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気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

2国間の対立から利を得ようとする巨大石油企業

2021年03月26日 | 国際政治

今回も短いコラムで、内容は前回と重なる部分があります。書き手も前回の書き手の一人
である VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏。

前回、資源掌握にからんで言及されたのはテスラ社でしたが、今回はビッグ・オイル
(巨大石油企業)の一角を占めるエクソンモービル社。
ねらわれた国は前回はボリビアでしたが、今回はガイアナとベネズエラが対象です。
もちろん、この動きにも、米国政府が後ろ盾となっています。


原題は
How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
(南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を
用いたか)

書き手の VIJAY PRASHAD(ヴィジャイ・プラシャド)氏は、前回に書いたように、
インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家。著書の一つが邦訳で『褐色の世界史-----
第三世界とはなにか』(水声社)として出ていますが、この著作はなかなか評判がいいようです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2021/02/05/how-exxonmobil-uses-divide-and-rule-to-get-its-way-in-south-america/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2021年2月5日


How ExxonMobil Uses Divide and Rule to Get Its Way in South America
南米で思い通りにふるまうべく、エクソンモービル社がいかに「分割統治」の手法を用いたか



BY VIJAY PRASHAD
ヴィジャイ・プラシャド




南米で隣り合うガイアナとベネズエラの2国の間で緊張が高まっている。少なくとも1835年
にまでさかのぼる、一片の土地をめぐっての角逐である。
エセキボ一帯の帰属をめぐって、ガイアナ共和国のイルファーン・アリ大統領とベネズエラ
のニコラス・マドゥロ大統領が激しい言葉を投げつけあった。お互いに自分の国の領土である
と主張してゆずらない。
1990年以降、両国は、国連の「調停事務所」を介して主張を通そうとしてきた。そして、
2013年の時点では、ベネズエラの大統領マドゥロ氏とガイアナの当時の大統領ドナルド・
ラモター氏の見解によれば、国連のこの枠組みにおいて、エセキボをめぐる協議は「うまく
いっていた」。

ところが、2015年に状況は一変してしまった。そしてそれ以降、両国間の緊張は高まる
ばかりである。
事態の深刻さが抜き差しならぬものとなったので、国連は紛争解決の枠組みを「調停事務所」
から国際司法裁判所に移した。同裁判所は2020年の12月にその管轄権を宣言した。


[すべては石油をめぐる動き]

2015年に状況が一変したのは石油が原因であった。

世界屈指の石油企業であるエクソンモービル社(1998年にエクソン社とモービル社が合同して
生まれた)は、1999年にガイアナ政府との協定に署名し、スタブルーク鉱区の開発権利を得た。
同鉱区は、問題となっているエセキボの沖合に位置する。
協定の署名後何年にもわたり、エクソンモービル社は、エセキボの帰属をめぐる議論を尻目に、
同鉱区の探査作業を進めた。
ここで思い起こしておくべき事情がある。同社は、ベネズエラ政府によって2007年にオリノコ
川流域の油田開発から締め出された。同国の新しい法令にしたがうことを拒んだためである。
そこで、同社の関心はガイアナ、とりわけ、問題となっているエセキボ一帯の土地に向けられた。
石油企業(エクソンモービル社のほかにカナダのCGX社もかかわる)が積極的に探鉱作業を
進めたおかげで、ガイアナ政府はあらためて国境紛争を、ベネズエラとはもちろん、スリナム
共和国とも闘うことになった。スリナムはガイアナの東の隣国である。

2015年、エクソンモービル社は、「高品質の油を含有する約90メートルの砂岩貯留層」を発見
したと発表した。近年で突出して大きな油田の一つということになる。
当時、デイヴィッド・グレンジャー大統領のひきいるガイアナ政府は、エクソンモービル社と
「生産物分与協定」を結んだが、その詳細を確認すれば、分別のある人間なら誰しもショックを
受けるであろう。
エクソンモービル社は原価回収のために石油収入の75パーセントをあたえられ、残りをガイアナ
政府と折半する形となっている。おまけに、同社はいかなる税も免除されている。
この生産物分与協定の32条(「協定の安定」と題する項目)には、以下のような文言が書かれている。
ガイアナ政府は、エクソンモービル社の同意なしには、「本契約の改正、修正、撤回、終了、
無効あるいは法的強制力なしとの宣言、再交渉の要求、代替または代用の強要、をおこなっては
ならず、また、その他、本契約の回避、変更、制限などをめざす行為にうったえてはならない」、と。
将来のガイアナ政府は、帰属が争われている海域にかかわるものでありながら、このとんでもない
取引の結果、本協定にずっと拘束されることになるのである。

ジャン・マンガル氏(グレンジャー大統領の元顧問で、現在はデンマークのNTDオフショア社の
コンサルタント)は、この協定を精査して、「これまで自分が読んだ中では、最悪の部類に
属しています」と述べた。
同氏によれば、ガイアナは「ふたたび植民地と化しつつある」。つまり、この協定によって、
「同国の少数の実業家と政治家は、石油のおかげでフトコロがうるおいます。彼らは搾取者たち
のために働いて、国民はかえりみられないのです」ということである。
国際通貨基金(IMF)でさえも、報告書の中で、ガイアナ政府がエクソンモービル社ときわめて
不利な契約を結んだと明言した。ガイアナ政府宛てのその報告書では、協定の条件が、
「国際基準からすれば、かなり投資家寄り」であり、ガイアナ政府のロイヤリティ・レートは
「世界標準よりはるかに下にある」と書かれている。


[分割して統治せよ]

ローマ人は、地中海世界の覇権に乗り出した際、いわゆる「分割統治」の手法を用いた。
対立勢力を分断し、しかる後に支配しようとしたのである。
エクソンモービル社のふるまいを観察すれば、同社が、米国政府の支援を得て、エセキボ
をめぐるガイアナ・ベネズエラ間の紛争をあおっていることは明白である。その混乱に
乗じて利を得ようとしているのだ。

この紛争の大元ははるか昔にさかのぼる。
ベネズエラが1811年に独立をはたした後、宗主国のイギリスが「英領ギアナ」と呼んだ
このガイアナが、自分たちの拠りどころとして力を維持することをその入植者たちはのぞんだ。
ドイツ生まれのロベルト・ヘルマン・ショムブルクは、1835年にイギリス領の辺境を探査し、
大英帝国のためにエセキボ川とオリノコ川の流域一帯をイギリス領とする線を画定した。
ベネズエラは1840年に、このいわゆる「ショムブルク線」に異議をとなえた。
クユニ川流域で金が発見されると、、それがベネズエラ領であることはまず疑いようがない
にもかかわらず、「ショムブルク線」は位置をずらされ、流域全体をガイアナ側がふくむ
ことになった。
米国で仲裁条約が調印されたが、多くの問題点をかかえており、結局、ベネズエラが仲裁
判断の無効を主張するに至っている。
(これについては、ベティ・ジェイン・キスラー氏による1972年の研究論文『ベネズエラ
・ガイアナ間の国境紛争 --- 1899年~1966年』に依拠した)
米国のグローヴァー・クリーヴランド大統領は、こうした展開をふまえ、ショムブルク線は
「いわば摩訶不思議なやり方で拡張された」。そして、それは「あまりに絶対視、神聖視
されている」と述べた。かくして、イギリス側は問題の領域の完全な併合以外は頑として
認めようとしない。イギリスの動機について、同大統領はこう評している。「商人の本領が
またもや発揮された」、と。

「商人」はエクソンモービル社の形でふたたび登場する。

ガイアナ政府は、「国際司法裁判所にベネズエラとの係争を持ち込んだその裁判費用などを
ふくむ2018年度の推定コストをまかなうために」、エクソンモービル社からの収益を用いた。
一方、2020年の半ば、ガイアナの『カイエトゥール・ニュース』紙の幹部記者であるキアナ
・ウィルバーグは次のような事実をつかんだ。
世界銀行が米法律事務所のハントン・アンドリュース・カースに120万ドルを支払っていた
ことである。同事務所はエクソンモービル社との長いつきあいで知られている。支払いは、
ガイアナの石油関連の法の改正に向けての仕事に対するものであった。
記事には、上記の、元大統領顧問であるジャン・マンガル氏の言葉が引用されている。ガイアナ
政府は、「われわれが規制しなければならぬ当のその会社自身に国の事業を指図させています。
これは失敗への処方箋です。そして、ご覧のとおり、われわれは失敗しつつあります」、と。

