気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

チョムスキー氏のコラム-----ウクライナ情勢にからんで

2014年07月10日 | 国際政治

今回も、例によって、私の「ひとりチョムスキー翻訳プロジェクト」の一環(笑)。

今回はインタビューではなく、コラム、というかエッセイというか、とにかく、ウクライナ情勢にからんでのチョムスキー氏の一考察です。

タイトルは
The Politics of Red Lines
(レッド・ラインをめぐる政治力学)

red line とは、
「越えてはならない一線、平和的解決から軍事的解決へと移るその一線」
と、『英辞朗』には出ています。


原文はこちら
http://zcomm.org/znetarticle/the-politics-of-red-lines/

(なお、原文の掲載期日は5月3日でした)


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The Politics of Red Lines
レッド・ラインをめぐる政治力学



By Noam Chomsky
ノーム・チョムスキー

初出: New York Times Syndicate

2014年5月3日



目下のウクライナ危機は深刻で剣呑であり、コメンテーターの中には、それを1962年のキューバ危機になぞらえる者さえいる。

コラムニストのタナシス・カンバニス氏は、ボストン・グローブ紙において、問題の核心を次のように集約してみせた。
「ロシアの大統領ウラジミール・プーチン氏によるクリミア併合は、冷戦終了後に米国とその同盟国が依拠してきた秩序を乱すふるまいである。その秩序とは、すなわち、大国が軍事介入に踏み切るのは、国際的な合意が自分の側についた場合か、さもなければ、対立する側のレッド・ラインを越えない場合のみである、というものだ」。

現代のもっとも深刻な国際犯罪、つまり、米国と英国によるイラク侵攻は、したがって、世界の秩序を乱すものではないというわけである。あの時、国際的な合意は得られなかったが、侵攻国側はロシアもしくは中国のレッド・ラインを踏み越えたわけではなかった。

これと対照的に、プーチン氏によるクリミア併合とウクライナに関する野心は米国のレッド・ラインをつき破ってしまう。

したがって、
「オバマ大統領はロシアの外部世界との経済的、政治的紐帯を断ち切り、周辺地域への拡張主義的野心を押しとどめ、実質的にロシアを『のけ者国家』とすることを通じてロシアの孤立化を目指している」。
これは、ニューヨーク・タイムズ紙に載ったピーター・ベイカー記者の文章である。

要するに、米国のレッド・ラインはロシアの国境にどっしりと据えられている。かかるがゆえに、ロシアの「周辺地域への」野心は、世界の秩序を乱し、危機を創出するものとなるのだ。

その事情はロシアのみにとどまらない。他の国々は時に自国の国境にレッド・ラインをひくことが許される(米国のそれと一致する場合である)。しかし、たとえば、イラクについてはそうではなかった。また、イランに関しても事情は異なる。イランに対しては、米国は再々、軍事力の行使をほのめかした(「すべての選択肢を考慮する」と米国政府は宣言した)。

このような脅迫は国連憲章に違反しているだけではない。米国がつい先頃賛同したばかりの、ロシアを非難する国連総会決議にもそむいている。決議の冒頭では、国際問題における「武力による威嚇又は武力の行使」を禁じる国連憲章の一節が強調された。

米国のレッド・ラインは、キューバのミサイル危機においても、はっきりと浮き彫りになった。世界はあやうく核戦争に突入するところであった。フルシチョフ首相の危機打開の申し出をケネディー大統領が撥ねつけたからである。ソビエトがキューバからミサイルをひき揚げるのと並行して米国はトルコからミサイルを撤去するという提案であった(ちなみに、米国のミサイルは、はるかに破壊力の強大な潜水艦発射弾道ミサイル「ポラリス」に置き換えられることがすでに決まっていた。ロシアの潰滅を念頭に置いた大がかりな体制の一環である)。

この時においても米国のレッド・ラインはロシアの国境に設定されていた。そして、それはあらゆる陣営の了解事項であった。

インドシナに対する米国の侵攻は、イラク侵攻と同様に、レッド・ラインを破るものではなかった。世界各地における米国のその他多数の破壊行為も同様である。重要なポイントをもう一度述べさせていただく。敵対国はその国境にレッド・ラインを設定することが許される-----米国のレッド・ラインが同様にそこに設定されているかぎり。しかし、米国のレッド・ラインを踏み越えるような「周辺地域への拡張主義的野心」を敵対国がもし抱いた場合は、世界は危機に直面することになるのだ。

オクスフォード大学の教授である Yuen Foong Khong氏は、ハーバード大学とMITが協力して発行する『インターナショナル・セキュリティ』誌の最新号において、次のように述べている。
「米国の戦略思考には、長い(かつ、党派を超えた)伝統がある。すなわち、敵対的な覇権国が世界の主要地域で支配権を握るのを阻止することが米国のもっとも重要な国益である-----そう歴代の政権はくり返し強調してきた」。

