マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

被災地から戻りました・・・これって地震雲でしょうか?

2011-04-11 19:51:00 | ノンジャンル
こんばんわ。

昨日はほとんど被災地から帰ってくるだけの状況となってしまい、夜19時過ぎに家に帰ってきて、久し振りにホッとしました。
電気が点く、水道の蛇口から水が出る、暖かいうどんが食べられる、家族とテレビが見られる、そんな当たり前の環境に幸せを感じられました。
被災者の方々にも、早く元通りの生活、ごく普通の生活に戻って欲しい。そう願わずにはいられません。

ところで、恐怖の一夜を過ごした翌日の夕方、すごく気味の悪い雲を見かけました。今回は災害への対応と言うことでカメラは持っていかなかったのですが、携帯電話のカメラがあったので撮影しておきました。

※撮影は、いずれも平成23年4月8日、志津川小学校にて。いずれも画像が大きくなるように設定しておきました。



16:39

小学校の北東方向上空に現れた雲。



16:40

これはほぼ真東の方向。見づらいが同じような畝状の雲。

いずれも数分のうちに消えた。



17:48

こちらはほぼ真上にできた雲。肋骨状でうろこになりながらも、タテにも切れ目の入る不気味な形状。

私は研究をしているわけではないので、タダ単に「不気味だった」というだけのものです。
しかし、中越地震の前日に関東の上空を覆った畝状の不気味な雲以来、この手の雲に着目しています。

また今日も強力な地震が襲っています。福島やその近県の皆様。くれぐれもご注意ください。

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被災地から戻りました・・・震度6強に遭う

2011-04-11 02:02:00 | ノンジャンル
こんばんわ。

まずは長らくお休みしてすみませんでした。

昨日の夕方、東京に戻ってまいりました。
行っていたのは、宮城県南三陸町。知らない人は居ないくらい、被災地として有名になった地域です。

被災地でのお手伝いと言うことで、特に被害の大きかった志津川と言う漁港の町です。

言葉に出来ません。山から下る国道398号線。突如として目の前に現れた瓦礫の山。

「山の中なのになんで?」という感想でした。それほどの勢いで山を駆け上がってきたということですね。

現地に着いて2日目の夜、襲われました。
体育館で被災者の方々と就寝していたところ、突然の爆発音とともに襲うタテ揺れの強震。
震度6強だと思っていたら、南三陸町の観測値は震度5強になっていました。でも、場所によるかもしれません。

志津川町と言う町は、殆どが強固な岩盤の上にある町で、地震には強い土地だそうです。
そんな地殻の町は、揺れ方が東京とは全く違います。
地震が来る前、遠くから地下鉄が走ってくるような音が聞こえ、それが爆発音とともに建物が上下に弾みます。
横揺れがない分、震度4くらいまでは殆ど恐怖感はありませんが、このときばかりはあまりの恐ろしさに、布団を被ることぐらいしかできませんでした。

あれで震度5強?うそですよ。本震の際に東京で味わった震度5弱も強烈な恐怖心を植えつけられましたが、全く異質な揺れ方で、恐怖心が一段も二段も下がる強固な岩盤に守られているにもかかわらず、全く身動きができない、なんとも表現しがたい恐怖を感じた揺れでした。

まさか、私がこの場所に来ている間にこのような目に遭うとは予想もしていませんでした。
窓ガラスが割れ、照明が割れ、壁が剥がれ落ち、避難生活を送っている被災者たちに追い討ちをかけるような自然災害。
けが人が1人も出なかったのが幸いでした。

「良い経験できたなや。」と被災者の方。

それどころじゃないっすよー。本当に怖かった。今度こそ死ぬと思いました。

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