もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

花粉症のなおしかた

2023年04月12日 11時48分49秒 | タイ歌謡
 花粉症の季節だ。あれはつらい。わかるよ。わかる。
 おれも花粉症だったことがあったのだった。
 あった、って。過去形だってことは、治ったのかよ。と思うかもしれない。
 そう。治った。
 え。あれ、治るものなの? と訊かれたことは、なん度もある。
 治る。治ります。ていうか、おれは治った。花粉症って言っても「スギ花粉症」ね。
 ここでスギ花粉症の人は息せき切って尋ねる。「どうやって?」表情が明るくなってる。期待してるんだな、と思う。「ねえ。どうしたら治るの? 花粉症」
 あんまり引っ張っても意地が悪いから、結論から言おう。
 知らん。
 だって、なんだか知らないけど、いつの間にか治ってたんだもん。

 はい、解散。って感じか。いちおう心当たりを思い出しても、何が原因だったのか皆目わからん。花粉症になったのは、たしかイラクのクウェート侵攻のあった翌年の春、「あれ? なんか鼻がむず痒い。アタマも少しボーっとする。花粉症かな?」と疑念を持つうちに日々が過ぎ、そんなことは忘れてしまった。翌年には北関東の街に越して、花粉の浮遊まっ盛りという時期に、宇都宮から日光までの日光街道を運転していた。
 ハンドルを握りながら滂沱の涙は留まることを知らず、その原因が咄嗟に思い当たらずに(別離れたばかりの最初の妻のトラウマがフラッシュバックでもしたのだろうか。トラウマ恐るべし)などと呑気なことを思ううち、鼻の中むず痒くアタマも痛くなった。
 ←これはこれで怖いトラウマ
 思い出した。これは花粉症だ。しかも経験したことのないヒドいやつだ。
 慌てて窓を閉めたが、あとから思うと思いっきり花粉の濃くなった空気を密閉保存してるようなもので、しかもその時の日光街道は交通量も多く、30km/hくらいの絶妙にイヤな感じでしか移動できない。走ったことのある人はご存知だろうが、日光街道は杉並木のうつくしい一本道だ。左右ステレオのチャンネルが途切れることなく、びっしりとスギ。延々とスギ。文字にするなら、こうだ。

杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉
道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道道
杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉杉

 逃げ場がない。たまに細い脇道があっても、その両脇にはびっちりと杉が並んでいて、そっちの方が花粉が濃そうだ。花粉で死ぬ奴はいない。それは知っているし、わかるが、延々といたぶられ続ける。終わりの見えない責め苦。やっと日光に着いて「はあ。ひっどい目に遭った」と一息吐いて思い当たった。「しまった。帰り道もあるぞ。同じ距離で」
 生まれてきたことを後悔するほどではなかったが、(前世のおれは何をしてくれたんだ)くらいには己の不幸を呪った。
 もうぐっすんぐっすん暗い顔で、まえにも書いたトモダチの花屋の社長に会いに行ったら「花粉症? 甘えてんじゃねえぞ」と、花粉症と縁のない人特有の暴言を放った。「そういや百合の花粉もダメだったよな」
 そうだ。百合の花粉は子供の頃からダメで、これは未だに治らない。飲食店で百合が生けてあったら、用事を思い出したフリを装いワザとらしく腕時計など見て「あ。いけね」と短く言い捨て、店を出る。
 これもまえに書いたが、北関東の街のラジオ局のアナウンサーと友人になり、彼は副業で結婚式や葬式の司会を頼まれることがあり、その都合がつかないときなど、代役を依頼された。理由は簡単。声が良いとか見た目が爽やかというようなことではなく、「標準語を操るから」。これだけだった。いち度ピンチヒッターで葬式の司会をこなしたとき、アナウンサーに司会を頼むくらいだから盛籠の生花もギチギチに並ぶ中、それはもう立派な白い百合の花も景気よく誇らしげに咲き誇り、マイクを握って喋るうちに涙が溢れた。知らない人の葬式で、まったく悲しくないから声が上ずることもなく無事に済ませることはできたが、もうアッタマ痛くて涙も止まらず、葬式の司会は二度としないと宣言したんだが、「えー。なんか涙ぐんで司会してくれた、って評判良かったからまたお願いしようと思ってたのにぃ」と口を尖らせた。花粉症ではない人は、花粉症に対しての思いやりというものがないのが普通で、まあわかるけどね。でもべつに甘えている訳ではないのだ。
 世の中の甘えんぼさんが皆、花粉症になるわけでもあるまい。
「なあ」花屋の社長は言った。「そんなの、百合の根食ったら治ると思うんだよ」
 いつか書いたことだが、花屋の社長は仙臺四郎に似た風貌だったが、偏差値のばか高い大学も出てて若い頃は商社勤めで外国暮らしも長く、英語とフランス語と中国語を操るインテリなんだが、眠れなくなって綺麗な光がいっぱい飛んで来るキノコを県内の山で採ってきて食うのが好きな「ばかおやじ」でもあった。
 えー……。百合の根って。おれ、あんまり好きじゃないんだよね。
 あれは高級料理屋なんかで出てくる食材みたいに言われてるが、北海道では安かったから普通に茶碗蒸しなどに入っていた。北海道の茶碗蒸しって、百合の根だけでは飽き足らずに栗の甘露煮もぶち込んだ上に砂糖までガッツリ入ってて、出汁の利いたプリンみたいな料理なんだかデザートなんだか立ち位置のわからない食い物だ。「贅沢そうな物を手当たり次第にぶっ込んで卵でとじたら良いんでないかい」という発想だと思われる。
「ま。いいから食べなさい」と、百合の根を食わされた。記憶を手繰り寄せても思い当たる治療的な事象と言えば、それだけだ。
 その翌年の春。スギ花粉に、まったく何の反応もなくなった。ちょっとアタマが痛いとか、うっすら涙ぐむということもない。周りの人が「今年のスギ花粉もヒドい」と言い合うのを聞いて、(あれ? なんともないぞ)と気付いた。春が過ぎて、どうやらスギ花粉症が治ったみたいだ、と言うと「あれは治るものなのかぁ!」と半ば怒り気味に言う人も多かったが、花屋の社長は「な! だろォ?」と威張っていた。「やっぱし百合の根だっぺなー」綺麗な北関東訛りだった。
 でも百合の根で花粉症が治るとは思えない。とはいえ花屋の考えはわかりやすく、ユリの花粉もダメ→じゃ、百合の根食えばいいんじゃね? 逆療法的な。知らんけど。という料簡が透けて見える。
 しかーし。肝心の百合花粉症は、ひとっつも治ってないんである。百合の根、カンケーないよな、と推測する根拠だ。
 他に何か心当たりは、と考えたが、それまでのスバルから日産のセドリックに乗り換えたら治ってたな、くらいしか思い当たらないが、これも直接の原因とは違うような気がする。違うとは思うが、セドリックが生産を終えた2005年から花粉症の発症数が激増している。たぶん偶然だとは思うが、もしセドリックが特効薬だとしても、もう中古車市場ですらセドリックは殆どない。「花粉症に効くかも」と言っても、日産は再生産に踏み切らないと思う。
 セドリック。トヨタのクラウンと違って、なんだかオモチャっぽくて好きだったんだけどな。

 なんか知らんけど、いつの間にか治ることはある、というサンプルがおれだ。
 いや。それともあれは花粉症に似た、なにか別の病気だったとか。
 タイトル詐欺じゃん、と怒る人はいないよね。自慢じゃないが、おれは「為になること」など書いたことがないからな。でも、ダメになることなら、いっぱい書いてるよね。それで我慢しなさい。だいたい似たようなもんだし。
 
