中国やロシアなどを非難する際、アメリカはしばしば「法と秩序」という言葉を
持ち出します。自分たちは「法と秩序」をひどく尊重していると言わんばかりです
が、まったくお笑いです。
今回の文章は、「法と秩序」など意に介さないアメリカの帝国主義的側面、大国の
横暴にふれた数ある文章の中のほんの一例。
原文のタイトルはそのまま、
US Could Deal Death Blow to International Law
(アメリカが国際法にとどめを刺す恐れ)
書き手は Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)氏。
この方については末尾の[訳注、補足、余談など]を参照。
原文サイトはこちら
https://consortiumnews.com/2024/12/02/us-could-deal-death-blow-to-international-law/
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US Could Deal Death Blow to International Law
アメリカが国際法にとどめを刺す恐れ
2024年12月2日
イスラエル政府当局者がICC(国際刑事裁判所)によって逮捕された場合、
アメリカ政府は2003年の「ハーグ侵攻法」に基づき、その奪還を目指して
ハーグに侵攻する可能性あり、とマージョリー・コーン氏。
Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)
初出: 『トゥルースアウト』
ICC(国際刑事裁判所)が驚くべき挙に出た。イスラエル首相のベンヤミン・
ネタニヤフ氏と前国防相のヨアヴ・ガラント氏に対し、戦争犯罪と人道に対する
罪のかどで逮捕令状を発行したのである。これは画期的な出来事と言える。
イスラエルはこれまで何年間もおとがめなしであったが、ガザでの大量殺戮が契機
となって、ついにその報いを受けることになった。
ネタニヤフ首相とガラント前国防相に対する今回の告発はきわめて重要な意味を
持つ。パレスチナの人々への犯罪行為に関して、イスラエル政府当局者にICCが
逮捕状を出したのはこれが初めて。また、ICCがアフリカ大陸出身者以外の人間に
逮捕状を出したのは、その22年にわたる歴史の中で、これがようやく2度目になる。
パレスチナの人権団体である『アルハク』や『アルメザン人権センター』、
『パレスチナ人権センター』は以下のように述べている。ICCの今回の決定は
「イスラエルの無罪放免に抗する闘争の上で、歴史的、画期的なものです。これ
までパレスチナの人々は社会的正義を拒まれてき、大量虐殺をともなった入植者
植民地主義(末尾の訳注・1)のアパルトヘイト体制の下で、何十年も抑圧されて
きました」。
[ICC所長は月曜、同裁判所に対し「おぞましい」振る舞いに出たとして米露両政府
を非難した。
「本裁判所は、国連安全保障理事会の別の常任理事国[アメリカ]から、あたかも
こちらがテロ組織であるかのごとく、厳しい経済制裁をちらつかせられています」。
こう同裁判所所長の赤根智子氏は語った]
[ICCの弱体化を図ってきたアメリカ]
アメリカは、ICCが2002年にその活動を正式に開始する前からでさえ、緊張を
はらんだ関係にあった。クリントン大統領は退任間近にICC創設のためのローマ
規定に署名した際、以下のように述べている。
「国際刑事裁判所は、しかるべき組成と構築を経るならば、世界各地のきわめて
深刻な人権侵害を阻止するのに多大な貢献をはたすでしょう。今回の署名は、
これらの目標を今後長い間追求するにあたり、他の政府と実りある議論を交わす
機会を増やすことになると私は信じています」と。
ところが、クリントン大統領は、後任のジョージ・ブッシュ氏に対しては、この
ローマ規定を批准に向けて助言と同意を求めるべく上院にまわすことはひかえる
よう勧めたのである。ブッシュ大統領はさらに踏み込んだ。これまで例のないこと
