栗太郎のブログ

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「湖の琴」 水上勉

2011-10-16 09:32:39 | レヴュー 読書感想文

※昭和43年に初版をだしたこの小説、今は読みたくても入手困難なようなので、遠慮なくあらすじに触れます。

物語のはじまりは大正13年の春のこと。
舞台は、湖北賤ヶ岳のふもと。この辺一帯は、明治から昭和にかけて生糸生産がさかんな地域だった。
この話は、その糸取り農家に奉公にやってきた娘・さくと、そこで働く男衆・宇吉の、悲しくも儚い恋の物語である。

さくが働く西山という集落は、となりの大音と並んで水質が近隣でもとびきりよく、生糸の出来も上々で、他に比べても光沢もよかった。
そのため、三味線をはじめとして多くの弦楽器の糸としての需要があり、高値で取引されていた。
喜太夫の家に住み込みで一緒に働くさくと宇吉。ふたりは、宇吉の三ヶ月間の兵役行きの直前にお互いを好きな気持ちを語り合い、将来の夢をみる。
あるとき、関西長唄界の重鎮・桐屋紋左エ門がふとしたきっかけで西山糸の存在を知り、渡岸寺の観音さまの拝観がてら、弟子を連れて糸工場の見学に来ることになる。
そのもてなしの席に給仕として借り出されたさくを、紋左エ門が見初め、内弟子にと誘って京都に呼び寄せる。
京都行きに気乗りしなかったさくだったが、次第にその生活にも慣れていく。しかし、その実情は、内弟子というにはほど遠い、女中のような毎日だった。
そして、いつしかさくは、紋左エ門に抱かれてしまう。
やがて、ほとほと京都の生活に嫌気がさしたさくは、かつて働いていた西山に戻っていった。
心優しい喜太夫夫婦と、なにより、自分を大事に思ってくれる宇吉と一緒にいることの幸せをかみかめるさくだったが、自分の身体は穢れていると嘆き、宇吉に真実を語ることが出来ない。
しばらくすると、さくの身体に変調があらわれる。じつは、紋左エ門の子を宿していたのだ。
周囲の遠慮ない詮索や揶揄に耐え切れず、かといって宇吉に頼れず苦しむさく。
そしてとうとう、さくは自らの命を絶ってしまう。
姿を消したさくを危ぶんだ宇吉は、ようやく物言わぬ姿となったさくを探しあてるのだが、そのきれいな死体のまま誰の目にも触れないところへ匿おうと考える。
余呉湖の深い淵へ沈めることを思いついた宇吉だったが、さくひとりにしてしまうことに寂しさをおぼえ、さくと一緒に自らをも箱のなかに収め、湖の底へと消えていった。



発表当時、おおきな支持を受けた。この本は、まもなく佐久間良子主演で映画化もされたほど。
僕が手にした古本をみたら、23刷だった。それだけ女性の共感を得たという証拠だろう。
昭和といえば、まだまだ女性の立場が弱かった頃のこと。
自分の気持ちを押し殺して耐え忍ぶ、いたいけな女性の象徴のようなさくのキャラクターに、多くの女性が感情移入したのであろう。
現代の小説ならば、さくを弄んだ紋左エ門に復讐を誓う宇吉がこのあと・・、っていうストーリーになりそうで、そういう筋に読み慣れた僕には、今にそうなるんじゃないかと、おどおどしながら読んでいた。
それはまるで、いつオバケがでてくるかと身構えながらオバケ屋敷を歩くような心境でもあった。
もちろんオバケはいないし、宇吉も復讐の鬼にはならない。
最後には、誰を恨むではなく我が身を恥じて命を絶つさくと、あたかも心中のようにさくに寄り添う宇吉なのだ。
その最後の描写に、作者の情景表現の美しさがひかった。
僕にも、余呉湖の水の冷たさと深さが伝わってきた。
他人に振り回された短い人生を歩んださく。それを辛抱とか我慢と語ることもできる。
だけど僕には、だれかに責めを転嫁することなく命を絶ったさくが、それを自分の運命として受け入れているようにも感じた。
読後、心にさびしいすきま風を感じつつも、これで永遠に離れることのない二人を優しく見守りたい気持ちになった。

今回の湖北の旅に、その供として選んだのがこの本。読み出して旅に出て、帰ってきてから読了。
小説の舞台も湖北だし、渡岸寺の観音さまにも触れている。
見たばかりの風景や、出会ってすぐの観音さまのくだりは、脳裏に納めたばかりの生乾きの記憶をめくるようで新鮮だった。


10点満点中、旅の記憶を楽しめたくらいかなあ。6★★★★★★

現在、廃刊。

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