エクソンモービル社にあたえられた、この旨味のある契約、そしてまた、同社の法律家に
あたえられた、ガイアナの法律をいじる機会-----これらに人々の関心が集まる前の2020年9月、
米国務長官のマイク・ポンペオ氏が同国に降り立った。
ベネズエラの隣国であるガイアナ、ブラジル、コロンビアを訪う3日の行程の一環で、
ベネズエラに対するさまざまな側面からの攻撃を加速させることをねらいとした歴訪であった。
思えば、ふしぎな展開である。
ガイアナは、1964年に、民主的な選挙で大統領となったチェディ・ジェーガン氏のひきいる
政府を米CIAによって転覆させられている。それから半世紀ほど経ってみると、米国は
今度はベネズエラのレジーム・チェインジ(体制転換・政権打倒)を図って、ガイアナを
その道具として利用しようとしているのである。こういう事情があるからこそ、ガイアナ
人権協会はイルファーン・アリ大統領に対して、「浅慮・軽率なふるまいを極力避けること」
を求めたのであった。
ポンペオ氏の持ちかける取引はこういうことだ。
もしガイアナがベネズエラに対する共闘作戦に加わり、エクソンモービル社により好意的な
計らいをするならば、米国はエセキボをめぐるガイアナの主張を支持するだろう、と。

ポンペオ氏のガイアナ訪問が終了してから、『カイエトゥール・ニュース』紙のコラムニスト
の一人が辛辣なコメントを寄せている。
「これ、この通り。エクソンとベネズエラの間にはさまれて、ガイアナ国民は何の恩恵も
得られない。われわれ国民のためと称する石油関連の取引について、エクソンと交渉する
政治指導者たちは、くわしいことをわれわれに何も告げない …… 。われわれは石油について
話題にする。すると、例の人物がやってきて、テロや麻薬や領海のことなどについてあれこれと
語る。アメリカにとっては重要なことだ。彼は自分の国をまもる。自分の国のために職責を
はたす。…… しかし、またもや、ガイアナの国民は何も得ずに終わる」、と。

ガイアナ・ベネズエラ間の国境紛争はいよいよ激しさを増している。エクソンモービル社は
一歩引いた地点で、静かに笑っている。巨大石油企業にとって、混乱や分裂は都合がいい。
平和であろうと戦争が勃発しようと、いずれにせよ彼らは金をもうけるのだ。


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[その他の訳注・補足など]


ウィキペディアに対しては、訳出に際してその情報にたびたびお世話になっていたので
非常に感謝しておりますが、だんだんその偏向に気がつくようになって、近頃ではだいぶん
感謝の気持ちが薄れてきています。

今回も「ショムブルク線」、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」、また、ガイアナや
ベネズエラの歴史の記述について不満が残りました。

たとえば、「ショムブルク線」の説明には、その画定の仕方の不適切さ、恣意性などが
いっさい言及されていません。
同様に、「ロベルト・ヘルマン・ショムブルク」氏の人物説明は、英国に協力したドイツ人の
功労者というトーンで、英国の植民地政策を幇助したという点での批判のニュアンスはうかがえません。

ウィキペディアが国際政治の分野の、とりわけ米国や英国がかかわる項目をあつかう際には、
公正・客観的な記述は期待しない方がいいようです。それどころか、あからさまな偏向や
印象操作を疑う記述もあります。



さて、ウィキペディアの記述に不満が残ったので、ネット検索でいろいろ調べているうちに、
あるサイトを見つけました。
ガイアナの歴史について、なかなか興味深い記述がなされています。
一部だけ以下に引用します。

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さて、第二次大戦後の英領ギアナでは、大幅な自治を認めた憲法が制定され、1953年に最初の
総選挙が行われました。その結果、インド系のチェディ・ジェーガンを党首としてスターリン
主義を掲げる人民進歩党(PPP)(PPP)が勝利。このため、英領ギアナの社会主義化を
恐れた英国は、同年10月、4隻の軍艦と1600名の兵士を派遣し、憲法を停止して暫定政府に
よる統治がスタートします。
 一方、インド系を中心とする急進左派政党であったPPPの躍進に危機感を持ったアフリカ
系は、PPPから分裂するというかたちをとって、弁護士のフォーブス・バーナムを党首として
穏健左派政党の人民国民会議(PNC)を結成して、対抗。南米に社会主義政権が誕生すること
を恐れた宗主国の英国や南米を自国の裏庭と考える米国はPNCを暗に支援し、CIAはアフリカ
系住民に対して「このままではインド系に支配される」というウワサを流し、“民族対立”を
あおっていました。
(以下略)

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以上は、「ガイアナ独立記念日 - 郵便学者・内藤陽介のブログ」からです。

ガイアナへの英国の軍隊派遣、憲法停止、米国のCIAの関与(民族対立の扇動)などがはっきり
書かれていて、ウィキペディアのガイアナ等の説明文と比べると、印象がまるでちがいます。

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ボリビアに対する米国のクーデター工作とリチウム資源掌握

2021年01月24日 | 国際政治

今回は、半年前ほどの文章です。
昨年の夏以降、体調その他の事情で、訳そうと思いながら手をつけられませんでした。
遅まきながら今回訳を提示します。ごく短い文章ではありますが。

イーロン・マスク氏といえば、電気自動車メーカー、テスラ社のCEOで、米国ビジネス
界のいわばヒーロー。アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏と人気を二分するような
スター的存在です。

そのマスク氏が不用意な発言をしてちょっとした物議をかもしました。

帝国主義的支配(その中には、他国の資源の掌握という要素が含まれます)について少し
ばかりあらためて考えさせられた文章です。また、例によって大手メディアの偏向、
報道自粛などについても。


原題は
‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
(「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----
イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆)

書き手は、Vijay Prashad(ヴィジャイ・プラシャド)氏、および、Alejandro Bejarano
(アレハンドロ・ベジャラノ)氏の2人。
プラシャド氏は、インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家で、著書の一つが邦訳で
『 褐色の世界史-----第三世界とはなにか』(水声社)として出ています。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/07/29/we-will-coup-whoever-we-want-elon-musk-and-the-overthrow-of-democracy-in-bolivia/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年7月29日


‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆


BY VIJAY PRASHAD - ALEJANDRO
BEJARANO
ヴィジャイ・プラシャド、アレハンドロ・ベジャラノ




テスラ社のCEO、イーロン・マスク氏は、2020年7月24日にツイッターにこう書きこんだ。
政府による再度の「財政出動は、一般の人々にとってためにはならない」と。
すると、ある人物がほどなく反応して、「人々にとって何がためにならなかったか、貴殿は
承知しているとおっしゃるのか。米国政府はボリビアのエボ・モラレスに対してクーデター
をしくんだ-----貴殿がリチウム資源を手中にできるように」とツッコミを入れた。
これに応えて、マスク氏は書いた。
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかけるのだ。現実と
向き合えよ」と。

マスク氏が言及したのは、エボ・モラレス・アイマ大統領に対するクーデターのことである。
同大統領は2019年の11月に違法に職を追われた。もともともう一期を務めるはずの選挙に
勝利し、2020年の1月からそれが始まる予定だった。たとえ当該の選挙に問題があったとしても、
大統領の任期は2019年の11月、12月はそのまま継続して当然のはずであった。
ところが、軍部が、国内の極右および米国政府の意向をくんでモラレス大統領を脅迫した。
結局、大統領はメキシコに亡命することとなり、現在はアルゼンチンに寄留している。

当時、選挙における不正行為の「証拠」なるものは、極右や、米州機構(Organization of
American States)の作成した「予備的な報告書」が提示したものであった。
この「証拠」が、実際のところ、存在しないことをリベラル派メディアがしぶしぶ認めたのは、
モラレス大統領が職を追われてからのことにすぎない。
ボリビア国民にとっては手遅れであった。同国は不穏当な政権の手にゆだねられ、民主制は
機能停止状態におちいった。


[リチウム・クーデター]

その任期の14年の間、モラレス大統領はボリビアの富を国民のために使うべく奮闘した。
国民は、何世紀にもわたる圧制の後、ようやく生活の基本的要求が格段にかなえられる
状況に遭遇した。識字率は上昇し、飢餓率は低下した。
しかし、国民のためを思って国富を使うことを重視し、北米の多国籍企業をないがしろに
する行き方は、ラパスに居を置く米国大使館にとってはとんでもないことであった。そこで、
前々から、軍部の過激派や極右をけしかけ、政権打倒をねらっていたのである。
2019年の11月に起こったのは、まさしくそういうことであった。