 ところで、さすが北海道ともいうべき、ほのぼのニュースに笑ってしまった。
「公衆トイレで全裸の上、黒い紐と金具で全身”亀甲縛り”…北海道別海町⇒美幌町の観光施設、33歳の介護士の男を逮捕」というね。別海と言えば木嶋佳苗、というくらいに悪いイメージが付いてしまったので、これはなんていうかノイズキャンセリングのシステムみたいなもんか。つまり逆位相の事象をぶつけて、印象の相殺を計ったものかと。
 まあ失敗しても「やっぱり北海道はロクでもない」というイメージを強化できて良かったじゃないか。凶悪な感じはないもんね。道民なんて多かれ少なかれ、みんなこんな奴ばっかりだよ。おれも含めてばかとキツネとクマしかいない。あとリス。
 
 ほのぼのニュースもいいが、花粉症の話に戻る。北海道にはスギ花粉症がない、と言われていて、概ねただしい。北海道に杉は殆ど植わってないっていうか、杉の北限は道南、函館近くの渡島檜山地方。あの辺だ。植わっていても大した量ではないのだから、確かに北海道のスギ花粉症は、ほぼないと言っていいんだが、道民には白樺花粉症というのがあり、これもツラいんだそうだ。また、スギ花粉症の人の半数以上が該当するという稲の花粉症からは逃げられない。
 もう! じゃ、どこに逃げたらいいのだ、と嘆くことはない。タイに行きなさい。タイでスギ花粉症は、ない。暑くて臭くて汚い熱帯に、針葉樹はない。したがってスギ花粉が飛んでることもない。まあ臭いのと汚いのはカンケーないが。スギ花粉症の人の半数以上がアレルギーを起こすとされるイネの花粉もバンコク市内なら飛んでない。
 あるのはマンゴー花粉症だが、ある程度タイに住み込んでマンゴーのアレルギー物質を溜め込まないと発症しないだろうから、日本にいながらマンゴーばっかり食べてますという人でもなければ問題ないんじゃないか。
 でもタイ人に、マンゴー花粉症ってのはいるのかという話だが、症例は少ないそうだ。でもそれはマンゴーの花粉のアレルゲン物質が弱いってことじゃなく、タイ人の食生活によるもので、タイは基本的に稲作地帯で、小麦をあまり食わなかった。チンリン・ホワイ線ってのがあったよね。あれだ。昔のタイ人はパンなども食わず、麺食も米粉を使った物が主流だったので、グルテンを摂ることが少なく、アジアの民に多いというグルテンの分解が苦手な遺伝子を持つ者は、そのグルテンの摂取を控えれば花粉症になり難いというような事だったと思う。最近はパンを食べるタイ人も増えたんで、マンゴー花粉症も増加傾向らしい。昔この話を聞いたときに「へぇー!」と感心したのは憶えているが、詳細は忘れた。いずれにせよグルテンフリーの生活に切り替えると花粉症は改善するってのは、いわれていることだ。パン食、麺食、麩もダメか。タコ焼きとかお好み焼きもダメだな。
 やだな、そんなの。パンと麵は好きだからね。花粉症が治って良かったな。
Reinizra - ผู้ถูกเลือกให้ผิดหวัง(悲しい花) Visualizer
