吉村京花☆歌う門には福来る

Jazz, Bossa Nova, Sambaを愛するシンガー、吉村京花のブログです。

だれでもいいからかまってほしかった

2008年06月24日 | 子育て教育
って、そりゃ人間だから
そういう気分になるときもあるけど
だからって、
人を殺さなくても・・・。


まあ、そういう人はすでに正常な神経じゃなくなってるから
凶行に走ってしまうんでしょうけどね。

ほんとに今さらだけど
一人の人間のぐるぐるめぐりの
被害者意識の塊の世界に

巻き添えにされてしまった方々
本当にお気の毒です。
自分だって、家族だって、知り合いだって
秋葉原歩いていた可能性があると思うと
他人事じゃないです。

不運が重なるごとに
卑屈スパイラルに入り込んで
外界に対して攻撃的になってしまうことは
だれにでも多少はあると思う。

自分は不遇だ~!とか
もっと評価されたい~~!
とか

私だってほぼ毎日思ってたりするけど

それも2時間後には気分が変わってるし
最近、歳のせいかマイナスの感情まで
ぽろっとどっかに落としちゃうみたいで
屈辱的な思いとかしても
ひきずらないな~。
歳取るってある意味、幸せなことなのかも。

若いころのほうが悩み前線が長期間停滞していたような気がする。
半年くらいず~っとドツボにはまってたこともある。

いろいろ事件がありますが
世間を騒がすような挑発的な犯行は
若い人によるものが多いような気がします。
(統計見たんじゃなくて感覚で言ってますんで
あたってなかったら失礼。)

多少は景気がよくなったとは言っても
今採用バブルなのは団塊世代の大量退職による一時的需要だし
恩恵を受けているのは新卒が中心。

卒業時につまづいて、船に乗れなかった人たちは
いつまでまっても船は来ず、
救命ボートといかだとどっちがいい?
みたいに選択を迫られて大会に漕ぎ出さざるをえない。

不遇な環境だから犯罪を犯してもいいって言う話にはならないけど
そんな心の闇を拡大させてしまうような環境がもしあったとしたら
それって社会の力でどうにかしないといけないよね。
とくに将来のある若い人たちが、
自分の足で立っていけるように
応援しないといけないんじゃない?

「再チャレンジ」とか言葉だけじゃなくて・・・。

子どもたちを点数で切り分けてしまう今の風潮も
どうなのかなと思う。

塾は平気で試験結果で組み分けするけど
子どもたちにはいつも言っている。

点数で分けるのは教える側が都合がいいからだよ。
大人の都合であって、子どものためではないからねって。

点数で分けるという場面があってもよいけれど
それが絶対唯一の物差しではないことを
いつも言葉に出しておかないと。
じゃないと、人間、わかりやすい切り口に流れがちだから
(特にマスコミがそう)

子どもたちが就職するころには
どんな社会情勢なんだろう?

今よりよくしなきゃ。
う~ん、そう考えると暗くなる。

あ、でもね、最近子どもら(特に上の息子)は
率先して手伝いをしてくれるようになった。
明るいニュースだ~!
おこづかい目当てだけど
それでもよし。
洗濯物たたんでくれてありがと
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