経済(学)あれこれ

経済現象および政策に関する意見・断想・批判。

TPPには用心しよう

2013-02-26 22:14:59 | Weblog
TPPには用心しよう
 
 2月24日だったか安倍総理が米国でオバマ大統領とTPP交渉参加に関して基本的に合意した。聖域を残すというのだから一安心と言いたいところだが、多くの疑義と不安は残る。個々の製品に関してはともかく非関税障壁なる事項が問題だ。アメリカの企業が日本で活動する時、不都合な非関税障壁をすべて除去せよ、となれば日本国内の慣例としての商業や金融の諸制度をすべて改廃しなければならないことになる。一番の問題は医療と簡保だ。簡保(簡易保険制度)に関しては、郵政民営化の見直しが日本の国会で可決された時、アメリカの保険業界はこの決議に対して極めて強い非難をした。このことでも明らかなように、悪名高い米国の保険会社は日本の簡保という膨大な資金を虎視眈々と狙っている。郵貯もしかりだ。
 日本の医療は国民皆保険ででき上がっている。年間の保険内総医療費は約40兆円弱だ。ここに混合診療を付加しようとする動きが一部で盛んになった。財務官僚は財政赤字を減らすためなのか熱心だ。読売新聞も混合診療推進に熱心だ。混合診療は一見合理的に見える。しかし少しでも財政赤字を減らしたい財務官僚は、混合診療の項目を増やしてくるだろう。保険外診療を増やせば、保険財政の負担は軽くなる。そうなれば従来保険で受診加療できた項目がどんどん減ることになる。これは日本の医療の質の低下につながる。保険外の治療を受けられない人が増えるからだ。さらに保険外診療が増えると(混合診療の割合が増えると)そこに悪名高いアメリカの弁護士とともに、アメリカの保険会社が参入してくる可能性が強い。挙句の果ては、高い民間保険料を払わされてのみしか充分な医療を受けることができなくなる。簡保と健保は福祉の要だ。それをアメリカの保険会社に乗っ取られれば、日本の医療は壊滅する。平均寿命は確実に短縮される。

(付1)以前天皇陛下が心臓バイパスの手術を受けられた。10年前には前立腺の手術も受けられた。日本では天皇陛下も我々一般庶民も全く同質の治療を受けることができる。これが日本の医療の特質であり美点なのだ。
(付2)アメリカでは盲腸(虫垂突起)炎で2-3日入院し手術を受けても100万円以上いるそうだ。5年前ある知人がアメリカで骨折した。10日か2週間入院し必死の思いで日本に帰ってきた。帰国した時点で彼女が入っていた外国旅行専用の保険の限度枠、500万円の治療費になったという。アメリカは世界で一番医療費が高く、そして医療の質は悪い。理由は保険会社がなんのかんのと言って支払いを嫌がることと、医療過誤の追及が厳しく、医療機関自身高額の保険に入る必要があるからだ。単純な骨折の総治療費は日本国内ならまず5万円を超えることはない。
(付3)医療の質が低下すれば平均年齢は必ず下がる。いい例がソ連崩壊後のロシアだ。ソ連時代には曲がりなりにも福祉制度があった。ロシアになってネオリベラリズムの政策下これらの福祉制度の多くは撤廃され、すべては自由競争になった。多くの国民は貧乏になった。一時期ロシアの平均寿命は50歳に近づいた。現在はやや持ち直している。
(付4)国保、社保など幾多の種類の保険があるが、実際保険財政は赤字ではないそうだ。官僚がデ-タを操作し隠して曖昧にしながら、赤字赤字と言いふらしているとか。詳しくは紺谷典子氏の「平成経済20年史-幻冬舎」の337-353Pを参照していただきたい。

