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マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

拍手コメントのご紹介

2009-07-19 23:14:00 | ノンジャンル
こんばんわ。
ログ上に表示されない拍手コメント。何か、大変失礼なシステムで申し訳ございません。
1ヶ月もほったらかしになってしまったコメントもありまして、心からお詫びいたします。その後、本日までに入りました拍手コメントをご紹介させていただきます。



2009/6/9 0:41 寝台特急「ゆうづる」:20系客車時代
20系、583系、そして上野駅地平ホーム・・・懐かしい画像に郷愁を感じます。


2009/6/25 17:58 さようなら!EF651001「北海ライナー」を牽く雄姿
私もEF65PFは好きです。


2009/7/5 13:32 EF66牽引:レサ10000系「とびうお」?「ぎんりん」?
貴重な写真をありがとうございます。


2009/7/13 22:27 知ってますか? キハ391 ガスタービン動車
なつかしいです


2009/7/18 5:24 貨車の記号のうんちく
勉強になりました、


2009/7/19 10:23 貨車の記号のうんちく
たいへん参考に成増です。
コタキは少なくなりましたがまだ見られます。
タキもそのうち1000系ばかりになるのでしょう。


それぞれに応援をひしひしと感じることができ、大変有難く思います。
良く書かせていただいておりますが、鉄道資料的ブログを目指します私としては、このように過去ログから掘り起こし、又は、長文に成りがちな内容を良く読んでいただいた上でコメントいただくことは、何よりの自分へのご褒美となります。冥利に尽きるということですね。

これからも身近な最新情報や過去の思い出深い写真を織り交ぜながら、役に立つ&想い出を呼び起こすようなブログにしていきたいと思います。
今まで以上に応援いただきますよう、心からお願い申し上げます。


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狙撃者(スナイパー)現る!

2009-07-19 22:41:00 | 鉄道以外の写真ネタ
ズーーーズン!





誰だ!





ヤモリやんけ!


ところでよー、今年は良く来るよな。

いつもはエサが近寄ってくるの”ジーーー”っと待ってるクセに、

今日はやたらに動き回ってんな。


人がブログ見てるときに目障りなんだよ。あっちでやってな!


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国鉄 20系寝台特急「あさかぜ」:総集編

2009-07-19 01:02:00 | ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。
今日は、シービーさんが『カニ22「あけぼの」』をアップしていたので、ネタを考えるまでも無く、無性に20系寝台客車をアップしたくなってしまいました。

というわけで、過去ログで何枚かはアップしたことがあったのですが、その後スキャンした20系寝台車のシーンを合わせて、「あさかぜ」の総集編を組んでみたいと思います。




東京駅に到着し、機関車が切り離され顔を出したナハネフ22の「あさかぜ」です。
この写真では見づらいですが、『14号車』の札が入っているのが読み取れます。
電源・荷物車のカニ21・機関車とあわせて16両編成。こんな列車がバンバン発着していたんですね。
昭和52~53年くらいの写真と思われます。



 
こちらは昭和52年10月31日、中学2年の社会科見学で鎌倉へ向かう途中、横須賀線の車窓から撮影したものです。線路の風景から、大船~戸塚間ではないかと思われます。
中学生当時は地元以外での走行写真を撮ることが殆どありませんでしたので、東海道ブルトレの営業列車の走行写真はこのくらいしかないと思います。




20系「あさかぜ」の目玉といえば、当時、日本の列車で唯一である個室寝台を連結していることでした。24系25形が誕生してオロネ25という個室寝台が登場することになりますが、それまでは20系のみの存在であり、「ナロネ20」「ナロネ22」を連結する「あさかぜ」だけの豪華寝台でした。(それ以前に、「はやぶさ」などにも使用されたことがあります。)
写真は20系「あさかぜ」が24系25形に置き換えられる間際の頃で、当時としては珍しく車輌写真を撮っていました。末期に近づくに連れ個室寝台が徐々に外され、1人個室・2人個室のナロネ20は既に廃車となり、1人用個室と開放式A寝台が一緒のナロネ22が寂しく連結されていました。
中間の小窓(喫煙所)を境に、手前が1人用個室が6室、奥が開放式A寝台室となっています。



昭和56年5月 田町駅にて 「あさかぜ52号」



昭和56年8月 東京駅にて 「あさかぜ51号」


何れも昭和56年に撮影したもので、臨時「あさかぜ」です。
定期「あさかぜ」から20系が撤退した後も、急行列車への転用からさらに余剰となった20系客車は、波動用・団体用として一部が残りました。
これを利用した臨時「あさかぜ」が残ったため、当時唯一20系寝台特急「あけぼの」とともに、20系ファンの注目を集めました。
写真は、何れもカヤ21(ブレーキ増圧のための空気だめ搭載改造)と思われます。



昭和56年8月 東京駅にて 「あさかぜ51号」

上の写真の列車が神田方で機回しを行い、出発のためにホームに入ってきたところですね。すっかり日も暮れ、早過ぎる出発時間の九州夜行とは違う、ブルトレの発車時間らしいシーンとなりました。
当時はブルトレ=20系と考えていた時代ですから、このようなシーンを撮れることに幸せを感じだモノです。
しかし、この明るさでASA100のリバーサルを300mmF5.6で手持ち撮影。若気の至りとは言え、良くも手ブレせずに撮ったものです。



昭和56年? 東京駅にて 「あさかぜ52号」

東京駅に到着した上り臨時「あさかぜ52号」。もしかしたら昭和55年かもしれません。
余剰の20系も廃車が並行して進んでおり、ナハネフの車輌が足りなくなってきました。その関係で、ナハネフ22が不足し、首都圏では殆ど見ることが出来なかった切妻型のナハネフ23も良く顔を見せるようになりました。
現役当時は広島以遠でしか見ることが出来なかった顔ですので、この顔の「あさかぜ」に逢えたのは非常に嬉しかったですね。

今となっては20系どころか、東海道のブルトレが全滅という事態になってしまいました。当時はそのような時代が来るなんて想像することも出来ませんでした。

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今の若い世代の方には申し訳ないですが、現役時代を知る者として、『ブルトレ=20系』と言う方程式は、おそらく私自身が命を亡くすまで変わることは無いと思います。
コメント (4)
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