その上、一般にはこう信じられている。米国は「その優位性を維持する」必要がある。なぜなら、「米国の覇権こそが地域の平和と安定の礎石となってきた」からである、と。この後者の言い回しは、米国の要求に従うことを意味する業界用語にすぎない。

ところが、実際は、世界の見方は別であり、ある世論調査によると、米国は「鼻つまみ者」、「世界の平和に対する最大の脅威」であって、どうにかこうにか肩を並べられそうな存在さえまったく見当たらない。しかし、「しょせん、こいつらは何もわかっていない」のである。

Khong氏の文章はアジアの危機をめぐるものであった。それは中国の台頭に起因し、中国は「アジアにおける経済的首位」を目指して歩を進めつつあるとともに、ロシアと同様に「周辺地域への拡張主義的野心」をかかえている。かくして、米国のレッド・ラインを踏み越えることになる。

オバマ大統領の最近のアジア歴訪は、外交用語で言うところの「長い(かつ、党派を超えた)伝統」を再確認するためであった。

西側諸国はほぼ一様にプーチン大統領を非難するが、その際にはプーチン大統領の「感情的な声明」がひきあいに出された。プーチン大統領は自嘲気味に不満をもらす-----米国とその同盟国は「われわれを再々あざむいた。われわれをのけ者にして事を決した。東欧へのNATOの拡大を既定事実としてわれわれに差し出し、ロシアとの国境に軍事拠点を構築した。われわれはいつも同じ台詞を聞かされた。『おあいにくさま、この件は貴殿には関係ない』、と」。

プーチン氏のうらみ節は事実の上ではまちがっていない。ゴルバチョフ大統領はNATOの枠組みの中でのドイツの統一を認めた。歴史上、驚嘆すべき譲歩であった。ただし、見返りが前提としてあった。東ドイツに言及する中で、NATOを「1インチたりとも東方へ」拡大しないとの趣旨が米国政府と合意されたのである。

この約束はあっという間に反故にされた。ゴルバチョフ氏は異を唱えたが、『あれは口約束にすぎない。だから、強制力を持たない』と諭される始末であった。

クリントン大統領はNATOをいよいよ東方へ、ロシアとの国境へと拡大することに専心した。今ではウクライナさえNATOにふくめようとする声が挙がっている。同国は歴史的にロシアの「近隣諸国」の主柱であった。にもかかわらず、この件はロシアには「関係ない」のだ。なぜなら、「平和と安定の礎石」たるべき責任を果たすには、米国のレッド・ラインがロシアとの国境に据えられるのが必須だからである。

ロシアによるクリミア併合は不法行為であり、国際法と特定の協定に反するものであった。これと同等のふるまいを近年の事例から見つけることは容易ではない。イラク侵攻はこれより度外れに深刻な犯罪行為であった。

しかし、同等の事例をひとつ、記憶から呼び起こすことができる。キューバ南東部グアンタナモ湾の米国による支配である。グアンタナモは1903年に米国の武力によってキューバからもぎ取られた。キューバは1959年に独立して以来、その返還を求めてきたが、今なおそれは果たされていない。

理は、まちがいなく、ロシアの方にずっと強力に存在する。併合を是とする地域の強い声ばかりではなく、クリミアは歴史的にロシアに属している。ロシアにとって唯一の不凍港をかかえ、ロシア艦隊の駐留地となっている。戦略上の要衝である。ところが、グアンタナモに関しては、米国は、圧倒的な軍事力を除いて、すがるべきものを持ち合わせていない。

米国がキューバにグアンタナモを返還しない理由は、ひとつには、こう考えられる。グアンタナモが同国のかなめとなる港を擁しており、この地域を牛耳ることで同国の発展を大幅にじゃま立てできるということである。それは、大がかりなテロ活動と経済戦をふくんだ、米国の半世紀にわたる主要政策目標であった。

米国は、キューバにおける人権侵害には言葉をうしなうと言う。ところが、次のような事実には目をつぶっているのだ。このような侵害の最悪の例がグアンタナモで行われていることを。キューバに対する非難がたとえ正当であろうとも、南米の親米政権下で日常的に遂行されていることと比べれば取るに足りないことを。キューバが独立以来、米国から苛烈で絶え間ない攻撃を加えられてきたことを。

しかし、以上のことはどの国のレッド・ラインも越えない、あるいは危機を惹起しない。それは、米国によるインドシナやイラクに対する侵攻と同じカテゴリーに属する。すなわち、お決まりとなった、議会制度の粉砕と邪悪な独裁制の導入である。そして、その他の、「平和と安定の礎石を据える」という米国のおぞましい行跡である。


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[補足]

ウクライナの話題に関しては、以前のブログの文章もぜひ参照してください。
主なものは以下の通りです。

・米国のメディア監視サイト・2-----ウクライナをめぐる英米メディアの偏向

・英国のメディア監視サイト・4-----クリミアをめぐる英米メディアの偏向

・チョムスキー氏語る-----超金持ちと超権力者たちの妄想



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