マスク氏の認識は、言い方はゲスであるとしても、少なくとも正直なものと言えよう。
同氏のひきいるテスラ社は、ボリビアの豊かなリチウム鉱床に割安でアクセスできることを
長年のぞんできた。リチウムは自動車のバッテリーに不可欠な資源である。
今年の初め、マスク氏およびテスラ社は、ブラジルに工場を建設する意向を明らかにした。
この工場には、ボリビアからリチウムが供給される段取りとなっていた。
筆者たちがこの件について記事にしたとき、そのタイトルは「マスク氏、南米のリチウム
資源に対し、あらたなコンキスタドールさながらにふるまう」(訳注1)とした。
この記事で書いたことのいっさいは、マスク氏の上記のツイートに凝縮されている。すなわち、
他国の政治的現実を意に介さない態度、そして、同氏のような人々が自分の当然の権利と
みなしている資源に対しての強欲ぶり、である。

(訳注1: 「コンキスタドール」は「征服者」の意で、16世紀にメキシコ、中米、ペルーなど
を征服したスペイン人を指す)

マスク氏は結局このツイートを削除してしまった。
そして、「われわれはオーストラリアからリチウムを入手する」と書いた。
だが、これで一件落着というわけにはいかない。オーストラリアでは疑問の声が沸き上がり
つつあるからだ。リチウム採掘にともなう環境破壊への懸念のためである。


[民主制の棚上げ]

モラレス氏が追放されてからは、凡庸な極右の政治家、ヘアニネ・アニェス女史が憲法上の
手続きをふまずにトップの座についた。
女史の政治のスタイルは、2019年の11月15日に署名した大統領令によくあらわれている。
それは軍に対してどんなことでも思い通りにやらせる権利を付与するものだった。が、
さすがに女史の同盟勢力といえども、これはやりすぎとみて、11月28日にこれを撤回させている。

モラレス氏の率いていた社会主義運動党(MAS)に所属する活動家に対する逮捕や脅迫は、
2019年の11月に始まり、現在も続いている。
米国の上院議員7名は、2020年7月7日に声明を発し、「ボリビアの暫定政府による人権侵害
および市民権の制限の増大に関し、われわれは日増しに懸念をつのらせている」と述べた。
「暫定政府の路線が変更されなければ」と、議員らは続ける。「ボリビアの人々の基本的
市民権はさらに腐食が進み、予定されている重要な選挙の正当性に大きな疑問が付される
ことになるのをわれわれは懸念している」。

しかし、それについて懸念するにはおよばない。アニェス政権に選挙にうったえる熱意は
ほとんどうかがえないからだ。
それもそのはず、世論調査のすべてにおいて、アニェス陣営は総選挙で敗北を喫するという
見込みになっている。
ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)による最近の世論調査によれば、アニェス
女史の予想得票率はわずか13.3パーセント。社会主義運動党(MAS)の候補であるルイス・
アルセ氏(41.9パーセント)や中道右派のカルロス・メサ氏(26.8パーセント)に大きく差を
つけられている。
選挙は、当初、5月に実施されるはずであったが、9月6日に変更された。そして、それが今や、
またもや延びて、今度は10月18日ということになった。つまり、ボリビアはほぼ丸1年、
選挙によって民主的に選ばれた政府を持たないということになりそうだ。

社会主義運動党(MAS)のルイス・アルセ氏は最近、ジャーナリストのオリヴィエ・バルガス
にこう語っている。
「われわれは迫害にあっている、監視されている……、きわめて困難な選挙運動を展開
している」。が、続けて、「これらの選挙にわれわれは必ずや勝利をおさめるだろう」、と。
もっとも、それは、そもそも選挙がおこなわれれば、の話である。

ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)の調査によると、ボリビアの人々の10人中
9人が、コロナ禍による景気後退で収入源をこうむっている。
このこと、および、社会主義運動党(MAS)に対する弾圧のせいで、国民の65.2パーセントが
アニェス政権に否定的な評価をあたえている。
注記しておくべきことは、モラレス大統領の率いた社会主義運動党(MAS)の積極的な
政策のおかげで、国民の間には社会主義的な施策に対して広範な支持が生まれていること
である。すなわち、国民の64.1パーセントが富裕層に対する増税を歓迎し、国民全般が同党
およびモラレス氏の「資源ナショナリズム」に賛意を示している。


[コロナ・ウイルスの衝撃とボリビア]

アニェス政権は、コロナ・ウイルスに関しては、まったくの無能であった。
人口1100万人のボリビアで、感染が確認された症例数は6万6456人にのぼる。検査数はわずか
であるので、実際の症例数はそれよりはるかに多いと推測されている。

この問題においても、またもやマスク氏が登場する。
今年の3月31日、ボリビアの外相であるカレン・ロンガリク女史はマスク氏に対して
へりくだった書簡を送った。
同氏に「貴殿のおっしゃった『協力の申し出』についてお聞きしたい。もっとも必要と
している国々に向けてすぐにでも移送が可能な人工呼吸器の件です。ボリビアに直接送る
ことがむずかしいのであれば、フロリダ州マイアミでの受領が可能です。そこから迅速に
わが国に移送できます」と伝えた。
しかし、そのような人工呼吸器がボリビアにとどくことはなかった。

ボリビアは人工呼吸器を代わりにスペインの企業から170台購入した-----一台当たり2万7000
ドルという価格で。
しかし、国内の製造業者は一台当たり1000ドルで納入できると伝えていた。
この不祥事を受けて、アニェス政権下で保険相を務めるマルセロ・ナバハス氏が逮捕された。


[モラレス元大統領]

ボリビアのクーデターに関する上記のマスク氏のツイートを読んで、モラレス元大統領は
以下のように述べている。
「世界最大の電気自動車メーカーのオーナーたるマスク氏が、ボリビアのクーデターを
めぐり、『われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける』と
発言した。これは、このクーデターがわが国のリチウムを目的としたものであることを
あらためて証するものだ-----2度の虐殺を代価として。われわれは自国の資源を守り抜かねば
ならない」。

「虐殺」なる表現を軽々に見過ごすことはできない。
11月にメキシコ・シティにいたモラレス元大統領は、アニェス政権が、コチャバンバから
エル・アルトまで、国民に牙をむいて襲いかかるのを傍観することとなった(訳注2)。
「彼らはわが同胞諸氏の命を奪っている」と元大統領は記者会見の席で述べた。「これは
昔の軍事独裁国家がやった類いのことだ」。
それは、アニェス政権の害毒的な性向をあらわしている。そして、それをしっかりと支援
しているのは米国政府であり、マスク氏なのである。

(訳注2: コチャバンバ近郊ではデモ参加者に軍が発砲し、少なくとも9人が死亡、100人
以上が負傷(『デモクラシー・ナウ』の報道による)。エル・アルトでは、8人が死亡
(CNNの報道による))

7月27日、ボリビア各地で、民主制の回復を求める抗議活動が始まった。


(本記事は、『インディペンデント・メディア・インスティテュート』が手がける
プロジェクトの一環である「グローバルトロッター」によって提供された)


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[その他の訳注・補足など]


グーグルで「ボリビア リチウム クーデター」などで検索してみても、ざっと見たところ、
大手メディアの記事はあまりひっかからないようですが、AFPニュースには、以下の
ような短い記事があります。

ボリビア前大統領、「クーデターはリチウム狙う米国の策略」 AFPインタビュー
https://www.afpbb.com/articles/-/3261126

この記事には、モラレス元大統領が「米国がボリビアの潤沢なリチウム資源を手に入れる
ためにクーデターを支援し、これによって自身は退陣に追い込まれたと語った」とあり、
米国がはっきり名指しされています。
また、「リチウム採取の協力相手に米国ではなくロシアと中国を選んだことを、米政府は
『許していない』と述べた」とも書いてあります。

しかし、この記事はきわめて短いもので、AFPは、このモラレス元大統領の言が正しいとも
まちがっているとも言っていません。どちらであるにせよ、それを裏付ける事実などを持ち
出して、見解を補強したりはしていません。きつい言い方をすれば、人の言をそのまま垂れ
流しているだけです。
もっとも、モラレス元大統領の米国の名指し非難、および、そのリチウム資源掌握の意図の
セリフをそのまま伝えただけでも、大手メディアとしては異例のことであり、気骨を示したと
考えた方がいいのかもしれません。

一方で、たまたま、以下のような記事も見つけました。

南米ボリビアでも米中覇権争い激化へ
https://japan-indepth.jp/?p=52695

この記事中には、こうあります。

「中国の支援の背景にはボリビアの豊富な鉱物資源獲得という狙いがあったというのが、
多くの中南米専門家の一致した見方だ。特にリチウムはボリビアが世界有数の埋蔵量を
保有しており、中国にとって同国支援の大きな要因になったことは想像に難くない。」

なるほど。
この記事の筆者と「多くの中南米専門家」にとっては、中国が「ボリビアの豊富な鉱物資源
獲得という狙い」を持っているのは共通認識であっても、アメリカが同じような狙いを持って
いるというのは、まったく頭に思い浮かばないか、少なくともはっきりと言及はされない
わけです。