に、国益を考慮して当の規定の署名自体を取り消したのである。以来、アメリカは
一貫してICCの弱体化を図ってきた。
2003年になると、米国議会とブッシュ大統領は「米国軍人保護法」(末尾の訳注・2)
を成立させた。通称は「ハーグ侵攻法」である。この法に従えば、仮にアメリカ
国籍または同盟国国籍を有する人間がICCによってその本拠のオランダのハーグに
拘留された場合、米軍は武力を用いて彼らを解放することができる。このことは、
アメリカの親密な同盟国であるイスラエルの人間にも当てはまるとされる。
ブッシュ政権は、ローマ規定に署名した100ヶ国に上る国々に対して、実質上脅しを
かけた。ICCにアメリカ国籍の人間を引き渡さないとの二国間免責協定を結ぶよう
強く求めたのである ----- いやなら援助はストップすると言って。
上院院内総務のジョン・スーン議員は、イスラエル当局者を起訴しようとするICC
の検察官に対して制裁措置を課する超党派的な法案を提出した。この案の下院版
には42名の民主党議員が賛成票を投じている。
また、トランプ氏は、前回の大統領任期中に、ICCの検察官に対して報復措置を
講じている。彼らがイスラエルの指導者たちの調査、また、アフガニスタンに
おける戦争犯罪の件でアメリカの政府当局者の調査に乗り出したからである。この
措置は2021年にバイデン大統領によって撤回されたが、同大統領は、イスラエル
および米国の人員に関して「裁判管轄権を主張しようとするICCの試みにはこれまで
通り反対する」と述べた。
バイデン政権はこのネタニヤフ、ガラント両氏へのICCの告発を非難した(ちなみ
に、同政権は2023年の10月7日以来、イスラエルに軍事援助として少なくとも179億
ドル(訳注: 日本円で約2兆7000億円)を供与している)。米国家安全保障会議の
広報官は声明で、ICCはイスラエルに関して何ら裁判管轄権を有しておらず、米国は
イスラエルと協議して「今後の措置」を検討中であり、「米国は、イスラエルの
幹部当局者への逮捕令状の発行というICCの決定を根本的に拒絶する」と述べた。
アメリカのトップ指導者たちは、ローマ規定によれば、イスラエルに軍事支援と
外交的釈明を提供したことでその戦争犯罪と人道に対する罪をほう助したことに
なり、やはり起訴される恐れがある。しかし、ICCがそこまで踏み込むことはない
と見られている。
イスラエル当局者が逮捕された場合、アメリカ政府ははたしてハーグに軍を差し
向け、当該人物を奪還する挙に出て、国際正義を踏みにじる存在となるのだろうか。
トム・コットン上院議員(共和党・アーカンソー州選出)は、今回の逮捕状発行に
ふれて、上記「ハーグ侵攻法」を引き合いに出し、こう警告した。「ICCの検察官
およびこれら不埒な逮捕状の要求に従おうとするすべての人間に災いあれ」。
そして、付言して「彼らに老婆心から言わせていただく。ICCに係わるわが国の
法は『ハーグ侵攻法』と呼ばれている。だてや酔狂でそう呼ばれているわけでは
ない。そのことをとくと考えてみるがよかろう」、と。
[民間人に対する戦争犯罪]
さる11月21日 ----- 4万4000人超のパレスチナ人を殺害したイスラエルの大規模な
軍事作戦が始まってから441日目に当たる ----- 、ICCの予審裁判部・1は、以下の
事項について信ずべき正当な根拠を得たと発表した。すなわち、ネタニヤフ首相と
ガラント前国防相が、戦争の一手法として飢餓を利用した戦争犯罪における共同
正犯であること。これが行われたのは遅くとも2023年の10月8日から早くとも2024年
の5月20日であること、である。この後者の2024年の5月20日に、同裁判所の検察
当局は逮捕状発行の申請書を提出している。
予審裁判部・1の「信ずべき正当な根拠を得た」対象の事由とは、ネタニヤフ首相
とガラント前国防相が「ガザの一般市民から生存に不可欠なもの、つまり、食物、
水、医薬品・医療用品、燃料、電気などの供給を意図的にカットした」ことである。
