もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

マイペンライ

2020年06月29日 23時09分12秒 | タイ歌謡
 さて、タイを気に入ったおれは、日比谷のASEANセンターで貰ったB5サイズくらいのタイ全土と北部地図とバンコク都市図という非常にざっくりした地図だけを武器に再びタイへ向かうことにした、というのが前回までのお話だった。

 今回は、その続きなんだが、そのまえに「この国は、ひょっとしたら楽園とか夢の国か何かみたいなものかもしれない」と思ったときの話を先にしよう。
話があちこちに飛ぶのは、いつものことだ。マイペンライだ。
 あ。マイペンライ(ไม่เป็นไร)ってのは、「どうってことない」とか「問題ない」とか「だいじょうぶ」って意味です。礼を言われたときの返事としてもよく使われる言葉で、その場合は「どういたしまして」って意味になる。英語だとYou’re welcomeというよりNot at allだね。北海道弁だと「なんもだ」。
 話は、日本を引き払ってタイに住み始めたばかりの頃だ。1995年の暑い時期だったが、タイはいつでも暑い時期なので季節は覚えていない。
 当時、とても好きだった同居人が近所のラーメン店で定食を食べたいと言うので、ふたりで店に行き食事をしていたとき、遠くのテーブル席にいた日本人の客のひとりが右手を挙げて言った。「カラアゲ、ヤンマイマー(คาราอาเกะ ยังไม่มา-唐揚げが、まだ来ない)」
 そう言われた若い女性従業員は、そんなはずはない、と顔を上げ、客の視線を跳ね返し、力強い足取りで注文書を持ってきて、読み上げた。「ギョーザ、来ています(มาแล้ว)。ビア3本、来ています。春巻き、レバニラ炒め、焼きそば。来ています。ええと、それから野菜炒め、来ています。あー、……唐揚げ……」
「な。来てないんだよ(ยังไม่มาใช่ไม่)」
「マイペンライ!」従業員がそう言うが早いか店内は爆笑の渦に叩き込まれた。
 ぶわっはっはっは。満席に近い店内で飯粒を吹き出す者がいなかったのは奇跡だったと思う。
 従業員はマイペンライと言って笑われるなんて心外だったのだろう。なにせ客は日本人ばかりだ。タイにはバミー・ナムというラーメンのような料理があって、この店の5分の1の値段で食べられるからタイ人の客は滅多に来ない。
 なんなの、この人たち。タイ人従業員は周囲を見渡してアウェイを実感したことだろう。頼まれもしないのに勝手にわたしの国にやって来たくせに、なんて態度なの。
「オーケー。マイペンライ」従業員は深く息を吐いた。「私も気にしない(ฉันไม่เป็นไรด้วย)」と、話を打ち切ろうとしたのに、日本人たちはまたも笑っている。感じ悪いなあ。タイ人だったら「マイペンライ」と言えば「あー。そうだね」と納得してくれる筈なのに。
 それとも、よっぽど食べたかったのかな、唐揚げ。
「ทำให้หนึ่ง? タムハイヌン-作ってあげましょうか?」従業員が言った。偉そうに聞こえるけれど、タイ語の使役です。威張っているわけじゃない。
「ขอบคุณครับ ありがとう」客が微笑んだ。
「ไม่เป็นไร マイペンライ」従業員が大きな声で、歌うように言った。「คาราอาเกะ ที่หนึ่ง! -唐揚げ一丁!」
 あれ? 良い国なんじゃないか。ここ。
 あと、マイペンライって、深くないか?
[Cover] ไม่เป็นไร - Mind X Angie KAMIKAZE
 というわけで、マイペンライという曲です。マイペンライという名の曲は夥しくあって、探すのが大変なんだけど、その過程で女の子がカバーしてるのを見つけて、これが面白かった。いかにもイマ風のタイの女子です。いるよね、こういう感じ。昔と違って歌手がどんどん上手くなっていて、それを聴いて育った世代は、もっと耳が良くなって上手くなっている。

何でもないよベイビー
もしそこが不満なら、泣きながら戻って来ればいい

孤独かもしれない 時には悲しいかもしれない 少しの間あなたを逃したかもしれない
でも私はあなたが元気だと知っている 私は今も独りです
あなたは今どこにいるのか 私のことを思い出したりしているだろうか
たとえ誰かがあなたの側にいようと あなたは私みたいに孤独感に苛まれるだろうか

代わりに孤独を迎えよう 彼女のことは我慢して 孤独はいつも彼女の思い出を連れて来るので それを忘れるためには酔うしかない

 ここまで訳して面倒臭くなった。こんな調子で、もし戻って来るならいつでもいいよ、みたいな歌詞で、女々しい上に軟弱だ。タイトルは「マイペンライ」なのに、歌詞は「マイペンアライ(何でもない、という意味にしかならない)」ですね。どうでもいいが。

