クソから逃亡したところで、仕事は終わらねー。
仕方ねー、仕事に戻るか。
俺が執務室に戻ろうとした時─────。
屋上へ通じる階段を上がって行く天草の姿が見えた。
なんとなく嫌な予感がした俺は、ジャケットのポケットの中のスマホに手を伸ばした。
が、そこには、スマホは入っていなかった。
クソっ!
執務室に置いてきてしまった。
俺は、天草の後を追うように屋上へ向かった。
そっと、屋上への扉を開いた瞬間─────。
!!!
俺の視界に飛び込んできた、牧野と天草の二人。
牧野は今朝、俺が選んだ服を着たままだ。
なんで屋上で二人きりで会ってんだ?
当然のように、天草が牧野の髪に手を伸ばした。
牧野の髪に触るんじゃねー!
あいつに触れていいのは俺だけだっ!
こう判断した俺は、天草からの視線から牧野を守るように、胸の中に牧野を閉じ込めた。
突然現れた道明寺に、何故か私は抱き締められていた。
「ちょっと、なに?やめてよっ!」
って、私の声は
「こいつに触るんじゃねー。」
って、道明寺の荒く低い声に完全に消されてしまった。
離れようと体を捩っても、道明寺の力が強すぎる。
道明寺が怒っているのが伝わってくる。
「こいつは俺の女だ。触るなっ!」
やっぱり怒っている道明寺の口調。
「スゲー独占欲だな。道明寺が心配するようなことは、なにも無い。」
道明寺の口調とは正反対の天草主任の声。
それなのに、道明寺はまだ怒鳴っていて…。
「なにもねーなら、こいつと二人きりで会うんじゃねー!」
こんなことを、天草主任に言った。
「俺、つくしに誘われた方だからなー。」
天草主任は、こんな爆弾発言をした後─────。
続けて、楽しそうな口調でまた爆弾を落としてきた。
「な、つくしが二人きりで話をしたいって、言ってきてくれたよな?」
ぎゃー!!
天草主任っ!
なんてこと言うんですかっ!!
しかも、なんで楽しそうな口調なんですかっ!?
道明寺の顔を覗いて見ると─────。
顔に何本もの青筋がっ!!
ひぇー。
恐ろしすぎる顔になってるー。
これ以上、道明寺が怖い顔になったらどうしよう。
こんなことを思っているのに─────。
天草主任は最大級の爆弾を落としてきた。
「つくし。道明寺が嫌になったら、いつでも俺の所に来い。」
ギャー!!
なんでっ?
なんでそんなこと言うんですかっ?
天草主任は、道明寺がどんな顔をしているのか見えてますかっ!?
「天草っ!こいつのこと、名前で呼ぶんじゃねー!牧野が、俺のこと嫌になんてなるわけねー!こいつが、お前の所に行くことも絶対にねーから。ついでに言っておく!俺のことを呼び捨てにすんじゃねー!役職では、俺の方が上だ。」
って、道明寺がスゴイ勢いで天草主任に言ったの。
でも、天草主任は全く動じない。
「失礼いたしました。ですが、今は仕事中ではなく、完全なプライベートです。牧野さんを『つくし』と呼ぶことに、何か問題でもありましたか?今まで、彼女から何か言われたことはありませんし、仕事に支障が出るようなことは一切していません。」
私がなんて呼ばれていても良いじゃない。
そもそも、なんで道明寺が怒るのよ?
だって、あんた、私のことを名前でなんか呼んだことなんてなかったよ。
昨日だって、タマさんに私のこと『牧野』って紹介していたじゃない。
「問題大ありだっつーんだ。自分の嫁が、他の男から呼び捨てにされてんだぞっ!二度とこいつのこと、名前で呼ぶなっ!」
この道明寺の言葉に─────。
私は、思わず息を飲み込んだ。
嫁って、言って良かったの…?
天草主任も驚いているのが、気配で感じ取れる。
そんな天草主任に、道明寺は静かに話し出したの。
「色んな事情で発表はしてねーが、俺とこいつは一年前から結婚している。だから、こいつは、俺以外の誰の物にもならねーし、名前で呼ぶのも止めてくれ。」
そんな道明寺と私に、天草主任は一礼して言ってきたの。
「そうでしたか。全く知らなかったとはいえ、それは申し訳ございませんでした。つく…。いや、牧…、道明寺さんにも悪いことしてしまったね。」
いつもの天草主任の声より、少しだけ張りが無いように聞こえる。
この言葉を、私は申し訳無いような気持ちで聞いた。
そして、天草主任は静かに歩き出した。
規則正しいコツコツって音が聞こえなくなった時─────。
バタン…。
静かに屋上のドアが閉まった。
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