よしだハートクリニック ブログ

 院長が伝えたい身近な健康のはなし

抗生物質の冬(2)

2017-01-30 14:42:38 | 健康・病気
ほかにも、帝王切開で産まれた新生児は産道を通らないため、母親から重要な常在菌の受け取りができず、正常な常在細菌叢が形成されないことが危惧されています。さらに新生児には出生時に種々の感染予防として抗生物質が投与されていることも常在細菌叢に影響し、将来の疫病になり易くなっている可能性があります。

 話は少し違いますが、治療域以下の抗生物質を家畜に投与することで、通常より速く成長させることが知られ実用化されています。これも家畜の常在細菌叢を変化させ、代謝を変化させることにより起こると考えられています(これらの家畜が食用として出荷される時の残留抗生物質も問題です)。

 医師は、扁桃腺炎や中耳炎の原因が細菌感染である可能性を考え抗生物質で治療しますが、その度に患者体内の常在細菌叢を攪乱しています。かつては、重症化を防ぎ特に害がないと考えられていたため、念のため抗生物質を投与するという治療法が普通に行われていましたが、今後は十分吟味して行う必要があります。
 細菌は悪者で身近から排除すべき存在と考え、抗菌グッズや消毒剤がもてはやされた時代がありましたが、現在は、行き過ぎた潔癖はよくないと考えられるようになっています。

 現代文明人の腸内細菌叢は、抗生物質や消毒剤の曝露のない未開人に比し、細菌の種類が25%程度減少していると言われるデータがあります。ヒトは数百万年の進化の過程で、多数の微生物と共存しながら生きてきました。しかし、この半世紀に体内の常在菌は失われ、多様性の少ない状態になってきています。これは、環境破壊により地球生態系や気候が変化し、地球温暖化、異常気象などの環境問題がでていることと同様で危険な状況です。
 今後我々は、無数の命を救ってきた「抗生物質」の有用性は認識しつつ、その濫用は決して許されないことを銘記すべきでしょう。
       

参考図書:マーティン・J・ブレイザー 『失われていく、我々の内なる細菌』
 
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抗生物質の冬(1)

2017-01-30 14:40:14 | 健康・病気
 1962年に発刊されたレイチェル・カーソンの『沈黙の春』をご存じでしょうか。当時盛んに使用されるようになった農薬などの化学物質が、環境汚染を引き起こし、地球生態バランスを破壊し、春になっても鳥の鳴き声が聞こえなくなったという内容で、環境問題の嚆矢となった名著です。
 今回は、医療分野で欠かせない「抗生物質」の功罪についてお話します。

 かつて人類を悩ませたコレラ、ペスト、結核など様々な微生物によって引き起こされる感染症が、「抗生物質」によって劇的に治療できるようになりました。その結果、寿命が延び、人類繁栄の功労者と言っても過言ではないと思います。
 この「抗生物質」が、①耐性菌の問題、②体内細菌叢バランスの破壊、により冬の時代を迎えようとしています。

 抗生物質の連用により、それに耐性を獲得した細菌が増えるということは以前から知られていました。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などが有名で、抗生物質が効かないため治療に難渋します。

 最近問題視されているのは、抗生物質が病原体を殺すだけでなく、体内に共生している100兆個以上の常在細菌叢にも影響し(内なる生態系を崩壊させ)、新たな病気に罹患しやすくさせている可能性です。

 現代の疫病(喘息、肥満、アレルギー、代謝性・炎症性疾患、自閉症など)が、常在細菌が失われ免疫力が低下したり、代謝が変化することと深く関係している知見が得られています。
 例えば、胃がんの原因とされるピロリ菌も、古代から胃の常在菌として存在しており現代でも中年以上の方にはほぼ全員に認められました。しかし、衛生環境がよくなり、抗生物質内服が当たり前になった若年者にはほとんど認められません。そしてピロリ菌陰性者が上記疫病になる確率が明らかに高いことがわかり、ピロリ菌は年少期には正常の免疫力獲得に必要かもしれないと考えられるようになっています。すなわちピロリ菌は、胃に常在し(胃炎と呼ばれますが)、他の病原体が繁殖するのを防いだり、免疫反応を制御していると考えられるのです。
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