 オリジナルは、こっちですね。
ไม่เป็นไร (All Good) feat.TJ 3.2.1 : Timethai | Official MV  
 タイ語とヒップホップの相性が良いかどうかは聞く人によるのかもしれないが、少なくともヒップホップがまだラップと呼ばれていた頃よりも遥か数十年は早く、タイにはラップの唱法があった。そう。モーラムです。
 モーラムの歌姫、チンタラー・プンラープさんの歌をお聞きください。
เจ้าวนรอบข้อย ข้อยวนรอบเจ้า - จินตหรา พูนลาภ (คอนเสิร์ตเพลงประภาส 2)  
 ね。ラップでしょ。最初ルバートで始まるんだが、あっという間にアップテンポの歌というか語りですね。
 チンタラーさんのウィキペディアもおれが書いたと言っても、これは知らないタイ人からのリクエストだったので、タイ語版を翻訳しただけですね。やっつけ感がすごい。誰が貼ったんだか知らないが、チンタラーさんのサインが貼られてて面白かった。
 日本でもラップの話になると年寄が吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」が先駆けだなどと言い出すんだが、ぐぐってみたら川上音二郎のオッペケペー節だ、いや阿呆陀羅経だと皆勝手な事を言っている。いやいや。ここは秋田音頭だろうと思いYou Tubeでチェックしようと思ったら、すでに藤あや子さんがヒップホップ風に歌ってて凄えなと感心した。

 歌が良いのは、こっちだな。
MV อยากรักต้องไม่กลัวคำว่าเสียใจ  
 ダー・エンドルフィンという、ふざけた名前の歌手ですが、ヒット曲は数知れず。根強いファンがいますね。うちの奥さんも好きです。曲のタイトルは「อยากรัก ต้องไม่กลัวคำว่าเสียใจ」といって、「愛したいのなら、後悔を恐れてはならない」という意味です。
 これね。รัก 7 ปี ดี 7 หน(直訳だと、7年間の愛に良いことが7回)という2012年の映画の主題歌で、日本でも「セブン・サムシング」という題で公開されたんですね。タイの映画製作会社としては当時最大手だったGTHが7周年を記念して社運を賭けて作った映画だったのね。このMV観て「うおー。面白そう!」と思うでしょ。おれは思ったもん。だけど、これが大コケにコケて、この2-3年後に会社は解散してしまうというね。
 3本立てのオムニバス映画で、気合が入ってるのはわかるけど、どうにも面白くなかった印象があります。
 でも歌はいいね。ボサノバっぽいギターに乗せたラテン風のリズムにオルガンの音がいい。そんでドラムのリム・ショットがカッコいい。マイペンライの歌詞の使い方も効果的です。

誰もいないときに虚勢を張っても それは人生の無駄というもの
大丈夫 大丈夫 大丈夫 彼女は一度傷ついてるから

まあ元気です マイペンライ マイペンライ マイペンライ 評判は良いから
 
愛したいなら後悔を恐れてはダメ 傷つく以上のことはないから

 歌詞も悪くないですね。プロの作品て感じ。平均点は必ず超える。そのうえで時々傑作をモノにするという。ただ、この曲の不運はプロモーションの失敗っていうかプロモーションをなぁーんにもしなかった事だ。主題歌なのに映画が終わってからのエンドロールでしか流れないんだが、それも2曲目だったか3曲目とかで、タイの映画館に行ったことのある人ならわかるだろうが、タイ人は映画の本編が終わったら、すぐに席を立って帰ります。エンドロールからの、どんでん返しって映画もあるよね。昔の香港映画みたいにNGシーンを流す映画もあるだろうが、タイ人はそんなの気にしないで帰っちゃう。
 そんなの、映画作りの決まりから外れてんだから観る必要ないね、と言わんばかりに、きっぱりと帰る。エンドロールの最後まで観るのは、おれみたいなガイコクジンと、渋々付き合ってるその家族くらいだ。
 せっかく良い曲なのに、もったいないよね。

 ところで、マイペンライって、一番よく聞くタイ語かもしれない。
「マイペンライじゃねえよ」って突っ込むときは「ป็นซิ(ペンシ)」って言いますね。マイペンじゃない。ペンだ。っていうニュアンス+命令形のシで、ペンシ。
 あと「ไม่เป็นไรไม่ได้(マイペンライ・マイダイ)」って言い方もあって、これは「マイペンライはダメ」とか「マイペンライ禁止」って感じ。これを聞いたのは昔、うちの奥さんの友人が交通事故で足の指を骨折しちゃったときに「(加害者の男は)カッコよくて、でもビンボーなの。かわいそうな人なのよ」と言ったとき、見舞いに来ていた友人全員が声を揃えて「マイペンライはダメよ!」って唱和したときで、交通事故の被害者ですら、すぐに「あ。マイペンライです」って言っちゃうんだよね。人の良いタイ人は。
 これは良いところもあって、友人が運転中に前のクルマに衝突したとき、運転していた前のクルマのタイ人が降りてきて、バンパーがちょっと凹んでいるのを見て、「あー。このくらいならマイペンライだな」って言って手を振って颯爽と去っていったって話を聞いたときは「おお。タイ人かっけー」って思った。わりとよくある話なんだよね。

 なんかマイペンライだけで長くなっちゃった。タイの冒険に出かける話は、またそのうち。

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