手話通訳者のブログ

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Wさんのこと

2016-08-03 13:00:28 | 手話
ろう者のWさんとは、もう30年ぐらいのお付き合い。
お付き合いと言っても、友人関係ではない。
出会ったときから今に至るまで、
「ろう者と手話通訳者」
という関係である。

出会った時、俺は新人手話通訳者だった。
Wさんは当時、地元ろう協の会長だった。

Wさんは言った。
「たいしさん、男性の手話通訳者は少ない。特に、たいしさんのように若い男性は貴重だ。たいしさんにはどんどん経験を積んでもらいたい」

当時、ろう協の行事はたくさんあった。
それら行事の中で、ろう協関係者が地域の人と打ち合わせを行う機会も多かった。
そして、それらの打ち合わせの時、
「たいしさん、ボランティアで通訳に来てください」
と頼まれた。

今でこそ、手話通訳者派遣制度が整い、このようなろう協行事のケースなら、100%、公的派遣でOKである。
しかし当時、手話通訳者派遣制度ができたばかりで、派遣できる範囲は極めて狭かった。
だから、ろう協独自でやる行事に通訳が必要な場合、ろう協関係者が個人的に、ボランティア通訳を知り合いの通訳者に頼むしかなかった。

当時、「カリスマ手話通訳者」は、既に「カリスマ」であり、地元で活躍していたが、Wさんは敢えて、俺にボランティア通訳を頼んできた。
俺も大変だったが、実は、もっと大変だったのはWさんである。

何しろ、俺は今でも未熟者だが、当時は本当にひどかった。
手話が出てこなくて、固まってしまったことなんて、一度や二度ではない。

しかし、Wさんは不満めいたことは一度も言わなかった。
口の悪い(いや、正直と言うべきやな)ろう協関係者が、Wさんに、
「おいWさん、もっとマシな手話通訳者を連れてきてくれ」
と文句を言っても、
「私たちが手話通訳者を育てていかなければならない。10年先、20年先を考えて、忍耐強く、人材を育てていなかければならない。我慢強く付き合ってもらいたい」
と説得していた。

そして、いつも感心するが、Wさんは、
「教えてあげる」
なんてことも、一度も言ったことはない。

常に礼儀正しく、
「通訳をお願いできませんか」
と依頼してくる。

地元の派遣者は問題が多く、いろいろ理由があって公的通訳を頼まないろう者たちがいる。
この人たちがWさんに、
「個人的に通訳を頼みたいんだけど、どうすればいい?」
と相談すると、Wさんは俺に連絡してくる。

Wさんの依頼を断ったことは一度もない。

へたくそな手話通訳者でも、Wさんのように30年辛抱して付き合えば、他のろう者に推薦できるレベルになるってことや。