『倭名類聚鈔』
「やさすかり」・・・矢刺す狩り?
「むさし」
↓↑
『言海』
「むさし=六指し」
「やさすかり=八指す樗蒲」
↓↑
『物類称呼』
「十六むさし」
「むさし=弁慶むさし
十六さすがり
さすがり」
↓↑
『安斎随筆』
鎌倉で
「ニッサ(二三)」
6つの石を使うゲーム
「十六むさし=牛追ニッサ」
↓↑
武蔵 坊 弁慶
(むさしぼう べんけい
武藏 坊 辨慶)
?~文治5年閏4月30日
1189年6月15日?
僧衆(僧兵)
源義経の郎党
↓↑
「吾妻鏡」
「源 義経」の部下
「平家物語」
「源平盛衰記」
出身地、容姿、性格、活動内容
最期等の詳細な情報は一切ない
弁慶の功績や伝説は後世の創作
↓↑
「弁慶ぎなた」式
「ぎなた読み」
「弁慶が薙刀を持って刺し殺した」
「弁慶がな、ぎなたを持ってさ、し殺した」
句読点の付け方を変えると
文章の意味も変わる
「ここでは、きものを、ぬいでください」
「ここで、はきものを、ぬいでください」
↓↑
『虎の 尾を 踏む 男達』
(とらのおを ふむ おとこたち)
1945年製作
1952年公開
監督 黒澤明
主演 大河内傅次郎
榎本健一
モノクロ、スタンダードサイズ、59分
能の『安宅』を下敷きにした
歌舞伎『勧進帳』を元に
道化役で
榎本健一
演じる「強力」のエピソード
喜劇仕立て
ミュージカル風に脚色した作品
終戦直後の
「GHQ」・・・字意得通知求・・・?
の検閲によって
1952年まで公開が認められなかった
↓↑
謡曲「安宅」
「虎の尾を踏み
毒蛇の口を逃れたる心地して
陸奥(むつ)の国へぞ
下りける」
劇中で謡曲の一節が
現代的な音楽にアレンジされ
ヴォーカルフォア合唱団の
合唱で歌われている
謡曲のほか
歌舞伎の
下座音楽
祭囃子
神楽
などの伝統音楽も使用
『勧進帳』をパロディ化し
弁慶の見せ所
「飛び六法」
は
道化強力役の
榎本健一
が演じた
↓↑
GHQの検閲
「主従の忠義」が
GHQが日本政府に出した
「反民主主義映画の除去」
の覚書に沿った
「反民主主義映画」に選ばれ
上映禁止
1952年3月3日
「反民主主義映画」
のうち
CIEの通達による
第一次解除映画の1本に含まれ
上映の禁が解かれ
同年4月24日に一般公開・・・
ーー↓↑ーー
「宮本
武蔵
(む さし)」
↓↑
む
武=一+弋+止
ブ
ム
もののふ
たけし・たけだけしい・つよい
いくさ・戦争
もののふ・つわもの
侍・武士・軍人
あと・足あと
先人が行った事業のあと
つぐ・あとをつぐ
長さの単位=一歩の半分
↓↑
さし
定規(物差し・物指し)
二人 が 一緒に いる状態
二人で何かをしている動作 ・状態
「さし」で勝負
さす=傘をさす(差す)
さす=簪をさす(挿す)
さす=方角をさす(指す)
さす=日射しがさす(射す)
さす=剣で刺す
さす=扠
=扌+叉
扌+又+丶
サ
さす
さて
はさみとる
やす
突き刺す
水中の魚を突き刺す道具
日本語
さて
話題を改めるときのことば
さす=砂州・砂洲
さす=目薬を点す
さす=口紅を注す・お茶を注す
↓↑
武
荒武者(あらむしゃ)
演武(エンブ)
落ち武者(おちむしゃ)
核武装(カクブソウ)
影武者(カゲムシャ)
官武(カンブ)
古武士(コブシ)
尚武(ショウブ)
武威(ブイ)
武張る(ぶばる)
武備(ブビ)
武辺(ブヘン)
武弁(ブベン)
武門(ブモン)
武勇(ブユウ)
武勇伝(ブユウデン)
武略(ブリャク)
武力(ブリョク)
歩武(ホブ)
武者(ムシャ)
勇武(ユウブ)
右武(ユウブ)
若武者(ワカムシャ)
猪武者(イノシシムシャ)
威武(イブ)
建武の新政(ケンムのシンセイ)
玄武岩(ゲンブガン)
公武(コウブ)
侍・武士(むらい・ブシ)
十六六指・十六武蔵(じゅうろくむさし)
↓↑
緯武経文(イブケイブン)
允文允武(インブンインブ)
禹湯文武(ウトウブンブ)
偃武修文(エンブシュウブン)
我武者羅(ガムシャラ)
窮兵黷武(キュウヘイトクブ)
勤倹尚武(キンケンショウブ)
好学尚武(コウガクショウブ)
止戈為武(シカイブ)
武運長久(ブウンチョウキュウ)
武芸百般(ブゲイヒャッパン)
武骨一辺(ブコツイッペン)
武陵桃源(ブリョウトウゲン)
文事武備(ブンジブビ)
文恬武嬉(ブンテンブキ)
文武一途(ブンブイット)
文武兼備(ブンブケンビ)
文武百官(ブンブヒャッカン)
文武両道(ブンブリョウドウ)
武者修行(ムシャシュギョウ)
右文左武(ユウブンサブ)
耀武揚威(ヨウブヨウイ)
↓↑
一合取っても武士は武士
落ち武者は薄の穂にも怖ず
花は桜木、人は武士
武士に二言はない
武士の情け
武士は相身互い
武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ)
↓↑
「宮本 武蔵」
天正十二年(1584年)?
~
正保二年五月十九日(1645年6月13日)
↓↑
「生国 播磨(はりま)」
播く=まく=撒く
=蒔く
=捲く
=巻く
磨=みがく・とぐ
研ぐ・解く・説く
おとぎ=御伽・音義
麿=麻呂
太安萬侶
多安万侶
↓↑
養子
「伊織」が建立した
『小倉碑文』
江戸中期の地誌
『播磨鑑』
泊神社棟札(兵庫県加古川市木村)
等の記載による
播磨生誕説(兵庫県高砂市米田町)
と
江戸時代後期の地誌
『東作誌』・・・倒錯・盗作・統作
藤作
董作・・・董の作?
美作国(岡山県東部)
宮本村
美作 生誕説
↓↑
幼名
辨助(弁助・弁之助)
弁別・弁捌・・・分別・文捌?
大分=おほいた=豊前・豊後
豊国・ぶぜん・ぶんご
憮然 文 語?
大分=ダイブン
=台分=台文・台本=脚本
題文=テーマ=主文
=おほわけ
=於保訳(和気・譯)
別名
藤原 玄信
新免 武蔵守
↓↑↓↑
新免=貢租を許された
免田の一種
・・・税金免除・兵役免除?