 読売新聞(2月22日)の記事には混合診療を進める一方、病院間の競争をもっと激化させる必要があると、書いてあった。病院を完全な自由競争場裏にさらし、勝ち残った大病院が高度な質の医療をほどこせばいいとかと。ノーベル賞の山中氏の言を参考としてあげてあった。読売の記事によると、山中氏は研究ではもっともっと競争が必要なそうだ。私は医師だからこの記事のいいかげんさが解る。まず研究と診療は異なる。病院間の競争が激化して、一部の超大な病院が残れば、後はどうなるのか?中間クラスの病院は壊滅し、開業医は逼塞を強いられるだろう。私は大阪近辺に住んでいるので、この地域の病院の事実上の格付けは解る。まず第一線がホ-ムドクタ-つまり開業医、次のクラスが豊中市民、県立尼崎、堺市立、西宮県立などの公立病院、その上のクラスが、北野病院、大阪日赤、大阪逓信(NTT)、大阪国立、神戸市民、大阪市立総合医療センタ-などの病院、さらに上を求めれば、京大・阪大・神大などの付属病院、加えて循環器センタ-や成人病センタ-だろう。たいがいの病気は市民病院・県立病院クラスで充分な医療がほどこされる。さて混合診療が促進され、病院間競争が激化して、これらの中間クラスの病院が壊滅すれば医療の質はどうなるのか?そうなれば個人開業医に付与される医療資源は極めて寡少になる。簡単に言えば開業医は大した治療や診断はしなくていい(できない)ことになる。
 読売新聞はよほどTPPがお好きなようで、cut-throatな競争を好まれる。モデルとする例に韓国の大病院の例があった。超大な施設ですべてコンピュ-タ-化され、最新の技術が結集されているとかだ。ところで読売新聞の記者さんには、韓国ではインフラが不十分で汚水汚物の殆んどが海洋に投棄されており、日本人旅行者の多くが食中毒になっていることを、ご存じないのだろうか。まるでサムソンの病院版だ。私の知り合いの台湾人医師の話によると、台湾では病院の超大化と寡占化が進み、中小病院は壊滅し、開業医は事実上聴診器一つで診療しているそうだ。この情勢を反映して、台湾では医学部の偏差値がどんどん下がっているとかと、彼は歎いていた。私も開業医だからそう思うのかも知れないが、医療は開業医でもっている。医師がいざという時に開業できる可能性があるから、病院での医師の立場が保てるのだ。開業の可能性が無くなれば、医師は製薬資本と病院資本のいうままになる。ごく僅かの超大なインターナショナルな病院が外国の富裕層相手に栄え、国民は充分な治療を受けられないような事態になってもいいのか?
 読売の同記事には、山中氏の言葉を参照して、研究は競争がすべてだなどと書いてあった。多分山中氏の言葉をうまく利用したのだろう。研究は競争だ。そんなことくらいは研究者なら誰でも知っている。しかし研究は競争一本ではない。研究者には一定の余裕が要る。100%競争至上になれば、研究者の創造性は失われる。山中氏も成果がでる前は大阪市大の整形や基礎でかなりのモラトリアムを経験されているはずだ。研究者にこのモラトリアム(人生を試行錯誤する余裕)が失われ、単純な優等生ばかりになれば、研究視野の規模は小さくなり、師匠の教授の言いなりにならなければならなくなるだろう。研究には公正な競争は必要だが、同時に研究や応用(医学の場合は病院)の規模が大きくならなくてはいけない。簡単に言えば、医療需要が大きく満たされる必要がある。つまり多くの一般人が容易に医療を受けられる市場があって、始めて研究も盛んになるというものだ。日本と海外の超富裕層のみを相手にする狭隘な市場で、診療や研究が伸びるはずもない。大阪府は盛んに海外の富裕層相手の医療施設を作るようなことを言っている。経済オンチの維新ならではの発想だろう。別に反対はしないが、なんとなくピントがずれているような気がする。
 またまた読売新聞の記事。日本の医学研究では基礎研究重視で、臨床応用の論文が少ないそうだ。10年前には、日本の研究は基礎研究が足らないといわれてきた。マスコミもよく変説(変節)するよ。
 混合診療の問題に深入りしたが、私がTPPで一番恐れるのは、非関税障壁撤廃の可能性のことだ。もしその通りになれば、そしてアメリカが本気でごり押ししてきたら、日本の医療も福祉も潰れてしまう。日本を助けるものは日本以外にない。そのためには日本の社会を豊かにしなければならない。内需が開発されなければならない。そのためには日本独自の制度は必要だ。アメリカのような、cut-throatな競争社会になれば、企業は栄えても民衆は貧しくなる。
 経団連の米倉氏は盛んにTPPをご推薦だ。輸出企業はそれでいいだろう。まずくなれば海外に逃げるのだろうから。企業とはそういうものだ。輸出さえできれば後はどうなってもいい。安い海外の賃金を導入すればいいのだろう。TPPへの恐れの極致はこれだ。海外の安価な労働力を、非関税障壁撤廃で、導入されたら、日本人が享受している高賃金と高品質の生活は崩壊する。営々とためた資本を強奪され、医療と福祉を破壊され、あまつさえ賃金が1/10になってもいいのか?TPPにはISD(投資対国家の紛争解決条項)が盛り込まれている。自国の企業が他国で不利な立場に置かれていると判断したなら、自国は他国にこの不利な条件を解決すべくいちゃもんをつけうる制度だ。これでアメリカが押してきたら、日本政府は毅然として立ち向かえるのか。10数年前の日本長期信用銀行などに対する、時の政府の無策ぶりを振り返ると、思い半ばに過ぎる。アメリカは決して自国の利益のためなどとは言わない。構造改革とかなんとかいって、日本の官僚を洗脳し、そして民衆の頭に刷り込んでおいてから、押してくるだろう。英語が国際語であるかぎり日本人はこの種の洗脳・刷り込みに弱い。
 さのみならず米倉氏は、尖閣諸島は中国のものだと言わんばかりの発言もした。それも自社や企業の販路拡張のためなのか?売国奴・国賊という言葉が頭に浮かぶ。経団連会長、住友化学のCEOだといっても、米倉氏は一企業の経営者に過ぎない。企業経営には詳しいだろうが、国家財政には素人のはずだ。TPPとかなんとか言っている閑があれば、安倍総理の言を入れてせめて、雇用拡大か賃上げに、円安でえたメリットの一部を還元しようと努力できないのか?安倍新政権は財界が選んだのではない。我々国民の意志の総結集の結果だ。財界の代表かなんか知らないが、すっ町人、つけあがるな。
 昭和初年金融恐慌が起こった。ことの始まりは鈴木商店の不良債権救済の問題だった。公的資本の投入が為されず、鈴木商店は潰れた。傘下の企業の大半は潰れるか三井などに買い叩かれた。三井銀行は危ないと見て早々に資金を市場から引き揚げた。それはそれでいい。三井という民間企業の立場からすれば、当時の池田成彬のとった行動は正解だった。しかしこれきっかけで金融恐慌が起き、やがて大恐慌に連なっていく。民衆の三井への反感は強く、池田三井銀行総裁は以後防弾服を常時着るはめになった。同僚の団琢磨は非命に倒れる。現在では住友が三井の立場にあるのか?
 企業は国家にとって大切な存在だ。しかし競争至上主義に徹すれば結果は、企業と株主が生き残り大金持ちになり、雇用は減少し民衆は窮乏化する。この事態が一番恐ろしい。
 
