旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU ~ふたたび~」

2012-12-11 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

 事務所の電気がすべて消えていることを確かめて、私はドアの鍵を掛けた。外に出た途端、凍てつくような夜の冷気が、無防備な顔の表面をピリピリといたぶる。
 華やかなクリスマスのデコレーションで飾り付けられたショップが並ぶ通りを、メトロの駅に向かっている途中で、バッグの中のスマートフォンが鳴っていることに気付いた。掛けてきたのは田宮だった。
― 聞いたよ、日本に戻るんだって?
「情報が早いわね。昨日、辞令を受けたばかりなんだけど」
― 遅いくらいだよ。なんで昨日言ってくれなかったの?
「それどころじゃなかったのよ」
 仕事の上司であり経営者である小暮マイコから、来年から日本に営業オフィスを置くことにしたので、そこでの事務局長をお願いしたいと言われたのは、昨日の夕方のことだった。
いつからその構想を持っていたのか知らないが、彼女のことだ。思いつきではなく、おそらく1年くらい前から考えていたことなのだろう。
 たしかに、パリやフランス国内に支店や営業所のある日本企業との仕事なら問題ないが、近年は海外の事務所を撤退する企業も多く、日本国内の担当者と直接やりとりするには、時差のあるパリよりも日本に事務所を置いた方がこちらにも、企業側にとってもメリットになる。
「せっかくのクリスマス休暇が事務所探しで潰れてしまうかもしれないけどね」
 いえ大丈夫です、と答えた私をチラッと見て、小暮マイコは口元にかすかな笑みを浮かべて言った。
「でも、これで遠距離恋愛から卒業できるわね。ラッキーだと思いなさい」
 別にそのために日本に事務所を置くことを決めたわけでも、私を日本に戻すわけでもないはずだ。ただ偶然の積み重ねがたまたまそういう結果につながっただけだが、それでも彼女に感謝したかった。
 田宮はきっと彼女から話を聞いたのだろう。
― パリにきてちょうど1年経ったくらいか。
「うん。やっと住み慣れてきたとこなのに、ちょっと残念だけど」
― それほど残念そうには聞こえないけどな。
「だって、仕事でパリにも時々来ると思うし」
― なあ。
「ん?」
― 本当は、日本に戻れて嬉しいんじゃないの?
 彼がいるから…という言葉はなかったが、言外に匂わせているのはわかる。
「仕事をするスタンスは日本でもパリでも変わらないけど」
 そんなことを聞いてるんじゃないんだけど、と田宮はつぶやいた。
― 俺も日本の本社に戻してもらおうかな。
「まだ駐在して2年でしょ」
 大手商社勤務の田宮が、2年の駐在で本社に戻るとは思わないが、彼なら強引に日本への異動希望を出しかねない。そんなことになったら面倒になりそうだと思いながら、もうメトロに乗るから、と私は電話を切った。