大手メディアでは、ボリビアのクーデターの背後に米国がいること、および、そのリチウム
資源をねらっていることは-----たとえ疑惑であっても-----大々的に取り上げられることはない
のでしょう。
私のような普通の神経の持ち主にとっては、これは一大スキャンダルに値するのですが、
大手メディアでは、これをあつかった特別番組などが制作されることはないのでしょう。

また、他国の「豊富な鉱物資源獲得という狙い」を持っているのはつねに中国やロシアなの
でしょう(笑)。



強国のふるまいの裏に資源掌握の意図の可能性があることなどについては、本ブログの
以前の文章でも何度かふれられています。
代表的なものは以下の通りです。ぜひ参照してください。

・たとえば、パレスチナの天然ガス資源の掌握がイスラエルの軍事行動の主目的の一つ
であることを指摘した記者の特約記事サイトが突如閉鎖された事件については、

英国のメディア監視サイト・5-----英大手新聞が不都合なブログ?を突如打ち切り
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d714be457f4b9fe38f20fff62a6f7bdc


・イラク戦争における巨大石油企業の隠れた動きなどについては、

イラク戦争から10年-----勝者はビッグ・オイル(巨大石油企業)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a660ded32f1d08a841f0948fd2be6be7


・インドネシア政府による東ティモール侵攻を、米国を初めとする各国が資源掌握、兵器
売却益、その他の思わくから支援したことなどについては、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・4
[ある島国が血を流したまま横たわる]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/12/04/151453


・一般的にイラク戦争と石油資源掌握の意図については、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・2
[そりゃ帝国主義だ、ボケ!]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/07/14/151024
の本文とその「その他の訳注と補足など」の補足・2

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難民問題の核心

2020年12月09日 | 国際政治

今回は、欧州を騒がせている難民危機の問題。
その根本的な原因は米国によるいわゆる「対テロ戦争」なのですが-----少なくとも、ある
研究団体とこの書き手はそうとらえています-----、もちろん、例によって、大手メディアは
この点を大々的に追究しようとはしません。

原題は
America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
(米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因)

書き手は、Patrick Cockburn(パトリック・コックバーン)氏。中東にくわしいベテラン
・ジャーナリストです。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/09/15/americas-war-on-terror-is-the-true-cause-of-europes-refugee-crisis/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年9月15日


America’s War on Terror is the True Cause of Europe’s Refugee Crisis
米国の対テロ戦争が欧州難民危機の真の原因


By Patrick Cockburn
パトリック・コックバーン




死に物狂いの難民たちが、海中に没せんばかりの小舟に押し合いへし合いして乗り合わせ、
ケント州南部の海岸に上陸する。彼らはしばしば侵略者のイメージで描出される。
人々の抱くその種の不安を、先週末、移民反対のデモ者らはうまく利用していた。「英国の
国境を護持するために」、デモ者らはドーヴァー港への主要幹線道路を封鎖する挙に出た
のである。
また、一方で、内務大臣のプリティ・パテル氏は、英仏海峡を越える難民流入の抑止に十分
な努力がはらわれていないとしてフランス政府を非難した。

難民たちが多大な関心を集めるのは、英仏間の彼らの旅路の、もっともめだつ最後の段階の
道のりにおいて、である。彼らがそもそも何ゆえ、拘禁もしくは死の危険までおかして、
かかる辛苦を耐えるのかについては、あきれるほどわずかしか関心がはらわれていない。

欧米社会には、言わず語らずの認識がある。難民が自分たち自身の「破綻国家」から逃亡し、
よりうまく運営された、安全な、繁栄した国々に避難先を見出そうとするのはごく自然な
展開である、と(また、その国家の破綻は、その国民がみずからまねいた暴力行為や腐敗が
そもそもの原因であると考えられている)。

しかし、現在われわれが目撃している、これら海中に没せんばかりに人を乗せた、あわれな
小さいボートが英仏海峡の波間に浮き沈みしている光景は、結局、米国とその同盟国の軍事
介入によってもたらされた大規模な集団移動の帰結の、ほんのささやかな表象にすぎない。
アルカイダによる2001年9月11日の同時多発テロを受けて始められた、米国とその同盟国の
「対テロ世界戦争」の結果、3700万人もの人々が家郷を離れることになった。これは、今週、
ブラウン大学が発表した、非常に興味深い報告書で提示した推計である。

このブラウン大学の研究は「戦争の代価」と呼ばれるプロジェクトの一環で、近年のデータを
使用した、暴力行為に端を発する大規模な集団移動の試算としては初めてのものである。
研究者たちの結論は、「米軍が2001年以降に開始もしくは参加したもっとも暴力的な戦争
8つにおいて、少なくとも3700万もの人々が家郷を離れた」としている。
この内訳は、海外にのがれた人々が少なくとも800万人、国内避難民(Internally Displaced
Persons、略称 IDPs)が2900万人となっている。研究対象となった8つの戦争とは、
アフガニスタン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリア、パキスタン北西部、
フィリピンを戦場としたものである。

研究者は報告書の中で述べている。同時多発テロ後のこれら対テロ戦争の結果、移動を余儀
なくされた人々の規模は、ほとんど前例が見出せない、と。
この直近19年間の数字と20世紀の個々の事象のそれとを研究者が比較してみた結果、これ
ほどの大量移動を生み出したのは第二次世界大戦の時だけであった。それ以外では、この
対テロ戦争の結果による人口移動の3700万人という数字は、ロシア革命(600万人)、
第一次世界大戦(1000万人)、インド・パキスタン分離(1400万人)、バングラデシュ
独立戦争(1000万人)、ソ連のアフガニスタン侵攻(630万人)、ベトナム戦争(1300万人)
などをいずれも上まわってしまう。

難民はいったん国境を越えるとめだつ存在になるが、国内避難民の場合は詳細がはるかに
つかみ難い-----数としては、3.5倍の規模に達するのであるが。
彼らは、自分たちの直面する危機の転変に応じて、複数回、居所を変える場合がある。時には
家郷にもどれることもあるが、そこはすでに破壊つくされているか、生活の糧を得る術が
見出せなくなっている。戦線の移動にともない、「ひどい状態」と「もっとひどい状態」の
どちらかの選択をせまられることもめずらしくない。かくして、彼らは、自分の国にいる
にもかかわらず、国を持たない遊牧民と等しい存在になってしまう。
ノルウェー難民評議会によると、ソマリアでは、「暴力行為のために、実質上、すべての
国民が生涯で少なくとも一度は居住地を変えた経験を持つ」。また、シリアでは、海外への
難民が560万人に上るほか、国内避難民も620万人に達しており、職のない、栄養不良状態に
おちいっている家庭が生き延びるのに必死である。

これらの戦争のうち、いくつかは同時多発テロが直接の起因であった。アフガニスタンや
イラクがその典型である(もっとも、サダム・フセインはアルカイダや世界貿易センターの
破壊とはまったく関係がなかったが)。
一方、それ以外の戦争、たとえば、目下イエメンで進行中の戦争などは、サウジアラビア、
アラブ首長国連邦およびその他の米同盟国が2015年に始めたものである。とはいえ、この
戦争は、そもそもが、米国政府の暗黙のゴーサインがなければ起こらなかったであろうし、
5年間も悲惨な戦闘が続くこともなかったであろう。
イエメンの人口の80パーセントが深刻な窮乏におちいっているが、難民の急増が抑えられて
いるのは、ただ単にサウジアラビアによる封鎖措置のために、彼らがイエメン国内に閉じ込め
られているからにすぎない。

これらの戦争を始めようとする意欲、そしてまた、それを持続しようとする意欲は、多少でも
減ずることができるかもしれない-----もし米、英、仏の政府指導者らが自分たちのふるまいに
政治的な代価を支払わねばならぬとなれば。
しかし、不幸なことに、国民はいささかも認識していないのだ。自分たちの多くが反対して
いる難民の大規模流入が、同時多発テロ後のこれら異国での戦争によってもたらされた、
壮大な家郷離脱の結果であることを。

シリアは2013年にアフガニスタンを抜いて、世界でもっとも多くの難民を生み出した国と
なった。暴力行為と経済崩壊が収束を見せない中、家郷をのがれざるを得ないシリアの人々の
数は増える一途と予想されている。
同時多発テロ後のこれら8つの戦争に通底する特徴の一つは、何年もだらだらと戦闘が続き、
いつまでたっても終結に至らないことである。だからこそ、これらの戦争で居所を変えた
人々の数は、20世紀の突出して暴力的な、しかし、はるかに短い期間で終わった戦いにおける
それと比べ、ずっと多いという結果になる。
現在の戦争の、この「終わりのない」性格は、状況に根ざす自然な展開の一端と考えられる
ようになっているが、それはとんでもない話である。

