「求めよさらば与えられん」
これは聖書の教えでしょうか。
求めると言う意志があって、求め続けて、工夫研究して、継続は力で長年続けて、求めるものを得ることが出来るのです。
弓道の上達を求めていると本や講義録に出会うことがあります。その中の一つが「対山会 弓道講義録」と思います。
筆者は山本光政先生、東大農学部卒、弓道は幼少の頃から弓歴80年以上、講義録を出されたのが、91歳、昭和58年3月頃、山本先生に指導を受けた18名の方が山本先生の号を入れて「対山会」という会を結成し、山本先生がそこでの講義の内容を書いたのをまとめたのが「対山会 弓道講義録」です。序文を書かれたのが村上 久範士、それが私の手元に回り回って来ました。5年以上前のことで、読んで取り入れるべき事を参考にしていました。
現今、私は、会を持てないで苦労しています。
山本先生はどう考えどう講義されたかを見てみようと改めて探しました。
しかし、読み直して、先生が研究された弓道、それを私が山本先生から講義を受けたと考えて生かして行くべきではないかと考えたのです。
一つの弓道修業した先哲の足跡として生かすべきだと考えたのです。ただ、読んでも分からない言葉や内容があります。
私が浅学の私が解釈してどうのこうのという前に先生の書かれた内容をそのままメモする事が大切ではないかと考えました。
実はこの講義録を読んで私のブログに私の書いた内容に間違いがあるのではないかと思えるところが出てきたのです。
学ぶ、と言うことは読むだけでは少ししか分かりません、書けばもう少し分かります。それを試行するともっと分かります。何故そうすべきか他に方法がないか考えればもっと分かります。自分で工夫研究して、練習に練習して少し分かったと言うことになりますが、これでは先生を超えられません。先生を超える工夫・試行錯誤・研究・哲学・・・が必要なのです。それが守破離ということでしょう。
先ずは守です。先生の教えを知らねばなりません。
ということで、先生の講義録の内容を少しずつメモしてみようと考えています。
私の勉強のために、
『昭和50年1月5日
第1講 弓歴73年にして悟り得たものは何か。
それは、次の自作の教歌に尽きる。
「的を見て 的を振り捨て身を狙い 下腹張って胸で割り切れ」
自分は、この悟りで修業を止めず、更に弓道に精進修業をするものである。即ち修証一等の心境の覚悟である』
「修証」と言う言葉は手元の辞書には載っていませんでした。こういう難しい言葉が沢山出てきますが読み飛ばして全体から考えましょう。
この教歌に弓道の最重要要点がある、と教えられているのです。そのことを先ずは習いましょう。これが極意なのだと思って学ぶ(まねをすること)のです。
もう一つ学びの原則は「人に教えるつもりで習え」と言うことがあります。そうするとただ知っただけではなくそれを伝えると言うことは一旦自分のものにしなくてはならないのです。
「的を見て 的を振り捨て」:
このことは私も十分承知していますが。人にも言えるのですが実際はなかなか出来ないのです。もう一度自分に言い聞かせましょう。
「身を狙い」:
ここになるとこの講義録全体を読まないといけませんが、阿波先生も「自己を射中てる」と言うようなことをいわれていたと思います。
「自己に集中する」と考えましょう。そこの所を勉強しましょう。
「下腹張って」:
これは丹田です。丹田を充実指せよと言うことです。
「胸で割り切れ」:
離れをどうするかは試行錯誤しています。胸で割って切るのですか、私はいろいろやってきました。まだ混迷の中にあります。
この講義録は離れが大切ということでそこを中心に書かれています。ともかく胸は開かないといけないのは確かです。
講義録のどこかに左肘の押し、角見の押し、で押し切る離れがありました。
そこで昨日巻き藁で5,6,7と丹田、腋の下・下筋、角見と押したのです。
右の意識から左へ変えたのです。離れも良いように感じました。
それを入れた1,2,3の会
1,2,3で縦に三重十文字、足腰肩と上に伸びる
4で丹田に意識を
5,6,7で左腋、下筋、角見と押しつつ肩下の胸を開く、左をすると言うことは左右一致運動(祝部範士)で右も行われているのです。丹田を頂点とする逆三角形の両辺を伸ばすことによって底辺が胸や肘が開く
8で胸を開く
と言うことで、山本先生の教えを生かした1,2,3の会を考えました。
1,2,3で縦線を伸ばすことは教歌にはありませんが、今後講義録でどうなっているかを検証しながら、講義録を生かした射に変更することを考えました。でも1,2,3の縦線は大切であることは間違いありませんのでこれは変え無いつもりです。
これは聖書の教えでしょうか。