城下町で
町人住所は「町」
武家住所は「丁」であると区別
豊臣秀吉は
「太閤検地」で
里・保・郷・村・惣村
などの末端区域を検地により境界を定め
すべて「村」とする
「村切り」を行った
「大字(おおあざ)」=市町村内の区画名称
村の中にある田畑・山林などの
小さな地所の名前である
「小名」を「字(あざな)」といい
帳面証文等には
「字(あざ)」と記された
「小名(こな)」は
村の中の小集落
検地帳に記載された耕地名の小地名
「山字(やまあざ)」なども含まれる
10世紀
条里呼称と併用され
現在の「小字」に相当する地名が使用
次第に「小字」表記が主流となり
「太閤検地」以後
「村-字」の表示が標準
↓↑ ↓↑
「大字」は
「小字(あざ)」の一種
「字(あざ)=小字」
自然災害や
地質、土壌などに由来
有効開拓地域
危険地域
を指標、警告するコトバを
「地名」の「標識語」として「冠」した
「しめの」=皇室や貴人が占有し
一般の者の立ち入りを
禁じた野・禁野 (きんや)
「結界地」
禁野(しめの)
鎌倉時代
鷹狩りの禁止地域
江戸時代
将軍、諸大名の狩猟場
一般の猟を禁じた保護地域
万葉集 平家物語
「あかねさす
紫野行き
標野(しめの) 行き
野守は 見ずや
君が袖振る」・・・標野=薬草の御料地
鏡王(かがみのおおきみ)
額田鏡王
臣籍降下後の氏姓は
「威奈公」
宣化天皇の子の
「火焔皇子」の後裔
「阿方王」の子・・・
額田王
(ぬかたのおおきみ・ぬかたのきみ)
飛鳥時代の皇族・歌人
天武天皇の妃(采女・巫女)
額田部姫王(『薬師寺縁起』)
とも記録
『日本書紀』
鏡王の娘
「大海人皇子(天武天皇)」
に嫁ぎ
「十市皇女」・・・大友皇子の妃
を生む
父の
「鏡王」は
2世~5世の皇族(王族)の家系
近江国
野洲郡
鏡里の豪族
「壬申の乱」で戦死・・・?
孫の・・・
「葛野王」は
669年(天智天皇八年)の生まれで
「十市皇女」の生年は
648年(大化四年)~653年(白雉四年)頃
「額田王」
は
631年(舒明天皇三年)
~
637年(同九年)頃の誕生・・・
出生地
大和国
平群郡
額田郷
or
県東部(出雲国意宇郡)・・・
『万葉集』
『日本書紀』
の
「鏡姫王(鏡王女)」
の妹・・・
「十市皇女」の出生後
「天武天皇」
の兄である
「中大兄皇子(天智天皇)」
に寵愛された・・・
「茜指す 紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る(巻1・20・額田王)
「紫の匂へる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我恋ひめやも(巻1・21・大海人皇子)」
天智・天武両天皇との
三角関係を想定理解・・・
60歳前後まで生存・・・
「比売朝臣額田(ひめのあそみぬかだ)」
は臣籍降下した額田王の改名・・・
「藤原大嶋」
と再婚し80歳近くまで生きていた
「比売」=「比売陀」の脱字・・・
「比売陀君」
が八色の姓の「朝臣」を賜った・・・
「比売陀」氏は
開化天皇の末裔で
履中天皇の時に
「比売陀君」
を賜ったと
「古事記」にあり
「額田王」の臣籍降下ではない・・・
「額田王」=絶世の美人・・・
ーーーーー
「あざ=悝・痣・鮮」・・・「字」の?
↓↑↓↑
地租改正事業で
従前の
「字(耕地の名称の字)」
を基にしながらも
調査の都合の良いように
小さなものをいくつかまとめたり
大きな字を分割したり
適切な規模に
再編成を行った
↓↑
1889年(明治二十二年)
公布の市制および町村制の施行時に
従前の村名・町名を残したもの
市制・町村制施行後の
分離・埋立等によって
新設された「大字」
この「大字」と区別して
江戸時代からの
村(藩政村)の下にあった
区画単位である「字(あざ)」を
「小字(こあざ)」
とも言うようになった・・・
長崎県
近世から村内の小区域を単位として
○○郷(ごう)
○○触(ふれ)
○○名(みょう)
○○免(めん)
などの名称が用いられ
明治22年の
市制・町村制以降も一部の
市町村直下に
○○Ⅹと表記される行政単位が用いられた
郷(ごう)
近世の
大島・五島両藩において用いられ
東彼杵郡・西彼杵郡・南松浦郡
の行政単位
触(ふれ)
近世の
壱岐国(平戸藩)において免とともに用いられ
壱岐・石田両郡の行政単位
名(みょう)
近世の
島原・佐賀両藩において用いられ
北高来郡・南高来郡・西彼杵郡
の一部の行政単位として用いられる
免(めん)
近世の
平戸藩において用いられ
北松浦郡の行政単位として用いられる
↓↑ ↓↑
免 新免(シンメン)
岡山県
美作市
粟井付近(旧:新免)
室町時代に記録のある地名
↓↑
江戸時代にあった
福岡県
朝倉市
秋月
野鳥
藩庁の
秋月藩士
↓↑ ↓↑
『東作誌』が載せる新免氏
家祖
「大納言 徳大寺 実孝」
建武
新政期に勅勘を蒙り
美作国英田郡粟井庄に流され
貞和三年(1347年)没
↓↑ ↓↑
「徳大寺 実孝」の子
新免氏初代の
「新免則重」
・・・則(すなわち
のっとる)
重(かさなる
おもい)
新免氏の名乗りを与えられ
武家に転じ
室町幕府より
英田郡に・・・英=はなぶさ
英語・英国
田=かり(狩り)場
假=仮・借?
粟井庄・広山庄・吉野庄
を与えられた・・・
粟井庄内には
「新免村」が存在
14世紀末
同国守護
赤松氏の被官
新免氏が同地の荘官
↓↑↓↑
初代
「新免則重」
の嫡子
「新免長重」
長(ながく)
重(かさなる
おもい)
は
小房城主なるが
文明十二年(1480年)
・・・文は明らかに拾う字(爾)?
山名氏によって滅ぼされた
・・・纂名=サンメイ=簒名・・・
遺児の
「新免貞重」
は外戚、
赤松氏の一門の
宇野氏を頼って
同郡の小原山王山城へ逃れ
後に
宇野氏の養嗣子となって家督を継承
貞重は後に
「新免氏」に名乗りを戻し
居城を新たに
竹山城に移し
粟井氏・平尾氏などの
吉野郡の国人を討ち
郡内随一の勢力を得た
↓↑↓↑
貞重の子
「新免宗貞」は
吉野郡七荘を領し
勝田郡にまで勢力を伸ばし
「尼子(あまこ)」氏と対峙
・・・海女子・海部子・阿毎子
子の
「新免宗貫」の代
「尼子」氏が退潮
毛利氏や
織田氏・豊臣氏に与する
備前国の
「宇喜多」氏
・・・うきた・・・宇宙の喜び多し?
「雨季・雨期」+多
が台頭し
宇喜多氏に従属
慶長五年(1600年)
「関ヶ原の戦い」に敗れて
宇喜多氏が改易
新免氏も離散
「新免宗貫」
の直系は
福岡藩士となったり
帰農した
福岡藩の
黒田氏に仕えた
「新免氏」は
筑前国
下座郡
九村
に
2,300石で召し抱えられ
「新免宗貫」の長男
「新免宇兵衛」は
後に
熊本藩士に転じ
次男
「種信」・・・種(たね・うえる・くさ)
㘒=種+叱
信()
は改易なったが
福岡藩重臣の
「三奈木 黒田家」
・・・みなき=見名記(紀)?
