静かに屋上のドアが閉まった。
天草主任に、何とも申し訳ないって思いでいっぱいになりながらも…。
それよりも、今はこの道明寺との微妙な空気が気になる。
チラって見上げて見ると、明らかにムスってした顔の道明寺。
そんな道明寺は、私と目が合うと矢継ぎ早に言ってきた。
「勝手に男と二人になってんじゃねーよ。俺以外の男と二人きりになるなっ!しかも、お前が呼び出すんじゃねー!この淫売女。」
道明寺の言葉にムカついた私から出たのが…。
「なんで淫売女まで言われないといけないのよっ!このクルクルバカっ!」
これだった。
「誰がクルクルバカなんだ?」
「やっぱりバカ。クルクルバカなんて、あんたしかいないでしょ。」
「俺はクルクルバカじゃねー!この淫乱め。」
「あんた、変なんじゃない?何が淫乱よっ!私が天草主任と二人きりになったのは、す、す、好きな人がいるって断ったからじゃないっ。それなのにっ…。。」
私は、文句を最後まで言えなかった。
道明寺が力強く抱き締めてきたから─────。
「好きな奴がいるって断ったんだな?」
道明寺の声に、コクンと頷く。
「好きな奴って俺だよな?」
もう一度、コクンと頷く。
そして、
「消毒。」
って言いながら、何度も何度も私の髪を手ぐしで梳かしてきた。
「道明寺、仕事は?。」
「いいんだよ。」
「西田さん、心配してるよ?」
「お前を抱き締めてる時に、仕事や西田の話をするんじゃねー。ムードのねー奴だな。」
「ねぇ…。結婚のこと、勝手に言ったりして良かったの?」
「いいんだ。俺は、一年前から公表しなかったのをスゲー後悔していたんだ。」
「なんで?」
「お前は、直ぐキョトキョトするからな。」
「キョトキョト?なにそれ?」
「天草に織部。お前、他の男子社員からも人気あるんだぞ。」
「そんなことないよ。」
「あるんだ。」
こう言った道明寺は、これ以上ないってくらいの強い力で抱き締めてきた。
「俺、お前の名前すら許せねー。」
「なにが…?」
「お前が、他の男から名前で呼ばれること。」
「えっ、そんなこと…?」
「そんなことじゃねー。イヤなんだ。お前の髪、一本たりとも触られたくねー。」
「プッ…。なにそれ?髪、一本って。」
「俺、独占欲スゲー強いみてーだ。お前のこと独占してー。いや、してーじゃねーな。独占する!!」
「なに言ってるのよ?私に独占欲なんて要らないと思うけど…?」
「いや、絶対に必要だ。俺は、お前を独占する。だから、お前の名前も名字も独占したい。」
・・・・・。
私は、道明寺の言っている意味がわからなかった。
名前も名字もってなに?
黙っている私に、道明寺は初めて私の名前を呼んだ。
「つくし。」
道明寺のバリトンボイスから『つくし』って呼ばれるのは、恥ずかしくって、照れくさい。
心臓はバクバクと動いているのに、胸がキューンってなって、思わず足の指までギュッてなってしまう。
「つくし、好きだ。」
この言葉と同時に、私の髪に、道明寺の優しいキスが降る。
会社だよ…。
ダメだよ…。
わかっているのに、道明寺から醸し出されている甘い雰囲気に抗えない。
そのキスの合間に、道明寺が囁いてきた言葉─────。
「名前すら独占したい。他の男に『つくし』なんて呼ばせたくない。」
私のことを『つくし』って呼ぶ人は、天草主任くらい。
もう、きっと私のことを名前で呼ぶってことは無いだろうし…。
私は、道明寺を見上げてコクンと頷いた。
頷いただけだったのに、何故か道明寺は顔を真っ赤にさせながら怒ってきたの。
「お前っ!そんな顔して上目使いするの反則だろっ!」
えっ?私、どんな顔をしていたの!?
締まりのない、だらしない(いつもなのかもしれないけど…)顔だったのかなぁ?
そして、道明寺が次に言ってきたことが─────。
「つくしとのこと、さっさと公表してー。あと…、道明寺は、結婚後の旧姓使用も認めている。でも、つくしには道明寺を使ってもらいてーんだ。俺は、お前の名字すら独占したい。」
だったの。
全く想像していなかった道明寺の言葉に、私は道明寺の胸の中で固まってしまっていた。そっか。
道明寺と思いが通じるなんて思っていなかったから、考えたことも無かったけど…。
道明寺くらいの立場の人なら、結婚したら公表するんだ。
そして、今さっきの道明寺の言葉。
私の名字まで独占したいって…。
牧野でも、道明寺になっても、私は私。
なにも変わらない。
でも…。
道明寺姓になると、周りはそうは見てくれない。
庶務での仕事も、今までのようにはいかないはず。
大変だけど、仕事も楽しいとか、遣り甲斐があるって思えるようになってきたんだよ。
道明寺と気持ちが通じて、嬉しい気持ちでいっぱいだったのに─────。
心の中がざわざわと動き出す。
そうだった。
道明寺と私は、既に結婚しているんだ。
想いが通じて、気持ちが浮かれてしまっていたけど─────。
私の生活は、すごく変わっていくのかもしれない。
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