ近くです。

川を渡ると、曾祖母の実家(曾祖母の母の嫁ぎ先・稲葉郡前宮村)が近いということも判明しました。

曾祖母の祖父母は天保の生まれで、こんなに昔の戸籍が残っていたことが、とても嬉しかったです。

各務原市と、愛知県江南市の所縁の場所を、早々に訪ねたいと思います!


<更に追記>H25.03.09

先日申請した、祖母→祖父の相続登記が無事に完了いたしました!

登記完了後の登記簿謄本(不動産の全部事項証明書)も確認して、ホッとしています。

あとは、本人限定受取郵便で、登記識別情報通知書(昔でいう「権利証」)や、戸籍等の原本還付書類を受け取れば、今回のお役目は完了となります

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