国伝(傳・典)化
・・・博多・・・伊藤博文?
に仕えた
『東作誌』所載の系図は
「宗貫」の孫に
「宮本武蔵」
の養子
「宮本三木之助」
があったとし
「三木之助」は
「武蔵」の外孫・・・
↓↑ ↓↑
新免 玄信
新免 武蔵
宮本 二天
宮本 武蔵
戒名 二天道楽居士
墓所 武蔵塚(熊本県熊本市北区)
↓↑
主君 黒田如水→水野勝成
↓↑
父 新免無二
十手術の兵法家
室町幕府将軍
足利義昭の
将軍家師範
扶桑第一兵術者の号を持つ
吉岡某と試合をし
一度は吉岡が勝利し
二度は無二が勝利し
「日下 無双 兵法術者」
くさか 夢想 表方?
の号を賜った
↓↑
養子 三木之助
伊織(いおり)・・・意織・意折?
↓↑
「佐々木 小次郎 巌流(ガンリュウ)」
経歴不明・・・
↓↑
出身
豊前国
田川郡
副田庄(福岡県田川郡添田町)
豪族
佐々木氏のもとに生まれた・・・説
1776年(安永五年)
熊本藩の
豊田景英
が編纂した『二天記』で
越前国
宇坂庄
浄教寺村(福井県福井市浄教寺町)
秘剣「燕返し」は
福井の
一乗滝であみだし
生年は
天正もしくは永禄年間・・・
↓↑
中条流
富田勢源
門下の鐘捲流の
鐘捲自斎の弟子
安芸国の毛利氏に仕え
武者修行で諸国を遍歴
「燕返し」の剣法を案出
「岩流」と呼ばれる流派を創始
小倉藩の剣術師範
↓↑
名前
「佐々木岩龍」
佐々 木・・・佐野・狭野
佐=イ+ナ+工
人+ナ+工
(たくみ
工人・功・巧
匡
伎・内匠)
サ
すけ
たすける
手助てだすけをする
力を貸す・補佐する
すすめる
佐酒=酒をすすめること
すけ・衛門府・兵衛府などの次官
木=十+八=おはこ・特技
↓↑
「岸龍」
「巌流小次良」
「巌流小次郎」
「岩流(巖流・岸流・岸柳・岩龍)」
を名乗った
↓↑
「燕返し」は
「虎切」と呼ばれる剣法の型
↓↑
巖流島(がんりゅうじま)
山口県
下関市・関門海峡に在る島(無人島)
座標 北緯 33度55分58秒
東経130度55分50秒
正式名称
船島(ふなしま)
所在地
山口県
下関市
大字
彦島
字
船島648番地
↓↑
本州
下関市
彦島
から約0.4 kmの
関門海峡内に在る小島
島全体が平らな地形
標高は最高地点でも
海抜10 mに満たない
↓↑
巌流島の戦い
宮本武蔵
と
佐々木小次郎
の決闘
当時は
豊前小倉藩領の
船島であった
小次郎が
「巖流(岩流)」
を名乗って
「巖流島」
と呼ばれるようになった
↓↑
武蔵と小次郎の
決闘日時
『二天記(安永五年(1776年)』
によると
慶長十七年四月十三日
グレゴリオ暦
1612年5月13日
↓↑
立花峯均・・・たちば ナ 法 ナらす?
による
『丹治峯均筆記(享保十二年(1727年)』
武蔵19歳のときとあり
決闘時期には諸説あって実際は不明
↓↑
島の隣に岩礁があり、難所
豊臣秀吉
も
名護屋~大坂への帰路の途中で
乗船が座礁転覆
毛利水軍によって救助され
船と運命を共にした船長の
「明石与次兵衛」
の名を取り、江戸時代に
「与次兵衛ヶ瀬」
と呼ばれていた
岩礁は大正年間、爆破され
三菱重工業によって埋め立てられ
島の面積が広がっり
明治中期に
コレラ患者
の医療施設が立地
↓↑
周辺が日本軍の下関要塞地帯
戦後
島に移住者で30世帯に達したが
1973年には無人島
狸が彦島から渡ってき生息
↓↑
豊後(ぶんご)国・・・文語句似
杵築
細川家の領地
慶長年間は杵築城代に
松井康之・松井興長が任じられていた
「宮本無二助藤原一真
(原文は
宮本无二助藤原一真)」
が慶長十二年(1607年)
細川家家臣
友岡勘十郎に授けた当理流の免許状が現存
これを沼田家記の
「武蔵親無二と申者」
とするならば
武蔵は杵築に住む
無二の許へ送られた・・・
当時
日出藩主
細川忠興の義弟
木下延俊
の慶長十八年(1613年)の日記に
延俊に仕えていた
無二なる人物のことが記されている
これを沼田家記の
「武蔵親無二と申者」
とするならば、試合当時も
豊後日出に在住していた
無二の下へ武蔵は送られた
『本朝武芸小伝(1716年)』
にも巖流島決闘の伝説が記録
松平忠栄の家臣
中村守和(十郎右衛門)曰くと称して
『沼田家記』の記述と同様
単独
渡島の巖流に対し
武蔵側が多くの仲間と共に
舟島に渡っている様子が語られている
↓↑
『武将感状記(1716年、熊沢淡庵著)』
武蔵は
細川忠利に仕え
京から小倉へ赴く途中
佐々木岸流から挑戦を受け
舟島での試合を約し
武蔵は櫂を削った二尺五寸と
一尺八寸の二本の木刀
岸流は三尺余りの太刀で戦って
武蔵が勝った
↓↑
六三四
=武蔵
=むさし
=无邪志
=无謝志
=無邪志
=胸刺
=牟佐
ー↓↑ーーーー
無=𠂉+卌+―+灬
𠂉+‖+‖一+―+灬
ブ
ム
ない・存在しない
「なし・なかれ」
否定や禁止を表す
なみする・ないがしろにする
かろんじる
無視する
𠂉(髪挿し・櫛)
↓↑
髪=镸+彡+ナ+又
長=匚+二+𧘇
「+= +𧘇
镸=「+≡+ム
髟=镸+彡=ヒョウ
髪の毛が長く
垂れ下がるさま
髠=镸+彡+几=コン
そる・髪をそる
かみそり(剃刀)の刑
髪をそり落とす刑罰
切る・伐る
木の枝を切り払う
=髡・髨=镸+彡+元
髡=镸+彡+兀
䯭=镸+彡+又=セン
髪の感じが良いさま
䯮=镸+彡+乃
=ダイ
ナイ
ドウ
ノウ
「𩯇䯮=毛の乱れ」
髢=镸+彡+也=テイ
かもじ
少ない髪にそえ足す髪毛
髣=镸+彡+方=ホウ
かす(か)
に(る)
ほの(か)
「髣髴(ホウフツ)=彷彿」
よく似ているさま
ぼんやりしているさま
ほのか・かすか
水天髣髴(スイテンホウフツ)
髦=镸+彡+毛
=ボウ
モウ
すぐれる
たてがみ
たれがみ
さげがみ
眉近くまで垂れた子どもの髪
長い髪の毛
目立って長い毛
ぬきんでる・すぐれた人物
馬のたてがみ
镹=镸+久=久=乆
キュウ
ク
ひさしい・長い・時間が長い
古くからの・昔からの
ひさしくする
時間を長くかける
長い間そのままにする