求めると言う意志があって、求め続けて、工夫研究して、継続は力で長年続けて、求めるものを得ることが出来るのです。
弓道の上達を求めていると本や講義録に出会うことがあります。その中の一つが「対山会 弓道講義録」と思います。
筆者は山本光政先生、東大農学部卒、弓道は幼少の頃から弓歴80年以上、講義録を出されたのが、91歳、昭和58年3月頃、山本先生に指導を受けた18名の方が山本先生の号を入れて「対山会」という会を結成し、山本先生がそこでの講義の内容を書いたのをまとめたのが「対山会 弓道講義録」です。序文を書かれたのが村上 久範士、それが私の手元に回り回って来ました。5年以上前のことで、読んで取り入れるべき事を参考にしていました。
現今、私は、会を持てないで苦労しています。
山本先生はどう考えどう講義されたかを見てみようと改めて探しました。
しかし、読み直して、先生が研究された弓道、それを私が山本先生から講義を受けたと考えて生かして行くべきではないかと考えたのです。
一つの弓道修業した先哲の足跡として生かすべきだと考えたのです。ただ、読んでも分からない言葉や内容があります。
私が浅学の私が解釈してどうのこうのという前に先生の書かれた内容をそのままメモする事が大切ではないかと考えました。
実はこの講義録を読んで私のブログに私の書いた内容に間違いがあるのではないかと思えるところが出てきたのです。
学ぶ、と言うことは読むだけでは少ししか分かりません、書けばもう少し分かります。それを試行するともっと分かります。何故そうすべきか他に方法がないか考えればもっと分かります。自分で工夫研究して、練習に練習して少し分かったと言うことになりますが、これでは先生を超えられません。先生を超える工夫・試行錯誤・研究・哲学・・・が必要なのです。それが守破離ということでしょう。
先ずは守です。先生の教えを知らねばなりません。
ということで、先生の講義録の内容を少しずつメモしてみようと考えています。
私の勉強のために、
『昭和50年1月5日
第1講 弓歴73年にして悟り得たものは何か。
それは、次の自作の教歌に尽きる。
「的を見て 的を振り捨て身を狙い 下腹張って胸で割り切れ」
自分は、この悟りで修業を止めず、更に弓道に精進修業をするものである。即ち修証一等の心境の覚悟である』
「修証」と言う言葉は手元の辞書には載っていませんでした。こういう難しい言葉が沢山出てきますが読み飛ばして全体から考えましょう。
この教歌に弓道の最重要要点がある、と教えられているのです。そのことを先ずは習いましょう。これが極意なのだと思って学ぶ(まねをすること)のです。
もう一つ学びの原則は「人に教えるつもりで習え」と言うことがあります。そうするとただ知っただけではなくそれを伝えると言うことは一旦自分のものにしなくてはならないのです。
「的を見て 的を振り捨て」:
このことは私も十分承知していますが。人にも言えるのですが実際はなかなか出来ないのです。もう一度自分に言い聞かせましょう。
「身を狙い」:
ここになるとこの講義録全体を読まないといけませんが、阿波先生も「自己を射中てる」と言うようなことをいわれていたと思います。
「自己に集中する」と考えましょう。そこの所を勉強しましょう。
「下腹張って」:
これは丹田です。丹田を充実指せよと言うことです。
「胸で割り切れ」:
離れをどうするかは試行錯誤しています。胸で割って切るのですか、私はいろいろやってきました。まだ混迷の中にあります。
この講義録は離れが大切ということでそこを中心に書かれています。ともかく胸は開かないといけないのは確かです。
講義録のどこかに左肘の押し、角見の押し、で押し切る離れがありました。
そこで昨日巻き藁で5,6,7と丹田、腋の下・下筋、角見と押したのです。
右の意識から左へ変えたのです。離れも良いように感じました。
それを入れた1,2,3の会
1,2,3で縦に三重十文字、足腰肩と上に伸びる
4で丹田に意識を
5,6,7で左腋、下筋、角見と押しつつ肩下の胸を開く、左をすると言うことは左右一致運動(祝部範士)で右も行われているのです。丹田を頂点とする逆三角形の両辺を伸ばすことによって底辺が胸や肘が開く
8で胸を開く
と言うことで、山本先生の教えを生かした1,2,3の会を考えました。
1,2,3で縦線を伸ばすことは教歌にはありませんが、今後講義録でどうなっているかを検証しながら、講義録を生かした射に変更することを考えました。でも1,2,3の縦線は大切であることは間違いありませんのでこれは変え無いつもりです。
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