気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

2国間の対立から利を得ようとする巨大石油企業

2021年03月26日 | 国際政治

今回も短いコラムで、内容は前回と重なる部分があります。書き手も前回の書き手の一人
である VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏。

前回、資源掌握にからんで言及されたのはテスラ社でしたが、今回はビッグ・オイル
(巨大石油企業)の一角を占めるエクソンモービル社。
ねらわれた国は前回はボリビアでしたが、今回はガイアナとベネズエラが対象です。
もちろん、この動きにも、米国政府が後ろ盾となっています。


原題は
How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
(南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を
用いたか)

書き手の VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏は、前回に書いたように、
インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家。著書の一つが邦訳で『褐色の世界史-----
第三世界とはなにか』(水声社)として出ていますが、この著作はなかなか評判がいいようです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2021/02/05/how-exxonmobil-uses-divide-and-rule-to-get-its-way-in-south-america/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2021年2月5日


How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を用いたか



BY VIJAY PRASHAD
ヴィジャイ・プラシャド




南米で隣り合うガイアナとベネズエラの2国の間で緊張が高まっている。少なくとも1835年
にまでさかのぼる、一片の土地をめぐっての角逐である。
エセキボ一帯の帰属をめぐって、ガイアナ共和国のイルファーン・アリ大統領とベネズエラ
のニコラス・マドゥロ大統領が激しい言葉を投げつけあった。お互いに自分の国の領土である
と主張してゆずらない。
1990年以降、両国は、国連の「調停事務所」を介して主張を通そうとしてきた。そして、
2013年の時点では、ベネズエラの大統領マドゥロ氏とガイアナの当時の大統領ドナルド・
ラモター氏の見解によれば、国連のこの枠組みにおいて、エセキボをめぐる協議は「うまく
いっていた」。

ところが、2015年に状況は一変してしまった。そしてそれ以降、両国間の緊張は高まる
ばかりである。
事態の深刻さが抜き差しならぬものとなったので、国連は紛争解決の枠組みを「調停事務所」
から国際司法裁判所に移した。同裁判所は2020年の12月にその管轄権を宣言した。


[すべては石油をめぐる動き]

2015年に状況が一変したのは石油が原因であった。

世界屈指の石油企業であるエクソンモービル社(1998年にエクソン社とモービル社が合同して
生まれた)は、1999年にガイアナ政府との協定に署名し、スタブルーク鉱区の開発権利を得た。
同鉱区は、問題となっているエセキボの沖合に位置する。
協定の署名後何年にもわたり、エクソンモービル社は、エセキボの帰属をめぐる議論を尻目に、
同鉱区の探査作業を進めた。
ここで思い起こしておくべき事情がある。同社は、ベネズエラ政府によって2007年にオリノコ
川流域の油田開発から締め出された。同国の新しい法令にしたがうことを拒んだためである。
そこで、同社の関心はガイアナ、とりわけ、問題となっているエセキボ一帯の土地に向けられた。
石油企業(エクソンモービル社のほかにカナダのCGX社もかかわる)が積極的に探鉱作業を
進めたおかげで、ガイアナ政府はあらためて国境紛争を、ベネズエラとはもちろん、スリナム
共和国とも闘うことになった。スリナムはガイアナの東の隣国である。

2015年、エクソンモービル社は、「高品質の油を含有する約90メートルの砂岩貯留層」を発見
したと発表した。近年で突出して大きな油田の一つということになる。
当時、デイヴィッド・グレンジャー大統領のひきいるガイアナ政府は、エクソンモービル社と
「生産物分与協定」を結んだが、その詳細を確認すれば、分別のある人間なら誰しもショックを
受けるであろう。
エクソンモービル社は原価回収のために石油収入の75パーセントをあたえられ、残りをガイアナ
政府と折半する形となっている。おまけに、同社はいかなる税も免除されている。
この生産物分与協定の32条(「協定の安定」と題する項目)には、以下のような文言が書かれている。
ガイアナ政府は、エクソンモービル社の同意なしには、「本契約の改正、修正、撤回、終了、
無効あるいは法的強制力なしとの宣言、再交渉の要求、代替または代用の強要、をおこなっては
ならず、また、その他、本契約の回避、変更、制限などをめざす行為にうったえてはならない」、と。
将来のガイアナ政府は、帰属が争われている海域にかかわるものでありながら、このとんでもない
取引の結果、本協定にずっと拘束されることになるのである。