(付5)長期信用銀行の破綻。住友信託銀行の合併救済の志しを無視して、政府は事態を放置。長銀破綻後政府は公的資金を注入して、そしてどういうわけか知らないが、ゴ-ルドマンサックスの仲介で、外資リップルウッドへ売却。11兆円の資産と有形無形の情報網を持つ長銀がたったの1000億円でリップルウッドへ。時の金融大臣柳原氏いわく、効率的経営に長けた外資の手に入れば、長銀は再生するだろうと。日本人はお人よし、とは日本以外の国では常識だが、かの大臣の発言を今聞くと、正直の上に馬鹿がつく。アメリカ金融資本が高笑いする声が聞こえる。外資下の長銀は新生銀行としてたしかに生まれ変わった。新生銀行は邦銀にはない特権を持つ。瑕疵担保特約という特権を。「瑕疵(かし)」とは傷物のこと。もし新生銀行が融資した企業の債務が2割以上悪化した時には、その損失は日本政府が保障するとされる。だから新生銀行は、企業を救済しようとはしない。そのような動機は全く持たない。むしろ企業経営を悪化させて、破産した企業を売り飛ばす。こうして長銀がメインバンクであった企業をはじめ、次々に企業が破綻させられる。ライフ、マイカル、そごう、第一ホテル、熊谷組、ハザマetc。長銀は明治時代だったかな、日本の重工業育成のために、長期債権を振り出せる金融機関として生まれた。言ってみれば日本産業の生みの親の一人。だが相貌を変じた新生銀行は、慈母変じて鬼母になる。新生銀行により100以上の企業が破綻に追い込まれてゆく。新生銀行は、日本の銀行なら当然と心得る機関銀行としての責務、企業の保護育成という任務は一切放棄する。

コメントを投稿