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きつねゆりセカンドハウス

きつねゆりは「グロリオサ」の和名です。
あの方の復帰を願いながら、
ぶつぶつつぶやいています(o'.'o)

歴史的には・・・・

2016-12-16 13:20:05 | ゆりのつぶやき


ヨンジュンの情報がないので・・・
こんなコラムを・・・・


弾劾された朴槿恵大統領!死罪となった朝鮮王朝の王妃を思い出す

12月9日に国会によって弾劾された朴槿恵(パク・クネ)大統領。
与党の半数が弾劾に賛成したというから、もはや四面楚歌の状態だ。
そんな苦境の彼女を見ていると、
朝鮮王朝時代に廃妃された末に死罪となった王妃をつい思い出してしまう。

その王妃は今では「廃妃(ペビ)・尹(ユン)氏」とよく呼ばれる。
彼女は9代王・成宗(ソンジョン)の正室だったのだが、
なぜ国王から離縁される羽目になったのか。
すべては彼女が企んだ悪行の報い、という言い方もできるだろう。
尹氏は1445年に生まれた。
名家の出身ではあったが、学者だった父が若くして亡くなり、
尹氏の実家は経済的に困窮した。
そういう事情があり、尹氏は女官として宮中に出仕した。
やがて、その美貌が評判となった。
女好きで有名だった成宗が尹氏を見逃すはずがなかった。
彼は12歳も年上の尹氏を側室に迎えた。
1473年のことである。
その翌年、成宗の正室が病で亡くなった。こういう場合、
朝鮮王朝の国王はすぐに次の正室を迎えることになっている。
通常は名家の10代の娘を選ぶのだが、異例なことに、
成宗は1476年に尹氏を側室から王妃に昇格させた。
よほど気に入っていたに違いない。

尹氏は成宗の長男を産み、正室としての立場も磐石になった。
途端に、尹氏の態度がガラリと変わった。
病的なほど嫉妬深くなった。
成宗には数多くの側室がいたのだが、
特に成宗が足しげく通う側室を目の敵にして、その命を狙うようになった。
標的は、厳(オム)氏と鄭(チョン)氏だった。
尹氏は実家の母にも協力してもらい、厳氏と鄭氏を呪詛(じゅそ)にかけた。
呪い殺そうというのである。
それだけでは飽き足らず、厳氏と鄭氏が王子を殺すための陰謀を
企んでいると見せかけようとした。罠を二重に仕掛けたのだ。
たまたま成宗が尹氏の部屋にいるとき、砒素を見つけた。
当時、砒素は人を毒殺するときに用いられる劇薬であった。
さらに、尹氏の周辺を調べると、呪詛に使う文書なども出てきた。

尹氏の廃妃は免れない情勢となったが、
国王の後継者を産んでいるという立場を勘案されて、
一応は王妃の座はそのままとなった。
しかし、成宗の不信感は根強く、彼は尹氏を遠ざけるようになった。
孤立した尹氏は、精神に錯乱をきたした。
それを気の毒に思った成宗が久しぶりに尹氏の部屋を訪ねたのだが、
尹氏は取り乱して成宗の顔を激しく引っ掻いてしまった。
前代未聞の不敬罪だった。
激怒したのが、成宗の母の仁粋(インス)大妃だった。
彼女はもともと尹氏を嫌っていた。
仁粋大妃の強硬な姿勢もあって、ついに尹氏は廃妃となり、実家に帰された。
以後の生活は惨めなものだった。

時間が経てば、心境にも変化が生まれる。
「もし尹氏が反省しているならば……」
成宗は尹氏のことが気掛かりだった。
そこで、成宗は使者を送って尹氏の生活を覗かせた。
反省の意思を示せば、尹氏を王宮に招き入れて
生活の面倒をみようと思っていたのだ。
実際に使者が行ってみると、さしもの悪女も塩らしくしていた。
生活自体も、元王妃とは思えないほど質素だった。
使者は自分が見た通りを成宗に報告しようとしたのだが、
その途上で仁粋大妃につかまり、偽りを強要された。
「あの女は反省もせず、いつか恨みを晴らすと根に持っていました。そう報告せよ」
逆らえば命がないと怯えた使者は、仁粋大妃の言うとおり成宗に伝えた。
偽りの報告を真に受けた成宗は、尹氏を王宮に戻すどころか、逆に死罪を言い渡した。
かくして、尹氏は毒を仰いで死ななければならなくなった。
それは、姑の仁粋大妃の策略のせいでもあった。
尹氏も悪女だが、仁粋大妃も同類だったといえるかもしれない。
果たして、朴槿恵大統領は
後世の人たちから歴史的にどんな評価を受けるのだろうか。

文=康 熙奉(カン ヒボン)


この王妃を描いたドラマが「王と私」ですね。
この物語ではそれほど悪い王妃にはえがかれていなかったけど・・・
息子の山君(ヨンサングン)は悪い王としてえがかれていたのを思い出す。
「仁粋大妃」というドラマも強烈だったなあ~
ヨンジュン作品がないから・・・いろいろ見ている私。
パク・クネssiより、ヨンジュンの新作が一番気になる(笑)