これらの戦争に終止符を打つべく自分たちはたゆまず努めている、そう外国勢力側は主張する。
が、彼らが平和をのぞむのは、ただ彼ら自身の欲する条件に沿う場合だけである。
たとえば、シリアのアサド政権の場合、ロシアとイランの強力な支援を受けて、2017年~
18年には軍事的には勝利をおさめている。米国と他の欧州同盟国がアサド打倒を心の底から
願っていたのはずっと昔の話であった。彼らは過激派組織 Isis(アイシス)やアルカイダの
ような勢力がアサドに取って代わる事態をおそれているのだ。
しかし、米国とその同盟国は一方で、アサド政権、ロシア、イランの完全勝利をのぞんで
いない。そこで、彼らは紛争の火種をくすぶらせ続けている。シリアの人々はあわれな消耗品、
「大砲のえじき」と化している。
他の戦争も、これと同様、相手側に完全勝利をゆるさないための邪悪な計算によって、
だらだらと続いているのである-----人的損失は顧みられずに。

これらの紛争やその帰結としての人々の大量移動に責を負うべきなのは米国だけではない。
リビアでの戦争は2011年、イギリスとフランスが米国の支持の下、リビアの人々をカダフィ
大佐の暴政から救うとの看板をかかげて始められた。現実に起こったことは、地方の凶悪な
軍事リーダーやギャングたちが跳梁跋扈し、その結果、リビアが、北アフリカの人々が欧州へ
渡ろうとする際の通用口に堕するという展開であった。

このような戦争がもたらす政治的に深刻な影響は、デイヴィッド・キャメロン、ニコラ・
サルコジ、ヒラリー・クリントン等々のいかにとんちきな指導者といえども、予見して
しかるべきであった。
とどのつまりは、これらの戦争によって難民・移民の不可避的な潮流が発生し、それが
欧州全体で外人嫌いの極右の勢いを増大させるとともに、2016年のブレグジット(英国の
EU離脱)を問う国民投票において決定的な役割をになうに至ったのである。

英国では、ドーヴァー海峡に臨む「ホワイト・クリフ(白い崖)」の足元に上陸する難民
・移民の群れが、ふたたび物議をかもすやっかいな政治問題となりつつある。
一方、欧州の反対側の端、ギリシアのレスボス島では、難民が生活していたキャンプ地が
火災に見舞われ(訳注: 難民に敵意を持つ人間による放火との見方が有力)、彼らは道路の
かたわらで眠らざるを得ない状況におちいっている。

これら大量の人々の移動の波、また、欧州政治をはなはだしく毒しているこの移民への反発
・反動は、容易に終息することはあるまい-----これら8つの戦争によって家郷を離れざるを
得なくなった人々が3700万人いるかぎり。

終息するのはただこれらの戦争自体が終息をむかえる時だけであろう。それはもうとっくの
昔になされてしかるべきだった。
そして、同時多発テロ後のこれらの戦争の犠牲者たる難民・移民たちは、どんな国でも
自国で暮らすよりましだと信じることも、もはやできないのである。


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[その他の訳注・補足など]


前書きで、欧州難民危機の根本的原因が米国の対テロ戦争である点を、大手メディアは
大々的に追究しようとはしません、と書きました。
訳出の中途でウィキペディア(日本版)の欧州難民危機の説明を見てみる機会があり
ましたが、ふしぎなことに、その原因についての説明がいっさいありません。

日本版ウィキペディアで、米国とその同盟国に都合の悪いことは言及されないか、
されるとしてもごく小さいあつかいであったり、また、悪質な印象操作と見られる
書き方をされていたりする例は、これまでも何度か遭遇しました(これまでのブログの
「その他の訳注・補足など」のところで時折、指摘しました)。

そのうち、まとめて一覧にするかもしれません。
メディアの偏向報道や印象操作を如実にあらわす興味深い事例として追究する価値がある
かと思います。
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武漢ウイルスの嘘-----諜報当局に圧力をかける政権

2020年07月13日 | 国際政治

今回の文章はもっと早くアップするつもりでしたが、個人的に想定外の事態が出来して、
やむなく間が開いてしまいました。
気分的には「賞味期限切れ」で、申し訳ない気持ちがあるのですが、内容は訳しておく価値
はあると信じています。

あつかわれている題材は、新型コロナウイルスをめぐる米国政府のプロパガンダです。
しかし、ここに書かれている現行政権と諜報当局のつばぜり合い、あるいは、諜報当局に
対する現行政権の圧力などの様態は、今後も変わることはないでしょう。


原題は
The Wuhan Hoax
(武漢ウイルスの嘘)

書き手は、Bob Dreyfuss(ボブ・ドレイファス)氏。
同氏について、くわしくは末尾の「その他の訳注・補足など」を参照。

原文サイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/the-wuhan-hoax/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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The Wuhan Hoax
武漢ウイルスの嘘


By Bob Dreyfuss
ボブ・ドレイファス



2020年5月22日
初出: 『トムディスパッチ・コム』


フェイスブックその他のソーシャルメディアで時折お目にかかるセリフがある。「歴史を
学ばない人間は歴史をくり返すことになる。一方、歴史を学ぶ人間は、他のみんなが歴史
をくり返す間、なすすべもなくそばに立ち尽くすことになる」というものだ。

なかなかおもしろいセリフである。だが、そうとばかり言ってはいられない。
トランプ政権、また、ポンペオ国務長官を筆頭とし、コットン共和党上院議員(アーカンソー
州選出)が後押しする中国たたきに熱心な人々は、目下のところ、フセインのひきいるイラク
との戦争を正当化すべくチェイニー副大統領が2002年~2003年に用いた「虚偽情報」と
いう戦略をしょうこりもなくまた採用しているからだ。
あの当時、ブッシュ政権は、諜報当局にすさまじい圧力をかけた。フセインがアルカイダと
共謀関係にある、フセイン政権は核兵器、生物兵器、化学兵器などを開発・保持していると
いう嘘の主張を裏書きせよとせまったのである。
たとえ根も葉もない主張であったとしても、結局のところ、それは、多くの懐疑的な保守派や
動揺したリベラル派に、イラクに対する一方的で違法な武力侵攻が喫緊不可欠であると
確信させるのにおおいに役立った。

今回はトランプ政権の乱暴な主張の登場である。
新型コロナウイルス(この陰謀理論の支持者によれば、人為的に作られた可能性があると
いう)は、昨年末の感染症発生の中心地である中国、武漢に置かれているある研究所から、
故意にあるいはあやまって拡散されたとする。
この筋立ては極右のグループ内で反響しあい、拡大したものだ。
陰謀理論に傾きやすいネット界の変人たち、たとえば、『インフォウォーズ』を主宰する
アレックス・ジョーンズ氏などから、多少の敬意は払われているメディア界の人権擁護家や
ラジオのトーク番組の司会者、そして、ついには、トランプ大統領をふくむ政府当局の最上位
層までが、これに飛びついた。

しかし、2003年のイラク侵攻の時とは事情が異なり、現在の米国は中国と一戦を交える
つもりはない、少なくともこれまでのところは。
しかし、新型コロナウイルス感染症をめぐるおのれの不手際から気をそらすために、中国が
疾病の世界的流行に責任があるとやっきになって主張するのは、地球上の目下の2大国の
関係を、この重大な時期にいちじるしく険悪にするだけである。
その過程で必然的に確実なことは、この2大国が、長期にわたる感染症への対応、ワクチン
や治療法の発見などに関して、ともに手をたずさえて事にあたる見込みがはるかに少なく
なるという事態である。これは、イラク戦争の時と同様、人々の死命を左右する問題である。


[イラクの悪夢再び?]

