今日は、朝学校でおじいさんのお婿さんで教育委員会の小学校チーフ(小学校で一番偉い人)をしているフランシスコさんが「元気?」と声をかけて来られました。
こども達に僕を指差して「この人はなんていう名前」と聞くと子ども達はしばらく考えて「日本から来た人」と答えました。
そうですよね。名前もちゃんと子ども達にいってないし、言葉も十分に通じないし、幼稚園の先生が3人もいたら(現地の先生2名・日本人1名)わからないだろうな。
そもそも日本人がミクロネシアの先生に技術移転に来たなんて、現地の先生もどこまでわかっているか疑問なのに、子どもがそんな難しい事情を理解できるわけがないですよね。
今日は朝から現地の先生が「月曜日から日曜日や1月-12月まで」現地語で言わせるなど、かなり張り切って教えていました。
子ども一人ひとりに聞くので、朝全員が終わるのに約1時間。
見ている僕も少し退屈になってしまいましたが、これにはこれをする理由があるのだろうと考えることにしました。
子どもは朝食・自由遊びの後に、りんごの形が書いてある紙にクレパスで色塗りをする遊びをしましたが、現地の先生の二人の間で今日することの意思疎通がはかられていないので、僕が間に入って説明しました。(途中で終わって次は違う先生が来たため、なんでこれするの?って僕にきくので)
あとやはり、準備がかなり難しいです。
子どもに紙を渡してから、「なにで書くの?」と僕が聞くと「クレパス」というだけ。
大きなかごの中にごちゃまぜに入っているクレパスを出すのにかなり時間がかかりそう。
ちょうどそのときに自由遊びになったので、その間にクレパスを用意しておくと、今度は「赤の他に茶色と緑もいる」というので用意すると、片方の先生は「なんで茶色がいるの?」と聞いてきます。
話が前後しますが、自由遊びでクレパスを準備していると子どもが二人くらい僕を呼びに来てくれました。やはりいつも一緒にいることは大切なので、言葉の障害はありますが、
続けたいと思いました。
またシニータ(の先生)は自分で教材を取るのが好きではないので「HIRO 鉛筆とってよ」「この鉛筆、削れていないからだめ」など。
臨機応変にしつつも、疲れてしまいます。
せめて「PLEASE」ぐらいつけてくださいって感じですが。
とりあえずどんどん動く、でも自分ばかりが動きすぎていていいのか?など疑問に感じたり納得したりしながら、働いています。
あとやはり、教える難しさ。他人の保育を見て感じることですが。
日本でも自分が保育をしていると陥るのですが、教える内容にばかり気持ちが行き、肝心の子どもの状態が見えていないように思います。
子どもはこんなの退屈だと表現であらわしているのですが。
今日は途中で出て行ったり、待つときに待てなかった子が多かったです。
それが子どもの保育に対する評価だと言うことに気づいてくれたらいいのですが。
昼ごはんが終わって帰るときに、同じ小学校の日本人の先輩が「今日幼稚園のバスで子ども達と一緒に乗ってみたい」といって子どもを送り届けることになりました。
子どもが帰る姿や友達にバイバイをいう姿をみて「かわいいですね」と。
校長先生にスポーツアクティビティーのトラックフィールドどうなりましたか?と聞くと、「あれは中止。野球も僕の学校は出ないから。隣のサラダックはでるけおど」なんで?ときいても???
