秩父神社について書いたあと・・・。秩父神社から真南の延長線が、武甲山ではないことをまだ気にしていた。神降石の存在ゆえ、という落としどころで一応の納得をしてみた。ふと、視点をかえて、武甲山からみた真北、ってどこだろう?と気になった。地図で確かめてみると、まっすぐ北に引いた線がぶち当たった先は、秩父三社のひとつ、宝登山神社(ほどさん)だった。宝登山神社は、神武天皇と、大山祇神と、火産霊神(ほむすびのか . . . 本文を読む
古く、秩父地方はひとつの独立国として成り立っていた。「知々夫国」といった。チチブという言葉の意味はわからないけど、知も、夫も、当て字なのだろう。古くからチチブと呼ばれていたであろうこの地方を、何かの書物で文字にするにあたり、朝鮮から来た漢字の中から同じ「音」の字を当てたのだと思う。のちに字は、秩父となった。その秩父の中心地に、秩父神社がある。先に参拝してきた三峯神社と、宝登山神社と、ここをあわせて . . . 本文を読む
次に、三峯神社へ向かった。国道140号にでて、ループ橋を越し、その先の交差点待ちで、「三峰山」と電光掲示された路線バスを発見。このバスについていけばもう安心。そうは思うものの、前を走るバスは、すれ違いさえ困難なカーブがいくつもある道をどんどん奥へ奥へ上へ上へ。・・・なかなか着かない。気がつくと、さっき曲がった秩父湖の信号脇の集落が、いつの間にかはるか眼下にポツンと置かれている。ようやく駐車場に着い . . . 本文を読む
9月に、J君とJ君の彼女と三人で、房総半島へ行った帰り道のこと。J君が、「で、次はどこ?」と聞いてきた。ただでさえ、旅のまとめをブログに書くのが遅い僕は、「え?そんなすぐには行けないよ」と答えた。そこで、せめて年内にもう一度どこか、と決まった日が先週末の土曜日だった。はじめは「新潟で木喰仏」の予定だったのが、雨または雪の天気予報で予定が変更。急遽、秩父行きとなった。秩父に決まったのには大きな理由は . . . 本文を読む
館山駅を去り、安房国一ノ宮、安房神社へたどり着いた。古社の多くが鬱蒼とした杉林に囲まれた山中にある印象をもつ僕には、鳥居の先の、背の低い樹木と大きく開けた空が新鮮に思えた。奥に、拝殿。拝殿は、おそらく東を正面にしていて、太陽を背に建つ印象を受ける。その裏山は、太平洋の潮風から守るように、包みこむように、社殿を囲んでいるようだ。ここ安房神社の主祭神は、天太玉命(アメノフトタマノミコト)。遠い神話の世 . . . 本文を読む
週末、J君とJ君の彼女と三人で房総半島へ出掛けてきた。夏の房総は気持ちがよかろうと、ずっと旅情にせきたてられていたのだけど、どうもひとりで行くには遠い気がしてて、今回、海の幸をエサにふたりを誘ったのです。早朝宇都宮を出発し、10時前には鋸山山麓のロープウェー乗り場に着いた。奥に見えるのが、奇岩・鋸山。ずっと、ここに来てみたかったのです。せっかく来たのだから、高所恐怖症のJ君を口説いて、これで山頂ま . . . 本文を読む
「出雲展」を観たあと、隣りの平成館で行われたシンポジウムへ。シンポジウムのテーマは、たたら、なのです。 http://東京たたら.jp/司馬遼太郎『街道をゆく・砂鉄のみち』を読んでおいたのは、このシンポジウムの予習というわけ。会場内は、眼鏡をかけた理工系のひとでいっぱいで、僕のような趣味で来ましたって人は見当たらない。基調講演の講師は4人。まずは、日刀保たたら、村下の木原明氏。「日刀保ニットウボ . . . 本文を読む
出雲は、神話の国。神様とは、実在した古い古いご先祖様のこと。僕はそう思っている。だから、万能神でもないし、唯一神でもないし、超能力を持ってるわけでもない。ましてや、キリストや仏陀のような「最近」の話でもない。それぞれの氏族や地域や職業など、いろんな括りごとにいっぱいいるから、八百万といわれるゆえんでもある。そして、日本各地、土地土地の地主神もいれば、外来の神様もいる。つまり、国つ神クニツカミと天つ . . . 本文を読む
