観光産業に頼るな
近年日本への外国人観光客が増大している。特に関西方面でその増加率は著しい。一部ではこの現象を捉えて、将来の日本の産業の重要な柱の一つにしようという意見がある。私はこの意見には反対である。理由の第一は観光とは自国の文化資源の切り売りであることである。観光資源とは過去の文化の成果蓄積である。それを切り売りする。傾いた商家が本来の商品売っては食ってゆけず、先祖が貯め置いた宝石や骨董品や豪華な衣装を売却する行為に等しい。あたかも他に能力のない女が身過ぎ世過ぎの為に自分の裸身を展示しあまつさえ春を売るようなものである。従って観光産業重視は亡国の音である。よく「おもてなし」と言う言葉が使われる。この言葉は本来茶道の精神からきていると思われるが、これを外国人に適用する時そこにはどこかへつらいの気分が漂っている印象は拒めない。
観光産業というものは本来「見せる行為」であって「作る行為」ではない。観光産業によってどこまで資本が蓄積されうるのか疑問である。特に留意すべきは観光産業は人的資源を育成するようには思われないことである。一国の産業にとって一番重要なのはこの人的資源である。
日本の立国の基盤は製造業と農業、つまり「作る産業」にある。「作る産業」のみが人的資本を育成しうる。日本は明治維新の時点で十分な農業資本の蓄積を持ち、その上に製造業を急速に発展させて、現在数少ない経済先進国の一つとしての位置を占めている。この事は銘記しておくべきである。
私は観光を否定しているわけではない。外国人が来たければ来ればいい。ただそれにつられて自国の基盤の足元を見うしなわないようにしなければならない。現在の世界で観光立国と言えるのは私の知る限りでは、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャ、エジプトなどである。前三者は日本やドイツに比べれば産業は後進的である。後二者は数千年前の文化遺産を切り売りしているだけである。できればこれらの国の外国人訪問者数(特に人口比)、観光産業の一国GDPに占める割合を示して日本のそれと比較する資料が欲しい。私が言いたいのは、日本への観光客が増えたと言っても、前記の国に比べればたかが知れているだろうということである。
文化は一国の存立の基盤である。それは本来売るものではない。観光産業に力を入れる暇があったら他にすることはたくさんある。先端科学技術への投資、教育の充実、将来予想される外国人移民の教育、農業の再興そして防衛力の増大などなどである。くれぐれも観光産業などという一歩間違えば売春行為に等しいようなものにのめり込まないことだ。
私の偏見かもしれないが、観光地の人間と言うものはどこか信用できないおもむきがある。エジプトでは非常識なかけ値が通常である。イタリアやスペインでは観光客は容易にどろぼうに襲われる。私は京都に住んでいたが、この地の住人は、本音と建前の使い分け、面従腹背が常でありこと京都人と言う限り好きにはなれない。観光とは接客である。観光産業は人を悪くそして浅薄でいやらしいものにする。私はそう思う。
近年日本への外国人観光客が増大している。特に関西方面でその増加率は著しい。一部ではこの現象を捉えて、将来の日本の産業の重要な柱の一つにしようという意見がある。私はこの意見には反対である。理由の第一は観光とは自国の文化資源の切り売りであることである。観光資源とは過去の文化の成果蓄積である。それを切り売りする。傾いた商家が本来の商品売っては食ってゆけず、先祖が貯め置いた宝石や骨董品や豪華な衣装を売却する行為に等しい。あたかも他に能力のない女が身過ぎ世過ぎの為に自分の裸身を展示しあまつさえ春を売るようなものである。従って観光産業重視は亡国の音である。よく「おもてなし」と言う言葉が使われる。この言葉は本来茶道の精神からきていると思われるが、これを外国人に適用する時そこにはどこかへつらいの気分が漂っている印象は拒めない。
観光産業というものは本来「見せる行為」であって「作る行為」ではない。観光産業によってどこまで資本が蓄積されうるのか疑問である。特に留意すべきは観光産業は人的資源を育成するようには思われないことである。一国の産業にとって一番重要なのはこの人的資源である。
日本の立国の基盤は製造業と農業、つまり「作る産業」にある。「作る産業」のみが人的資本を育成しうる。日本は明治維新の時点で十分な農業資本の蓄積を持ち、その上に製造業を急速に発展させて、現在数少ない経済先進国の一つとしての位置を占めている。この事は銘記しておくべきである。
私は観光を否定しているわけではない。外国人が来たければ来ればいい。ただそれにつられて自国の基盤の足元を見うしなわないようにしなければならない。現在の世界で観光立国と言えるのは私の知る限りでは、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャ、エジプトなどである。前三者は日本やドイツに比べれば産業は後進的である。後二者は数千年前の文化遺産を切り売りしているだけである。できればこれらの国の外国人訪問者数(特に人口比)、観光産業の一国GDPに占める割合を示して日本のそれと比較する資料が欲しい。私が言いたいのは、日本への観光客が増えたと言っても、前記の国に比べればたかが知れているだろうということである。
文化は一国の存立の基盤である。それは本来売るものではない。観光産業に力を入れる暇があったら他にすることはたくさんある。先端科学技術への投資、教育の充実、将来予想される外国人移民の教育、農業の再興そして防衛力の増大などなどである。くれぐれも観光産業などという一歩間違えば売春行為に等しいようなものにのめり込まないことだ。
私の偏見かもしれないが、観光地の人間と言うものはどこか信用できないおもむきがある。エジプトでは非常識なかけ値が通常である。イタリアやスペインでは観光客は容易にどろぼうに襲われる。私は京都に住んでいたが、この地の住人は、本音と建前の使い分け、面従腹背が常でありこと京都人と言う限り好きにはなれない。観光とは接客である。観光産業は人を悪くそして浅薄でいやらしいものにする。私はそう思う。