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孔子と韓非子、日々揺れています! 中歴-02

2014年01月26日 12時55分44秒 | 中国の歴史とことば
帝堯(てい・ぎょう)さんの横顔はこんなですか。まあ、古代の聖王だからこんなシンプルなんですね。人柄も出ている感じです。


3【無(   )の治(ち)】     4【(   )盾(じゅん)】

3の意味……為政者(いせいしゃ)に人徳があれば、特別なことをしなくても、有能な人材を得て自然に世の中が平和に治まるということ。

4の意味……前後のつじつまが合わないこと。 ……空欄に適当な漢字一字を!



 『論語(ろんご)』では堯(ぎょう)さんの後継者・舜(しゅん)さんのことを次のように評価しています。
 「人徳によって自然に世の中を治めた人は、古代の聖王・舜であろう。あの人は何をしたかというと、自分の行いを慎(つつし)み、天子の座に身を置いただけである。」〈衛霊公〉 

 理想の古代です! 何もしないで世の中を治めたなんて、ふつうの人にできることではありません。本人はあれこれと考え、あれこれと手を打ち、いろんな人材をことばで動かしているのに、はたから見ると、何もしていないように見えるなんて! とても普通の人にできることではありません。普通の人なら、もっとジタバタと、いかにも自分はやってますよとアピールするだろうに、この王様はそんなわざとらしいことはしなかったのです。

 昔、漢文の授業で習った時には、イマイチ納得ができなかった内容でした。どれほど孔子さんが力説しても、そんなことはあり得ないし、現実の日本の政治は、政治家が好き勝手に(自分の都合のいいように、または)一部の人の利益のために政策とやらをやっているだけではないか、そういう下劣なものが政治じゃないの? と、漠然としたむなしさに包まれていました。



 オッサンとなった今は、政治家のみなさんは、それなりに世の中を何とかしようとしているらしいようには見えます。でも、公平無私な政治というのはないように思います。政治家のだれもが、だれかの利益を代弁する形で政策を行おうとします。仕方がないのかも知れない。

 まあ、政治家というのは、私たち庶民の感覚と離れたところにいて、何かを考え、何かをしでかしていくのだと思われます。彼らは何か業績を残したという実感が得られるまで、とことん何かをやる人たちです。先ず、政治家には野心が大事だし、それを実現しようというギラギラした精神がなくてはならない。だから、フツーの人はなかなか政治家にはなれません。普通の人は政治家になろうという野心など起こさないものです。

 政治というものは偉大な力があって、オリンピックのような世界的な行事を招致し、世界的な建築家に腕をふるわせ、立派な橋や鉄道網を作ります。地図や歴史に残るような仕事をめざします。だから、無〇というのは正反対のことで、ナンセンスな話です、現代では。そうですね。これは逆説なのかな。孔子さんは、本来そうあるべきだとおっしゃったのかもしれない。

 逆説のとらえかたが間違ってますね。孔子さんは、理想としては何もしなくても世の中がうまくまわっていくようにするというのを理想に置いているのだけれど、現実は少しでも理想に近づくためにあくせく真面目に努力する政治というのをしていこうというのを言うために、でも本来はトップが何もしなくてもうまくいけばいいのだけれど……と思っていた。

 いや、そうではなくて、ステキな思いやりのあるトップがいて、まわりの者はその影響を受けて、自分の野心を抑え、それぞれの周囲の人のために行動し、そうしたあたたかな感じがあらゆるところに広がっていく。そういう世界・雰囲気をつくることがトップの役目であって、チョコマカ動くことはトップのすることではないというふうに言っておられるのかもしれません。とにかく、理想は何もしなくてもうまくいく社会であることでした。



 それに対して4の『韓非子(かんぴし)』の主張は、儒家(じゅか)は古代の聖王の堯と舜の二人を誉めたたえているが、堯が聖人ならばその後を継いだ舜が改革する必要はなかった。また、舜が改革をしたというのであれば、堯は聖人ではなかったはずだ。だから、堯と舜の二人とも聖人だという儒家の説は成立しない。それはまるで、○と盾(たて)の二つを同時に売り込む人の論理と同じだというものでした。

 韓非子さんはいいことも言っている気がするんですが、この場では、なんだかイチャモンというのか、屁理屈というのか、いやがらせというのか、理屈のための小理屈みたいな、イマイチの言いがかりです。

 政治に関する限り、とかく〇盾だらけであり、無〇の政治なんて、世界のどこにもないような気がします。でも、理想は捨ててはならないのです。そして、なるべく政治が人々と関わらない国、今の日本はある程度それに近いですけど、ですから無党派がいっぱいいて、「政治なんかだれがやっても同じ」という人たちがたくさんであればいいですね。でも、油断はできません。

 為政者って何かをする人がいいのか? 何もしない人がいいのか? 「無○の治」などというものは理想? 絵空事? 理想は無○だけど、次善のものとしては国民にウソのない政治をしてもらいたいです。

 下品でウソつきなトップなんて要らない!       


答え 3・無(為(い))   4・(矛(む))盾


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