2002年の当時、ブッシュ政権は、CIAその他の諜報当局に対して間断なくプレッシャー
をかけ続けた。アルカイダや大量破壊兵器をイラクのフセイン政権と結びつける包括的な
情報群となるよう、諜報活動で得られた各種事実の改変、歪曲、好都合なもののみの採用
などを強く求めたのである。
国防総省では、副長官のポール・ウォルフォウィッツ、政策次官のダグラス・フェイスなどの
いわゆるネオコン派が、後に「特別計画局」と呼ばれることになる臨時委員会を立ち上げた。
その使命はイラクに関する情報をでっち上げることであった。

意向が明確に伝わるよう念には念を入れて、チェイニー副大統領はヴァージニア州ラングレー
のCIA本部に何度も足を運び、CIA分析官たちに何か有用なものを案出するようしつこく求めた。
ウォルフォイッツやフェイス、また、ハロルド・ロードのような彼らと昵懇の国防総省職員たち、
イラク戦争を推進していたボルトン国務省次官の当時の上級顧問であったデヴィッド・
ワームサー(現在はイランに関するトランプ大統領の私的顧問)などのネオコン派の官僚、
等々は、情報の改変・歪曲・誇張等の要請にあらがう国防総省やCIAの職員たちを排除する
ために精力的に動いた。
これらの事情は、私がジェイソン・ベストと共同して執筆し、「嘘の工場」とのタイトルで2003年
に『マザー・ジョーンズ』誌に掲載された記事でくわしく報じたことである。
その翌年、諜報機関に関するベテラン記者のジェイムズ・バムフォードは『戦争の口実』なる
著作を刊行し、これらの経緯のいっさいを克明に明かした。

ところが、2002年の現在、トランプ大統領はたんに諜報当局に圧力をかけているだけではない。
戦いを挑んでいる。そして、諜報活動に関してはずぶの素人や自分の追従者をそのトップの
座にすえようと懸命である。
諜報当局に対する敵意は、しかし、大統領に就任する以前からすでに始まっていた。ロシアの
プーチン大統領が選挙戦にひそかに手を貸し、大統領就任を後押ししているというCIAやFBI
などの諜報当局のまじめな分析報告をそれまで幾度も等閑に付し、信じようとしなかった。
その後も、「ディープ・ステート」(訳注1)なる言葉を使って非難したり、ツイッターでこき下ろし
たりをやめなかった。
そして、ロバート・モラー特別検察官やFBI、さらには司法省自身の調査に対しても焦土戦を
しかけるべく、権威主義的なウィリアム・バーを司法長官に指名した。その焦土戦の一端は、
たとえば最近では、短い間ながらもトランプ大統領の最初の国家安全保障問題担当補佐官
であり、ロシア介入疑惑をめぐり偽証罪を認めていたマイケル・フリン氏に対する起訴を取り
下げたことなどによく表れている。

(訳注1: 『週刊ダイヤモンド』誌では、「日本語では『影の政府』、『闇の政府』などと呼ばれ、
選挙によって正当に選ばれた政府とは別の次元で動く『国家の中の国家(state within a state)』
のこと」、また、ウェブ・メディアの『JBpress』では、「国家の内部に潜んでいる国家に従わない
官僚」、「時の大統領や首相に反旗を翻す官僚軍団」などと説明されています)

諜報当局が自分の意向に沿わなかったり、異議をとなえたりしないよう確実を期すため、
トランプ大統領は自分に忠実な政治官僚を米国家情報長官室(the Office of the Director
of National Intelligence。略称ODNI)のトップにすえるべく力をそそいだ。ODNIは、同時
多発テロを受け、諜報機関の再編の試みの一環として創設された組織である。
トランプ大統領の企ては2月に始まった。すなわち、リチャード・グレネル駐ドイツ大使を
国家情報長官代行に指名したのである。
同氏は、党派心と闘争心の旺盛な政治屋で、かつてボルトン氏が国家安全保障問題担当
補佐官であった時、その側近を務めていた。極右の見解をひそかに抱いており、トランプ
大統領の忠実な支持者であるとともに、大統領の元側近であったスティーブン・バノン氏の
信奉者でもある。
大使としてボンに赴任してまもない頃、同氏は、バノン氏の主催する『ブライトバート・ニュース』
のインタビューの中で、欧州における反体制的極右の勢力伸張を歓迎してみせた。

トランプ政権はまた、グレネル氏の女房役として、やはり極右の伝道者たるカッシュ・パテル
氏に声をかけた。
同氏は、共和党下院議員のデヴィン・ニューンズ氏の側近としてロシア介入疑惑をめぐる
調査の信用を傷つけるために働いた人物である。また、報道されたところによれば、元副
大統領のジョー・バイデン氏をおとしめるためにウクライナでの捜査をトランプ政権が強く
要請する中で、政権の非正規の交渉ルートの一端をになった人物でもある。

その後、グレネル国家情報長官代行に代えて、トランプ大統領が正式に長官に指名したのは
ジョン・ラトクリフ共和党下院議員(テキサス州選出)であった。トランプ大統領の弾劾を
めぐる議論において大統領をもっとも強く擁護した議員の一人である。
ラトクリフ氏はそもそも2019年にトランプ大統領が候補として名前を出していた。しかし、
当時は、数日のうちに諜報当局の専門家たちやその筋の権威者らはもちろん、同じ共和党
議員からさえも反対され、名前をひっ込めざるを得なくなった経緯がある。
そのラトクリフ氏が再登場し、現在、議会の承認を待っているが、高い確率で受け入れられ
そうである。

グレネル氏とラトクリフ氏のコンビが-----諜報当局をこき下ろし、その下っぱ役人どもを
恫喝するトランプ政権の3年にわたる動きと相まって-----彼らの懐柔に成功し、新型コロナ
ウイルスの開発と拡散を中国とその研究所の責任に帰する結論に導けるかどうかは、今の
ところ確言できない。


[武漢研究所をめぐる嘘]

例によって例のごとく、これらの動きは、保守系もしくは右翼系メディアにおいて、むしろ
さりげなく、目立たない形で始まった。

右翼系の『ワシントン・タイムズ』紙は、1月24日に「新型コロナウイルスの起源は細菌戦
研究と関わりのある中国の研究所か」と題する記事をかかげた。
この記事自体は、前日の英『デイリー・メール』紙に載った記事を下敷きにしたものであった。
それは、SFスリラー風の書き方がなされ、ほぼいっさいの(裏付けのない)情報をもっぱら
一人の人物-----イスラエル軍諜報部の中国専門家-----に負っていた。
そして、ほどなく『ワシントン・タイムズ』紙から他の国内右翼系メディアに拡散した。
翌日には、スティーブン・バノン氏が『パンデミック作戦指令室』と称するインターネット
・ラジオ番組で、この記事を取り上げ、「めざましい報道」と持ち上げた。
2、3日後には、信頼性に疑問のある、ゴシップ好きのウェブサイト『ゼロヘッジ』が飛びつき、
(後にたくさんのあやまりが判明した)記事をかかげ、その中で、ウイルスは中国人科学者
が生体工学的に開発したもので、その科学者の名前を挙げることができるとさえ謳った。

そして、半月ほど後にはフォックス・ニュースである。報道では、お笑い草にも、ディーン
・クーンツの小説『闇の眼』を引き合いに出して、「戦時に生物兵器として利用できる新種
ウイルスの開発にたずさわる中国の軍研究所」について語った。
その翌日、トム・コットン上院議員がテレビ番組-----むろんのこと、フォックス・ニュース
である-----に登場し、ウイルスの開発元が中国である可能性に大きくうなづいてみせた。
こうして、この見方はまさにウイルスのように広まり始めた。
(コットン議員はまもなくツイッターで、中国が意図的にウイルスを流出させた可能性が
あるとさえ言い出した)
2月の終わりになると、右派陣営でもっとも声の大きい男、ラッシュ・リンボー氏が参入し、
ウイルスは「おそらく中国共産党の研究所内実験の産物で、兵器用に開発が進んでいた
もの」と主張した。
(これらの陰謀論がどのように拡散したかは、報道サイトのレーティング団体「グローバル
・ディスインフォメーション・インデックス」が鮮明に跡づけている)

3月になると、トランプ大統領とポンペオ国務長官は、新型コロナウイルスの深刻な現状を
受け流す一方で、それを「中国ウイルス」もしくは「武漢ウイルス」と呼ぶことをしつように
訴えた。このような呼称は人種差別的であるとともに挑発的という批判にも耳を貸さなかった。
3月の終わりには、ポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」の名称採択にこだわるあまり、「先進
7カ国外相会合」(いわゆるG7)の共同声明が見送られる事態となるしまつ。
そして、新型コロナウイルスを世界に拡散させた廉で報復的措置を採る、そう大統領自身が
中国にすごんでみせるのに、たいして時間はかからなかった。また、同時に、このウイルスの
突発的な流行を、1941年の日本による真珠湾攻撃になぞらえ始めた。

以上のようなあれこれのふるまいや事態は、CIAやその他の諜報当局に対するトランプ政権
の圧力-----新型コロナウイルスが、故意か事故かはさておき、まぎれもなく中国の武漢
ウイルス研究所か武漢疾病管理センター(中国疾病管理予防センターの地方支局)に起源を
有するという証拠をあげよという圧力-----がよりいっそう強くなる展開へのほんの序章に
すぎなかった。
ニューヨーク・タイムズ紙の4月30日付の記事はこう伝えている。
「中国、武漢の公的研究機関が新型コロナウイルスの発生源であるという実体的根拠の
ない言説を後押しする事項を発掘するよう、トランプ政権の高官が諜報当局に強く求めた」、
そして、グレネル氏はそれを「優先事項」とした、と。