これからあきらめずにいろいろ校長先生にはアタックして小学校にも関わっていきたいと思います。最初に「あなたにも体育の先生してもらう」って言ったのは校長先生なのですから。
夕方、家族のアイセイアと友達と3人で学校の校庭でキャッチボールをしました。
アイセイアは僕がグローブを持って校庭にいくのを見ていて急いできたようです。
アイセイアは家に帰るなり「おもしろかったよ。また明日出来る?」と聞いてきたので、「明日もしよう」と約束しました。
僕が校庭にグローブを持っていたのは、野球をするため。
幼稚園のドライバーのJOHNが野球チームに入っていると聞いたので、「一緒にさせて」と頼んでいたのですが、毎日予定が変わったり、待ちぼうけをしたりしていました。
JOHNは来ませんでしたが、前に子どもに一緒に野球を教えた人が来たので、一緒にキャッチボールなどをしました。そして明日試合がコロニアのスパニッシュウォールであるので、「一緒に行って良い?」と聞くと青いシャツを着てくるように言われました。
僕の住む村のカラーは青色なので。
コロニアで初の野球。しかもナイター。試合に出るかはわからないけど、楽しんできます。予定が変更変更が日常なので、どうなるか楽しみです。
こども達に僕を指差して「この人はなんていう名前」と聞くと子ども達はしばらく考えて「日本から来た人」と答えました。
そうですよね。名前もちゃんと子ども達にいってないし、言葉も十分に通じないし、幼稚園の先生が3人もいたら(現地の先生2名・日本人1名)わからないだろうな。
そもそも日本人がミクロネシアの先生に技術移転に来たなんて、現地の先生もどこまでわかっているか疑問なのに、子どもがそんな難しい事情を理解できるわけがないですよね。
今日は朝から現地の先生が「月曜日から日曜日や1月-12月まで」現地語で言わせるなど、かなり張り切って教えていました。
子ども一人ひとりに聞くので、朝全員が終わるのに約1時間。
見ている僕も少し退屈になってしまいましたが、これにはこれをする理由があるのだろうと考えることにしました。
子どもは朝食・自由遊びの後に、りんごの形が書いてある紙にクレパスで色塗りをする遊びをしましたが、現地の先生の二人の間で今日することの意思疎通がはかられていないので、僕が間に入って説明しました。(途中で終わって次は違う先生が来たため、なんでこれするの?って僕にきくので)
あとやはり、準備がかなり難しいです。
子どもに紙を渡してから、「なにで書くの?」と僕が聞くと「クレパス」というだけ。
大きなかごの中にごちゃまぜに入っているクレパスを出すのにかなり時間がかかりそう。
ちょうどそのときに自由遊びになったので、その間にクレパスを用意しておくと、今度は「赤の他に茶色と緑もいる」というので用意すると、片方の先生は「なんで茶色がいるの?」と聞いてきます。
話が前後しますが、自由遊びでクレパスを準備していると子どもが二人くらい僕を呼びに来てくれました。やはりいつも一緒にいることは大切なので、言葉の障害はありますが、
続けたいと思いました。
またシニータ(の先生)は自分で教材を取るのが好きではないので「HIRO 鉛筆とってよ」「この鉛筆、削れていないからだめ」など。
臨機応変にしつつも、疲れてしまいます。
せめて「PLEASE」ぐらいつけてくださいって感じですが。
とりあえずどんどん動く、でも自分ばかりが動きすぎていていいのか?など疑問に感じたり納得したりしながら、働いています。
あとやはり、教える難しさ。他人の保育を見て感じることですが。
日本でも自分が保育をしていると陥るのですが、教える内容にばかり気持ちが行き、肝心の子どもの状態が見えていないように思います。
子どもはこんなの退屈だと表現であらわしているのですが。
今日は途中で出て行ったり、待つときに待てなかった子が多かったです。
それが子どもの保育に対する評価だと言うことに気づいてくれたらいいのですが。
昼ごはんが終わって帰るときに、同じ小学校の日本人の先輩が「今日幼稚園のバスで子ども達と一緒に乗ってみたい」といって子どもを送り届けることになりました。
子どもが帰る姿や友達にバイバイをいう姿をみて「かわいいですね」と。
校長先生にスポーツアクティビティーのトラックフィールドどうなりましたか?と聞くと、「あれは中止。野球も僕の学校は出ないから。隣のサラダックはでるけおど」なんで?ときいても???
これからあきらめずにいろいろ校長先生にはアタックして小学校にも関わっていきたいと思います。最初に「あなたにも体育の先生してもらう」って言ったのは校長先生なのですから。
夕方、家族のアイセイアと友達と3人で学校の校庭でキャッチボールをしました。
アイセイアは僕がグローブを持って校庭にいくのを見ていて急いできたようです。
アイセイアは家に帰るなり「おもしろかったよ。また明日出来る?」と聞いてきたので、「明日もしよう」と約束しました。
僕が校庭にグローブを持っていたのは、野球をするため。
幼稚園のドライバーのJOHNが野球チームに入っていると聞いたので、「一緒にさせて」と頼んでいたのですが、毎日予定が変わったり、待ちぼうけをしたりしていました。
JOHNは来ませんでしたが、前に子どもに一緒に野球を教えた人が来たので、一緒にキャッチボールなどをしました。そして明日試合がコロニアのスパニッシュウォールであるので、「一緒に行って良い?」と聞くと青いシャツを着てくるように言われました。
僕の住む村のカラーは青色なので。
コロニアで初の野球。しかもナイター。試合に出るかはわからないけど、楽しんできます。予定が変更変更が日常なので、どうなるか楽しみです。
こちらもそろそろ新学期です。
気合い入れ直さねば…;
試合見れるといいですね☆
あがき夏休み頑張ってください。
僕が帰ったときにはもう9月休みないものね。