ジャン・マンガル氏(グレンジャー大統領の元顧問で、現在はデンマークのNTDオフショア社の
コンサルタント)は、この協定を精査して、「これまで自分が読んだ中では、最悪の部類に
属しています」と述べた。
同氏によれば、ガイアナは「ふたたび植民地と化しつつある」。つまり、この協定によって、
「同国の少数の実業家と政治家は、石油のおかげでフトコロがうるおいます。彼らは搾取者たち
のために働いて、国民はかえりみられないのです」ということである。
国際通貨基金(IMF)でさえも、報告書の中で、ガイアナ政府がエクソンモービル社ときわめて
不利な契約を結んだと明言した。ガイアナ政府宛てのその報告書では、協定の条件が、
「国際基準からすれば、かなり投資家寄り」であり、ガイアナ政府のロイヤリティ・レートは
「世界標準よりはるかに下にある」と書かれている。


[分割して統治せよ]

ローマ人は、地中海世界の覇権に乗り出した際、いわゆる「分割統治」の手法を用いた。
対立勢力を分断し、しかる後に支配しようとしたのである。
エクソンモービル社のふるまいを観察すれば、同社が、米国政府の支援を得て、エセキボ
をめぐるガイアナ・ベネズエラ間の紛争をあおっていることは明白である。その混乱に
乗じて利を得ようとしているのだ。

この紛争の大元ははるか昔にさかのぼる。
ベネズエラが1811年に独立をはたした後、宗主国のイギリスが「英領ギアナ」と呼んだ
このガイアナが、自分たちの拠りどころとして力を維持することをその入植者たちはのぞんだ。
ドイツ生まれのロベルト・ヘルマン・ショムブルクは、1835年にイギリス領の辺境を探査し、
大英帝国のためにエセキボ川とオリノコ川の流域一帯をイギリス領とする線を画定した。
ベネズエラは1840年に、このいわゆる「ショムブルク線」に異議をとなえた。
クユニ川流域で金が発見されると、、それがベネズエラ領であることはまず疑いようがない
にもかかわらず、「ショムブルク線」は位置をずらされ、流域全体をガイアナ側がふくむ
ことになった。
米国で仲裁条約が調印されたが、多くの問題点をかかえており、結局、ベネズエラが仲裁
判断の無効を主張するに至っている。
(これについては、ベティ・ジェイン・キスラー氏による1972年の研究論文『ベネズエラ
・ガイアナ間の国境紛争 --- 1899年~1966年』に依拠した)
米国のグローヴァー・クリーヴランド大統領は、こうした展開をふまえ、ショムブルク線は
「いわば摩訶不思議なやり方で拡張された」。そして、それは「あまりに絶対視、神聖視
されている」と述べた。かくして、イギリス側は問題の領域の完全な併合以外は頑として
認めようとしない。イギリスの動機について、同大統領はこう評している。「商人の本領が
またもや発揮された」、と。

「商人」はエクソンモービル社の形でふたたび登場する。

ガイアナ政府は、「国際司法裁判所にベネズエラとの係争を持ち込んだその裁判費用などを
ふくむ2018年度の推定コストをまかなうために」、エクソンモービル社からの収益を用いた。
一方、2020年の半ば、ガイアナの『カイエトゥール・ニュース』紙の幹部記者であるキアナ
・ウィルバーグは次のような事実をつかんだ。
世界銀行が米法律事務所のハントン・アンドリュース・カースに120万ドルを支払っていた
ことである。同事務所はエクソンモービル社との長いつきあいで知られている。支払いは、
ガイアナの石油関連の法の改正に向けての仕事に対するものであった。
記事には、上記の、元大統領顧問であるジャン・マンガル氏の言葉が引用されている。ガイアナ
政府は、「われわれが規制しなければならぬ当のその会社自身に国の事業を指図させています。
これは失敗への処方箋です。そして、ご覧のとおり、われわれは失敗しつつあります」、と。