肆=镸+聿=シ=四
ほしいまま
みせ=店
つらねる・つらなる
ならべる・ならび
列・陳列
市場・品物を並べる
ほしいまま・気まま
罪人をさらす
さらしものにする
ゆえに・だから・まことに
力を尽くす・努力する・努める
広げる・のばす
とうとう・遂に
極める・極まる
大きい・長い・はなはだ
はやい・はやく
「四」の代わりに用いる大字
瓺=镸+瓦=チョウ
口が小さく
胴が大きく膨らんでいる陶器
大きな瓶(かめ・びん・壜)
鬢=镸+彡+賓=髩・鬂・鬓
ヒン・ビン
びん・びんずら
耳のそばの髪
镾=镸+爾=弥・彌
ビ・ミ
や
あまねし
いや
いよいよ
つくろう
ひさしい
わたる
ひさしい・とおい
わたる・月日を経る
時間が経過する
あまねし・広く行きわたる
つくろう・おぎなう
ほころびを縫ってつくろう
いよいよ・ますます
ゆるめる・弓のつるを緩める
髵=镸+彡+而=ジ
ほおひげ。
毛が多いさま
ふさふさとしているさま
↓↑ ↓↑
卌(シュウ)=四十
↓↑
敢(あ)え無い
飽くなき・飽(あ)く無き
味気ない・味気無い(あじけない)
呆気ない・呆気無い(あっけない)
危(あぶ)なげ無い
有り無し・有無・有無し
有るか無し
有る事無い事
有る無し
意気地無し
無花果(いちじく)
疑い無い
疑い無く
有無(うむ)
惜しみない
惜しみ無い
大人気ない
大人気無い
音無し
覚束ない・覚束(おぼつか)無い
限り無い
形無し(かたなし)
神無月(かんなづき・かみなづき)
感無量(カンムリョウ)
虚無(キョム)
限(きり)無し
極(きわ)まり無い
窮(きわ)まり無い
金無垢(キンムク)
芸無し(げいなし)
心無(こころな)い
↓↑
悪逆無道(アクギャクムドウ)
鴉雀無声(アジャクムセイ)
安心無為(アンジンムイ)
安然無恙(アンゼンムヨウ)
安穏無事(アンノンブジ)
一事無成(イチジムセイ)
一望無垠(イチボウムギン)
一徹無垢(イッテツムク)
意料無限(イリョウムゲン)
異類無礙(イルイムゲ)
慇懃無礼(インギンブレイ)
有為無常(ウイムジョウ)
有象無象(ウゾウムゾウ)
有無相生(ウムソウセイ)
有無相通(ウムソウツウ)
有耶無耶(うやむや)
有漏無漏(ウロムロ)
永永無窮(エイエイムキュウ)
永遠無窮(エイエンムキュウ)
影迹無端(エイセキムタン)
応用無辺(オウヨウムヘン)
海内無双(カイダイムソウ)
架空無稽(カクウムケイ)
廓然無聖(カクネンムショウ)
画無失理(カクムシツリ)
禍福無門(カフクムモン)
感慨無量(カンガイムリョウ)
汗顔無地(カンガンムチ)
完全無欠(カンゼンムケツ)
眼中無人(ガンチュウムジン)
↓↑
有っても苦労、無くても苦労
有るか無きか
有無相通じる
有無を言わせず
有無を言わせぬ
遠慮(エンリョ)が無沙汰(ブサタ)
遠慮は無沙汰
応接に暇(いとま)が無い
奥行きが無い
音沙汰(おとざた)が無い
親の意見と茄子(なすび)の花は
千に一つも無駄はない
女氏無くして玉の輿(こし)に乗る
女は氏無うて玉の輿に乗る
甲斐性が無い
稼ぐに追い付く貧乏無し
傍らに人無きが如し
完膚(カンプ)無きまで
完膚無き迄に
眼中に無い
尽(ことごと)く
書を信ずれば
則ち書無きに如かず
虚無僧(こむそう)に尺八(しゃくはち)
様は無い
芝居は無筆の早学問(はやガクモン)
真の闇より無闇(むやみ)が怖い
辛抱に追い付く貧乏無し
是非も無い
大欲は無欲に似たり
多芸は無芸
多勢に無勢
立場が無い
↓↑
无=ブ・ム
ない
=無
无=一+尢
一+丿+乚
尢(だいのまげあし
まげあし
おうにょう)
オウ
足や背中が曲がって不自由な人
尢=尣=ハ+儿
龙=ナ+匕(七)+ヽ
龍・竜部(リュウ・たつ)
リュウ
リョウ
リン
天子や英雄のたとえ
高さが八尺以上の馬
優れた馬
龍=竜・龒
㡣=帝+ㄣ+一+乚+亖(一+≡)
=亠+丷+冖+巾+一+ㄣ+一+乚+≡
=帝+ㄣ+匚+≡
↓↑
尤=ユウ=怣=失+心
尤=尢+丶
一+丿+乚+丶
すぐ(れる)
とが(める)
もっと(も)
とが。あやまち。欠点けってん。
とがめる。責せめる。非難ひなんする。
もっとも。はなはだ。
すぐれる。他ほかよりもすぐれている
目立めだってすぐれている。
日本語
もっとも
その通(とお)り
↓↑
怨尤(エンユウ)=怨み咎める
悔尤(カイユウ)=後悔と非難
愆尤(ケンユウ)=過失
慢尤(マンユウ)=咎め・不注意での過失
↓↑
尤も(もっとも)
尤も(もっとも)らしい
尤なる(ユウなる)
尤物(ユウブツ)=優れモノ
御無理御尤(ごむりごもっと)も
御尤(ごもっと)も
↓↑
尤雲殢雨(ユウウンテイウ)=男女の情交
天を怨みず人を尤(とが=咎・科・罪)めず
↓↑
䥻=釒+无・・・金無し?
䤞=金+尤
イン
=鈗=金+ム+儿
イン
武器の一種
矛の類
君主の護衛家来の武器
允=イン・まこと・ゆるす
・・・・銃=金+亠+ム+儿
↓↑
无何之郷(ムカのキョウ)
无何有郷(ムカユウキョウ)
无妄之福(ムボウのフク)
无望之禍(ムボウのわざわい)
⺛
「无部」
无 旡
む・むにょう・ぶ・なし
すで(既=艮+旡)のつくり
↓↑
无=二+儿(ノ+乚)
呒=口+无=ブ・ム=嘸
さぞ
はっきりとしないさま
何も口に出して言わないさま
妩=女+无=ブ・ム=嫵
こびる
みめよい・美しい
庑=广+无=ブ=廡
ひさし・のき
家の軒に差し出して
雨や日光を
さえぎるための小さな屋根
廊下・回廊
しげる・草や木が生い茂る
怃=忄+无=ブ・ム=憮・㒇
いつくしむ
がっかりするさま・失望するさま
大切にしてかわいがる
抚=扌+无=フ・ブ=撫・・・愛撫
なでる・手のひらでさする
なでるようにしてかわいがる
なだめる・落ち着かせる
うつ・たたく・軽くたたく
芜=艹+无=ブ・ム=蕪
あれる
かぶ
かぶら
しげる
みだれる
荒れる
雑草が生い茂って荒れる
茂る
乱れる・すさむ
荒れ地・草むら・草原
日本語
かぶ・かぶら
↓↑
「やさすかり」・・・矢刺す狩り?
