少し前に道明寺から言われたことが、頭の中でグルグル回る。
道明寺の名字で私が仕事をする。
私は、すごく困った顔をしていたのかもしれない。
そんな私に、少しだけ困ったような顔をした道明寺は言ってきてくれた。
「心配いらねーから。お前が困るようなことはしねー。」
いやいや、心配でしょ?
心配いらねーことなんてないから。
困るようなことって、困ることだらけじゃないの?
私が、こんな風に思っているのに─────。
「俺が、心配いらねーっつーてるだろ。」
キッパリ言った。
道明寺のことを、疑っているわけじゃない。
でも…。
私が納得して、道明寺姓を名乗るんならまだしも…。
今の私は、まだそんな風には思えない。
一年って期限付きの契約結婚だったからなのかな?
直ぐに『牧野つくし』に戻るって思い込んでいたし、仕事でもずっと『牧野』だったから、牧野と離れるのが少し寂しい感じもする。
そんなことを考えている私の頬を、道明寺はサッと撫でながら─────。
「今夜、楽しみにしてる。」
こんなことを、私の耳元で囁いてきた。
ボンって音を立てるような勢いで、一瞬で赤くなる私の頬と耳。
なに?今の。
耳がゾクゾクしたじゃないっ!
耳だけじゃなくって、背中までゾクゾクしたよ。
思わず肩を竦め、耳に手を当てる。
そんな私を、余裕な顔でニヤって笑いながら
「どこにも寄り道するんじゃねーぞ。」
なんて言いながら、道明寺は屋上を後にした。
屋上を去る道明寺を見送った後─────。
私が一番に思ったことが、なんで道明寺って男なのにあんなに色気があるの?
だったの。
だって、女の私なんかより色気があるよ。
いや、それよりっ!
色気よりっ!!
今夜の楽しみって?
なに?
もちろん、あれだよね?
昨日だって、一緒のベッドで寝てドキドキしたのに。
(でも、仕事で疲れていたから直ぐ寝てしまったんだけどね。)
今夜?
どうしよう…。
ドキドキしてきた。
私の《初めて》が、結婚してからとは思わなかった。
いくらなんでも、結婚する人とは付き合いだしてからそんなことをスルって思っていたのに。
本当に明日香や美玖が言っていたように…。
私って、本当に『化石』とか『遺物』とか『シーラカンス』じゃない。
いや、化石とか遺物とかシーラカンスなんてどうでもいい!
結婚する人とでないと嫌って決めていたから─────。
私、初めてだよ。
道明寺がなんとかしてくれるよね…。
あいつ経験豊富っぽいし。
なんか、それはそれで、ムカつくし嫌なんだけど。
大丈夫だよね。
いや、絶対に大丈夫なんかじゃないっ!!
私、道明寺のをっ、その、あの、その…。
あれを、見たじゃないっ!
なんで、見てしまったんだろうっ!
見てしまったから、余計に不安だよ。
あんなに大きいのが入るわけ無いじゃないっ!
そうよ!
あんな大きいの、入らないよっ!
無理に決まっている。
死んじゃう。
死ななくても、絶対に体が裂けるっ!
絶対に痛いはず。
中学生時代。
友達とキャーキャー言いながら、『初めての痛み』について話していたのを思い出す。
その痛さの例えが─────。
『鼻にナスを突っ込むくらい痛い。』
だとか、
『耳にキュウリを突っ込むくらいの痛み。』
だったような記憶がある。
あの例えは、本当のことだったのかもしれないっ!!
だって、道明寺のはすごく大きかったんだもん…。
キュウリもナスも無理だけど、道明寺のも無理っ!
ギャー!!
どうしよう。
なんだかお腹が痛くなってきた。
お腹をさすりながら、何故か私の視線は自分の胸にいっていた。
・・・・・。
胸、小さい。
いや、小さいって表現より『無い。』に近いのかもしれない。
胸だけじゃなくって、お尻も無い。
丸みが全くない私の体。
女らしい体つきとはかけ離れている。
えっ?
この凹凸の無い体を、道明寺に見られるの?
お腹だけは、なんとなく少しだけ出ているような…。
無理、無理!
イヤー!
そっちの方が絶対困るっ!!
道明寺も、私には『勃たない。』って言っていたよね?
大丈夫だよね?
でもでもでもでもっ!
『この一年、どれだけ我慢を重ね、辛抱したのがわかんねーの?』
とも、
『俺はゴミ箱に自由にティッシュすら捨てられなかったんだぞ!」
とも、言っていた…。
今夜、なんだ─────。
真冬の寒空の下だというのに、私の体が一瞬で熱くなる。
お酒を飲んだ時のように、頬まで熱い。
道明寺が用意してくれていたコートを着ていたら、暑いくらい。
私はこの熱を逃がすように、冬の街を歩き出した。
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