 もう朝からなんやねん、と不機嫌そうに電話に出た彼に、ゴメンと謝って「再来週からクリスマス休暇でそっちに戻るよ」と伝えた。
― ああ、もうそんな時期か。
 クリスマス休暇という言葉も使わなくなるんだよねと思いながら、どのタイミングで話そうかと思いめぐらせる。
― あれ?けど再来週って、俺、ツアーの真っ最中やで。
「どこ行ってるの?」
― どこやったっけ…札幌の後が…福岡や。最後は名古屋。その間に歌番組の生放送もあるな。
「大晦日は大阪と東京の往復だしね」
 彼のグループが年末の一大イベント紅白歌合戦に出場が正式に発表された時は、その日に会見時の衣装の写真付きでメールが届いて、さらに電話までしてきてくれた。
― な、すごいな、俺らめっちゃスターやな。
 彼の弾むような声にこちらまで自然と笑顔になる。早く会って、おめでとう、頑張ってねと言って、ぎゅっと抱きしめてあげたかった。
― なあ、福岡か名古屋には来るん?
「ううん。大阪に行くよって前に言ったじゃん」
― 前はもっと来てくれてた気がすんねんけど。
「夏休みに幕張と京セラのイベントに行ってるよ」
― せやな。はるばる来てくれたもんな。
せやけど、と彼の声が沈む。
― 今年入ってから全然会えてへんな、俺ら
 彼の言いたいことはわかる。アイドルとファンとして顔を合わせてはいるけれど…でも、ということだ。メジャーデビュー以来、今年が彼らにとって記念の年だったこともあり、ドラマに映画、タイアップCM、大掛かりな周年イベント、そして全国ツアーと多忙を極め、しかも一番忙しい時期と私が一時帰国する日程が重なっていたこともあって、お互いに隙間を縫って会う時間すら取れなかった。
それは、日本を離れて暮らすことが決まってから、私の中では覚悟していたことであったけれど、なかなか繋がらない電話、いつまでも返事のこないメールに、どれだけ心がざわめいたことだろう。不安に何度押しつぶされそうになったことだろう。もしかすると、それは彼の方も同じだったのかもしれない。
― 実家に行くん?
「え?」
― こっち。戻ってきてから。
「うん、行くけど、しばらくは東京にいるよ」
― なんで?仕事?
「うん」
― クリスマス休暇なのに?
「そう」
― イベント?
「じゃない。不動産屋めぐりかな」
― ふどうさん?
彼の頭の上に「?」マークが浮かんでいるのが想像できる。
「東京のね、オフィスを探さなきゃならないの」
― おふぃす?東京の?え?何の?
「ウチの会社、東京に営業オフィスを構えることになったの」
― へえー!そうなんだ。すごいやん。なに?東京のどこ?
「それをこれから探すんだって」
― ああそうか。それは大変やな。
「うん、それに、新しい部屋も探さないといけないしね」
 え?という小さな疑問符が返ってきてから、まるで時差のタイムラグのような間を置いて、「えーっ!!」という彼の絶叫がスマートフォンを耳元から離していてもハッキリと聞こえてきた。
これから始まる彼のマシンガンのような質問攻めに備えて、ちょっと長い夜になる予感を覚えながら、私は小さく息をついてから、スマートフォンをふたたび耳に当てた。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

久しぶりの短編です!
もしかして・・・1年ぶり?(笑)

ふたたび、というサブタイトルにしてますので、まあ短編再開、と思っていただいてもいいのではないかと。
まあ、どこまで書き続けられるかはわかりませんけどねー
宮城のライブで、センステめっちゃ近くで横山さんのお姿を見られrたことも、再開のきっかけになったかもしれませんが(単純)、他にも書いてみたいネタが出てきたのと、短編書いてると、書いてる本人も女子力がアップするような気がして(笑)

ゆるゆるとした感じで、また始めますので、お気軽に感想をコメントしていただければと。



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2 Comments

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おかえりなさい短編集☆ (いろは)
2012-12-12 22:51:49
るるりんさんへ

待ってましたー!!!
るるりんさんの短編集、おかえりなさーい(笑)
読み進めていくうちにキュンキュンが蘇ってきました
彼との距離が縮まり、これからどうなっていくのかが楽しみです

るるりんさんの短編集、大好きぃ

読んでたら∞クン達に会いたくなってきちゃいました

実は今回、大阪チケットが全てはずれてしまいヘコんでたので

1日のチケットを必死に探している次第で(あと半月しかないのに)。
何としてでも会いたいので頑張ります(泣)
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ただいま(笑) (るるりん)
2012-12-17 14:58:16
いろは~♪
長らくお待たせしちゃいました。

これからちょいちょい載せていけたらなと思ってるので、楽しみにしててもらえたらと。

大阪探してるのね。たぶんアリーナとの交換で持ってる人とかいると思うので、名古屋が終われば出てくると思うよ。
早く見つかるといいね。がんばれ!!

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