marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

不思議なこの国の見えない深層形成に努めた古代からの黒子たち:親愛なるXへ(その9)

2022-02-19 18:12:39 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教

◆日本にキリスト教を伝えたと言われるフランシス・コザビエルが、キリスト教を伝えて来た中で今までにどの国にもない勤勉さがこの国の人々にはあることに驚きを持って書かれた手紙が残っていることを、知っている方が多いかと思う。伝えられたのは1549年と言われているが、事実は起源前からすでにこの国にはその宣教の余波が来ていたのである。あの空海が長安の都に行ったとき、キリスト教(ネストリウス派:マリアはイエスの母ではあるが神の母とは言えないで分離された派)が多く広まっていたのであるから。今も僕の町には至る所にある庚申塚(石碑)、これは道教だと言われるがいずれ海を渡ってきた信仰心の多くの形象を見ることができる。しかし、イエスの霊や聖餐なんどの意味合いを人々に伝えるのはその理由の形がない故に至難のことだった。ザビエルは一時、神は大日如来であると例えで知らせ宣教しようとしたくらいであったから。◆対象の見えない心のよりどころに対して仏教は仏像として目に見える対象物を持ち込んだ。新しい宗教を持ち込んで採用し、横暴を極めたのが蘇我氏だった。物部と蘇我との争いは知られたとおり。敗れた物部はこの東北の地に多く逃れ来た。◆紀元前に東へ移動した失われたイスラエル10部族と言われる人々は、途中に様々な国つくりや又、試練を通して太陽の上る国、東のこの島国までたどり順次着くことになる。知られている徐福などもその一団だったのかもしれない。その中で、大陸途中で旧約聖書(彼らにとっては「聖書」)に言われてきた救い主(キリスト)の誕生を知った集団「秦氏」はキリスト教に改宗したという。その部族が、先に来ていた部族との仲で元を辿れば、唯一の神を信ずる者達の一団としてこの国を形成していくのである。秦氏がこの国に至る所にある「八幡」という社を創建し、土地や山や、人の名前までにその痕跡を残すことになる。実に古い神で、日本の精神性の根本をなしていっているものである。◆武士は戦いを好み、功成り名を残して・・・という以前、その文字が統一的にまとめられて歴史などが書かれる前の古い時代にすでに多くのその礎をなしたであろういう実に多くの渡来した帰化人がこの国に同化していたのである。「記紀」以前の書かれぬ多くの歴史は、実に関東や東北にあるのだ。僕の住んでいる裏の小高い山は古代多くの隣国からの渡来人が来ていた。歴史に残る遣隋使や遣唐使の渡航歴回数などより遙かに多くの回数で、隣国から海を渡りこの地に渡って来ていたのである。だから海外からの勅使のための水洗トイレの跡まで今は遺跡となって整備されている。◆順次、渡来した人々はそれぞれの部族において礼拝所を作る。それぞれに神との間を取り持つレビ(司祭、神道での神主)をもち、大手では太陽の昇る日本の端、香取や鹿島、そして伊勢などに大本の礼拝所をもつことになった。諏訪神社やその他、様々な神社をつくるようにも見られてくるが、実は最も正当なといおうか、天地創造の唯一の神を心に持ち、多くの技術人をつれて大きくこの国に貢献したのは全国に「八幡(ヤー・ハタ)神」を広めたのは秦氏であったろう。◆聖徳太子が亡くなられてから1400年、彼のブレーンだった秦河勝が知られているが、彼の名前と活躍は歴史上に殆ど名前が出てこない。しかし、太子の活躍をみればどのようなプロデュースがあったのかが推察できそうだ。この国の発展に多く貢献したのに、この部族はそれそれ名前を変えて日本各地に散ったのか、天皇には多く貢献したことは知られているが、表舞台内は決して出ないで黒子に徹底したのであった。今、世界のベストセラーといわれる聖書の旧約を読むと、その歴史において様々な12部族間でも争いもあり、それぞれは争いもあった。最後に国はなくなり世界に離散するが、捕囚にあってもその地で政治の中枢に入って復興の為に画策したレビ達がいたことが分かるのである。彼らの代々の末裔が、この国に帰化し理想の国作りの徹するため、いざとなればその黒子としておもてにはでない策士となって、背後にあって結集し、立たせ、壊し、生かし、殺し、歴史を前進させたことが理解されてくるのである。古代からのこの国の深層、実に深いところの精神性を形成する礎ともなっているものである。それは決して言葉にならない宗教性をもつものだから決して表だって言語化されず、従って歴史の上にも残っていないものなのである。◆世界のベストセラー旧約聖書は預言者(神の言葉を預かり伝える者)の書いた記録が多く見れる。聖徳太子のブレーンだった秦河勝は、秦氏というレビ預言者集団の一員でもあった。ということは未来も予見でき記録を残したであろう、古代ユダ人が多く関東に住みついたことが知られる関東で武士が起こってきて徳川家康がこの国の中心に江戸を持って来たのは、家康は古代からのそれらの記録を読んで知っており、天海僧などのブレーンがいてそれを知って戦乱のない世を築いていったのである。その預言書は、国立国会図書館の奥に今も眠っている。



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