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気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

アメリカが国際法にとどめを刺す恐れ

2024年12月28日 | 国際政治

中国やロシアなどを非難する際、アメリカはしばしば「法と秩序」という言葉を
持ち出します。自分たちは「法と秩序」をひどく尊重していると言わんばかりです
が、まったくお笑いです。
今回の文章は、「法と秩序」など意に介さないアメリカの帝国主義的側面、大国の
横暴にふれた数ある文章の中のほんの一例。

原文のタイトルはそのまま、
US Could Deal Death Blow to International Law
(アメリカが国際法にとどめを刺す恐れ)

書き手は Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)氏。
この方については末尾の[訳注、補足、余談など]を参照。

原文サイトはこちら
https://consortiumnews.com/2024/12/02/us-could-deal-death-blow-to-international-law/


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US Could Deal Death Blow to International Law
アメリカが国際法にとどめを刺す恐れ



2024年12月2日

イスラエル政府当局者がICC(国際刑事裁判所)によって逮捕された場合、
アメリカ政府は2003年の「ハーグ侵攻法」に基づき、その奪還を目指して
ハーグに侵攻する可能性あり、とマージョリー・コーン氏。


Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)

初出: 『トゥルースアウト』


ICC(国際刑事裁判所)が驚くべき挙に出た。イスラエル首相のベンヤミン・
ネタニヤフ氏と前国防相のヨアヴ・ガラント氏に対し、戦争犯罪と人道に対する
罪のかどで逮捕令状を発行したのである。これは画期的な出来事と言える。
イスラエルはこれまで何年間もおとがめなしであったが、ガザでの大量殺戮が契機
となって、ついにその報いを受けることになった。

ネタニヤフ首相とガラント前国防相に対する今回の告発はきわめて重要な意味を
持つ。パレスチナの人々への犯罪行為に関して、イスラエル政府当局者にICCが
逮捕状を出したのはこれが初めて。また、ICCがアフリカ大陸出身者以外の人間に
逮捕状を出したのは、その22年にわたる歴史の中で、これがようやく2度目になる。

パレスチナの人権団体である『アルハク』や『アルメザン人権センター』、
『パレスチナ人権センター』は以下のように述べている。ICCの今回の決定は
「イスラエルの無罪放免に抗する闘争の上で、歴史的、画期的なものです。これ
までパレスチナの人々は社会的正義を拒まれてき、大量虐殺をともなった入植者
植民地主義(末尾の訳注・1)のアパルトヘイト体制の下で、何十年も抑圧されて
きました」。

[ICC所長は月曜、同裁判所に対し「おぞましい」振る舞いに出たとして米露両政府
を非難した。

「本裁判所は、国連安全保障理事会の別の常任理事国[アメリカ]から、あたかも
こちらがテロ組織であるかのごとく、厳しい経済制裁をちらつかせられています」。
こう同裁判所所長の赤根智子氏は語った]

[ICCの弱体化を図ってきたアメリカ]

アメリカは、ICCが2002年にその活動を正式に開始する前からでさえ、緊張を
はらんだ関係にあった。クリントン大統領は退任間近にICC創設のためのローマ
規定に署名した際、以下のように述べている。

「国際刑事裁判所は、しかるべき組成と構築を経るならば、世界各地のきわめて
深刻な人権侵害を阻止するのに多大な貢献をはたすでしょう。今回の署名は、
これらの目標を今後長い間追求するにあたり、他の政府と実りある議論を交わす
機会を増やすことになると私は信じています」と。

ところが、クリントン大統領は、後任のジョージ・ブッシュ氏に対しては、この
ローマ規定を批准に向けて助言と同意を求めるべく上院にまわすことはひかえる
よう勧めたのである。ブッシュ大統領はさらに踏み込んだ。これまで例のないこと
に、国益を考慮して当の規定の署名自体を取り消したのである。以来、アメリカは
一貫してICCの弱体化を図ってきた。

2003年になると、米国議会とブッシュ大統領は「米国軍人保護法」(末尾の訳注・2)
を成立させた。通称は「ハーグ侵攻法」である。この法に従えば、仮にアメリカ
国籍または同盟国国籍を有する人間がICCによってその本拠のオランダのハーグに
拘留された場合、米軍は武力を用いて彼らを解放することができる。このことは、
アメリカの親密な同盟国であるイスラエルの人間にも当てはまるとされる。

ブッシュ政権は、ローマ規定に署名した100ヶ国に上る国々に対して、実質上脅しを
かけた。ICCにアメリカ国籍の人間を引き渡さないとの二国間免責協定を結ぶよう
強く求めたのである ----- いやなら援助はストップすると言って。

上院院内総務のジョン・スーン議員は、イスラエル当局者を起訴しようとするICC
の検察官に対して制裁措置を課する超党派的な法案を提出した。この案の下院版
には42名の民主党議員が賛成票を投じている。

また、トランプ氏は、前回の大統領任期中に、ICCの検察官に対して報復措置を
講じている。彼らがイスラエルの指導者たちの調査、また、アフガニスタンに
おける戦争犯罪の件でアメリカの政府当局者の調査に乗り出したからである。この
措置は2021年にバイデン大統領によって撤回されたが、同大統領は、イスラエル
および米国の人員に関して「裁判管轄権を主張しようとするICCの試みにはこれまで
通り反対する」と述べた。

バイデン政権はこのネタニヤフ、ガラント両氏へのICCの告発を非難した(ちなみ
に、同政権は2023年の10月7日以来、イスラエルに軍事援助として少なくとも179億
ドル(訳注: 日本円で約2兆7000億円)を供与している)。米国家安全保障会議の
広報官は声明で、ICCはイスラエルに関して何ら裁判管轄権を有しておらず、米国は
イスラエルと協議して「今後の措置」を検討中であり、「米国は、イスラエルの
幹部当局者への逮捕令状の発行というICCの決定を根本的に拒絶する」と述べた。

アメリカのトップ指導者たちは、ローマ規定によれば、イスラエルに軍事支援と
外交的釈明を提供したことでその戦争犯罪と人道に対する罪をほう助したことに
なり、やはり起訴される恐れがある。しかし、ICCがそこまで踏み込むことはない
と見られている。

イスラエル当局者が逮捕された場合、アメリカ政府ははたしてハーグに軍を差し
向け、当該人物を奪還する挙に出て、国際正義を踏みにじる存在となるのだろうか。
トム・コットン上院議員(共和党・アーカンソー州選出)は、今回の逮捕状発行に
ふれて、上記「ハーグ侵攻法」を引き合いに出し、こう警告した。「ICCの検察官
およびこれら不埒な逮捕状の要求に従おうとするすべての人間に災いあれ」。
そして、付言して「彼らに老婆心から言わせていただく。ICCに係わるわが国の
法は『ハーグ侵攻法』と呼ばれている。だてや酔狂でそう呼ばれているわけでは
ない。そのことをとくと考えてみるがよかろう」、と。

[民間人に対する戦争犯罪]

さる11月21日 ----- 4万4000人超のパレスチナ人を殺害したイスラエルの大規模な
軍事作戦が始まってから441日目に当たる ----- 、ICCの予審裁判部・1は、以下の
事項について信ずべき正当な根拠を得たと発表した。すなわち、ネタニヤフ首相と
ガラント前国防相が、戦争の一手法として飢餓を利用した戦争犯罪における共同
正犯であること。これが行われたのは遅くとも2023年の10月8日から早くとも2024年
の5月20日であること、である。この後者の2024年の5月20日に、同裁判所の検察
当局は逮捕状発行の申請書を提出している。

予審裁判部・1の「信ずべき正当な根拠を得た」対象の事由とは、ネタニヤフ首相
とガラント前国防相が「ガザの一般市民から生存に不可欠なもの、つまり、食物、
水、医薬品・医療用品、燃料、電気などの供給を意図的にカットした」ことである。
同裁判部はネタニヤフ、ガラント両氏が「国際人道法に反する、人道支援活動の
妨害」にはたした役割、「および、利用できるあらゆる手段を通じた、支援活動
円滑化の放棄」について特に言及している。

加えて、この二人による人道支援の許可や拡大の決定は、国際人道法における
「イスラエルの義務をはたすため、もしくは、ガザの一般市民に対する必要物資の
十分な供給を確実ならしめるためになされたものではなかった」 ----- そう同
裁判部は結論する。「むしろ、国際社会の圧力あるいはアメリカ政府の要請に
応えたものにすぎない」、と。

同裁判部はまた、ネタニヤフ、ガラント両氏が、民間人への意図的な攻撃を指示
するという戦争犯罪に関し、文民上位者(末尾の訳注・3)として刑事責任を有する
と「信ずべき正当な根拠を得た」とも述べている。

[人道に対する罪]

同裁判部が同じく「信ずべき正当な根拠を得た」対象の事由は、ネタニヤフ、
ガラント両氏が、上記の期間において、殺人、迫害、その他非人道的な行為など
の「人道に対する罪」に関して共同正犯だということである。

「食べ物や水、電気、燃料、また、特定の医薬品などの欠如によって、ガザの一般
市民人口の一部を壊滅させることをねらった状況が創り出されました。その結果が、
栄養失調や脱水症による子供たちをふくめた民間人の死です」と同裁判部。
かくして、「これらの犠牲者が生じたという点で、殺人という『人道に対する罪』
が実行されたと『信ずべき正当な根拠』が存在します」。

加うるに、「医療用品や医薬品のガザへの搬入を意図的に制限または阻止したこと
により、この両人は、医療措置の必要な人々に非人道的な形で大きな苦しみを
与えたという点で責任を負っています」とも同裁判部は述べる。「このような施策は
『人道に対する罪』の『その他非人道的な行為』に該当します」。

同裁判部はまた、「信ずべき正当な根拠を得た」とする対象事由として、
ネタニヤフ、ガラント両氏の手法が「ガザの相当な割合の一般市民から生命と健康
に関する権利を始めとする基本的な権利を奪ったこと、および、それら一般市民が
標的とされたのは政治上あるいは民族上の理由からであったこと」を挙げている。
したがって、これらは「人道に対する罪」の「迫害」に当たると同裁判部は結論
づける。

[逮捕状発行を非難するネタニヤフ首相]

逮捕状に対するネタニヤフ首相の非難は速やかで強いものだった。首相はICCの
逮捕状発行の決定を「一つの目標を持つ反ユダヤ主義的な動き、すなわち、
われわれを壊滅しようとする敵側からわれわれ自身を防衛するための当然の権利
の行使を私から、われわれから、阻むための振る舞いである」と述べた。また、
ICCが「偏った見方をしている」と難じ、その告発は「架空の犯罪行為」に対して
のものであって、「馬鹿げている」し、「歪められた」ものであるとも語った。
さらには「これは道徳の破綻である」、それは「残虐なテロ行為からわれわれ自身
を守る、民主主義の当然の権利」を損なうことになる、と付言した。