「むさし」
↓↑
『言海』
「むさし=六指し」
「やさすかり=八指す樗蒲」
↓↑
『物類称呼』
「十六むさし」
「むさし=弁慶むさし
十六さすがり
さすがり」
↓↑
『安斎随筆』
鎌倉で
「ニッサ(二三)」
6つの石を使うゲーム
「十六むさし=牛追ニッサ」
↓↑
武蔵 坊 弁慶
(むさしぼう べんけい
武藏 坊 辨慶)
?~文治5年閏4月30日
1189年6月15日?
僧衆(僧兵)
源義経の郎党
↓↑
「吾妻鏡」
「源 義経」の部下
「平家物語」
「源平盛衰記」
出身地、容姿、性格、活動内容
最期等の詳細な情報は一切ない
弁慶の功績や伝説は後世の創作
↓↑
「弁慶ぎなた」式
「ぎなた読み」
「弁慶が薙刀を持って刺し殺した」
「弁慶がな、ぎなたを持ってさ、し殺した」
句読点の付け方を変えると
文章の意味も変わる
「ここでは、きものを、ぬいでください」
「ここで、はきものを、ぬいでください」
↓↑
『虎の 尾を 踏む 男達』
(とらのおを ふむ おとこたち)
1945年製作
1952年公開
監督 黒澤明
主演 大河内傅次郎
榎本健一
モノクロ、スタンダードサイズ、59分
能の『安宅』を下敷きにした
歌舞伎『勧進帳』を元に
道化役で
榎本健一
演じる「強力」のエピソード
喜劇仕立て
ミュージカル風に脚色した作品
終戦直後の
「GHQ」・・・字意得通知求・・・?
の検閲によって
1952年まで公開が認められなかった
↓↑
謡曲「安宅」
「虎の尾を踏み
毒蛇の口を逃れたる心地して
陸奥(むつ)の国へぞ
下りける」
劇中で謡曲の一節が
現代的な音楽にアレンジされ
ヴォーカルフォア合唱団の
合唱で歌われている
謡曲のほか
歌舞伎の
下座音楽
祭囃子
神楽
などの伝統音楽も使用
『勧進帳』をパロディ化し
弁慶の見せ所
「飛び六法」
は
道化強力役の
榎本健一
が演じた
↓↑
GHQの検閲
「主従の忠義」が
GHQが日本政府に出した
「反民主主義映画の除去」
の覚書に沿った
「反民主主義映画」に選ばれ
上映禁止
1952年3月3日
「反民主主義映画」
のうち
CIEの通達による
第一次解除映画の1本に含まれ
上映の禁が解かれ
同年4月24日に一般公開・・・
ーー↓↑ーー
「宮本
武蔵
(む さし)」
↓↑
む
武=一+弋+止
ブ
ム
もののふ
たけし・たけだけしい・つよい
いくさ・戦争
もののふ・つわもの
侍・武士・軍人
あと・足あと
先人が行った事業のあと
つぐ・あとをつぐ
長さの単位=一歩の半分
↓↑
さし
定規(物差し・物指し)
二人 が 一緒に いる状態
二人で何かをしている動作 ・状態
「さし」で勝負
さす=傘をさす(差す)
さす=簪をさす(挿す)
さす=方角をさす(指す)
さす=日射しがさす(射す)
さす=剣で刺す
さす=扠
=扌+叉
扌+又+丶
サ
さす
さて
はさみとる
やす
突き刺す
水中の魚を突き刺す道具
日本語
さて
話題を改めるときのことば
さす=砂州・砂洲
さす=目薬を点す
さす=口紅を注す・お茶を注す
↓↑
武
荒武者(あらむしゃ)
演武(エンブ)
落ち武者(おちむしゃ)
核武装(カクブソウ)
影武者(カゲムシャ)
官武(カンブ)
古武士(コブシ)
尚武(ショウブ)
武威(ブイ)
武張る(ぶばる)
武備(ブビ)
武辺(ブヘン)
武弁(ブベン)
武門(ブモン)
武勇(ブユウ)
武勇伝(ブユウデン)
武略(ブリャク)
武力(ブリョク)
歩武(ホブ)
武者(ムシャ)
勇武(ユウブ)
右武(ユウブ)
若武者(ワカムシャ)
猪武者(イノシシムシャ)
威武(イブ)
建武の新政(ケンムのシンセイ)
玄武岩(ゲンブガン)
公武(コウブ)
侍・武士(むらい・ブシ)
十六六指・十六武蔵(じゅうろくむさし)
↓↑
緯武経文(イブケイブン)
允文允武(インブンインブ)
禹湯文武(ウトウブンブ)
偃武修文(エンブシュウブン)
我武者羅(ガムシャラ)
窮兵黷武(キュウヘイトクブ)
勤倹尚武(キンケンショウブ)
好学尚武(コウガクショウブ)
止戈為武(シカイブ)
武運長久(ブウンチョウキュウ)
武芸百般(ブゲイヒャッパン)
武骨一辺(ブコツイッペン)
武陵桃源(ブリョウトウゲン)
文事武備(ブンジブビ)
文恬武嬉(ブンテンブキ)
文武一途(ブンブイット)
文武兼備(ブンブケンビ)
文武百官(ブンブヒャッカン)
文武両道(ブンブリョウドウ)
武者修行(ムシャシュギョウ)
右文左武(ユウブンサブ)
耀武揚威(ヨウブヨウイ)
↓↑
一合取っても武士は武士
落ち武者は薄の穂にも怖ず
花は桜木、人は武士
武士に二言はない
武士の情け
武士は相身互い
武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ)
↓↑
「宮本 武蔵」
天正十二年(1584年)?
~
正保二年五月十九日(1645年6月13日)
↓↑
「生国 播磨(はりま)」
播く=まく=撒く
=蒔く
=捲く
=巻く
磨=みがく・とぐ
研ぐ・解く・説く
おとぎ=御伽・音義
麿=麻呂
太安萬侶
多安万侶
↓↑
養子
「伊織」が建立した
『小倉碑文』
江戸中期の地誌
『播磨鑑』
泊神社棟札(兵庫県加古川市木村)
等の記載による
播磨生誕説(兵庫県高砂市米田町)
と
江戸時代後期の地誌
『東作誌』・・・倒錯・盗作・統作
藤作
董作・・・董の作?
美作国(岡山県東部)
宮本村
美作 生誕説
↓↑
幼名
辨助(弁助・弁之助)
弁別・弁捌・・・分別・文捌?
大分=おほいた=豊前・豊後
豊国・ぶぜん・ぶんご
憮然 文 語?
大分=ダイブン
=台分=台文・台本=脚本
題文=テーマ=主文
=おほわけ
=於保訳(和気・譯)
別名
藤原 玄信
新免 武蔵守
↓↑↓↑
新免=貢租を許された
免田の一種
・・・税金免除・兵役免除?