エクソンモービル社にあたえられた、この旨味のある契約、そしてまた、同社の法律家に
あたえられた、ガイアナの法律をいじる機会-----これらに人々の関心が集まる前の2020年9月、
米国務長官のマイク・ポンペオ氏が同国に降り立った。
ベネズエラの隣国であるガイアナ、ブラジル、コロンビアを訪う3日の行程の一環で、
ベネズエラに対するさまざまな側面からの攻撃を加速させることをねらいとした歴訪であった。
思えば、ふしぎな展開である。
ガイアナは、1964年に、民主的な選挙で大統領となったチェディ・ジェーガン氏のひきいる
政府を米CIAによって転覆させられている。それから半世紀ほど経ってみると、米国は
今度はベネズエラのレジーム・チェインジ(体制転換・政権打倒)を図って、ガイアナを
その道具として利用しようとしているのである。こういう事情があるからこそ、ガイアナ
人権協会はイルファーン・アリ大統領に対して、「浅慮・軽率なふるまいを極力避けること」
を求めたのであった。
ポンペオ氏の持ちかける取引はこういうことだ。
もしガイアナがベネズエラに対する共闘作戦に加わり、エクソンモービル社により好意的な
計らいをするならば、米国はエセキボをめぐるガイアナの主張を支持するだろう、と。

ポンペオ氏のガイアナ訪問が終了してから、『カイエトゥール・ニュース』紙のコラムニスト
の一人が辛辣なコメントを寄せている。
「これ、この通り。エクソンとベネズエラの間にはさまれて、ガイアナ国民は何の恩恵も
得られない。われわれ国民のためと称する石油関連の取引について、エクソンと交渉する
政治指導者たちは、くわしいことをわれわれに何も告げない …… 。われわれは石油について
話題にする。すると、例の人物がやってきて、テロや麻薬や領海のことなどについてあれこれと
語る。アメリカにとっては重要なことだ。彼は自分の国をまもる。自分の国のために職責を
はたす。…… しかし、またもや、ガイアナの国民は何も得ずに終わる」、と。

ガイアナ・ベネズエラ間の国境紛争はいよいよ激しさを増している。エクソンモービル社は
一歩引いた地点で、静かに笑っている。巨大石油企業にとって、混乱や分裂は都合がいい。
平和であろうと戦争が勃発しようと、いずれにせよ彼らは金をもうけるのだ。


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[その他の訳注・補足など]


ウィキペディアに対しては、訳出に際してその情報にたびたびお世話になっていたので
非常に感謝しておりますが、だんだんその偏向に気がつくようになって、近頃ではだいぶん
感謝の気持ちが薄れてきています。

今回も「ショムブルク線」、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」、また、ガイアナや
ベネズエラの歴史の記述について不満が残りました。

たとえば、「ショムブルク線」の説明には、その画定の仕方の不適切さ、恣意性などが
いっさい言及されていません。
同様に、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」氏の人物説明は、英国に協力したドイツ人の
功労者というトーンで、英国の植民地政策を幇助したという点での批判のニュアンスはうかがえません。

ウィキペディアが国際政治の分野の、とりわけ米国や英国がかかわる項目をあつかう際には、
公正・客観的な記述は期待しない方がいいようです。それどころか、あからさまな偏向や
印象操作を疑う記述もあります。



さて、ウィキペディアの記述に不満が残ったので、ネット検索でいろいろ調べているうちに、
あるサイトを見つけました。
ガイアナの歴史について、なかなか興味深い記述がなされています。
一部だけ以下に引用します。

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さて、第二次大戦後の英領ギアナでは、大幅な自治を認めた憲法が制定され、1953年に最初の
総選挙が行われました。その結果、インド系のチェディ・ジェーガンを党首としてスターリン
主義を掲げる人民進歩党(PPP)(PPP)が勝利。このため、英領ギアナの社会主義化を
恐れた英国は、同年10月、4隻の軍艦と1600名の兵士を派遣し、憲法を停止して暫定政府に
よる統治がスタートします。
 一方、インド系を中心とする急進左派政党であったPPPの躍進に危機感を持ったアフリカ
系は、PPPから分裂するというかたちをとって、弁護士のフォーブス・バーナムを党首として
穏健左派政党の人民国民会議(PNC)を結成して、対抗。南米に社会主義政権が誕生すること
を恐れた宗主国の英国や南米を自国の裏庭と考える米国はPNCを暗に支援し、CIAはアフリカ
系住民に対して「このままではインド系に支配される」というウワサを流し、“民族対立”を
あおっていました。
(以下略)

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以上は、「ガイアナ独立記念日 - 郵便学者・内藤陽介のブログ」からです。

ガイアナへの英国の軍隊派遣、憲法停止、米国のCIAの関与(民族対立の扇動)などがはっきり
書かれていて、ウィキペディアのガイアナ等の説明文と比べると、印象がまるでちがいます。


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