自己防衛というイスラエルの主張はまやかしである。国際司法裁判所(ICJ)は、
2004年の「パレスチナ占領地域における壁の建設の法的帰結」に関する勧告的意見
において、イスラエル・パレスチナ占領地域間の状況に徴し、国連憲章第51条の
自衛権は適用されないとの見方を確立している。

それどころか、ジュネーブ第4条約によれば、イスラエルは占領国として占領地域の
パレスチナ人を保護する責務を負っている。それに、反ユダヤ主義を増進させて
いるのは、イスラエル自身の行った大量虐殺的な軍事行動であって、ICCの逮捕状
ではない。大量虐殺への広範な反対の声は反ユダヤ主義に基づいているのではなく、
イスラエルがパレスチナの人々に働いている非道残虐な行為への強い嫌悪から
である。

パレスチナの状況に関してICCは裁判管轄権を有しないとするイスラエルの主張を
上記予審裁判部はしりぞける。イスラエルがローマ規定に署名していないという
事実はICCの裁判管轄権を妨げるものではないというのが同裁判部の結論である。
国家としてのパレスチナは2015年以来ローマ規定の締約国であった。そこで、ICCは
2021年2月の決定事項を引き合いに出す。その中で、同裁判部は、ICCがパレスチナ
の状況に関し刑事裁判権を行使できること、また、この裁判権の地理的適用範囲は
東エルサレムをふくめガザ地区およびヨルダン川西岸地区におよぶこと、にふれて
いる。

[ローマ規定署名国の義務]

さて、今や、124ヶ国に上るローマ規定の署名国は、ネタニヤフ首相やガラント氏
が自国に足を踏み入れた場合、彼らを逮捕し、ICC本部に移送するという法的義務を
負うことになった。複数の署名国 ----- たとえばカナダ、イタリア、イギリス、
ベルギー、オランダ等々 ----- がこの法的義務に従う意向を明らかにしている。

「ローマ規定に署名した国々はICCの決定を実行に移す義務がある。それは任意的
なものではない」。こう、EU外務・安全保障政策上級代表を務めるジョセップ・
ボレル氏は、キプロスで開かれたイスラエルとパレスチナの平和活動家の集会に
おいて語った。

しかし、いかなる国がネタニヤフ首相やガラント氏をハーグに送還しようとも、
アメリカが奪還を企てて軍を派遣するという手に出る可能性は十分あるのだ。


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[訳注、補足、余談など]

■訳注・1
ここの「入植者植民地主義の ~ 」の原語は settler-colonial。
この名詞形の settler-colonialism は「入植者植民地主義」という訳語の他に、
「定住型植民地主義」、「セトラー・コロニアリズム」とも呼ばれています。
これは、当該地域への入植者・移住者が先住民を排除し、その社会や構造を
置き換える形での植民地主義のこととされています。

■訳注・2
取りあえず「米国軍人保護法」と訳したこの言葉の元の表現は American
Service-Members’ Protection Act です。しかし、この言葉をグーグル検索で
調べても日本語のサイトは見当たりませんでした。
通称としての「ハーグ侵攻法」という日本語で検索すると、いくつかヒット
しますが、日本の大手メディアのサイトは登場しません。多くが個人のブログです。
つまり、アメリカ政府があまり大々的に取り上げてほしくないこの法については、
日本の大手メディアも言及しようとしないのです。
こんなことはしょっちゅうなので、あまり驚きませんが。

■訳注・3
ここの「文民上位者」の原語は civilian superiors 。ネットで検索しても日本語の
訳語は見つけられなかったので、仮の訳語です。

■書き手の Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)氏は、
トマス・ジェファーソン・スクール・オブ・ローの名誉教授、
ピープルズ・アカデミー・オブ・インターナショナル・ローの代表、
ナショナル・ローヤーズ・ギルドの元会長、
ベテランズ・フォー・ピース(平和を求める元軍人の会)とアサンジ・
ディフェンスにおける全国諮問委員会のメンバー、
アソシエーション・オブ・アメリカン・ジュリストの大陸諮問委員会の米国代表
であり、著作としては、『Drones and Targeted Killing: Legal, Moral and
Geopolitical Issues』(ドローン攻撃と標的殺害: 法的・道徳的・地政学的問題)など
があるそうです。

こういう風に著名な方らしいのですが、アメリカ政府に批判的な文章をよく書く
人物の場合よくあるように、日本の大手メディアでは、この方の名前はまず
引き合いに出されないようです。

■ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、ご遠慮
なくご指摘ください。

なお、訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません。
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戒厳令に至った韓国の騒乱の主因

2024年12月07日 | 国際政治

原文のタイトルは
South Korea’s 6-Hour Martial Law
(韓国の6時間の戒厳令)

書き手は Kiji Noh 氏。日本語の表記はわかりませんでした。
すでに政治評論家、コメンテーターとして著名な方であるらしい。

原文サイトはこちら
https://consortiumnews.com/2024/12/03/south-koreas-6-hour-martial-law/


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South Korea’s 6-Hour Martial Law
韓国の6時間の戒厳令


2024年12月3日

ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は権力を失うことを恐れている。が、より
重要なことは、アメリカ政府がそういう事態を許すことができないということだ。
彼は中国に対抗するアジアの軍事体制の要となる人物だからである、と Kiji Noh氏。


Kiji Noh

コンソーシアム・ニュースへの特別寄稿


韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は火曜、戒厳令を発令し、同国の議会
活動を一時停止すると共に、国会議事堂の前に多数の警官を配備して議員たちの
入場を阻止した。

が、しかし、約6時間後にはそれを解除した。

先に、大統領は国民に向けて、戒厳令の宣布は「北朝鮮の共産主義勢力による
脅威から自由主義体制の韓国を守ると共に、反国家的勢力を排除するため」
であったと述べていた。

「反国家的勢力をできるかぎり速やかに排除することによって国を正常な状態に
戻すつもりである」と。

しかし、同国の議員全員は、戒厳令による議員活動の停止命令にもかかわらず、
その解除要求決議案を同日中に可決し、結局、大統領はそれに従う形となった。

今回の大統領の振る舞いと言説は同国の軍事独裁政権の過去をふたたび想起させる
ことになった。用いる言い回しや正当化事由はまったく同じものなのである。

大統領が戒厳令を発する兆しはすでに一度ならずあった。同大統領を弾劾しよう
とする国民の気運は高まりつつあったからだ。

国民は大統領の権力濫用やその妻の不道徳的行い、米国の地政学的利益のために
自国の主権や経済的厚生を犠牲にするやり方などに不満を抱いていた。

とりわけ韓国国民の不満を爆発させる引き金となったのは、同大統領が、中国との
戦争を視野に入れた正式な軍事同盟を通じ、韓国の軍を以前の宗主国である日本
の軍と緊密に結びつけようとしたことであった。これはまた、このきわめて密接な
同盟を円滑なものにすべく、歴史的事実をはなはだしく修正したり抹消したりする
動きをともなった。

先週には市民10万人が街頭に繰り出し、大統領の即時辞任を求めた ----- 欧米の
メディアはまったくこれに触れなかったが。この大規模な抗議行動が、短命で
終わったとはいえ戒厳令を生じさせた一因であることは、いまだに欧米の主流派
メディアではほとんど指摘されていない。

ユン・ソンニョル大統領は権力を失うことを恐れている。が、より重要なことは、
アメリカ政府がそういう事態を許すことができないということだ。中国との戦い
に備えて同盟関係、協定、アジアにおける軍備体制等々を支えるのに彼は欠かせない
人間なのである。

もしユン・ソンニョル大統領がいなくなれば、いわば橋頭堡が失われてしまう。
韓国はアメリカの貴重な代理人 ----- 当該地域における最大の軍事力(50万の
現役兵と310万の予備兵)を保持する代理人----- だからである。この途方もない
兵力が、いったんアメリカ政府が戦争を決意するやいなや、ただちに米軍の指揮
下に入ることになる。

韓国史上もっとも僅差(0.7ポイント)で大統領選に勝利したユン・ソンニョル氏は
米国政府の助言を受けていた。米国政府が支持した理由は同氏が韓国版「インド
太平洋戦略」を遂行すると約束したからに他ならない。これは米国の「インド
太平洋戦略」の敷き写しで、中国を包囲、打倒するための、好戦的で、段階的な
拡大を念頭に置いた、軍隊混成型の戦略である。

ユン・ソンニョル氏が大統領に決まった際、ワシントン界隈ではシャンペンの
コルク栓が飛び交った。仮に同氏が政権の座を維持するために戒厳令を利用した
のだとしても米国政府は目をつぶったであろう ----- ちょうどパク・チョンヒ
(朴正熙)大統領、チョン・ドゥファン(全斗煥)大統領の治下で何十年もそう
したように。賭けられたものは非常に大きいのだ。

ただし、ユン・ソンニョル氏は、これまでの保守系党首のパク・チョンヒ、
チョン・ドゥファン、ノ・テウ氏らと違って、将軍の経歴は有していない。それ
どころか、徴兵忌避者であり、普通なら政治的キャリアは閉ざされているところ
である。

にもかかわらず同氏がもっとも高い公職につくことができたという事実は、尋常
でなく強力な因子 ----- 国家安全保障に重きを置くアメリカ政府のような存在
----- が作用したことを示唆している。

案の定、米国のメディアは同氏に華やかで目立つ舞台を提供した。たとえば、
世界でもっとも影響力のあるメディアの場、すなわち『フォリン・アフェアーズ』
誌の表紙記事に同氏を登場させた。その中で同氏はアメリカの政策に対する忠誠を
語っている。

剣呑な、暗い時代が待ち受けている。とりわけ韓国の人々が(これまで常にそう
であったように)敢然と立ち上がり、それに対してユン・ソンニョル大統領が軍と
警察を使って大規模な弾圧に乗り出したならば。


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[感想、余談など]

本文中の、たとえば、

「とりわけ韓国国民の不満を爆発させる引き金となったのは、同大統領が、
中国との戦争を視野に入れた正式な軍事同盟を通じ、韓国の軍を以前の宗主国
である日本の軍と緊密に結びつけようとしたことであった。これはまた、この
きわめて密接な同盟を円滑なものにすべく、歴史的事実をはなはだしく修正
したり抹消したりする動きをともなった」