その間、トランプ大統領とポンペオ国務長官の2人は、ウイルスが中国の研究所起源である
「証拠」を実際に見たとたびたび言い張った。
しかし、トランプ大統領は、この情報は重大な機密に属するのでそれ以上のことはまったく
口にできないという体をよそおった。「それは明かせない。明かせないことになっているのだ」。
ポンペオ国務長官の方は、ABCニュースの報道番組『ディス・ウィーク』に出演し、この件に
ついて聞かれた際、「中国の研究所が事の始まりである証拠がふんだんにある」と述べた。

ODNI(国家情報長官室)は4月30日にそっけない声明を出した。これまでのところ、当局は、
新型コロナウイルスが「人為的にもしくは遺伝子組み換えにより生み出されたものではない」
との結論に至った、と。ただし、「武漢の研究所における何らかの事故の結果」、ウイルスが
漏洩した可能性については調査中である、とも。とは言え、このような事故が起きた証拠は
見当たらないし、また、ODNIも何一つそれを提示することはできなかった。


[判断歪曲の圧力]

2002年から2003年にかけてのイラク侵攻への足慣らしの展開を、われわれは今、
あらためて思い起こすべきである。
当時、政府の上層部の人間たちは再三再四強調した。フセインとアルカイダの(実際には
存在しなかった)つながりは事実である、フセインの(実際は存在しなかった)核兵器、
化学兵器、生物兵器、等の開発計画の進捗は事実である、そう自分たちは信じている、と。
しかるがゆえに、諜報当局の情報収集家や分析家をしてそれらを追究するよう命じた
のである、と(一方で、彼らの結論には一顧もあたえなかったが)。
さて、2020年の現在、トランプ大統領とその側近たちは、しょうこりもなく、やはり同じように
事実の天秤に自分たちの太い指をそえて、自分たちに都合のいい結論を導き出そうとして
いる。圧力が効を奏して、おそれをなすであろう諜報当局者に対し、どんな結論を自分たちが
聞きたがっているかをあからさまにしながら。

これら諜報当局の専門家たちは、自分の出世、俸給、年金がそれらを授ける政治家の継続的
な厚意にかかっていることを承知している。したがって、当然のことながら、彼らの要求に応え
ようとする強い動機が働く。諜報当局者の言う「評価」なるものを政権の意向に沿うよう、あや
をつける、さもなければ少なくとも自分の口をとざすのである。
これはまさしく2002年に起こったことであった。そして現在、グレネル、パテル、ラトクリフなど
の諸氏が、結局、トランプ大統領の追従者であるからには、諜報当局の下っぱ職員たちは、
自分たちのこれら新任の上司が何を期待しているか暗い気持ちでさとっているはずである。

武漢の研究所に責を帰そうとするこのトランプ・ポンペオ組のプロパガンダ作戦は、ほとんど
間を置かず科学者や諜報当局者、中国専門家などから反撃を受けた。
米国の著名な科学研究者で、新型コロナウイルスの専門家であるアンソニー・ファウチ博士は、
即座に政権の主張をしりぞけた。新型コロナウイルスは「自然界で進化したすえ、種の垣根を
越えて人間に感染した」と明言した。
このウイルスの遺伝子情報やその変異を研究している本当の科学者たちは、こうした見方が
妥当であると考えるからこそ、それが研究所で生み出されたものではないことにそろって
同意するのである。

米国の同盟国たるオーストラリア、イギリス、カナダ、ニュージーランド-----いわゆる「ファイブ
・アイズ(5つの眼)」(訳注2)に属する国々-----においても、新型コロナウイルスが「自然発生」
の産物であり、「人間とその他の動物の接触」による過程で変異したことについては、まったく
異論がなかった。
中でもオーストラリアは、武漢の研究所をめぐるインチキと思われる諜報文書に取り合わ
なかった。ドイツでは、武漢の研究所を発生源とする言説を、トランプ政権がウイルス対処を
めぐる自身の不手際から「注意をそらすための計略の一環」にすぎないとして、政府職員が
あざけっている内部文書が明らかになった。

(訳注2: 諜報活動に関する協力協定を締結しているアメリカ、オーストラリア、イギリス、
カナダ、ニュージーランドの5ヵ国の通称。加盟国間で傍受した盗聴内容や情報を共同利用
している)

ブルームバーグ・ニュースによれば、諜報当局内でこの問題を探求している人間は現在、
次のように語っている。研究所が発生源とする疑惑は「おおむね状況証拠的なものである。
なぜなら、研究所から漏洩したとする説およびその他のいかなる説も、その裏付けを得る
には、米国はあまりに現地情報を欠いているからだ」、と。
しかし、こう発言したからといって、結局のところ、現政権の恩義を受ける諜報当局幹部たち
が今後トランプ・ポンペオ組の主張に沿うよう判断を微調整しないと言い切ることはできない。

ブッシュ政権下のCIAの副長官で、後に長官代行も務めた上記のジョン・マクラフリン氏は
語る。われわれは、目下、約20年前にイラクに起こったことが再びくり返されるのを目撃
しつつある、と。
「私が思い起こすのは、CIAとブッシュ政権内のあるグループとの間に持ち上がった言い
争いです。フセインとアルカイダの間に軍事行動上の協力関係があったかどうかの問題
でした」。
「彼らはCIAに何度も確認してきました。そして、われわれは彼らの元にうかがい、言った
ものです、『むろん、そのようなものは存在しません』と」。

このトランプ・ポンペオ組と諜報当局との間の綱引きは、大統領と「ディープ・ステート」
との3年以上にわたる争闘の中の短期的なこぜり合いの一つに終わるものなのか、それとも、
やがては米中間の深刻な危機にまで発展するものなのか-----現時点では、はっきりした
ことは言えない。
あいにくなことに、この1月と2月、諜報当局は、コロナウイルスが米国におよぼす脅威と
安全保障上の問題について、トランプ大統領にくり返しはっきりと注意を喚起していた。
すでにその前にも、中国自身と世界保健機関(WHO)が、目下武漢で起こっている事態が
世界に広がる可能性があるとの警告を発していた。
ところが、3月いっぱいまで、トランプ大統領は事態の深刻さをさとっていなかった、
あるいは、意図的に過小評価したのである。

もしトランプ大統領が諜報当局を自分の敵とみなす性向を持っていなかったならば、
新型コロナウイルスに当初からもっと注意を払っていたかもしれない。そして、そうして
いたら、まちがいなく米国の死亡者数は今よりずっと少なくなっていたであろう。また、
自分の職務怠慢を何としてでもごまかすために、大統領執務室にこもって、言語道断の
言い訳をひねり出す必要はなかったであろう。

コロナ禍が終息してからふり返ってみれば、イラク戦争などは「古き良き時代」と感じられる
ことになるのかもしれない。


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[その他の訳注・補足など]


書き手のボブ・ドレイファス(ちなみに、ボブは略称で、正式にはロバート・ドレイファス)
氏については、末尾に紹介文がありますので、参考までに訳しておきます。

「ボブ・ドレイファスは、調査報道を得意とするジャーナリストで、『トムディスパッチ・コム』
の常連寄稿者。『ネーション』誌の編集協力者でもあり、また、『ローリング・ストーン』誌、
『マザー・ジョーンズ』誌、『アメリカン・プロスペクト』誌、『ニュー・リパブリック』誌、等々、
数多くのメディアに文章を発表している。著書に『悪魔のゲーム: 米国がいかにイスラム
原理主義者の興隆に手を貸したか』がある」



文中の
「その翌年、諜報機関に関するベテラン記者のジェイムズ・バムフォードは『戦争の口実』
なる著作を刊行し、これらの経緯のいっさいを克明に明かした」
について。

このジェイムズ・バムフォード氏の『戦争の口実』(原題は A Pretext for War)はまだ邦訳は
出ていないようですね。
同氏の他の著書の『全ては傍受されている--米国国家安全保障局の正体』(角川書店)は
出ていますが。

マイケル・ハドソン氏の著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』は、最初に米国で出版された
時、日本でも邦訳の動きはあったものの、アメリカが日本に外交的圧力をかけたため、
日本の出版元はアメリカの神経を逆なでしないよう、出版から手を引くことになったと
言われています(くわしくはネットで検索してみてください)。
ジェイムズ・バムフォード氏の『戦争の口実』もいまだ邦訳が出ないのはそういう圧力が
あったのでは、と勘ぐりたくなります。
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覇権: 地球上の至高の法

2020年03月27日 | 国際政治

今回もごく短いコラムで勘弁してもらいます。

今、世界をおおっているコロナウイルスに関する文章を取り上げたいと思っていたのですが、なにしろ事態の展開が早すぎます。
訳出に手間取っている間に、その内容がピント外れのものになりそうなので、断念して通常運行とさせていただきます。

今回は、世界を統べる支配的原理、「覇権」について。
アメリカといえば「自由と民主主義の国」というイメージを持っている人に、「これがアメリカの正体です」と言って読ませたい文章です(笑)


原題は
Hegemony: the Supreme Law of the Planet
(覇権: 地球上の至高の法)

書き手は、Ali Khan(アリ・カーン)氏。
同氏は、記事末尾の筆者紹介文によると、公民権と自由の擁護に特に力をそそぐ法律事務所『リーガル・スカラー・アカデミー』の創設者。


文章の初出は『カウンターパンチ』誌。

原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/01/10/hegemony-the-supreme-law-of-the-planet/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年1月10日

Hegemony: the Supreme Law of the Planet
覇権: 地球上の至高の法


by L. Ali Khan
アリ・カーン




1970年に、トーマス・フランク教授は「誰が第2条4項を殺したのか」と問うた。
同教授とは、私はニューヨーク大学・ロー・スクールで国際法をともに学んだ間柄である。

国連憲章の光彩陸離たる文言として有名な第2条4項はこう宣言している。
「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」
1945年に発効した国連憲章は、武力による威嚇や武力の行使のない未来を夢見た。民主制国家、神政国家、君主制国家、あるいは共産主義国家、資本主義国家のいずれであろうと、また、富める国、貧しい国、弱小国、強国のいずれであろうと、すべての国がお互いに敬意を払いつつ共存する、そういう世界を思い描いたのである。

国連憲章の発布からまだ4半世紀しかすぎていなかった1970年においては、第2条4項を「誰が殺したか」よりも、それが「死んだ」という見方の方がはるかに興味深い問題であった。
フランク教授の論にしたがえば、第2条4項が「死んだ」のは、(武力による威嚇や武力の行使の)禁止条項を大部分の国が守らないためであった。法において、ある規定が「死ぬ」のは、その遵守が広くないがしろにされるためであり、この現象は専門的には「desuetude(廃用)」と呼ばれる。

2020年になると、第2条4項の「死亡」はほぼ誰の目にも議論の余地がないものとなった。
そして、代わりに「覇権」という名の法が地球上の最高法規として厳然と君臨するに至った。啓蒙、理性、倫理、宗教的忠誠、立憲主義、等々の崇高なひびきを持つ概念は打ち捨てられた。第2条4項は「覇権」の概念とは相容れない。
今や、「覇権」の法が、その履行の程度や頻度はさまざまではあるが、国際関係を決定づけている。すでに何年にもわたって、覇権国は武力侵攻や土地占領、空爆、ドローン攻撃、暗殺、等を通じてその意思を知らしめ、弱小国の主権、領土、政治的独立を公然とおびやかしている。

弱小国は、自分たちの政治的独立と領土の不可侵を第2条4項が約束してくれるがゆえに、その履行を希求する。覇権国は、しかし、それにはあまり関心をはらわない。おのれの現在の優位性と弱小国との捕食関係を維持したいという思わくの障害となるからである。

「覇権」の法は決して大ざっぱなものではない。さまざまなニュアンスを蔵している。
たとえば、覇権国同士はめったにろこつな武力にうったえない。いわゆる「相互確証破壊」なる概念が、彼らに自己破壊よりも自己保存の道を選ばせるのである。結果として、彼らは仮に争闘する必要があったとしても、直接的なやり方ではそうしない。相手国の思わくと兵器群を見極めるべく、弱小国を戦いの舞台とするのだ。弱小国は、多くの場合、自己保身の必要から覇権国の指図に屈してしまう。こうして、覇権国は各所に「飛び地」を作り、おのれの優位性をいっそう強固にする。

アメリカは突出した経済力と軍事力を有する、超「覇権国」である。「覇権国」の名に値する他の2つの国-----ロシアと中国-----をはるかにしのぐ強大さである。NATOは米国の「飛び地」と言えよう。米国はもっとも成功した「覇権国」として、自分の言うことを聞かない国に対し、多種多様な経済制裁をくわえる。米国に歯向かう国は武力攻撃の対象となる。欧州、アフリカ、アジア、南米の国々の大半は、いやいやながら、米国の「覇権」の前に膝を屈する。

イスラエルも米国の後ろ盾の下に、中東における「地域覇権国」としてふるまっている。インドはこの「地域覇権国」の地位を得たがっているが、中国とパキスタンによってその野望を阻まれている。

「覇権」の法においては、勝利という概念はきわめて重要ではあるが決定的なものではない。「覇権」の中核的な目的は武力による威嚇やその行使を通じての支配である。勝利はあいまいでとらえどころがないが、破壊は確実な感触を伝える。
たとえば、アメリカが勝利したかどうかは別にして、アフガニスタンやイラク、シリア、リビアなどにおける惨状は、アメリカが言うことを聞かぬ国に対していかに甚大なダメージをおよぼし得るかを世界に知らしめる。アメリカはアフガニスタンで勝利できなかったなどと論ずるのは「覇権」の論理をとらえ切れていない。

「覇権」には強い中毒性がある。
たとえば、大統領選挙戦の最中、候補者たちは米国がかかわる戦争を論難する。ところが、自分がいったん大統領になると、ホワイトハウスに腰を落ち着けて幾日も経たないうちに自分を納得させることになる。国際法よりもむしろあからさまな武力行使が「覇権」の要諦である、と。
ハーバード大学で法律を学んだオバマ大統領であろうと、ニューヨークの不動産屋であったトランプ大統領であろうと、いずれも空爆や暗殺作戦をたびたび実行し、米国が非情な覇者であり得ることを世界に再認識させつつ、舌なめずりして「覇権」を賞味した。

一般人の辛苦に対する無関心は「覇権」の一構成要素である。
1996年に国務長官のマデレーン・オルブライト女史は、全国的なテレビ番組の中で、経済制裁により約50万のイラクの子供たちが命を落としたとされる件について問われた時、ぼそぼそと「思うに、(経済制裁には)それだけの価値がありました」と述べた。
また、ブッシュ大統領は破壊の中にユーモアを見出して、こう語っている。「私が行動を起こすとすれば、200万ドルのミサイルを10ドルの無人テントにぶち込んで、ラクダの尻に命中させるといったようなことにはならない。決定的な結末をもたらすことになるだろう」。
米国の大統領がゴルフを満喫している時、米国の標的とされた国の人々は命を落としたり、負傷したり、あるいは食うものに困り、住む家をうしなったりするのだ。

しかしながら、「覇権」が呑み込めないことは、間断ない支配に抗しようとする人間の無尽の意志である。
第2条4項は「死んだ」。しかし、人間の意志は滅びてはいない。歴史をふり返ってみればよい。奴隷制は崩壊した。植民地主義も地をはらった。南アフリカのアパルトヘイト(人種差別政策)も終結した。ソビエト連邦は瓦解した。パレスチナ、カシミール、ウィグル、イラン、キューバ、ベネズエラその他の人々は「覇権」にあらがう姿勢をきっぱりと示している。
「覇権」に抵抗することの代価はすさまじい。「覇権」の残虐性を語る物語は胸の痛む文学作品へと結晶している。しかし、夜が終わる時-----たしかに長い長い夜ではあるが-----、朝が姿を現してくる、抵抗という名の新芽から。


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[余談など]
■文中の
「 ~ 相手国の思わくと兵器群を見極めるべく、弱小国を戦いの舞台とするのだ。」
について。

これは、つまり、仮にアメリカが中国と交戦する場合、日本が戦いの舞台になるということですね。

筆者の言い方を借りると、日本はアメリカの「飛び地」ということで、中国に対する橋頭保であり、前線である役割を担わされています。



また、「地域覇権国」と言えば、ふり返ると、日本はアジアの「覇権国」としての地位を確立しようとしてアメリカその他と対立し、太平洋戦争を戦ったのでした。


■文中の
「覇権」の法においては、勝利という概念はきわめて重要ではあるが決定的なものではない。~ 」以下
について。

これは恐ろしい指摘です。
アメリカは戦争に勝てなくてもかまわない。「覇権」の目的は戦争に勝てなくても達せられるのです。勝利という名目よりも「覇権」の実を取る。
ということであれば、今後もアメリカは戦争に勝利できなくても他国に対する武力攻撃その他をやめないということです。
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