気まぐれ翻訳帖

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難民問題の核心

2020年12月09日 | 国際政治

今回は、欧州を騒がせている難民危機の問題。
その根本的な原因は米国によるいわゆる「対テロ戦争」なのですが-----少なくとも、ある
研究団体とこの書き手はそうとらえています-----、もちろん、例によって、大手メディアは
この点を大々的に追究しようとはしません。

原題は
America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
(米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因)

書き手は、Patrick Cockburn(パトリック・コックバーン)氏。中東にくわしいベテラン
・ジャーナリストです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/09/15/americas-war-on-terror-is-the-true-cause-of-europes-refugee-crisis/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年9月15日


America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因


By Patrick Cockburn
パトリック・コックバーン




死に物狂いの難民たちが、海中に没せんばかりの小舟に押し合いへし合いして乗り合わせ、
ケント州南部の海岸に上陸する。彼らはしばしば侵略者のイメージで描出される。
人々の抱くその種の不安を、先週末、移民反対のデモ者らはうまく利用していた。「英国の
国境を護持するために」、デモ者らはドーヴァー港への主要幹線道路を封鎖する挙に出た
のである。
また、一方で、内務大臣のプリティ・パテル氏は、英仏海峡を越える難民流入の抑止に十分
な努力がはらわれていないとしてフランス政府を非難した。

難民たちが多大な関心を集めるのは、英仏間の彼らの旅路の、もっともめだつ最後の段階の
道のりにおいて、である。彼らがそもそも何ゆえ、拘禁もしくは死の危険までおかして、
かかる辛苦を耐えるのかについては、あきれるほどわずかしか関心がはらわれていない。

欧米社会には、言わず語らずの認識がある。難民が自分たち自身の「破綻国家」から逃亡し、
よりうまく運営された、安全な、繁栄した国々に避難先を見出そうとするのはごく自然な
展開である、と(また、その国家の破綻は、その国民がみずからまねいた暴力行為や腐敗が
そもそもの原因であると考えられている)。

しかし、現在われわれが目撃している、これら海中に没せんばかりに人を乗せた、あわれな
小さいボートが英仏海峡の波間に浮き沈みしている光景は、結局、米国とその同盟国の軍事
介入によってもたらされた大規模な集団移動の帰結の、ほんのささやかな表象にすぎない。
アルカイダによる2001年9月11日の同時多発テロを受けて始められた、米国とその同盟国の
「対テロ世界戦争」の結果、3700万人もの人々が家郷を離れることになった。これは、今週、
ブラウン大学が発表した、非常に興味深い報告書で提示した推計である。

このブラウン大学の研究は「戦争の代価」と呼ばれるプロジェクトの一環で、近年のデータを
使用した、暴力行為に端を発する大規模な集団移動の試算としては初めてのものである。
研究者たちの結論は、「米軍が2001年以降に開始もしくは参加したもっとも暴力的な戦争
8つにおいて、少なくとも3700万もの人々が家郷を離れた」としている。
この内訳は、海外にのがれた人々が少なくとも800万人、国内避難民(Internally Displaced
Persons、略称 IDPs)が2900万人となっている。研究対象となった8つの戦争とは、
アフガニスタン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリア、パキスタン北西部、
フィリピンを戦場としたものである。

研究者は報告書の中で述べている。同時多発テロ後のこれら対テロ戦争の結果、移動を余儀
なくされた人々の規模は、ほとんど前例が見出せない、と。
この直近19年間の数字と20世紀の個々の事象のそれとを研究者が比較してみた結果、これ
ほどの大量移動を生み出したのは第二次世界大戦の時だけであった。それ以外では、この
対テロ戦争の結果による人口移動の3700万人という数字は、ロシア革命(600万人)、
第一次世界大戦(1000万人)、インド・パキスタン分離(1400万人)、バングラデシュ
独立戦争(1000万人)、ソ連のアフガニスタン侵攻(630万人)、ベトナム戦争(1300万人)
などをいずれも上まわってしまう。

難民はいったん国境を越えるとめだつ存在になるが、国内避難民の場合は詳細がはるかに
つかみ難い-----数としては、3.5倍の規模に達するのであるが。
彼らは、自分たちの直面する危機の転変に応じて、複数回、居所を変える場合がある。時には
家郷にもどれることもあるが、そこはすでに破壊つくされているか、生活の糧を得る術が
見出せなくなっている。戦線の移動にともない、「ひどい状態」と「もっとひどい状態」の
どちらかの選択をせまられることもめずらしくない。かくして、彼らは、自分の国にいる
にもかかわらず、国を持たない遊牧民と等しい存在になってしまう。
ノルウェー難民評議会によると、ソマリアでは、「暴力行為のために、実質上、すべての
国民が生涯で少なくとも一度は居住地を変えた経験を持つ」。また、シリアでは、海外への
難民が560万人に上るほか、国内避難民も620万人に達しており、職のない、栄養不良状態に
おちいっている家庭が生き延びるのに必死である。

これらの戦争のうち、いくつかは同時多発テロが直接の起因であった。アフガニスタンや
イラクがその典型である(もっとも、サダム・フセインはアルカイダや世界貿易センターの
破壊とはまったく関係がなかったが)。
一方、それ以外の戦争、たとえば、目下イエメンで進行中の戦争などは、サウジアラビア、
アラブ首長国連邦およびその他の米同盟国が2015年に始めたものである。とはいえ、この
戦争は、そもそもが、米国政府の暗黙のゴーサインがなければ起こらなかったであろうし、
5年間も悲惨な戦闘が続くこともなかったであろう。
イエメンの人口の80パーセントが深刻な窮乏におちいっているが、難民の急増が抑えられて
いるのは、ただ単にサウジアラビアによる封鎖措置のために、彼らがイエメン国内に閉じ込め
られているからにすぎない。

これらの戦争を始めようとする意欲、そしてまた、それを持続しようとする意欲は、多少でも
減ずることができるかもしれない-----もし米、英、仏の政府指導者らが自分たちのふるまいに
政治的な代価を支払わねばならぬとなれば。
しかし、不幸なことに、国民はいささかも認識していないのだ。自分たちの多くが反対して
いる難民の大規模流入が、同時多発テロ後のこれら異国での戦争によってもたらされた、
壮大な家郷離脱の結果であることを。

シリアは2013年にアフガニスタンを抜いて、世界でもっとも多くの難民を生み出した国と
なった。暴力行為と経済崩壊が収束を見せない中、家郷をのがれざるを得ないシリアの人々の
数は増える一途と予想されている。
同時多発テロ後のこれら8つの戦争に通底する特徴の一つは、何年もだらだらと戦闘が続き、
いつまでたっても終結に至らないことである。だからこそ、これらの戦争で居所を変えた
人々の数は、20世紀の突出して暴力的な、しかし、はるかに短い期間で終わった戦いにおける
それと比べ、ずっと多いという結果になる。
現在の戦争の、この「終わりのない」性格は、状況に根ざす自然な展開の一端と考えられる
ようになっているが、それはとんでもない話である。

これらの戦争に終止符を打つべく自分たちはたゆまず努めている、そう外国勢力側は主張する。
が、彼らが平和をのぞむのは、ただ彼ら自身の欲する条件に沿う場合だけである。
たとえば、シリアのアサド政権の場合、ロシアとイランの強力な支援を受けて、2017年~
18年には軍事的には勝利をおさめている。米国と他の欧州同盟国がアサド打倒を心の底から
願っていたのはずっと昔の話であった。彼らは過激派組織 Isis(アイシス)やアルカイダの
ような勢力がアサドに取って代わる事態をおそれているのだ。
しかし、米国とその同盟国は一方で、アサド政権、ロシア、イランの完全勝利をのぞんで
いない。そこで、彼らは紛争の火種をくすぶらせ続けている。シリアの人々はあわれな消耗品、
「大砲のえじき」と化している。
他の戦争も、これと同様、相手側に完全勝利をゆるさないための邪悪な計算によって、
だらだらと続いているのである-----人的損失は顧みられずに。

これらの紛争やその帰結としての人々の大量移動に責を負うべきなのは米国だけではない。
リビアでの戦争は2011年、イギリスとフランスが米国の支持の下、リビアの人々をカダフィ
大佐の暴政から救うとの看板をかかげて始められた。現実に起こったことは、地方の凶悪な
軍事リーダーやギャングたちが跳梁跋扈し、その結果、リビアが、北アフリカの人々が欧州へ
渡ろうとする際の通用口に堕するという展開であった。

このような戦争がもたらす政治的に深刻な影響は、デイヴィッド・キャメロン、ニコラ・
サルコジ、ヒラリー・クリントン等々のいかにとんちきな指導者といえども、予見して
しかるべきであった。
とどのつまりは、これらの戦争によって難民・移民の不可避的な潮流が発生し、それが
欧州全体で外人嫌いの極右の勢いを増大させるとともに、2016年のブレグジット(英国の
EU離脱)を問う国民投票において決定的な役割をになうに至ったのである。

英国では、ドーヴァー海峡に臨む「ホワイト・クリフ(白い崖)」の足元に上陸する難民
・移民の群れが、ふたたび物議をかもすやっかいな政治問題となりつつある。
一方、欧州の反対側の端、ギリシアのレスボス島では、難民が生活していたキャンプ地が
火災に見舞われ(訳注: 難民に敵意を持つ人間による放火との見方が有力)、彼らは道路の
かたわらで眠らざるを得ない状況におちいっている。

これら大量の人々の移動の波、また、欧州政治をはなはだしく毒しているこの移民への反発
・反動は、容易に終息することはあるまい-----これら8つの戦争によって家郷を離れざるを
得なくなった人々が3700万人いるかぎり。

終息するのはただこれらの戦争自体が終息をむかえる時だけであろう。それはもうとっくの
昔になされてしかるべきだった。
そして、同時多発テロ後のこれらの戦争の犠牲者たる難民・移民たちは、どんな国でも
自国で暮らすよりましだと信じることも、もはやできないのである。


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[その他の訳注・補足など]


前書きで、欧州難民危機の根本的原因が米国の対テロ戦争である点を、大手メディアは
大々的に追究しようとはしません、と書きました。
訳出の中途でウィキペディア(日本版)の欧州難民危機の説明を見てみる機会があり
ましたが、ふしぎなことに、その原因についての説明がいっさいありません。

日本版ウィキペディアで、米国とその同盟国に都合の悪いことは言及されないか、
されるとしてもごく小さいあつかいであったり、また、悪質な印象操作と見られる
書き方をされていたりする例は、これまでも何度か遭遇しました(これまでのブログの
「その他の訳注・補足など」のところで時折、指摘しました)。

そのうち、まとめて一覧にするかもしれません。
メディアの偏向報道や印象操作を如実にあらわす興味深い事例として追究する価値がある
かと思います。

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