6月のこと。千葉の佐倉市にある歴史民俗博物館(略称、れきはく)から届いたメルマガに、「歴博フォーラム、河童とはなにか」の案内があった。河童とはなにか。あらためて問われると、答えに窮してしまう。何って、そりゃあ、妖怪だし、目撃証言があっても、ほんとは実在しないだろうし。鬼や天狗と同じで妄想や概念の世界の住人だと思うけど、どこだかに手とか残っているところが妙にリアルだし。昔から残る絵図はヌメっこくてグ . . . 本文を読む
インカ帝国展HPインカ帝国は、文字も、鉄器も、車輪も、もたなかったという。何よりも、この言葉が僕には衝撃だった。文字をもたないで、どのようにして後世に技術や伝承を伝えていったのか。鉄器をもたないで、どのようにして農耕に励んだのか。戦争で、武器は何を使ったのか。車輪をもたないで、どのようにして広大な帝国を行き来し、あの大きな石を運んだのか。それだけで僕の興味は増していた。インカ帝国の栄えた時代は、 . . . 本文を読む
NHK大河ドラマ、「平清盛」がはじまった。先日の日曜日は、第2回めだった。役者はそうそうたる顔ぶれ。とくに、中井貴一と伊東四朗の存在感がめちゃくちゃにいい。画面も、臨場感あふれるフィルム的な映像で、さすがNHKの力の入り様が伝わってくる。これから一年間、楽しみができた。・・・と、いうのが、僕の第1回め終了後のときの感想だった。清盛の母親が祇園女御でなくて白拍子(吹石一恵)ということになっていても、 . . . 本文を読む
東京国立博物館平成館 特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」にやってきました。平安末期。貴族も武士も庶民も、みな不安を抱えた時代だった。当時の仏教は貴族たちのもので、一般庶民に遠い存在。言ってみれば、富裕層や特権階級にいる立場の人間にしか関わることのない、会員制クラブのようなものだったのだろう。多額の御布施や寺院造営の援助、また、仏像や絵画の寄進など、そういったことをすることで御仏の御加護がある、と信 . . . 本文を読む
『永遠のゼロ』を読んでいて、ずっとここに来たかった。特攻で死んでいった彼らを、少しでも感じてみたかった。その、震災の影響で休館していた予科練平和記念館に、ようやく先週になって訪ねることができた。館名に『平和』の二文字を入れることの意味は、よくわかる。右の方々にも、左の方々にも、私たちは無害ですよとの配慮が伺えるようだ。館の外観は、鉄製の市松模様。まるでジェラルミンで覆われたような、塗装前の飛行機の . . . 本文を読む
中世鎌倉の時代。幕府を開いた頼朝の血流は短く、妻・政子の実家北条氏が政治の実権を継いだ。その過程は、略奪といってもいいくらいの血生臭い権力抗争が繰りかえされ、三浦、和田、畠山、梶原、、、幕府設立の立役者が次々と一族もろとも抹殺された。北条氏は常にその中心にいて、最後に手にした執権の地位であった。そんな歴史でありながら、北条氏には独裁的な印象が存外に少ない。むしろ、武家政治の基盤を固めた泰時や、蒙古 . . . 本文を読む
先日の日曜日、またひとりで小さな旅に出た。着いた先は三浦半島、浦賀の町。江戸時代、奉行所が置かれた町であり、幕末にはペリー率いる黒船がやってきた港町である。煙とナントカは高いところへ登りたがるというように、僕はまず見晴らしのよいところへ。湾の西側、愛宕山に登ると、浦賀港が見下ろせる。はるかに湾の入り口が一望。かつてペリーの乗った黒船がやってきたのはこの沖だそうだ。もちろんこの山にも、黒船見たさに多 . . . 本文を読む