 さて、今日の歌はเรนิษรา(レイニッサラ)という男女デュオのผู้ถูกเลือกให้ผิดหวัง(プートゥックルアックハイピットワン)という曲だ。タイトルの意味は「選ばれしガッカリさん」みたいな感じか。メンバーはสบาย-เรนิษรา ลีประโคน (サバイ・レイニッサラ・リープラコーン)という女の子と、 ตั้ม-ชยพล(タム・チャヤポン)という名の男の子で、グループ名は女の子の名前から取っているんだね。ふたりともมหาวิทยาศิลปากร(シラパコーン大学)の学生だ。なんか聞いたことがある大学名だと思ったら、バンコク市内の半日観光ツアーで必ず行く王宮(エメラルド寺院)のすぐ北のエリアだった。土産物売りが「しぇんゑん、しぇんゑん」ってうるさい所だ。あそこの学生。1年生の時からのおつきあいの恋人同士だそうだ。彼氏のタムが音楽学部。彼女のサバイは考古学部。タイの歌手で考古学部はちょっと珍しい。初年度の教養課程でクラスが一緒だったので友人になり、最初の4-5ヶ月はチャットで会話していた。それからバス停までの帰り道を喋りながら歩いた。青春だなあ。やがて家まで送ってくれるようになり、ゆっくり恋愛関係になったという。タイの王道恋愛パターンだね。サバイは考古学部だから、みるみる英語が上達しました、とか言ってておかしい。まえにも書いたが、タイの大学もばか大学でなければ英語での授業になる。専門用語のタイ語がないからだ。作詞・作曲ともに二人共同。4年間で夥しい数の作品を作って発表して、長らくヒットもせず、学生だし「まあ、そんなもんだろう」と思っていたら、降って湧いたこの曲のヒットで驚いたという。
 インタビューで「え。将来? プロに? わかんない」って言っていて、野望なんかがまるでなかったのがわかる。ただ歌を作って歌っているのが楽しかったのだ。
 MVを観てても、それはよくわかる。高校の映像研作品みたいな出来だ。まず「イマドキこのサイズの画像?」と思うんだが、家庭用のヴィデオカメラで撮影している。花が一輪映し出されて、そこからピントが花をナメて奥に移る。初心者の映像で、初々しいような恥ずかしいような、甘酸っぱい映像だ。プロがこれやったら怒られるよね。
 でも音作りはシロウトっぽくない。決してプロっぽくもないのが良い感じだが、結成当初はヘヴィーなロックだったそうだ。「なんか違うよね」って、次は踊れるのが良いと、ディスコ・スタイルになった。でも、「うるさいのはイヤ」って、静かなディスコ・サウンドにしてみたけど、評判は良くなかったそうで、そりゃそうだ。
 MVについても自ら言及していて、「ไปง่าย(テキトーに、呑気に)作ったよね」とサバイが言えば、タムは「お金がなかったからね。自宅や駅や公園とか。楽しかったよ」と言っていて、ほんと良い奴らっぽい。
 この曲のヒットは、腕試しにホットウェーヴのコンテストに出してみたら、あれよあれよと評判になり、入賞した。上位入賞者はみなプロ契約をする。そういう登竜門だったから。でも、この二人はプロ契約をしなかった。「そんなつもりじゃなかった」と。そんなことを言う奴らは前代未聞だから主催者側も「はぁ?」と思ったようだが、「いや。ほんと、そこまで考えてなくて出来心で応募してしまったんですぅ」という弁解に、最後は笑って許してくれたそうだ。「だって、プロになったら生活がかかっている人まで関わってくるようになって、そうしたら好き勝手できなくなっちゃう」と、受賞後10曲リリースしたが、ヒットさせようという気がないのか全然人気になんないのー、と笑っている。これでいいんだ、僕たちは。プロにならなくて良かったよ、というタムとサバイはニコニコしている。タイ人だなあ。タイ語で言うน้ำใจ(ナムチャイ)ってやつで、直訳だと「水の心」道教ってのはこうあるべきだ。のちに間違った方向に行ったのが陰陽道とか風水で、そこから「インチキはいけませんね」という料簡があれば、この二人みたいに水の心を得ることができたのに。