同裁判部はネタニヤフ、ガラント両氏が「国際人道法に反する、人道支援活動の
妨害」にはたした役割、「および、利用できるあらゆる手段を通じた、支援活動
円滑化の放棄」について特に言及している。
加えて、この二人による人道支援の許可や拡大の決定は、国際人道法における
「イスラエルの義務をはたすため、もしくは、ガザの一般市民に対する必要物資の
十分な供給を確実ならしめるためになされたものではなかった」 ----- そう同
裁判部は結論する。「むしろ、国際社会の圧力あるいはアメリカ政府の要請に
応えたものにすぎない」、と。
同裁判部はまた、ネタニヤフ、ガラント両氏が、民間人への意図的な攻撃を指示
するという戦争犯罪に関し、文民上位者(末尾の訳注・3)として刑事責任を有する
と「信ずべき正当な根拠を得た」とも述べている。
[人道に対する罪]
同裁判部が同じく「信ずべき正当な根拠を得た」対象の事由は、ネタニヤフ、
ガラント両氏が、上記の期間において、殺人、迫害、その他非人道的な行為など
の「人道に対する罪」に関して共同正犯だということである。
「食べ物や水、電気、燃料、また、特定の医薬品などの欠如によって、ガザの一般
市民人口の一部を壊滅させることをねらった状況が創り出されました。その結果が、
栄養失調や脱水症による子供たちをふくめた民間人の死です」と同裁判部。
かくして、「これらの犠牲者が生じたという点で、殺人という『人道に対する罪』
が実行されたと『信ずべき正当な根拠』が存在します」。
加うるに、「医療用品や医薬品のガザへの搬入を意図的に制限または阻止したこと
により、この両人は、医療措置の必要な人々に非人道的な形で大きな苦しみを
与えたという点で責任を負っています」とも同裁判部は述べる。「このような施策は
『人道に対する罪』の『その他非人道的な行為』に該当します」。
同裁判部はまた、「信ずべき正当な根拠を得た」とする対象事由として、
ネタニヤフ、ガラント両氏の手法が「ガザの相当な割合の一般市民から生命と健康
に関する権利を始めとする基本的な権利を奪ったこと、および、それら一般市民が
標的とされたのは政治上あるいは民族上の理由からであったこと」を挙げている。
したがって、これらは「人道に対する罪」の「迫害」に当たると同裁判部は結論
づける。
[逮捕状発行を非難するネタニヤフ首相]
逮捕状に対するネタニヤフ首相の非難は速やかで強いものだった。首相はICCの
逮捕状発行の決定を「一つの目標を持つ反ユダヤ主義的な動き、すなわち、
われわれを壊滅しようとする敵側からわれわれ自身を防衛するための当然の権利
の行使を私から、われわれから、阻むための振る舞いである」と述べた。また、
ICCが「偏った見方をしている」と難じ、その告発は「架空の犯罪行為」に対して
のものであって、「馬鹿げている」し、「歪められた」ものであるとも語った。
さらには「これは道徳の破綻である」、それは「残虐なテロ行為からわれわれ自身
を守る、民主主義の当然の権利」を損なうことになる、と付言した。
自己防衛というイスラエルの主張はまやかしである。国際司法裁判所(ICJ)は、
2004年の「パレスチナ占領地域における壁の建設の法的帰結」に関する勧告的意見
において、イスラエル・パレスチナ占領地域間の状況に徴し、国連憲章第51条の
自衛権は適用されないとの見方を確立している。
それどころか、ジュネーブ第4条約によれば、イスラエルは占領国として占領地域の
パレスチナ人を保護する責務を負っている。それに、反ユダヤ主義を増進させて
いるのは、イスラエル自身の行った大量虐殺的な軍事行動であって、ICCの逮捕状
ではない。大量虐殺への広範な反対の声は反ユダヤ主義に基づいているのではなく、
イスラエルがパレスチナの人々に働いている非道残虐な行為への強い嫌悪から
である。
パレスチナの状況に関してICCは裁判管轄権を有しないとするイスラエルの主張を
上記予審裁判部はしりぞける。イスラエルがローマ規定に署名していないという
