北楯大堰(きただておおぜき)は、山形県庄内地方の最上川下流部に開削された疎水(用水路)です。1612年(慶長17年)に、最上義光の重臣で狩川城主の北楯利長が10年にわたる新田開発調査を経て、立谷沢川からの灌漑を促進する為に建設しました。当時、1日あたり7400人の作業員などの動員でわずか4ヶ月で約10キロの水路を完成させたと伝わります。この開削をきっかけに約5,000haの新田が開発され、88の村が開村しました。新田は米どころ庄内の礎となり、水路は今日も庄内平野の水田を潤しています。すごい!!
2022年から陸羽西線のトンネル直下に交差する高屋道路の高屋トンネル建設関連工事のため、全線で営業を休止、バス代行輸送を実施。当初2024年度までの予定のところトンネル工事の遅延で2025年度中までにずれ込む見込みだそうです。