 ちょっと褒めすぎたかな。でも作品の出来もさることながら、こういう生活スタイルが好ましく思われて評判になってるタイという国は、やっぱり良い国だと思う。
 歌詞だ。

[1番]
どうして 私はまだ失望しているのだろう
あなたは なん度かでも 誰かを愛したことがある?
寒いときには 抱きしめて
夕方から朝まで まだ寂しいの

[コーラス]
もしも願いが 叶うのなら
誰か 私といっしょにいてほしい
寒い時に 抱きしめてくれる人
そんなひとがいる?

誰かを愛すると 私は失望しているのね
愛の行き着く先 心は毎回壊れてしまう
どうして わたしなの 選ばれしガッカリ女なのよ
寒さが また心を寂しくさせる
風が私を吹き飛ばす 過去だけ残して
最後は私 選ばれしガッカリさん
いつも こうなの

[2番]
愛がまた 咲くとき
月と花が 違って見える
思い返せば どこにも行けなかったのは 私だけ
みんな去って 戻ってこなかった

[コーラス] 繰り返し

冬の終わりに また私の心に希望を与えてくれた
心の中の花は あの日のように色褪せない
私みたいに ならないで 選ばれしガッカリさん
二度と

 作詞はサバイで、高校までは変わり者だと疎まれたり虐められたりしたそうで、それを歌詞にしている。サバイはタム君に会ってから「音楽をやってみるのもいいかも」と思ったそうで、出会って良かったね、としか思えない。タム君は「ビートルズです。かれらがいなければぼくたちは音楽をやっていなかったと思う」とまで言っているが、他の作品を聴いてもビートルズの影響を見いだすことはできない。そんなのも面白い。

 ところでスギ花粉症だが、花屋の社長みたいに、「そんなもん、杉の花粉を食ったら良かっぺな」という考えで対処する者もいて、スギ花粉を練り込んだクッキーなんてのもあったようだ。
 まえに札幌でテント張りの八百屋を見つけ、「これは安売りに違いない」と入ってみたら、ぜんぜん安くない。有機栽培とか自然栽培なんていう字が壁中に並んでいて、しまった。エラい所に迷い込んでしまった、とそれでも野菜を見ていたら、客同士で「無農薬の野菜を食べていたらアレルギーになんかならない」とかとんでもないことを言っていたので、怖くなって退散した。天然由来なら安心って信仰はどこからくるのか。毒キノコはどうすんだ、って言っても毒キノコはダメよー、だって毒って言ってんでしょうって理屈なんだろう。スズランやトリカブトも知識があれば食べないでしょ。ていうか売ってる野菜は大丈夫だから売ってるのよね、って話で、それとアレルギーは関係なかろうと反論しても、「あーうるさい。男のくせにガタガタと」って切れられそうだ。
 で、いわゆる「経口減感作療法」的イメージの商品ってのはあったらしく、けっこういろんな物が売られたことがあったそうだ。しかし、2007年に花粉症患者がスギ花粉に由来するある商品を摂取して、重篤なアレルギー症状(アナフィラキシーショック症状)を引き起こした事件以来、その手のものは激減した。薬事法で薬として禁止はしたが、食品としては禁止できないので絶滅まではしてはいないようで、ばかはこういうのを平気で勧めてくるから始末に負えない。
 まあ、昔の支那などでは知恵を得るために賢い人の脳を食ったりした事例もあったようで、料簡はわからないでもない。なんとなく効きそうな雰囲気はある。
 でも、コラーゲンとかグルコサミンを経口摂取して効くわけないのに、それが禁止もされずに「食品」として売られているのは、ようはアミノ酸を摂取して、その一部がコラーゲンやグルコサミンになる可能性というのはあるわけで、それなら鶏肉でも同じなんだが、サプリメントだと濃くなってるから効きそうな雰囲気はある。理論的に根拠はないが。
 だって、髪の毛を食ってもハゲは治らないでしょ。ヤクザ者が詰めた小指を食べて再生させようと、夜な夜な小指狩りしたりしないでしょ。
 あれ? じゃ、スギ花粉食ってもいいんじゃね? 食っても効き目がないだけなんでしょ? と一瞬思うが、アレルギーは経口摂取で引き起こされる。効き目はないけど害があるからダメってことなんだね。ざんねん。
 んー。とりあえずグルテンフリー生活くらいしかないのか。グルテンフリーにして、やたら強くなったジョコビッチの例もあるし。ジョコでビッチで見た目はいけ好かないが、強い。まあ今のおれはユリ花粉だけだから、ユリに近づかなきゃオーケーだ。
 そんなわけで、スギ花粉症の方々には、謹んで大変ですね、と申し上げる。
 何だか知らないけど治っちゃったよ、という事例は稀にあるんだそうだ。
 治っちゃったんだけど、また花粉症になっちゃったんだよね、という話は聞いたことがないが、なったらイヤだな。ツラさは、よーく知ってるからね。
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