などの指摘は興味深い。
要するに、ユン・ソンニョル大統領が日本にすり寄りすぎたから韓国国民の
不満が爆発したということです。

今回の文章のその他の指摘も、アメリカ政府、そしてその子分たる日本政府
にとっては不都合なものでしょう。
したがって、日本の大手メディアがこういう見方を紹介するのはあまりないもの
と思われます。
だからこそ、今回ここで取り上げてみました。
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BRICSの台頭とアメリカの相対的影響力の低下

2024年11月28日 | 国際政治

今回の原文のタイトルは
Everybody Wants to Join BRICS
(誰もがBRICS首脳会議に加わりたがる)

書き手は Eve Ottenberg(イヴ・オッテンバーグ)氏。

同氏は、この文章の原文サイトの末尾で、小説家、ジャーナリストと紹介
されています。小説の最新刊は『Booby Prize』。

原文はこちら
https://www.counterpunch.org/2024/11/08/everybody-wants-to-join-brics/


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Everybody Wants to Join BRICS
(誰もがBRICS首脳会議に加わりたがる)


イヴ・オッテンバーグ
2024年11月8日


つい先ごろロシアのカザンで開かれたBRICS首脳会議で鮮明になったことが一つ
あるとしたら、それは、もし世界を「西側」と「それ以外の国々」に分けた場合、
「それ以外の国々」の方がはるかにでかいこと、そして、彼らが欧米の寡頭支配
体制からまったく仲間外れにされていることである。「それ以外の国々」の大半
はまた、BRICSに参加したがっている。結局のところ、それは好ましい取り引き
である。アメリカのような横暴なボスによって自国の問題に口出しされること
なく、経済的および政治的なつながりを強化し、まっとうな経済政策を採用
することのできる一つの行き方だからである。どうしてこれを嫌うことがありえ
ようか。ヨーロッパは目下、ビスマルクの金言を忘れ去っている。政治的な成功
の秘訣はロシアとの賢明な条約の締結だ、と。ところが、米国政府関係者の中で
この金言を知っている者はおらず、何世代も前の、ロシア共産主義に関するカビ
の生えた虚言を信じているばかり。欧米のそんなありさまとは対照的に、「それ
以外の国々」の大半はかかる「賢明な」条約の価値を悟っている。それはロシア
との関係だけにとどまらず中国やインドとのそれにも当てはまる。

このカザンでの会合後、BRICSは加盟国が9ヶ国、「パートナー国」が13ヶ国と
なった。いずれの国も多極化を志向している。彼らのもう一つのおもな狙いは、
独立系のニュース・メディア『ジオポリティカル・エコノミー』の10月26日の
文章によると、「人々の声をより反映した、民主的な、欧米列強の意向に左右
されない、新たな経済体制」の構築をうながすことである。言い換えれば、
「グローバル・サウス」はいいかげんIMFや世界銀行による借金地獄の罠に
うんざりしており、 ----- ボリビア大統領ルイス・アルセ氏がカザン会合で
使った表現を借りれば、「ドルの独裁」 ----- からの脱却を容易にする道筋
としてBRICSをとらえている。BRICSがこうした希望を与えるのは、その参加国
全体で世界人口の40%以上、世界の石油生産の30%、そしてまた、世界のGDP
(購買力平価で)の3分の1超を占めるからである(上記『ジオポリティカル・
エコノミー』の概算)。G7(7ヶ国首脳会議)はこれに比してずっと小さい。
すなわち「世界人口の10%未満、世界のGDPの30%未満」である。BRICS諸国は
明らかに世界における欧米の貴族政治にあきあきしている。

BRICSの当初の構成国は5ヶ国 ----- ブラジル、ロシア、インド、中国、そして
南アフリカであった。新たに加わったのはエジプト、エチオピア、イラン、
アラブ首長国連邦の4ヶ国である。そして、最近は13ヶ国の「パートナー国」
を受け入れた。すなわち、アルジェリア、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、
インドネシア、カザフスタン、マレーシア、ナイジェリア、タイ、トルコ、
ウガンダ、ウズベキスタン、ベトナムである。アルゼンチンは中道左派の大統領
アルベルト・フェルナンデス氏の政権下でBRICSへの参加を2023年に表明したが、
その後、反動的なハビエル・ミレイ新大統領がアルゼンチン経済をズタズタに
することに夢中となり(それは驚くべきスピードで成し遂げられた)、すぐさま
BRICSへの参加申請を取り消した。また、サウジアラビアは、明らかに米国政府
からの強い圧力を受けて、参加保留の態度を固く守っている。

BRICSに対するアメリカ政府の拒否感を一言で表すならば、それは「脱ドル化」
ということにつきる。ロシアと中国が主導する形で、BRICSはその参加国と
「パートナー国」の双方に、以前のようにドルではなく地域通貨で取り引きする
ことをうながしている。これは、世界の基軸通貨としてのドルの地位を弱体化
するものだ。それだけでも大変なことだが、その影響は、ここアメリカ -----
キューバのカストロが「帝国の心臓部」と呼んだ地 ----- の国内に限っても深刻
なものとなるかもしれない。ところが、「脱ドル化」に傾いているのはBRICS
諸国だけではない。取り引きにおいて地域通貨を採用する動きは80ヶ国に
見られる。これらの国々の多くはBRICSとさえ関係がない。たとえば、東南
アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国の多くがそうだ。ドルの使用を取り止める
ことは、われわれアメリカ人にとっては非常に残念なことだが、彼らにとっては
国家安全保障上の対策の一環として考えられるようになっている。

「脱ドル化」もそれほどたいしたことではないかもしれない ----- もしバイデン
政権の切れ者の幹部たちがドルをしゃにむに武器として利用しなかったならば。
自分の気に入らない国々に対して大規模な制裁措置を発動したり、欧米の銀行に
蓄えられた外国政府の巨額の金融資産を公然とぶん捕ったりしたおかげで(訳注
・1)、「それ以外の国々」の資産運用担当者は、この「例外的な帝国」(訳注
・2)の、以前には常態であった金融上の覇権にほんの少し懐疑的になっている。
そういうわけで、アメリカ政府のお偉方たちよ、耳を澄ませて聞いてもらいたい。
アメリカはドルに関しては第二次大戦後からずっとこれまで自分に有利な取り引き
を獲得してきた。しかし今やBRICSの台頭、そしてさらに重大なことに、われわれ
自身の浅はかで近視眼的な対外経済政策によって、まさにドルの「終わりの始まり」
(訳注・3)を垣間見る展開となっているのだ。トランプ氏が制裁措置の撤廃を
謳っているのはそれなりに理があることと言えよう。

結局のところ、最近の制裁措置がわれわれにもたらしたのは、当初の意図とは
逆の結果でしかなかったのではないだろうか。ロシアの廉価な原油や天然ガス
に対する欧米の制裁措置は欧州の産業力を削ぐことになった一方で、ロシア政府
は別の国々に買い手を見つけただけであった。バイデン大統領も天然ガスの価格
上昇を抑えるために戦略的石油備蓄を取り崩すほかなかった。これらの価格上昇
(インフレ)は、そもそもロシア関連のあらゆるモノにバイデン大統領が愚かな
制裁措置を課したためにもたらされたのだ(ただし、ウラニウムは制裁措置から
外れている。いやはや、偽善者的アメリカはロシアから狂ったようにそれを
買い入れている)。そうして、これらの制裁や資産凍結の措置のおかげで、世界
全般に善意の気運がうしなわれた。その一方、中国をはじめとする国々はこれら
から教訓を得ることになった。近年の米中関係はいささか険しいものとなって
いたし、一部の中国嫌いで無分別な米国議員たちは台湾をめぐる戦争について
あれこれ議論することを好んでいる。こうした展開がどんな帰結を導くか
わからないほど中国人は間抜けだと思っているのだろうか。米ドルや米国債の
大量保有は巨大なリスクである。つまり、過激な言葉のやり取りがさかんに
行われた後に、ある日突然、青天の霹靂、これらが一種の人質となる恐れがある
----- 実際にミサイルを打ち合う前であっても。もちろん中国の人々はこのことを
理解している。だからこそ彼らは対策を講じつつある ----- BRICS諸国の「脱ドル
化」への漸次移行の推進はそのほんの一例にすぎない。

しかしながら、ドルの基軸通貨としての地位をおびやかす事態は一朝一夕に出来
することはあるまい。外国政府の総「脱ドル化」はまだまだ長い道のりであろう。
であるから、アメリカ政府にはおのれの振る舞いを正し、関係修復をはかる猶予
が与えられているわけである。結局のところ、われわれ米国人は、世界の大半の
国がわれわれの高飛車な態度にキレて、アメリカが70年前に築き上げたこの国際
的な金融体制を打ち捨てることを本当に欲するだろうか。この体制のおかげで、
われわれは身の丈を超えた暮らしを享受できているのである。われわれは本当に
債務返済の時が来るのを望んでいるだろうか。現体制を支配している少数の
エリート政治家集団にとって「債務免除」というのは、その対象が個人であろうと
国家であろうと、聞くもおぞましい言葉であるばかりか、どうしたって起こっては
ならないことである。できうるならば、トランプ大統領が、現時点から「それ以外
の国々」が実際にドルを見捨てるまでの静穏な期間に、これら外国政府のトップら
を説得して ----- 恫喝してではなく -----、ドルを変わらず使い続けるような政策
を推進しますように。そして、そのような政策を、われわれの広範な軍事力に
支えられ、現時点では忘れられている米国の真の外交術とミックスすることだ。
そうすれば、この「例外的な帝国」の住民たるわれわれは、ここまでの数次の政権
がわれわれを引きずり込んでしまった穴から実際に抜け出すことができるかも
しれない。

BRICSが雲散霧消することはまずあるまい。G7も同様だ。また、今のところは
この両者の険悪な関係もすぐには終息しないであろう。だがしかし、事態が変化
する可能性はある。時事ブログの『ムーン・オブ・アラバマ』の10月25日の
書き込みのとおり、「BRICSは長期にわたる企てである」ことを忘れてはならない。
現実的な見方をすれば、過熱した報道にもかかわらず、ドルが取って代わられる
ことはないであろうし、BRICSは軍事同盟とは異なる ----- そう同ブログの創設者
は述べている。上記の『ムーン・オブ・アラバマ』と『ジオポリティカル・
エコノミー』のいずれもが触れていることだが、BRICS関連の展開で真に目をみはる
出来事は、このカザン会合の少し前に起きていた。すなわち、インドが反中国的な
政策を取り下げたことである。これは今までずっとアメリカが育んできた路線
であった。『ムーン・オブ・アラバマ』によると、インドは、「同国をアジアに
おける米国の政策を推進するための手下にしようというそのもくろみを回避した」
のである。

アジア・タイムズ紙は10月24日にこう報じていた。「インドと中国は、この
16番目のBRICS首脳会議の際に、本会議とは別の話し合いで、ヒマラヤ山中の
両国国境地帯の西域における長年のにらみ合い状態を解消する方向で合意した」。
言い換えれば、BRICSは、この核兵器を所有する2国に関し、和平に向けての
大幅な前進を可能にさせたのである。この点だけでも世界中の人々はBRICS首脳
会議に感謝すべきであろう ----- たとえ米国政府がそうしないとしても。

しかし、おそらくもうそろそろワシントン界隈のやり方とは違ったものを試みる
べき時なのであろう。つまりはもう少しばかり謙虚な態度であり、同盟国に膝を
ついて拝謁するよう求めることはないような。世界は変わりつつある。しかし、
米国政府は1991年以降の妄執の中に凍結し、取り残されたままである -----
おのれが唯一、世界の覇者であり、海外のあらゆる事柄にも「俺に従うか
そうでないか、二つに一つだ」と迫るやり方。こういう行き方はどうしたって
もはや維持できない。もうそろそろホワイトハウスの切れ者たちも悟るのでは
ないか ----- 異国に800を超える軍事基地を配置し、それを維持することは無理
な話だ、と。狂気の振る舞いをずっと続けることは不可能である、と。理性が
失地回復する可能性はうしなわれてはいない。「われわれが世界の覇者だ」と
誇るジョー・バイデン氏がワシントンから退場することを願おう。理性がふたたび
頭をもたげるのはまず間違いない。


(訳注・1: (アメリカが)「欧米の銀行に蓄えられた外国政府の巨額の金融資産
を公然とぶん捕ったりした」とは、たとえば、アフガニスタン中央銀行の資産や
ロシア中央銀行の外貨準備を凍結したことなどを指す)

(訳注・2: 「例外的な帝国」の原語は Exceptional Empire。アメリカをこう表現
することは時事英文ではよく見られる。しかし不思議なことに、ネットで検索
しても日本語の解説などが見当たらない)

(訳注・3: 「終わりの始まり」の原語は beginning of the end。慣用的な言い回し
である。英辞郎には「終わりを告げる最初の兆し、終結[結末]の兆し、終焉の
始まり、不幸を予見する兆し」と出ている。ウィストン・チャーチルの演説に由来
する)


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チョムスキー氏語る・9-----ウクライナ侵攻から半年(2022年8月24日)

2022年10月18日 | 国際政治

訳出が遅くて申し訳ありませんが、ウクライナ侵攻からほぼ半年後の状況をめぐる、
チョムスキー氏へのインタビューの文章です。

タイトルは
Chomsky: Six Months Into War, Diplomatic Settlement in Ukraine Is Still Possible
(チョムスキー氏語る: ウクライナ侵攻から半年、外交的解決はなお可能)

インタビューの聞き手は C.J. Polychroniou(C・J・ポリクロニオ)氏。


原文はこちら
https://truthout.org/articles/chomsky-six-months-into-war-diplomatic-settlement-in-ukraine-is-still-possible/


(ネットでの可読性の低さを考慮し、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、
ひんぱんに改行をおこなった)


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Chomsky: Six Months Into War, Diplomatic Settlement in Ukraine Is Still Possible
チョムスキー氏語る: ウクライナ侵攻から半年、外交的解決はなお可能



C・J・ポリクロニオによるインタビュー、『トゥルースアウト』誌

2022年8月24日


(『トゥルースアウト』誌による前文)

ウクライナにおける戦闘は勢いの衰えをいまだ見せない。この悲劇が幕を閉じる気配は
いまだうかがえない。一方、目下の状況がこれからもずっと変わらないままであると
いうこともやはり想像しがたい。この戦争はロシア軍のおどろくべき脆弱さを明らかに
した。また、ウクライナ側の頑強な抵抗は軍事専門家でさえ予想外のことであった。
いずれにしろ、はっきりしているのは、本サイトの独占インタビューでチョムスキー氏が
特に指摘しているように、ウクライナにおいて米国が「代理」戦争を遂行していること
である。そのおかげで、ロシアの軍事作戦策定者は大きな成果をあげることがきわめて
難しくなっている。
侵攻の当初から、チョムスキー氏は、この問題をめぐる発言者の中でもっとも重要な存在
としての地位を築いている。同氏は、ロシアの侵攻を不法な武力攻撃と批判するとともに、
プーチン大統領が隣国への侵攻を決定するにあたっての微妙な政治的、歴史的文脈を解き
ほぐしてみせた。
以下のインタビューで、同氏は、侵攻に対する批判をあらためて口にし、和平交渉を
取りまく状況が「アフガニスタンという罠」をどうしても想起させずにおかないことに
言及するとともに、目下米国で進行中の、一種異様な検閲状況についてもふれた。これは、
ウクライナ戦争に関する歓迎されない意見を組織的に抑圧することでおこなわれている。

チョムスキー氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の言語学と哲学の名誉教授、
アリゾナ大学の言語学栄誉教授、および同大学の『アグネーゼ・ネルムズ・ハウリー環境
・社会的公正プログラム』のファカルティ・チェアである。
世界で突出して引用されることの多い学者の一人であり、何百万もの人々から米国のみ
ならず世界的な財産と見なされている著名な知識人である同氏は、150余の著作をこれまで
上梓している-----その分野は言語学、政治・社会思想、政治経済学、メディア研究、米外交
政策、国際問題、等々と多岐にわたる。
最近の著作は『言葉の秘密』(アンドレア・モロ氏との共著、マサチューセッツ工科大学
出版局、2022年刊)、『撤退: イラク・リビア・アフガニスタン-----米国の脆弱性』
(ヴィジャイ・プラシャド氏との共著、ザ・ニュー・プレス社、2022年刊)、『危機の
瀬戸際: 新自由主義、パンデミック、社会変革の喫緊の必要性』(C・J・ポリクロニオ氏に
よるインタビュー、ヘイマーケット・ブックス社、2021年刊)など。


C・J・ポリクロニオ:
ロシアがウクライナに侵攻してから半年が経過しました。が、戦争が終結する見込みは
まだうかがえません。プーチン大統領の戦略は大きく裏目に出ました。
首都のキエフ(キーウ)の占拠に失敗しただけでなく、西側諸国の結束をあらためて
強化するとともに、フィンランドとスウェーデンが長年の中立の立場を棄ててNATOに
加盟するという結果をまねきました。加えて、大規模な人道的危機とエネルギー価格の
高騰、そして、ロシアの国際的孤立をももたらしました。
危機の当初から、あなたはこの侵攻を武力攻撃という名の犯罪行為と表現し、それを
米国のイラク侵攻、ヒトラーとスターリンのポーランド侵攻になぞらえていました。
もっとも、ロシアの場合は、NATOの東方拡大に脅威を感じていたわけですが。
今もこのようなお考えに変わりはないと存じます。が、もしプーチン大統領が、自分の
始めたこの軍事的バクチが長期化するとわかっていたら侵攻を思いとどまっていたか
どうか、これについてはいかがお考えでしょうか。

ノーム・チョムスキー:
プーチン大統領の心を読み解く試みは小規模な業界を形成するに至っていますね。その中
には、茶葉占いで、ごく少ない茶葉を判断材料に、自信満々の態度で断言する、そういった
風な人々がいます。私も多少の推測はしますが、こういった人々はほかの人々よりきちんと
した証拠に基づいて発言しているわけではありません。ですから、あまり信を置くことは
できません。

私の推測としては、ロシアの諜報機関の判断は、米国政府の発表した予想と同じであった
ろうというものです。つまり、キエフの占領および傀儡政権の樹立はたやすいという見方
です-----現実に起こったような、大失敗をするという見方ではなく。
これも私の推測ですが、もしプーチン大統領がウクライナ国民の抵抗の意志とその能力、
また、自国軍の能力不足についてもっとましな情報を得ていれば、その作戦計画はちがった
ものになっていたでしょう。
たぶん、その作戦計画は事情通の多くの評論家が予想していたものであり、また、ロシアが
目下、代替案として採用するに至っているらしきもの、つまり、クリミアと自国への経路の
より堅固な支配、およびまた、ドンバス地方の併合です。

プーチン大統領は、おそらくは、もっと良質の情報を得ていれば、賢明な対応、つまり、
マクロン大統領の申し出た構想をもっと真剣に検討していたのではないかと思います。これは
戦争を避けられたであろう、交渉による事態収拾の手立てでした。あるいは、ドゴール大統領
やゴルバチョフ大統領がかつて提唱した線に沿った、欧州とロシアの協調に向けた動きに踏み
出していたかもしれません。
私たちが知っているのはただ、これらの提案が一笑に付され、顧みられなかったこと、その
結果、大きな犠牲が生じたこと、そしてその大きな犠牲はとりわけロシアに生じたことです。
プーチン大統領はこれらの提案の代わりに武力侵攻という残虐行為にうったえました。つまり、
米国のイラク侵攻、ヒトラーとスターリンのポーランド侵攻と並ぶ悪行です。

ロシアがNATOの東方拡大に脅威を感じていること、その東方拡大は当時のゴルバチョフ
大統領への確固、明確たる約束に反したものであったこと、この点は、ロシアとおよそ30年
の間、つまり、プーチン大統領の登場のずっと以前からロシアとつきあってきた米外交当局
の高官のほぼ全員が強調しているところです。
その例にはこと欠きませんが、一つだけ挙げると、2008年に、当時、駐ロシア大使であった
ウィリアム・バーンズ氏(現在はCIA長官)は、ブッシュ第43代大統領が無謀にもウクライナ
にNATO加盟をすすめた際、こう警告しています。
「ウクライナのNATO加盟は、ロシアの支配者層(プーチンだけではなく)にとって、レッド
・ライン(越えてはならない一線)の最たるものである」と。さらには、「NATOに加わった
ウクライナはロシアの国益に対する、まさしく直接的な脅威である、そう考えない人間を私は
一人として知らない」とも述べています。同氏は、より一般的に、こう語っています。NATO
の東欧への拡大は「よく言っても時期尚早、悪く言えば『不必要に挑発的』である」。そして、
拡大がウクライナに達した場合は、「プーチン大統領が強力な反撃に打って出ることはまず
まちがいないであろう」と。

バーンズ氏はたんに、1990年代初頭にまでさかのぼり得る、米国政府上層部の人間の共通認識
をあらためて述べているにすぎません。当のブッシュ第43代大統領の下で国防長官をつとめた
ロバート・ゲイツ氏もこう認めています。
「ジョージアとウクライナをNATOに加えようとする試みは明らかに矩をこえている。…
ロシア人が自身の最重要の国益と考えているものを無謀にもいっさい顧みないやり方だ」と。

事情に通じた政府関係者からのこれらの警告は、声高で明確なものでした。しかし、それは
歴代の政権から無視されました。クリントン政権の時代からずっと無視され、今の政権に至る
も同様です。
その事情は、侵攻の背景を精査した、つい先頃のワシントン・ポスト紙の包括的な調査を
伝える記事で確かめることができます。調査を検証したジョージ・ビーブ、アナトール・
リーヴェンの両氏はこう述べています。
「戦争回避をめざすバイデン政権の取り組みはまったく不十分であると見なされています。
ロシアの外相セルゲイ・ラブロフ氏が、侵攻の数週間前に述べたように、ロシアにとって
『すべての鍵は、NATOが東方拡大をしないという保証である』。しかし、このウクライナの
将来のNATO加盟に関し、米国政府が具体的な妥協案の提示を検討したという文言はワシントン
・ポスト紙の記事の中にはまったく見出せません。それどころか、米国務省がすでに認めて
いるように、『米国は、プーチン大統領がたびたび口にする国家安全保障上の重大な懸念の
一つ-----つまり、このウクライナのNATO加盟の可能性-----について、何ら取り組む努力を
しませんでした」。

要するに、さまざまな挑発が最後の最後まで続けられたのです。それは外交交渉を骨抜きに
することにとどまらず、ウクライナをNATOの軍事指揮系統に組み込むという構想のさらなる
推進もともなっていました。それは、米国の軍事専門誌の言葉を借りれば、結局、ウクライナ
を「実質上」NATOの一員にすることです。

おそらくこれまでの事実として挑発行為があまりに明白であるまさにそれゆえに、ロシアの
侵攻は「挑発されたわけではない」・「いわれのない」ものと形容されねばならない暗黙の
ルールが登場するのです。
かかる言い回しは、礼節を心得た社会ではまず使われませんが、今回の場合にかぎっては
必要とされるのです。このような興味深いふるまいは、心理学者にとって造作なく説明できる
はずのものです。

挑発行為は、上述のような警告にもかかわらず、何年にもわたって次から次へと実施された、
意図的な行為でしたが、だからといって、プーチン大統領が武力侵攻という「究極の国際
犯罪」に手を染めたことを正当化できるわけではもちろんありません。挑発的な行為は当該
の犯罪行為の理由を説明する手助けにはなるとしても、その正当化事由にはなり得ません。

ロシアが国際的孤立におちいった、「のけ者国家」となったという言説については、私は
多少の留保が妥当であろうと考えています。
確かにロシアは、欧州やアングロスフィア(英語圏)においては、「のけ者国家」になりつつ
あるのでしょう。それは、古株の「冷戦闘士」さえおどろかせるほどです。
グラハム・フラー氏は、長年、米国諜報界の大立て者の一人と見なされてきた人物ですが、
最近こんなコメントを発しています。
「私はこれまでの人生のうちで、ウクライナをめぐって今現在目にしているような、米国
主流派メディアによる大々的なキャンペーンをほかに知らない。米国は目下、たんに出来事
の『解釈』を押しつけているだけではない。ロシアを国家として、社会として、そしてまた
文化として徹底的に『悪者扱いすること』に専心している。その不当さは常軌を逸している。
冷戦時代に私がロシアにかかわっていた間、今のような状況に至ったことは決してなかった」。

再度、とぼしい茶葉を判断材料にして読み解くならば、こう言ってもいいかもしれません。
ロシアの侵攻を「挑発されたわけではない」・「いわれのない」ものと形容することが必須
である事情と同じく、上記の展開にも、ある種のうしろめたい感情が抑えがたく噴き出して
いるのだ、と。

ロシアを「究極の悪者」あつかいすることが米国および、大なり小なり、その緊密な同盟国
の姿勢です。ですが、世界の大部分の国は一歩ひいた態度を採っています。
つまり、侵攻は非難するけれども、ロシアとはこれまで通りの関係を維持しています。それは
ちょうど、米国と英国によるイラク侵攻を批判した西側に属する国々が、この(明らかに
「挑発されたわけではない」)武力侵攻をおこなった米英と、それまでの関係を維持したこと
と同じです。
また、米国とその同盟国が人権や民主主義、「国境の不可侵性」などをおごそかに語ることに
対して、あざけりの声が広く上がりました。ほかならぬ、暴力と政権転覆に関して世界有数の
チャンピオンがそれらを説いたからです。いわゆる「グローバル・サウス」(訳注・1)に
属する国々は、このことを豊富すぎるほどの経験から骨身にしみて知っています。

(訳注・1: 南の発展途上国。主に南半球に偏在している発展途上国を指し、南北問題を論じる
ときに用いられる(英辞郎より))

C・J・ポリクロニオ:
米国はウクライナ戦争に直接的に関与しているとロシアは主張しています。米国はウクライナ
において「代理戦争」を戦っているとお考えですか。

ノーム・チョムスキー:
米国がこの戦争に深く関与していること、それも誇らしげにそうしていること、これについて
は疑う余地はありません。そして、「代理戦争」を戦っているという見方は、欧州とアングロ
スフィア(英語圏)以外の世界では広く共有されているものです。
なぜそうなのかは理解に難くありません。米国の公的な方針はあけすけに表明されています。
この戦争は、ロシアが極度に疲弊し、あらたな武力攻撃をしかけられなくなるまで続けられ
なくてはならぬというものです。
この方針を正当化するために高らかにかかげられる標語は、「『民主主義、自由、すべての
善きもの』対『世界征服をめざす究極の悪』との宇宙的な闘争」です。この手の気負った
レトリックはそう目新しいわけではありません。かかるファンタジーのような「語り」は
冷戦時代の代表的な文書「NSC68」(訳注・2)では、コメディの域にまで達していました。
そしてまた、米国以外でもごく普通に見られるものです。

(訳注・2: 「国家安全保障会議文書第68号」。米国の冷戦時の戦略的枠組みを規定した重要な
文書とされる)

文字通りに解せば、この公的な方針は、1919年のヴェルサイユ条約によってドイツに課せられた
よりももっときびしい罰をロシアは受け入れなければならないということを意味します。
対象とされた人々は表明された方針を文字通りに受け取るでしょう。その結果、その人々が
どのような対応にうったえるかは明らかです。

米国が「代理戦争」に力をそそいでいるという見方は、欧米でしばしば交わされている議論
によって裏付けられます。ロシアの武力攻撃にいかにうまく反撃するかについてはさかんに
論じらています。ところが、惨事をいかに終息に導くかに関しては、それにふれた文章を
見つけるのは容易ではありません。その惨事はウクライナのみにとどまらない、きわめて
広範な領域におよぶものであるにもかかわらず、です。
あえてこの後者を論ずる人間は、大抵の場合、非難されることになります。キッシンジャー氏
のように敬意をはらわれている人間でさえそうです。もっとも、おもしろいことに、外交的
解決を呼びかけた文章は、老舗の専門誌に掲載された場合、お決まりの非難を浴びせられる
ことなく、通用しています。

人がどんな言い方を好むにせよ、米国の政策や方針をめぐる基本的な事実は十分にはっきり
しています。「代理戦争」という言葉は、私にはもっともなものだと思えますが、いずれに
せよ、重要なのは政策や方針の方です。

C・J・ポリクロニオ:
予想できたことですが、侵攻後、関係国すべてにおいてプロパガンダ合戦がずっと続いて
います。これについては、先頃、こうおっしゃっていましたね。ロシアの国営メディア
であるRT(ロシア・トゥデイ)をふくむロシアのメディアの報道を禁止したことで、米国民
は1970年代のソビエトよりも敵対国に関する情報を制限されている、と。この点について、
もう少しお聞かせください。とりわけ、国内の検閲をめぐるあなたの発言がはなはだしく
歪曲されている状況ですので。読者は、あなたの発言の意味するところは、目下のアメリカの
検閲状況が共産主義時代のロシアのそれよりももっとひどいということだと考えるに至って
います。

ノーム・チョムスキー:
ロシアについて言えば、同国内のプロパガンダはすさまじいものです。一方、米国はと言えば、
確かに公には検閲はおこなわれていませんが、上でふれたグラハム・フラー氏の見方を退ける
ことは容易ではありません。

直接的な検閲は米国や他の西側諸国ではまず見られません。けれども、ジョージ・オーウェル
が1945年に『動物農場』の(当時は紹介されなかった)序文で書いているように、自由社会
の「たちの悪い事実」は、検閲が「おおむね自発的なものであることです。公に命じなくても、
不人気な考え方は封印されたり、具合の悪い事実は公表されなかったりする」。これは、
思想統制のやり方としては、総じてあからさまな強制より効果的です。

オーウェルが言及しているのは英国のことでした。けれども、そういった慣習は英国にかぎらず、
広くおこなわれています-----実に興味深いやり方で。
ごく最近の例をあげると、中東に関する高名な学者のアラン・グレシュ氏は、フランスの
テレビ局による検閲を経験しました(訳注・3)。イスラエルが占領するパレスチナのガザ地区
における最近のテロ行為について、批判的なコメントを呈したからです。

(訳注・3: 同氏のインタビュー記事がネットに掲載されず、また、予定していた2度目の
インタビューがキャンセルになったという事実を指す)

同氏はこう述べています。「こういった形の検閲は異例です。パレスチナ問題に関して、検閲が
これほどあからさまなやり方でおこなわれることはめったにありません」。もっと効率的な検閲
はコメンテーターを慎重に選ぶことで実施されます。コメンテーターとして選ばれるには、と
グレシュ氏は説明します。「当該の暴力行為を悔いる」一方で、イスラエルが「自身を守る
権利」を有することに言及しつつ、「双方の側の過激主義者と闘う」必要性を強調することが
求められます。しかし、「イスラエルの占領とアパルトヘイト(人種隔離政策)を強く批判する
人々が選ばれる余地はそもそも存在しないようです」。

不人気な考え方を封じ込めたり、具合の悪い事実を公表せずにおくという手口は、米国では
精密技術の域にまで達しています。突出して自由な社会では当然予想されることですが。
今では、このような事例を精細に分析した文章が文字通り何千ページも書かれています。
メディア批判を展開しているアメリカの『FAIR』、イギリスの『メディア・レンズ』などの
卓抜な組織が、これについて定期的、精力的に論じています。

この欧米流の洗脳が、全体主義国家の粗野であからさまなやり方よりすぐれていることも、
活字媒体でさかんに論じられています。さまざまな教義は、自由社会のより洗練された手口に
よって、押しつけではなく前提条件としてすり込まれるのです。グレシュ氏が述べている例に
うかがえるように。
そのルールは決して口にされることはありません。ただ、暗黙のうちに受け入れられるだけ
です。議論は許されます。推奨されさえします。ですが、ある境界内に制限されています。
その境界が明示されることはありませんし、それはきわめて厳格なものです。そして、人の
心に深く浸透しています。
オーウェルが述べているように、この精妙な洗脳-----高等な教育などもこれに属します-----を
受けた人々は、自分の心の中で了解するようになります、ある種のことは「言ってはならない」、
あるいは、考えてさえもならないということを。

洗脳のやり方は意識するにはおよびません。それをおこなう人はすでにある種のことは
「言ってはならない」もしくは考えてさえもならないということを了解事項として内面化して
いるからです。

このようなしくみは、きわめて他と隔絶した文化-----たとえば米国のそれのような-----に
おいては、とりわけ効果的です。外国の情報源にあたってみようなどとはほとんど誰も思い
ません。非難の対象となっている国のそれについてはなおさらです。無制限の自由があるかの
ような外見をそなえている文化では、既存の枠組みを突破しようという意欲がわかないのです。

私がRT(ロシア・トゥデイ)などのロシアの情報源の報道禁止-----グレシュ氏の言葉を
借りれば「異例」なことです-----について言及したのは、このような広い文脈においてです。
他の話題もあつかう長いインタビューでは、少ない言葉数でていねいな説明をする時間は
ありませんでした。が、このような直接的な禁止は、約30年前に私がふれた興味深い事実を
思い起こさせます。
自分の他の多くの論述と同じく、その文章においても私は、不人気な考え方を封印したり
歓迎されない事実を抑圧したりする自由社会のいつものやり方に関して、たくさんの事例を
検証しました。そしてまた、官学共同のある研究についても言及しました。1970年代、
すなわち、ソビエト連邦の後期であり、ゴルバチョフの登場以前の時代におけるロシア人が
ニュースをどこから得ていたかを考究したものです。
結果が示したのは、きびしい検閲にもかかわらず、ロシア人がかなり高い割合でBBCなど
から、さらには非合法な地下メディアからさえも情報を得ていて、ひょっとしたら米国民
よりも事情に通じていたかもしれないということでした。

当時、私はこの点を確かめようとして、ロシアからの移住者に話を聞きました。この強圧的な、
しかし、たいして効果のない検閲をかいくぐった経験を持つ人々です。
彼らは上の研究結果をほぼうべないました。ただし、そのかなり高い割合の数字は高すぎると
感じていました。おそらく調査対象がレニングラードやモスクワに偏っていたからでしょう。

敵国側の報道を直接的に禁止することは不当であるだけでなく、有害なことです。つまり、
米国民は知っているべきだったのです-----侵攻の直前に、ロシアの外相が「すべての鍵は、
NATOが東方拡大をしないという保証である」と強調していたことを。東方拡大とは、この
場合、ウクライナの加盟であり、それは何十年にもわたって越えてはならぬ明確な一線でした。
おぞましい犯罪行為を避けようとする意向、よりよい世界をのぞむ意向がもし本当であったの
ならば、この東方不拡大の保証は追求すべき足がかりだったのですが。

侵攻が実際に始まってからも、ロシア政府の声明には追求すべき足がかりがありました。
たとえば、5月の29日にロシア外相のラブロフ氏はこう言っていました。

「われわれの目標は以下の通りである。まず、ウクライナの非軍事化(ロシアの領土を
おびやかす兵器が配備されてはならない)。次に、ウクライナ憲法と慣習に沿った、同国内の
ロシア人の各種権利の回復(現ウクライナ政府は反ロシア的法律を採用することで憲法に違反
している。また、慣習はウクライナを越えて広く及んでいる)。そして、ウクライナの非ナチ化
である。ウクライナの日常生活にはナチとネオナチの言説と活動が深く浸透し、それは法律
にも成文化されるに至っている」。

これらの言葉を、米国民がテレビのスウィッチ一つで知ることができれば有益でしょう-----
少なくとも、破滅的な戦争に飛び込むよりも、この惨事を終わらせることに多少でも関心が
ある米国民にとっては。別の米国民は、この破滅的な戦争を茶葉占いから導き出し、暴れ狂う
熊がわれわれ全員を平らげる前に檻に入れることを主張していますが。

C・J・ポリクロニオ:
ロシア・ウクライナ政府間の和平交渉は春の初め辺りから停滞しています。当然のことながら、
ロシアは自国に有利な形で和平を押しつけたい。一方、ウクライナは、戦場でのロシアの
見通しが悪くなるまで交渉に応じないという方針のようです。
この紛争は近いうちに収束するとお考えですか。和平交渉は宥和政策にすぎないのでしょうか。
それに反対している人々はそう主張していますが。

ノーム・チョムスキー:
交渉が停滞しているかどうかははっきりとはわかりません。報道自体がかぎられているから
です。
けれども、「戦争終結に向けての協議がふたたび議題にのぼっている」らしくはあります。
すなわち、「ウクライナ、トルコ、国連間の話し合いからは、ウクライナ政府がモスクワとの
協議を前向きに検討している空気が感じられる」、と。そして、「ロシア軍の進撃が続いて
いることを考慮すれば」、ウクライナ政府の「戦争終結に向けた外交的解決への抵抗感は
薄れている」かもしれません。
そういうことであれば、プーチン大統領の「表明した、和平交渉への熱意が実際には嘘である」
か、それとも、内実をともなったものなのか、それを決定することはプーチン大統領自身に
かかっています。

現在起こっていることは模糊たる霧の中です。それは、以前論じたことのある「アフガニスタン
という罠」を想起させます。
あの時、アメリカはロシアとの代理戦争を「アフガン人の最後の一人に至るまで」戦おうとして
いました。この表現は、コルドベス氏とハリソン氏の2人がその決定版的な共著の中でもちいた
もので、その共著では、外交的解決を阻止しようとするアメリカの試みにもかかわらず、国連が
どうにかソビエト軍の撤退をお膳立てしたその経緯を詳述しています(訳注・4)。
当時、カーター大統領の下で国家安全保障問題担当大統領補佐官であったズビグニュー・
ブレジンスキー氏は、ソビエトの侵攻をそそのかしたことを自分の功績に帰し、「激した
イスラム人」という代価をもたらしたものの、その結果に拍手を送りました。

(訳注・4: この共著とはおそらく Out of Afghanistan: The Inside Story of the Soviet Withdrawal
(『アウト・オブ・アフガニスタン-----ソビエト撤退の内幕』)、オクスフォード大学出版局、
1995年刊)を指す)

今日、私たちはこれと似たような事態を目撃しているのでしょうか。たぶん、そうなのでしょう。

もちろんロシアは自国に有利な形で和平を押しつけたいと思っています。交渉による外交的解決
とは、自分自身の要求のいくつかは断念しつつ、双方が承認するものです。交渉に関して、
ロシアが本気かどうかを確かめる術は一つしかありません。やってみることです。うしなうもの
は何もありません。

戦闘の展開予想については、軍事専門家が自信たっぷりに、しかし、際立って相反する意見を
述べています。私はその種のことについて語る力はありません。ただ、遠くから見ていて、
いわゆる「戦場の霧」はまだ晴れてはいないと言うのが妥当であろうと思っています。
目下の米国の姿勢ははっきりしています。あるいは、少なくともはっきりしていました-----4月に
ラムシュタイン空軍基地で開かれた、NATO加盟国と米国が組織したその他の国の軍事指導者
たちによる会合では。すなわち、「ウクライナ政府は自国の勝利を断じてうたがっていないし、
この会合に参加している者全員もまた同様」、です。
その時実際にそう信じられていたかどうか、あるいは、今でもそう信じられているかどうか、
それは私にはわかりません。そしてまた、それを確かめる手立ても持ち合わせていません。

一応言わせていただくと、私は個人的には英労働党の党首であったジェレミー・コービン氏の
言葉に敬意をはらっています。ラムシュタイン空軍基地での会合が開かれたその日のうちに
発表されたものです。それは、同氏の労働党からの事実上の追放に一役買うことになりました。
「ウクライナについては、ただちに停戦しなければならない。そして、それに引き続き、
ロシア軍の撤退、および、今後の安全保障体制に関するロシア・ウクライナ間の協定が必須
である。すべての戦争は何らかの形の交渉に終わる。であるから、今それを試みたらどう
であろう」、と。


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[補足など]

■元サイトに掲載されている写真その他やインタビュアーのC・J・ポリクロニオ氏に関する
詳細な紹介文は割愛させていただきました。


■ここで述べられている、アメリカを代表とする欧米諸国での静かな形での検閲、思想統制、
洗脳、プロパガンダなどについては、これまでも何度か言及したように、チョムスキー氏が
エドワード・ハーマン氏との共著の形で上梓した

『Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media』

(邦訳は、
『マニュファクチャリング・コンセント-----マスメディアの政治経済学 1・2 』(2巻本、
トランスビュー社、中野真紀子訳)

で詳細に分析されています。
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チョムスキー氏語る・8-----ロシア・ウクライナ紛争について(2021年12月23日)

2022年04月22日 | 国際政治

チョムスキー氏のブログ https://chomsky.info/ は長い間変化がなかったので油断して
いました。最近、大幅に更新されていました。
その中から、ロシア・ウクライナ紛争についてのインタビュー記事を今回は選びました。

ただし、昨年の12月23日に公開されたもの、つまり、ロシアが侵攻する前であり、ロシア
がウクライナとの国境に軍を集結させて緊張が高まっていた頃のものです。

また、この紛争の現実的な解決策については、チョムスキー氏は、英国の著作家で政策
アナリストでもあるアナトール・リーヴェン氏の意見に同意していて、特に独自の解決策
を提示しているわけではありません。


タイトルは
Chomsky: Outdated US Cold War Policy Worsens Ongoing Russia-Ukraine Conflict
(チョムスキー: 米国政府の時代遅れの冷戦政策が目下のロシア・ウクライナ紛争の悪化を
もたらす)

インタビューの聞き手は C.J. Polychroniou(C・J・ポリクロニオ)氏。


原文はこちら
https://chomsky.info/20211223/


(ネットでの可読性の低さを考慮し、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に
改行をおこなった)


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Chomsky: Outdated US Cold War Policy Worsens Ongoing Russia-Ukraine Conflict
チョムスキー: 米国政府の時代遅れの冷戦政策が目下のロシア・ウクライナ紛争の悪化をもたらす