城下町で
町人住所は「町」
武家住所は「丁」であると区別
豊臣秀吉は
「太閤検地」で
里・保・郷・村・惣村
などの末端区域を検地により境界を定め
すべて「村」とする
「村切り」を行った
「大字(おおあざ)」=市町村内の区画名称
村の中にある田畑・山林などの
小さな地所の名前である
「小名」を「字(あざな)」といい
帳面証文等には
「字(あざ)」と記された
「小名(こな)」は
村の中の小集落
検地帳に記載された耕地名の小地名
「山字(やまあざ)」なども含まれる
10世紀
条里呼称と併用され
現在の「小字」に相当する地名が使用
次第に「小字」表記が主流となり
「太閤検地」以後
「村-字」の表示が標準
↓↑ ↓↑
「大字」は
「小字(あざ)」の一種
「字(あざ)=小字」
自然災害や
地質、土壌などに由来
有効開拓地域
危険地域
を指標、警告するコトバを
「地名」の「標識語」として「冠」した
「しめの」=皇室や貴人が占有し
一般の者の立ち入りを
禁じた野・禁野 (きんや)
「結界地」
禁野(しめの)
鎌倉時代
鷹狩りの禁止地域
江戸時代
将軍、諸大名の狩猟場
一般の猟を禁じた保護地域
万葉集 平家物語
「あかねさす
紫野行き
標野(しめの) 行き
野守は 見ずや
君が袖振る」・・・標野=薬草の御料地
鏡王(かがみのおおきみ)
額田鏡王
臣籍降下後の氏姓は
「威奈公」
宣化天皇の子の
「火焔皇子」の後裔
「阿方王」の子・・・
額田王
(ぬかたのおおきみ・ぬかたのきみ)
飛鳥時代の皇族・歌人
天武天皇の妃(采女・巫女)
額田部姫王(『薬師寺縁起』)
とも記録
『日本書紀』
鏡王の娘
「大海人皇子(天武天皇)」
に嫁ぎ
「十市皇女」・・・大友皇子の妃
を生む
父の
「鏡王」は
2世~5世の皇族(王族)の家系
近江国
野洲郡
鏡里の豪族
「壬申の乱」で戦死・・・?
孫の・・・
「葛野王」は
669年(天智天皇八年)の生まれで
「十市皇女」の生年は
648年(大化四年)~653年(白雉四年)頃
「額田王」
は
631年(舒明天皇三年)
~
637年(同九年)頃の誕生・・・
出生地
大和国
平群郡
額田郷
or
県東部(出雲国意宇郡)・・・
『万葉集』
『日本書紀』
の
「鏡姫王(鏡王女)」
の妹・・・
「十市皇女」の出生後
「天武天皇」
の兄である
「中大兄皇子(天智天皇)」
に寵愛された・・・
「茜指す 紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る(巻1・20・額田王)
「紫の匂へる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我恋ひめやも(巻1・21・大海人皇子)」
天智・天武両天皇との
三角関係を想定理解・・・
60歳前後まで生存・・・
「比売朝臣額田(ひめのあそみぬかだ)」
は臣籍降下した額田王の改名・・・
「藤原大嶋」
と再婚し80歳近くまで生きていた
「比売」=「比売陀」の脱字・・・
「比売陀君」
が八色の姓の「朝臣」を賜った・・・
「比売陀」氏は
開化天皇の末裔で
履中天皇の時に
「比売陀君」
を賜ったと
「古事記」にあり
「額田王」の臣籍降下ではない・・・
「額田王」=絶世の美人・・・
ーーーーー
「あざ=悝・痣・鮮」・・・「字」の?
↓↑↓↑
地租改正事業で
従前の
「字(耕地の名称の字)」
を基にしながらも
調査の都合の良いように
小さなものをいくつかまとめたり
大きな字を分割したり
適切な規模に
再編成を行った
↓↑
1889年(明治二十二年)
公布の市制および町村制の施行時に
従前の村名・町名を残したもの
市制・町村制施行後の
分離・埋立等によって
新設された「大字」
この「大字」と区別して
江戸時代からの
村(藩政村)の下にあった
区画単位である「字(あざ)」を
「小字(こあざ)」
とも言うようになった・・・
長崎県
近世から村内の小区域を単位として
○○郷(ごう)
○○触(ふれ)
○○名(みょう)
○○免(めん)
などの名称が用いられ
明治22年の
市制・町村制以降も一部の
市町村直下に
○○Ⅹと表記される行政単位が用いられた
郷(ごう)
近世の
大島・五島両藩において用いられ
東彼杵郡・西彼杵郡・南松浦郡
の行政単位
触(ふれ)
近世の
壱岐国(平戸藩)において免とともに用いられ
壱岐・石田両郡の行政単位
名(みょう)
近世の
島原・佐賀両藩において用いられ
北高来郡・南高来郡・西彼杵郡
の一部の行政単位として用いられる
免(めん)
近世の
平戸藩において用いられ
北松浦郡の行政単位として用いられる
↓↑ ↓↑
免 新免(シンメン)
岡山県
美作市
粟井付近(旧:新免)
室町時代に記録のある地名
↓↑
江戸時代にあった
福岡県
朝倉市
秋月
野鳥
藩庁の
秋月藩士
↓↑ ↓↑
『東作誌』が載せる新免氏
家祖
「大納言 徳大寺 実孝」
建武
新政期に勅勘を蒙り
美作国英田郡粟井庄に流され
貞和三年(1347年)没
↓↑ ↓↑
「徳大寺 実孝」の子
新免氏初代の
「新免則重」
・・・則(すなわち
のっとる)
重(かさなる
おもい)
新免氏の名乗りを与えられ
武家に転じ
室町幕府より
英田郡に・・・英=はなぶさ
英語・英国
田=かり(狩り)場
假=仮・借?
粟井庄・広山庄・吉野庄
を与えられた・・・
粟井庄内には
「新免村」が存在
14世紀末
同国守護
赤松氏の被官
新免氏が同地の荘官
↓↑↓↑
初代
「新免則重」
の嫡子
「新免長重」
長(ながく)
重(かさなる
おもい)
は
小房城主なるが
文明十二年(1480年)
・・・文は明らかに拾う字(爾)?
山名氏によって滅ぼされた
・・・纂名=サンメイ=簒名・・・
遺児の
「新免貞重」
は外戚、
赤松氏の一門の
宇野氏を頼って
同郡の小原山王山城へ逃れ
後に
宇野氏の養嗣子となって家督を継承
貞重は後に
「新免氏」に名乗りを戻し
居城を新たに
竹山城に移し
粟井氏・平尾氏などの
吉野郡の国人を討ち
郡内随一の勢力を得た
↓↑↓↑
貞重の子
「新免宗貞」は
吉野郡七荘を領し
勝田郡にまで勢力を伸ばし
「尼子(あまこ)」氏と対峙
・・・海女子・海部子・阿毎子
子の
「新免宗貫」の代
「尼子」氏が退潮
毛利氏や
織田氏・豊臣氏に与する
備前国の
「宇喜多」氏
・・・うきた・・・宇宙の喜び多し?
「雨季・雨期」+多
が台頭し
宇喜多氏に従属
慶長五年(1600年)
「関ヶ原の戦い」に敗れて
宇喜多氏が改易
新免氏も離散
「新免宗貫」
の直系は
福岡藩士となったり
帰農した
福岡藩の
黒田氏に仕えた
「新免氏」は
筑前国
下座郡
九村
に
2,300石で召し抱えられ
「新免宗貫」の長男
「新免宇兵衛」は
後に
熊本藩士に転じ
次男
「種信」・・・種(たね・うえる・くさ)
㘒=種+叱
信()
は改易なったが
福岡藩重臣の
「三奈木 黒田家」
・・・みなき=見名記(紀)?
国伝(傳・典)化
・・・博多・・・伊藤博文?
に仕えた
『東作誌』所載の系図は
「宗貫」の孫に
「宮本武蔵」
の養子
「宮本三木之助」
があったとし
「三木之助」は
「武蔵」の外孫・・・
↓↑ ↓↑
新免 玄信
新免 武蔵
宮本 二天
宮本 武蔵
戒名 二天道楽居士
墓所 武蔵塚(熊本県熊本市北区)
↓↑
主君 黒田如水→水野勝成
↓↑
父 新免無二
十手術の兵法家
室町幕府将軍
足利義昭の
将軍家師範
扶桑第一兵術者の号を持つ
吉岡某と試合をし
一度は吉岡が勝利し
二度は無二が勝利し
「日下 無双 兵法術者」
くさか 夢想 表方?
の号を賜った
↓↑
養子 三木之助
伊織(いおり)・・・意織・意折?
↓↑
「佐々木 小次郎 巌流(ガンリュウ)」
経歴不明・・・
↓↑
出身
豊前国
田川郡
副田庄(福岡県田川郡添田町)
豪族
佐々木氏のもとに生まれた・・・説
1776年(安永五年)
熊本藩の
豊田景英
が編纂した『二天記』で
越前国
宇坂庄
浄教寺村(福井県福井市浄教寺町)
秘剣「燕返し」は
福井の
一乗滝であみだし
生年は
天正もしくは永禄年間・・・
↓↑
中条流
富田勢源
門下の鐘捲流の
鐘捲自斎の弟子
安芸国の毛利氏に仕え
武者修行で諸国を遍歴
「燕返し」の剣法を案出
「岩流」と呼ばれる流派を創始
小倉藩の剣術師範
↓↑
名前
「佐々木岩龍」
佐々 木・・・佐野・狭野
佐=イ+ナ+工
人+ナ+工
(たくみ
工人・功・巧
匡
伎・内匠)
サ
すけ
たすける
手助てだすけをする
力を貸す・補佐する
すすめる
佐酒=酒をすすめること
すけ・衛門府・兵衛府などの次官
木=十+八=おはこ・特技
↓↑
「岸龍」
「巌流小次良」
「巌流小次郎」
「岩流(巖流・岸流・岸柳・岩龍)」
を名乗った
↓↑
「燕返し」は
「虎切」と呼ばれる剣法の型
↓↑
巖流島(がんりゅうじま)
山口県
下関市・関門海峡に在る島(無人島)
座標 北緯 33度55分58秒
東経130度55分50秒
正式名称
船島(ふなしま)
所在地
山口県
下関市
大字
彦島
字
船島648番地
↓↑
本州
下関市
彦島
から約0.4 kmの
関門海峡内に在る小島
島全体が平らな地形
標高は最高地点でも
海抜10 mに満たない
↓↑
巌流島の戦い
宮本武蔵
と
佐々木小次郎
の決闘
当時は
豊前小倉藩領の
船島であった
小次郎が
「巖流(岩流)」
を名乗って
「巖流島」
と呼ばれるようになった
↓↑
武蔵と小次郎の
決闘日時
『二天記(安永五年(1776年)』
によると
慶長十七年四月十三日
グレゴリオ暦
1612年5月13日
↓↑
立花峯均・・・たちば ナ 法 ナらす?
による
『丹治峯均筆記(享保十二年(1727年)』
武蔵19歳のときとあり
決闘時期には諸説あって実際は不明
↓↑
島の隣に岩礁があり、難所
豊臣秀吉
も
名護屋~大坂への帰路の途中で
乗船が座礁転覆
毛利水軍によって救助され
船と運命を共にした船長の
「明石与次兵衛」
の名を取り、江戸時代に
「与次兵衛ヶ瀬」
と呼ばれていた
岩礁は大正年間、爆破され
三菱重工業によって埋め立てられ
島の面積が広がっり
明治中期に
コレラ患者
の医療施設が立地
↓↑
周辺が日本軍の下関要塞地帯
戦後
島に移住者で30世帯に達したが
1973年には無人島
狸が彦島から渡ってき生息
↓↑
豊後(ぶんご)国・・・文語句似
杵築
細川家の領地
慶長年間は杵築城代に
松井康之・松井興長が任じられていた
「宮本無二助藤原一真
(原文は
宮本无二助藤原一真)」
が慶長十二年(1607年)
細川家家臣
友岡勘十郎に授けた当理流の免許状が現存
これを沼田家記の
「武蔵親無二と申者」
とするならば
武蔵は杵築に住む
無二の許へ送られた・・・
当時
日出藩主
細川忠興の義弟
木下延俊
の慶長十八年(1613年)の日記に
延俊に仕えていた
無二なる人物のことが記されている
これを沼田家記の
「武蔵親無二と申者」
とするならば、試合当時も
豊後日出に在住していた
無二の下へ武蔵は送られた
『本朝武芸小伝(1716年)』
にも巖流島決闘の伝説が記録
松平忠栄の家臣
中村守和(十郎右衛門)曰くと称して
『沼田家記』の記述と同様
単独
渡島の巖流に対し
武蔵側が多くの仲間と共に
舟島に渡っている様子が語られている
↓↑
『武将感状記(1716年、熊沢淡庵著)』
武蔵は
細川忠利に仕え
京から小倉へ赴く途中
佐々木岸流から挑戦を受け
舟島での試合を約し
武蔵は櫂を削った二尺五寸と
一尺八寸の二本の木刀
岸流は三尺余りの太刀で戦って
武蔵が勝った
↓↑
六三四
=武蔵
=むさし
=无邪志
=无謝志
=無邪志
=胸刺
=牟佐
ー↓↑ーーーー
無=𠂉+卌+―+灬
𠂉+‖+‖一+―+灬
ブ
ム
ない・存在しない
「なし・なかれ」
否定や禁止を表す
なみする・ないがしろにする
かろんじる
無視する
𠂉(髪挿し・櫛)
↓↑
髪=镸+彡+ナ+又
長=匚+二+𧘇
「+= +𧘇
镸=「+≡+ム
髟=镸+彡=ヒョウ
髪の毛が長く
垂れ下がるさま
髠=镸+彡+几=コン
そる・髪をそる
かみそり(剃刀)の刑
髪をそり落とす刑罰
切る・伐る
木の枝を切り払う
=髡・髨=镸+彡+元
髡=镸+彡+兀
䯭=镸+彡+又=セン
髪の感じが良いさま
䯮=镸+彡+乃
=ダイ
ナイ
ドウ
ノウ
「𩯇䯮=毛の乱れ」
髢=镸+彡+也=テイ
かもじ
少ない髪にそえ足す髪毛
髣=镸+彡+方=ホウ
かす(か)
に(る)
ほの(か)
「髣髴(ホウフツ)=彷彿」
よく似ているさま
ぼんやりしているさま
ほのか・かすか
水天髣髴(スイテンホウフツ)
髦=镸+彡+毛
=ボウ
モウ
すぐれる
たてがみ
たれがみ
さげがみ
眉近くまで垂れた子どもの髪
長い髪の毛
目立って長い毛
ぬきんでる・すぐれた人物
馬のたてがみ
镹=镸+久=久=乆
キュウ
ク
ひさしい・長い・時間が長い
古くからの・昔からの
ひさしくする
時間を長くかける
長い間そのままにする
肆=镸+聿=シ=四
ほしいまま
みせ=店
つらねる・つらなる
ならべる・ならび
列・陳列
市場・品物を並べる
ほしいまま・気まま
罪人をさらす
さらしものにする
ゆえに・だから・まことに
力を尽くす・努力する・努める
広げる・のばす
とうとう・遂に
極める・極まる
大きい・長い・はなはだ
はやい・はやく
「四」の代わりに用いる大字
瓺=镸+瓦=チョウ
口が小さく
胴が大きく膨らんでいる陶器
大きな瓶(かめ・びん・壜)
鬢=镸+彡+賓=髩・鬂・鬓
ヒン・ビン
びん・びんずら
耳のそばの髪
镾=镸+爾=弥・彌
ビ・ミ
や
あまねし
いや
いよいよ
つくろう
ひさしい
わたる
ひさしい・とおい
わたる・月日を経る
時間が経過する
あまねし・広く行きわたる
つくろう・おぎなう
ほころびを縫ってつくろう
いよいよ・ますます
ゆるめる・弓のつるを緩める
髵=镸+彡+而=ジ
ほおひげ。
毛が多いさま
ふさふさとしているさま
↓↑ ↓↑
卌(シュウ)=四十
↓↑
敢(あ)え無い
飽くなき・飽(あ)く無き
味気ない・味気無い(あじけない)
呆気ない・呆気無い(あっけない)
危(あぶ)なげ無い
有り無し・有無・有無し
有るか無し
有る事無い事
有る無し
意気地無し
無花果(いちじく)
疑い無い
疑い無く
有無(うむ)
惜しみない
惜しみ無い
大人気ない
大人気無い
音無し
覚束ない・覚束(おぼつか)無い
限り無い
形無し(かたなし)
神無月(かんなづき・かみなづき)
感無量(カンムリョウ)
虚無(キョム)
限(きり)無し
極(きわ)まり無い
窮(きわ)まり無い
金無垢(キンムク)
芸無し(げいなし)
心無(こころな)い
↓↑
悪逆無道(アクギャクムドウ)
鴉雀無声(アジャクムセイ)
安心無為(アンジンムイ)
安然無恙(アンゼンムヨウ)
安穏無事(アンノンブジ)
一事無成(イチジムセイ)
一望無垠(イチボウムギン)
一徹無垢(イッテツムク)
意料無限(イリョウムゲン)
異類無礙(イルイムゲ)
慇懃無礼(インギンブレイ)
有為無常(ウイムジョウ)
有象無象(ウゾウムゾウ)
有無相生(ウムソウセイ)
有無相通(ウムソウツウ)
有耶無耶(うやむや)
有漏無漏(ウロムロ)
永永無窮(エイエイムキュウ)
永遠無窮(エイエンムキュウ)
影迹無端(エイセキムタン)
応用無辺(オウヨウムヘン)
海内無双(カイダイムソウ)
架空無稽(カクウムケイ)
廓然無聖(カクネンムショウ)
画無失理(カクムシツリ)
禍福無門(カフクムモン)
感慨無量(カンガイムリョウ)
汗顔無地(カンガンムチ)
完全無欠(カンゼンムケツ)
眼中無人(ガンチュウムジン)
↓↑
有っても苦労、無くても苦労
有るか無きか
有無相通じる
有無を言わせず
有無を言わせぬ
遠慮(エンリョ)が無沙汰(ブサタ)
遠慮は無沙汰
応接に暇(いとま)が無い
奥行きが無い
音沙汰(おとざた)が無い
親の意見と茄子(なすび)の花は
千に一つも無駄はない
女氏無くして玉の輿(こし)に乗る
女は氏無うて玉の輿に乗る
甲斐性が無い
稼ぐに追い付く貧乏無し
傍らに人無きが如し
完膚(カンプ)無きまで
完膚無き迄に
眼中に無い
尽(ことごと)く
書を信ずれば
則ち書無きに如かず
虚無僧(こむそう)に尺八(しゃくはち)
様は無い
芝居は無筆の早学問(はやガクモン)
真の闇より無闇(むやみ)が怖い
辛抱に追い付く貧乏無し
是非も無い
大欲は無欲に似たり
多芸は無芸
多勢に無勢
立場が無い
↓↑
无=ブ・ム
ない
=無
无=一+尢
一+丿+乚
尢(だいのまげあし
まげあし
おうにょう)
オウ
足や背中が曲がって不自由な人
尢=尣=ハ+儿
龙=ナ+匕(七)+ヽ
龍・竜部(リュウ・たつ)
リュウ
リョウ
リン
天子や英雄のたとえ
高さが八尺以上の馬
優れた馬
龍=竜・龒
㡣=帝+ㄣ+一+乚+亖(一+≡)
=亠+丷+冖+巾+一+ㄣ+一+乚+≡
=帝+ㄣ+匚+≡
↓↑
尤=ユウ=怣=失+心
尤=尢+丶
一+丿+乚+丶
すぐ(れる)
とが(める)
もっと(も)
とが。あやまち。欠点けってん。
とがめる。責せめる。非難ひなんする。
もっとも。はなはだ。
すぐれる。他ほかよりもすぐれている
目立めだってすぐれている。
日本語
もっとも
その通(とお)り
↓↑
怨尤(エンユウ)=怨み咎める
悔尤(カイユウ)=後悔と非難
愆尤(ケンユウ)=過失
慢尤(マンユウ)=咎め・不注意での過失
↓↑
尤も(もっとも)
尤も(もっとも)らしい
尤なる(ユウなる)
尤物(ユウブツ)=優れモノ
御無理御尤(ごむりごもっと)も
御尤(ごもっと)も
↓↑
尤雲殢雨(ユウウンテイウ)=男女の情交
天を怨みず人を尤(とが=咎・科・罪)めず
↓↑
䥻=釒+无・・・金無し?
䤞=金+尤
イン
=鈗=金+ム+儿
イン
武器の一種
矛の類
君主の護衛家来の武器
允=イン・まこと・ゆるす
・・・・銃=金+亠+ム+儿
↓↑
无何之郷(ムカのキョウ)
无何有郷(ムカユウキョウ)
无妄之福(ムボウのフク)
无望之禍(ムボウのわざわい)
⺛
「无部」
无 旡
む・むにょう・ぶ・なし
すで(既=艮+旡)のつくり
↓↑
无=二+儿(ノ+乚)
呒=口+无=ブ・ム=嘸
さぞ
はっきりとしないさま
何も口に出して言わないさま
妩=女+无=ブ・ム=嫵
こびる
みめよい・美しい
庑=广+无=ブ=廡
ひさし・のき
家の軒に差し出して
雨や日光を
さえぎるための小さな屋根
廊下・回廊
しげる・草や木が生い茂る
怃=忄+无=ブ・ム=憮・㒇
いつくしむ
がっかりするさま・失望するさま
大切にしてかわいがる
抚=扌+无=フ・ブ=撫・・・愛撫
なでる・手のひらでさする
なでるようにしてかわいがる
なだめる・落ち着かせる
うつ・たたく・軽くたたく
芜=艹+无=ブ・ム=蕪
あれる
かぶ
かぶら
しげる
みだれる
荒れる
雑草が生い茂って荒れる
茂る
乱れる・すさむ
荒れ地・草むら・草原
日本語
かぶ・かぶら
↓↑