『むっちゃ好きな人』
物音一つしねー世界で、牧野の声だけ俺の中で何度も繰り返す。
お前のむっちゃ好きな奴って誰なんだよ。
「おっ!つくしの好きな奴?誰だよ?お兄さん達に言ってみなさい。」
このあきらの声に─────。
俺の中で止まっていた世界が動き出す。
牧野の好きな奴。
一体どんな奴なんだ?
俺じゃねーのかよ?
俺って言えよ。
俺だって言ってくれ。
こんなことを願っていると、一瞬だけ。
いや、一瞬以下だったかもしれねー。
俺の願望かも知れねーけど、ほんの一瞬牧野と目線が合ったような気がした。
そんな俺の淡い期待も虚しく…。
少し照れたような顔をした牧野は、その顔を隠すように俯き加減に言ってきたんだ。
「いつかの話や!いつか、むっちゃ好きになった人とな。高校生とかじゃなくって、大人になってからの話や。」
そんな牧野の返事に
「「やっぱ、つくしは鉄パンだな。」」
なんて言ってるあきらと総二郎。
そんなあきらと総二郎に、
「あんたら、変な所でいっつもハモるな。」
なんて変な所で感心しているこいつ。
そんな牧野を横目で見ながら─────。
大人になるまでなんて待ってられるかっ!!
今直ぐ俺のこと好きになれっ!!
っつー、俺の念力をこいつに送った。
そんな間も、あきら・総二郎・牧野の3人は
「あんたら、夏休み1回も学校来ーへん(来ないで)で何してたん?」
「「ナンパ!」」
「学校来(こ)うへんでナンパ?」
「「高1の夏は今だけだ!」」
っつー、会話をした後、牧野が突然立ち止まった。
どうしたんだ?
なんで急に、こいつは立ち止まったんだ?
しかも、「そうやでな。高1の夏は今だけやもんな。」こんなことをブツブツ言っている。
俺はもちろん、あきらと総二郎も不思議そうな顔をしながら、顔を見合わせる。
そんな俺に、牧野は言ってきたんだ。
「なぁ、急なんやけどな…。今から道明寺ん家(ち)のプールに行ってもかまへん?」
一瞬、何を言われたのか戸惑った俺は、返事が遅れた。
『かまへん』は『いいか?』っつー意味だったはずだ。
「…あぁ。いいけどよ。急にどうした?」
俺が聞いてみると─────。
「うちな…。東京来たのが夏休み前やったやろ。どこのプールに行ったらえーんか、わからんかってん。」
この牧野の言葉に、俺は衝撃を受けた。
俺ならいつでも連れて行くっつーんだっ!
クソっ。
なんで、俺は誘わなかったんだっ。
「お盆は、大阪に帰ったけど、ママが『お盆にプールとか海行ったら、霊に足引っ張られるからアカン。』って言ってきて行かれへんかってん。」
牧野の言葉に、俺たち3人は首を捻った。
盆にプールや海に行くと、霊に足を引っ張られるってなんだ?
そんな俺たち3人のことなんて気にしてねー牧野は─────。
俺に手を合わすようにして、頼んできたんだ
「だからな、今年は1回もプールに行ってないねん。悪いんやけど、道明寺のお家のプールで泳がせてもうてもえーかな?」
俺の返事を待っている間─────。
牧野は手を合わせたまま上目使いで俺を見ていて、思わず頬が赤くなるのがわかった。
俺が頷いたのを見るなり、牧野は「やった~。」なんて言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
やべぇ…。
こんなに可愛い牧野が邸に来るのか?
邸で二人きりになって、俺、大丈夫か?
こんなある意味、幸せを噛みしめいると─────。
「おっ!つくしの初サボりだな。」
「俺たちも、一緒にプールに行ってやるよ。」
あきらと総二郎の声により、俺の至福の時は一瞬にして終わってしまった。
あきらの『つくしの初サボり』はまだわかる。
総二郎の『俺たちも一緒にプールに行ってやるよ。』は、要らねーだろっ!!!
『お前たちは来るな。』
っつー俺の言葉は、
楽しそうな牧野の声に消されてしまった。
「あきらくんと総ちゃんも一緒に来る?うわー、楽しそう!そんなに大勢でお邪魔していけるん?」
「司の邸は広いからな。プールも広いぞ。」
あきらは牧野に話した後、スマホを手にした。
同じように隣の総二郎も、スマホを触りだす。
俺の腕をポンポンと軽く叩いてきた牧野は、
「道明寺。うち、水着取りに帰ってくるわ。」
なんてことを言ってきた。
「送る。」
って言いながら、俺が牧野の腕を掴もうとした時には─────。
既に、牧野は走り出している。
「かまへん。ちょっと寄りたいとこあんねん!ほな、後でなー。」
牧野がこう言って、また走り出した。
寄りたいとこってどこだよ?
そんなことすら、聞けねー今の俺。
送ることすら拒否られて、凹んでいる俺に─────。
「仕方ねーわ。」
「司は、つくしの彼氏じゃないからな。」
「彼氏になれるのか?」
「さぁ…。どうだろうな?」
「俺、くっつかないに1万。」
「じゃ、俺は無理な方に1万。」
こんなムカつく会話をしてるこいつらに、
俺は、怒鳴り声を響かせた
「くっつかねーも、無理もどっちも同じじゃねーかっ!!」
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