熟睡から目覚めて起き上がるのに激痛が走らず、比較的楽に起き上がることが出来るようになりました。熟睡はいいですね。
鎮痛剤を、私の場合、4時間おきにのむのもいいですね。15日、横浜栄共済病院に行くと、化学療法室の指導薬剤師が、私の鎮痛剤の飲み方は参考になるから教えてくれと言ってきました。学ぶ立場の私が教えるなんて面白いですね。
こののみかたで注意すべきことは、鎮痛剤を単独でのまないことです。胃腸類を荒らす恐れがあるようです。飲む前、何かちょっと食べるといいと思います。
ちょっと食べるものがないときは、防災で備蓄している朝食シリアルを食べています。シリアルは、食物繊維、ほか、いろいろな栄養がバランスよく入っています。これが、ほかの普通食品より、格安というのは驚きです。量産、乾燥食品、流通・保管が楽などが有効なのでしょう。
ついでに書きますが、1歳ぐらいから3歳ぐらいまでの赤ちゃん用調整粉乳も格安ですね。私は若い時から愛飲し、いまもこの食習慣を続けています。体に悪いと感じたことはありません。安物ミルクがアメリカから輸入され、使われています。有害成分が入っており危険というお話しがあります。真実は知りません。
私は、61歳のとき、大腸直腸がんが発見され、病院で気付くのが遅すぎたと言われたが、原因は、レストランで安物の合成牛肉のビフテキなどを、また、家などで焼き魚などを、おいしいので食べすぎていたことにあると見ています。
前立腺がんの発見が遅れ、80歳で末期状態で発見された原因は、医療に依存する精神を嫌ったことにあります。体がもつ自然治癒力を過信していました。友人が私の顔に死相を見、このままでは死ぬと言い、ぐだぐだ言わないで長田病院で健康診断を受けよと、迫ってきました。私は友人に従いました。診断結果は重度の腎不全でした。
横浜栄共済病院で近代的技術で検査を受けたところ、末期がんで、上半身の骨にまで転移し、手術や放射線治療は、効果がないばかりか、ほかの体などへの悪影響が大きく危険との診断でした。残る治療法は、がんの餌になる男性ホルモンを減らすこと、最後は抗がん剤を使う化学療法しかないということでした。
死ぬ覚悟はしましたが、医師のすすめに従い、今日まできました。とうとう要介護状態になってしまいました。しかし、5年近く生き延びています。最後の町の仕事と思い、西洗公園愛護会の事務局に就任したが、最近は園丁仕事ができません。「口ぱく」の事務局など説得力がありません。苦慮しています。これが実情です。