Noam Chomsky Interviewed by C.J. Polychroniou
C・J・ポリクロニオによるインタビュー

2021年12月23日 『トゥルースアウト』誌


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(『トゥルースアウト』誌による前文)

ロシア・ウクライナ間の国境をめぐる緊張は、多くの文化的共通点を有したこの2国の目下
進行中の係争を象徴しているだけではない。それは、一方に米国と欧州、もう一方にロシア
を置いた、ずっと大きな角逐の一部でもある。
本誌による、以下のチョムスキー氏への独占インタビューの中で、同氏が読者に思い出させ
ているように、ウクライナは、2014年に、親ロ派の政府が米国の支援を受けたクーデター
によって打倒され、米国と欧州の支持する政府が政権を掌握した。
この展開は、冷戦時代の2つの超大国を戦争の淵に近づけるものであった。ロシアは、米国と
欧州によるウクライナへの干渉、および、北大西洋条約機構(NATO)の執拗な東方拡大の
2つを、ロシアの「封じ込め」をねらった狡猾な戦略と見なしたのである。
この「封じ込め」という戦略は、まさしくNATOと同じぐらいの歴史を持っている。かくして、
プーチン大統領はつい先頃、ウクライナ、そしてさらに、旧ソ連の勢力圏にあった地域まで
をもふくむ領域でのロシアの行動に関して、一連の要求事項を米国とNATOに示したのであった。
また、同時に、ロシアの上級官吏は、もっと大胆に、もしNATOがロシアの国家安全保障上の
懸念を無視し続けるなら軍事的対応もあり得ると警告した。

チョムスキー氏が以下に述べているように、ロシア・ウクライナ間の紛争は解決可能である。
だが、巷間では、アメリカがずっと「ゾンビ政策(死んでも動き続けるゾンビのように、
古くさいが消滅しない政策)」のとりこであり続けるのではないかという懸念がささやかれて
いる。そのゾンビ政策の帰結は、外交が失敗した場合、恐るべき破局をもたらす可能性を
はらんでいる。

ノーム・チョムスキー氏は、今存命の知識人のうちでもっとも重要な人々の一人であると
世界的に認められている。
知の世界における同氏の偉大さはガリレオやニュートン、デカルトのそれになぞらえられて
きた。その業績が学問的探求、科学的探求の幅広い分野にわたって、甚大な影響をおよぼした
からである。その分野には言語学、論理学、数学、コンピューター・サイエンス、心理学、
メディア研究、哲学、政治学、国際関係論、等々がふくまれる。
その著作はおよそ150冊にもおよぶとともに、同氏はきわめて権威の高い賞を数々授けられ
てきた。たとえば、シドニー平和賞、京都賞(日本におけるノーベル賞と言ってよい)など
である。また、世界的に著名な大学からあまたの名誉博士号を得ている。
マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授であり、現在はアリゾナ大学言語学栄誉教授と
して同大学で教鞭をとっている。

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C・J・ポリクロニオ:
1980年から1991年にかけてのソビエト連邦の瓦解を受けて、ウクライナの人々は、1991年に
圧倒的多数の支持の下、この共産主義帝国からの独立を宣言しました。
ウクライナはそれ以来、欧州連合(EU)と NATO との密接な関係構築に努めてきました。が、
このような動きにロシアは反対をとなえています。ウクライナはロシアの一部であると長年
見なしてき、それゆえ、同国の内政に干渉し続けてきました。
それどころか、2014年には同国を戦場と化さしめました。プーチン大統領がクリミアを併合
すると決めたからです。同大統領はクリミアをロシアの「魂の源」と表現しました。そして、
以来、この2国の間の緊張は解消しがたいものとなっています。
このロシア・ウクライナ間の紛争の背後には何があるとお考えでしょうか。

ノーム・チョムスキー:
もちろん、付言しておくべきことはあります。
2014年に起こったことは、いずれにせよ、米国の支援を受けてのクーデターであり、それに
よってロシア寄りの政府が米国・EU寄りの政府に変わったのです。
それがクリミアの併合につながりました。ロシアにとって唯一の不凍港とその海軍基地を
維持掌握することが、その主なねらいでした。そしてまた、クリミアの人々のかなりの
割合がそれをうべなったと見られます。
これらの複雑な事情については、さまざまな学術的文献が存在します。代表的なものは、
リチャード・サクワ氏の『前線のウクライナ』や氏の最近の述作です。

また、現在の状況についての秀抜な議論が最近の『ネーション』誌に掲載されました。
アナトール・リーヴェン氏の書かれたものです。
同氏は、現実的な論の中で、ウクライナは「世界でもっとも剣呑な[喫緊の]問題である」と
ともに、「原理的にはもっとも解決の容易な問題でもある」と述べています。
その解決方法はすでに提示され受け入れられています-----原則的には。すなわち、「第2次
ミンスク合意」です。2015年にフランス、ドイツ、ロシア、ウクライナ間で採択され、
国連安全保障理事会が満場一致で支持した取り決めです。
その取り決めでは、ウクライナにNATO加入を勧めたブッシュ大統領の提言を引っ込める
ことが暗黙の前提となっていました。そして、オバマ大統領もまたこれを支持しました。
ところが、フランスとドイツは拒否しました。ロシアの指導者であれば誰であれ、こういう
展開は甘受しないでしょう。
この「ミンスク合意」が求めるのは、ロシア寄りで分離派の地域(ドンバス)の武装解除、
および、ロシア軍(義勇軍)の撤退です。そしてまた、和平に向けての中核的条件を細かく
規定しています。つまり、「3つの根本的で相互依存的な要素、すなわち、非武装化、
ウクライナの主権回復(対ロシア国境の管理をふくむ)、ウクライナにおける全般的な権力
分散化を背景にしてのドンバスの完全自治」です。
このような展開の最終形態は、アメリカを初めとする他の連邦制国家とそれほどかけ離れた
ものではないでしょう、こうリーヴェン氏は述べています。

「第2次ミンスク合意」は、そのさまざまな措置の実施期日について意見がまとまらなかった
ために宙ぶらりんとなっています。
この問題は、リーヴェン氏の言葉を借りると、米国の政界とメディアの間では「埋められて」
います。「ウクライナ政府がこの合意事項の履行を拒んでいること、および、米国政府が
その履行に向けて圧力をかけることを拒んでいること、の2つが原因です」。
同氏は、そして、こう結論づけています。米国は「ゾンビ政策」-----まだ生命をたもっている
ふりをし、全員の邪魔者となりながらさまよっている、すでに効力を失った戦略-----をずっと
維持し続けている。というのも、その政策策定者たちは、それを土に埋める勇気がないから
である、と。

現在の差し迫った危機は、この「ゾンビ政策」を埋葬し、理にかなった政策を採用すること
を至上命題とします。

目下の行き詰まりを打開するのは容易ではありません。ですが、リーヴェン氏も述べている
ように、他の選択肢は考えるだにおそろしいものです。
肝心な点は理解されています。つまり、ウクライナにはオーストリア型の中立が求められて
いるということです。それは、すなわち、軍事同盟もしくは他国の軍事基地がないこと、
そして、「第2次ミンスク合意」に大筋に沿った形で国内の不和を解消すること、を意味
します。

したがって、この「世界でもっとも剣呑な問題」は、わずかばかりの理性を働かせれば
解決が可能なのです。

より広い文脈で問題をとらえるためには、30年前のソビエト連邦の崩壊にまでさかのぼら
なければなりません。
ソ連の崩壊後に確立されるべき世界秩序のあり方をめぐり、3つの際立ったヴィジョンが
ありました。
3つが共通して受け入れたのはドイツが統一されること、そしてNATOに加盟することでした。
ロシアにとっては並々ならぬ譲歩です。なぜなら、それまでの1世紀の間に、ドイツは単独で
-----敵対的な軍事同盟の中の一国としてではなく-----ロシアを2度も壊滅状態におとしいれた
という経歴をほこっていたからです。加えて、ロシアでボルシェビキが政権を奪取した時
には、他の西側諸国(米国をふくむ)と協力して、すぐさま「介入」したという過去も
持っています。

上記の3つのヴィジョンのうちの一つは、ゴルバチョフ氏のものです。大西洋岸からウラジオ
ストクまでをカバーする、軍事同盟なしの、包括的なユーラシア大陸安全保障体制でした。
しかし、米国はこれを決して選択肢の一つとは考えませんでした。
もう一つのヴィジョンは、ジョージ・ブッシュ大統領とその大統領補佐官であるジェイムズ・
ベイカー氏が提唱し、西ドイツが賛同したものです。NATOは「東へ1インチ」たりとも-----
東とは東ベルリンを意味します-----拡大することはない。それを超えることは、少なくとも
公的には検討されていませんでした。
最後のヴィジョンは、クリントン大統領の示したものです。NATOはロシア国境にまでせまり、
その隣接諸国で軍事演習をおこなう、そして、国境地帯に兵器を配備する。この兵器は、
たとえ米国がその近隣に多少でも似たような状況を許す(考えがたいことですが)としても、
その場合、確実に攻撃用兵器と見なすであろう類いの兵器です。
採用されたのは、この最後の「クリントン・ドクトリン」でした。

かかる非対称性はかなり深く根をはっています。
それは、米国が唱道する「ルールに則った国際秩序」における中核的構成要素の一つです
(そのルールは、偶然にも、米国が定めました)。この国際秩序は、古くさいとされる国連
ベースの国際秩序に取って代わったものです。その国際秩序では、国際問題に関して「武力
による威嚇または武力の行使」を禁じていました。
この条件は、ならず者国家にとっては受け入れがたいものでした。彼らは、武力による威嚇
を用いる権利をたえず要求しましたし、思いのまま武力にうったえる権利も要求しました。
この重要な問題については、以前にも論じましたが。

このルールに則った非対称性を如実にあらわす事例で知っておくべきものは、フルシチョフが
キューバに核ミサイルを配備したことに対するケネディ大統領の対応です。
核ミサイルの配備は、そもそもケネディ政権がキューバへのテロ攻撃のクライマックスとして
侵攻する、その脅威に対抗するための手段でした。また、フルシチョフが攻撃用兵器の相互
削減を申し出たのに対してケネディ政権が大幅な兵力増強で応じたこと(攻撃用兵器に
関しては米国がはるかにリードしていたにもかかわらず)への対抗措置でもありました。
大惨事に至る戦争を招きかねなかったきわめて重大な問題は、ロシアに照準を定め、トルコ
に配備された米国の核ミサイルのあつかいでした。
キューバ危機がぶきみに戦争へと近づいていく過程で焦点となったのは、そのトルコの核
ミサイルが(フルシチョフの要請通り)おおやけに撤収されるべきか、それとも、(ケネディ
の主張通り)極秘にそれがおこなわれるべきかというものでした。
実際には、米国はすでに撤収を決定していました。代わりに、はるかに脅威的なポラリス
潜水艦を配備することになっていました。つまり、まったく撤収どころではない、事態の
深刻化に資するだけのふるまいです。

このような決定的な非対称性が思考の前提となっています。世界秩序における犯すべから
ざる原則となっています。そして、それはクリントン大統領がNATOドクトリンを推し
進める過程で、より幅広く根づきました。

ここで思い起こすべきは、このNATOドクトリンは、より広範な「クリントン・ドクトリン」
を構成するほんの一要素であるということです。
「クリントン・ドクトリン」は「重要な市場、エネルギー供給、戦略的資源への自在な
アクセスの確保」等のきわめて重要な国益を守るために、米国に「必要な際には一方的に」
軍事力を行使する権利をあたえるものです。
このような権利を主張できる国は他にありません。

ブッシュ大統領とベイカー国務長官が提唱した上記のヴィジョンのあつかいについては、
学者の間でさまざまに議論されています。
この2人の申し出は言葉の上だけのこと-----米国がすぐさま約束を反故にして東ベルリンに
軍を配備した際、その正当化のために持ち出した論がこうでした。
しかし、基本的な事実には、疑う余地はほとんどありません。

C・J・ポリクロニオ:
NATOが設立されたのは、西側民主主義諸国に対するソビエト連邦の脅威に対応するため
であると言われていました。
ところが、冷戦が終了してもNATOは姿を消すことはなく、それどころか、東方に拡大を
続け、実際上、現在のウクライナを将来の加盟国と考えています。
今日のNATOとは、いったいどんな存在なのでしょう。また、それは、ロシアとの国境に
おける緊張を高めていること、および、潜在的にあらたな冷戦を招き寄せていることに
ついて、どの程度責任があるでしょうか。

ノーム・チョムスキー:
東方への拡大-----それにともなっての定期的な軍事演習と脅威的な兵器システムの配備
-----は、明らかに緊張を助長する因子の一つです。ウクライナをNATO加盟にいざなう
ことは、これを上回る助長因子であることは言うまでもありません。すでに述べたように。

きわめて剣呑な現状況を考える上で思い起こすべきことは、NATOの創立と「脅威と
されるもの」についてです。
この話題については、言うべきことがたくさんあります。とりわけ、ロシアの脅威なる
ものが、政策策定者たちによって実際にどう受け止められていたか、について。
精査してみると、その脅威なるものは、「真実よりも判然とした」やり方で「米国民を
震え上がらせるために」用いられた激烈なレトリックとはかなり様相がちがったもの
であることがわかります(前者の表現はディーン・アチソン氏、後者のそれは上院議員の
アーサー・ヴァンデンバーグ氏のものです)。

よく知られていることですが、大きな影響力を持った政策策定者であるジョージ・ケナン
氏は、ロシアの脅威を政治的もしくはイデオロギー的なものと考えていました-----軍事的な
ものではなく。
ところが、ほぼ捏造と言ってよいパニックに同調しなかったために、同氏は早々に地位を
追われてしまいました。
ともあれ、ハト派中のハト派の側ではどのように世界がとらえられているかを知ることは、
いつもさまざまな示唆をあたえてくれます。

内務省の政策企画部のトップであったケナン氏は、第二次大戦後のロシアの脅威について、
1946年の時点で非常に懸念を抱いており、ドイツの分割が、戦時の協定に反するにも
かかわらず、必要であると感じていました。
その理由は、「東側の侵入からドイツの西側ゾーンを壁で守ることで救う」必要性でした。
これは、もちろん、軍事力による侵入ではなく「政治的な侵入」です。ソビエト側はこの点で
優位な立場にありました。
ケナン氏は、1948年に、こう助言しています。「インドネシアの問題は、われわれがソ連と
対峙する上で、目下、最重要の案件である」、と。もっとも、ソ連の影はどこにも見当たり
ませんでしたが。
それが最重要である理由は、インドネシアがもし「共産主義」の手に落ちたら、それが
「西方に吹き渡る感染症」となって、南アジア全体を席捲し、さらには中東における
米国の覇権をおびやかすおそれがあるということでした。

政府の内部文書には、同様の、漠然とした現実認識の例があちこちに散りばめられています
-----時にはきわめて明確な認識を示す例もありますが。
全般的に言って、米国の影響力のおよばないものは何であれ、それは「クレムリン」
(ソビエト政府)と結びつけられました-----1949年までは。それ以降は、時に「中ソの陰謀」が
要求を満たすべく持ち出されました。

ロシアはたしかに一つの脅威です-----東欧の一帯では。それはちょうど世界の多くの地域で
米国とその西側同盟国の脅威が認められているのと同じです。そのおぞましい歴史の具体的な
事例について今さら述べる必要はないでしょう。NATOはその中ではほとんど役割をはたして
いません。

ソビエト連邦の崩壊とともに、NATOの存在を公的に正当化する口実がなくなりました。
それで、何か新しい理由を案出しなければなりませんでした。もう少し広く言えば、
暴力と政府転覆のためのあらたな口実です。
その一つは、人々がすぐさま飛びついた、いわゆる「人道的介入」です。
この概念はほどなく「保護する責任」(Responsibility to Protect = 略称 R2P)という
教義の中に位置づけられました。
これには、2つの流儀が定式化されています。
1つの公的なそれは、2005年に国連が採用したものです。
これは、R2Pに無関係な状況を除いて国際問題における「武力による威嚇または武力の行使」
を禁じている国連憲章の厳しい枠組みに沿っており、ただ諸国家に人道法を遵守するよう
求めるだけのものでした。

これが「保護する責任」(R2P)の公式的な解釈です。
もう一つの流儀は、「保護する責任をめぐる、介入および国家主権に関する国際委員会の
報告書」(2001年)によって定式化されたものです。
元オーストラリア外相のガレス・エヴァンス氏の肝いりで発表されました。
それは、公式的な解釈とは一つの決定的な点で異なっていました。「国連安全保障理事会が
提案を拒絶するか、もしくは適当な期間内に対処しない」場合において、です。
かかる場合は、「憲章の第8章に基づき、地域のもしくは地域に準じる、組織の管轄区域内の
行動」(ただし、事後に国連安全保障理事会の承認を求めることを条件とする)に報告書は
権威をあたえています。

実際のところは、介入する権利なるものは強国の専有物、今日の世界ではNATO加盟国の
専有物となっています。これらの国々はまた一方的に自身の「管轄域」を決定することが
できます。
そして、実際にそうしてきました。
NATOはおのれの「管轄域」には、バルカン、それからアフガニスタン、そしてまたそれ
よりもっと遠方の地域がふくまれると一方的に宣言しました。
NATOの2007年6月の会合において、事務総長のヤープ・デ・ホープ・スヘッフェル氏は、
こう指示しています。
「NATO軍は、欧州に向けて石油と天然ガスを移送するパイプラインを守護しなければ
なりません」。また、より広く言って、タンカーが航行する海路やエネルギー・システム
における他の「きわめて重要なインフラ」を守らなければなりません、と。
つまり、NATOの「管轄域」は世界を覆っているのです。

もちろん、賛同しない国もあります。とりわけ、欧州とその分家のありがたい指導を長年
受けて、被害をこうむってきた国々です。
これらの国々の意見は、決まって無視されるとはいえ、はっきりと表明されました。133ヵ
国による「南サミット」の第1回会合(2000年4月)においてです。
その宣言文では、明らかに直近のセルビアに対する空爆を念頭に置いて、「人道的介入の
『権利』と称されるもの」を拒否しました。それは「国連憲章、もしくは、国際法の一般
原則に法的根拠を有していない」からです。
この宣言文の言い回しは、同様の趣旨を述べたこれまでの国連の宣言を再確認するもの
であり、「保護する責任」(R2P)の公式的な解釈にも共通してうかがえるものです。

以来、一般的な行き方は、何がなされるにしても正当化の根拠として公式的な国連の解釈に
言及しながら、具体的な行動の決定についてはエヴァンス委員会の解釈に忠実にしたがうと
いうものでした。

C・J・ポリクロニオ:
さまざまな兆候から、ロシアがウクライナを攻撃する兵力を準備しつつあると言われています。
軍事アナリストの中には、年が明けて数ヶ月のうちに攻撃が始まる可能性があると主張する
人もいます。
ロシア・ウクライナ間の紛争にNATOが軍事的に介入する見込みは小さいと思われます。
ですが、ロシアによるウクライナ侵攻が世界の地勢を劇的に変容させることはまずまちがい
ありません。
この紛争を解決するもっとも現実的な方法はいかなるものでしょうか。

ノーム・チョムスキー:
それが示唆するのは、過酷で、あまりありがたくない展開です。
厳正なアナリストの大半は、プーチン大統領が侵攻に着手するかどうかを疑っています。
侵攻すると失うものが大きいからです。すべてを失うかもしれません-----もしアメリカが
軍事力で対応しようとするならば。この可能性は十分考えられることです。
プーチン大統領にとってみれば、のぞみ得る最良の展開でも、ロシアが過酷な「終わりの
ない戦争」に突入し、きわめて厳しい制裁措置やその他の強硬な手段にうったえられる
というものでしょう。
私が思うに、プーチン大統領の意図は、自分がロシアの国益と考えるものを欧米諸国が
軽視しないよう警告を発することです。これにはもっともな点があると言えます。

現実的な解決法はあります。アナトール・リーヴェン氏が輪郭を描いたものです。
同氏が論じているように、他の解決法を思い描くことは容易ではありません。そしてまた、
今のところ、提示されてもいません。

幸いなことに、この解決法は私たちの手の届くところにあります。
ことのほか重要なのは、一般市民の意見が昔ながらの手管で燃え上がらないようにする
ことです。それは、過去に大惨事へとみちびいたわけですから。


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[補足など]

■本ブログの以前の回で、チョムスキー氏がウクライナにふれた文章もぜひ参照してください。

・チョムスキー氏のコラム-----ウクライナ情勢にからんで
(2014年07月10日)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a7e37143aebbdb44e97342e734ab5c09



同じく本ブログの以前の回の、ジェイソン・ハースラー氏による文章も。

・米国のメディア監視サイト・2-----ウクライナをめぐる英米メディアの偏向
(2014年05月14日)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/e941ac532b05425af3fe8fb07e2f38ce

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