事実はICCの裁判管轄権を妨げるものではないというのが同裁判部の結論である。
国家としてのパレスチナは2015年以来ローマ規定の締約国であった。そこで、ICCは
2021年2月の決定事項を引き合いに出す。その中で、同裁判部は、ICCがパレスチナ
の状況に関し刑事裁判権を行使できること、また、この裁判権の地理的適用範囲は
東エルサレムをふくめガザ地区およびヨルダン川西岸地区におよぶこと、にふれて
いる。
[ローマ規定署名国の義務]
さて、今や、124ヶ国に上るローマ規定の署名国は、ネタニヤフ首相やガラント氏
が自国に足を踏み入れた場合、彼らを逮捕し、ICC本部に移送するという法的義務を
負うことになった。複数の署名国 ----- たとえばカナダ、イタリア、イギリス、
ベルギー、オランダ等々 ----- がこの法的義務に従う意向を明らかにしている。
「ローマ規定に署名した国々はICCの決定を実行に移す義務がある。それは任意的
なものではない」。こう、EU外務・安全保障政策上級代表を務めるジョセップ・
ボレル氏は、キプロスで開かれたイスラエルとパレスチナの平和活動家の集会に
おいて語った。
しかし、いかなる国がネタニヤフ首相やガラント氏をハーグに送還しようとも、
アメリカが奪還を企てて軍を派遣するという手に出る可能性は十分あるのだ。
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[訳注、補足、余談など]
■訳注・1
ここの「入植者植民地主義の ~ 」の原語は settler-colonial。
この名詞形の settler-colonialism は「入植者植民地主義」という訳語の他に、
「定住型植民地主義」、「セトラー・コロニアリズム」とも呼ばれています。
これは、当該地域への入植者・移住者が先住民を排除し、その社会や構造を
置き換える形での植民地主義のこととされています。
■訳注・2
取りあえず「米国軍人保護法」と訳したこの言葉の元の表現は American
Service-Members’ Protection Act です。しかし、この言葉をグーグル検索で
調べても日本語のサイトは見当たりませんでした。
通称としての「ハーグ侵攻法」という日本語で検索すると、いくつかヒット
しますが、日本の大手メディアのサイトは登場しません。多くが個人のブログです。
つまり、アメリカ政府があまり大々的に取り上げてほしくないこの法については、
日本の大手メディアも言及しようとしないのです。
こんなことはしょっちゅうなので、あまり驚きませんが。
■訳注・3
ここの「文民上位者」の原語は civilian superiors 。ネットで検索しても日本語の
訳語は見つけられなかったので、仮の訳語です。
■書き手の Marjorie Cohn(マージョリー・コーン)氏は、
トマス・ジェファーソン・スクール・オブ・ローの名誉教授、
ピープルズ・アカデミー・オブ・インターナショナル・ローの代表、
ナショナル・ローヤーズ・ギルドの元会長、
ベテランズ・フォー・ピース(平和を求める元軍人の会)とアサンジ・
ディフェンスにおける全国諮問委員会のメンバー、
アソシエーション・オブ・アメリカン・ジュリストの大陸諮問委員会の米国代表
であり、著作としては、『Drones and Targeted Killing: Legal, Moral and
Geopolitical Issues』(ドローン攻撃と標的殺害: 法的・道徳的・地政学的問題)など
があるそうです。
こういう風に著名な方らしいのですが、アメリカ政府に批判的な文章をよく書く
人物の場合よくあるように、日本の大手メディアでは、この方の名前はまず
引き合いに出されないようです。
■ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、ご遠慮
なくご指摘ください。
なお、訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません。