熊本レポート

文字の裏に事件あり

ドォーモ紹介の宝来宝来神社の実像

2012-11-13 | インポート
 阿蘇くまもと空港から俵山の阿蘇外輪山を潜ると、左手に「宝くじの神社」の幟で招くのが『宝来宝来神社』(熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陰)。

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 南阿蘇村の観光マップにも載せて貰えない宝来宝来神社だが、ローカルのミニコミ誌、テレビ局がその代役を努めたお陰で「宝くじの当たる神」、「縁結びの神」、さらに「安産の神」、「阿蘇山のパワースポット」と日曜、祝日の入場者は一日に150名を超える。

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 ところが同神社の神は、神道に無縁の者たちが意図的に創った(神官役のスタッフ談)虚像の感にあって、日本人の宗教観、価値観からの神とは全く異なる。
 人智を超えた神の中には、禍津神のように悪意をもって人に災いを与える邪神のいるのも事実だが、「宝来宝来神社」はそんな民族信仰である神道の定義にも外れた、営利事業を趣旨とする「神様ごっこの施設」といっても過言ではない。
 もちろん、それらを全て承知で、安産祈願や宝くじの高額当選を願って多数のお賽銭箱に投銭し、参拝する市民には、それも信仰の自由として、それを批判し、侵すつもりなどは全くない。

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 しかし同施設が、氏子でもない不特定多数の市民社会と関わり、それが日本人の素朴な宗教心とは異なると疑問を抱いたり、また「非宗教法人」として、そこには営利事業としての社会的義務が発生すると考えた場合、当然それを質すという権利は国民の誰もが有する。
 同施設の建設は、神官役のスタッフが「オーナー」と語った広島県福山市在住のヘリコプター操縦教官・坂本某氏が平成二年、別荘用地として同地4105平方メートルを購入したことに始まった。
 同施設のブログで紹介の「宝くじで途方もない大金が当たり、彼の寄付により建てた神殿」、また店舗、作業場も同氏が登記所有の施設で、彼が「オーナー」であることは確か。
 「神事は誰が務めるのか」と質すと、山本寛斎(著名なファッション・デザイナーとは別人)と称する庶務担当は「阿蘇神社の元神官」と答えたが、それが先の神官役であるスタッフ。

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 これには阿蘇神社、笑いながら一言。
「活動には語る価値もないが、当神社の名前を出されることには迷惑」
 阿蘇神社の参道に面した道筋で「追放されたと人…身を寄せていた奥さんの敷地で別居という噂」と聞かされては、「坂本某は離婚して所有者は坂本元夫人」(先の山本寛斎談)の話と合わせて、「縁結びの宝来宝来神社」にはほど遠い感じがしてくる。
 阿蘇神社にとっては、明らかに威厳に関わる問題。
「あそこ(宝来宝来神社)は宗教法人ではなく、宗教法人でなければ神官も神事も不存在」
 実に理解しやすい説明は、護国神社境内に所在する熊本県神社庁の見解。
 宝来宝来神社と称する施設には、七福神の像も鎮座しているが、その中の恵比寿神はともかく、他は仏教、道教、インドの神様。ましてルーレットまで設置してある施設において、神事を祀っている心境とはどういうものかと尋ねると、神官役のスタッフは「念じる『ホギホギ』も雇われる前に決まっていた」と、オーナーらが全て作成した神事と裏を語った。
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 繰り返すが、背景はどうあれ、オーナーらが創った宗教を何ら否定する権利はない。だが、同活動が不特定多数の市民、地域社会と関わる以上、そこに日本人の素朴な宗教心を騙すという意図が仮にあるとするなら、それは明らかに問題。
 それが「種々の幸運、恩恵を与える神」との案内による集客、集金システム。
 一方、非宗教法人となると、その事業活動は公益事業ではなく、お賽銭箱で集められる入場料はそのまま営利事業として課税対象。神米と称する穀物類の通販もそうだが、これについて該当地の南阿蘇村は「事業、事業所名は未確認」(税務、商工担当課)と実に不可解な状況。
 確かにオウム真理教事件の前期でも同様であったが、自治行政の宗教と称する活動への及び腰は周知の事実。
「実態の解明、告知が先決」(同村議会議員談)
 同施設への入場者の多くが高齢者、女性ということもあって当然、それは急を要する課題。
 ちなみに同施設のオーナーは、熊本市龍田に所在する成人向け玩具屋・ファンシードールの出資者でもあるが過去、同店は脱税容疑で国税の査察を受けた。
 素朴な日本人の宗教心から安産、健康を願う女性、高齢者の弱者が、同施設へ向かう前に足踏みをさせられるのは誰か。
 日本人の素朴な信仰心は、守るべき一つの日本文化でもある…。


覚醒剤に首長ポストを潰された男

2012-11-13 | インポート
 来春の首長選挙に立候補を噂されていた男が、同出馬を急に取り止めた。
 理由について、「兄が経営する企業の社員が、覚醒剤所持、同使用容疑で取り調べ中」と噂は語るが、兄弟愛がそのまま政商コンビと知る者には、「兄の会社での社員の不祥事」で、そんな「柔な話など真っ赤な嘘」となるが、仮に不出馬が事実なら「真実は何か」と、実に見逃せない政局ということになる。(詳細は次号本編)


熊本空港盗撮配線から繋がった宝来宝来神社の実像 第四弾

2012-11-13 | インポート
 宗教法人ではないから公益事業ではなく、氏子でも信者でもない不特定多数の市民によるお賽銭箱への投銭、すなわち入場料、また宝来宝来施設サイドの語る多額な寄付金、阿蘇神社を追放された神官役スタッフの地鎮祭作業収入、そして神米と称する穀物類の通販収入は、全て営利事業収入として課税対象となる、はずである。
 ところが該当自治体である南阿蘇村の商工、税務担当課は揃って
「事業及び事業者名は未確認」
 県税事務所での確認を示唆した。
 営利事業、事業者名を地元自治体が把握していないのであれば、これは県税事務所、国税でも無理な話。
 日曜祝日の入場者は1日150名前後で、異常に多く設置された投銭箱に一人合わせて1000円を投銭しても一日に15万円。平日は半分の入場者と仮定しても毎月、約255万円の入場収入が見込まれる。
「早急に調査、確認を要する」
 同村議員は語ったが、それは関わる自治体としては当然な義務。
 信仰の自由と同じく、地域社会において不利益な行為か否か、そこに疑いが発生した場合、それを質すというのは国民の誰にでも与えられた権利(刑事訴訟法第二三九条)。
「美味い商売を考えたもんだな」
 同施設を林の中に見下ろすレストランのオーナーは、笑いながらいったが、オウム真理教の当初がそうだったように、社会は「宗教」に極めて弱腰で、またタブー視する。
 営利事業として色彩が濃い中で、その義務の疑いは当然だが、やはり一番の問題は高齢者、妊婦など弱者の持つ素朴な日本人的な宗教心への裏切り、日本文化への挑戦である。
 もちろん彼らの信仰の自由は侵してはならないが、また氏子、信者ではなくとも同施設の実態を承知の上でお詣りするのであれば、それも何ら問題はない。
 ところが同施設を退場して、
「宗教法人ではないのか、ドォーモ(ブロックテレビ局の制作番組)で『安産の神様』と紹介(実際の番組内容とは異なる)していたので、娘を連れて来てお参りしたのだが、騙された」
 そんな怒りの話が出たら、問題なのは唯心論、心の問題。
 騙される方が悪いなんて、そんな心こそ許してはならないのである…。