加薬飯

日々雑感 ときどき雑記 愚だくさん

【たそがれが目に沁みる】

2005年12月30日 | 未分類
文字(言葉)を扱う仕事なので、それなりに関心もあるし、愛着もある。
したがって文字(言葉)は大切に扱いたいと、常々思ってはいるのだが。

言葉には意味があり、意味を理解してはじめて活用できる。
ひとつの言葉に対して、同じ認識をもった者同士でなければ、
ほんとうの意味での意思の疎通はできないのかもしれない。

“たそがれ”と言うことばがある。響きがよいので、けっこう多用されたりもする。
「黄昏」と書くのが一般的であるが、もともとは「誰そ彼」で、
夕方、薄暗くて人の見分けがつきにくい時分のことをいう。
“かわたれ”つまり「彼は誰」ともいうが、厳密には「誰そ彼」は夕方の薄暗い時で、
「彼は誰」は明け方の薄暗い時との説もある。

仕事柄、人の文章を目にする機会も多い。
ついつい校正や推敲をしながら読んでしまう自分の性(さが)を思わずにいられないが、
ときには、執筆者の文字や言葉に対する、意識や姿勢までもが見えてきたりもする。

“日本語の黄昏”を感じてしまうような文章にであうことも、少なくない。


【戦績】

2005年12月29日 | 未分類
今年のへの参加メンバーは七名。
一人一万円の出資で、総資本七万円でのスタートとなった。

スタート後まもなくK君が大当たりを引いたものの、通常図柄。
全体での成績は芳しくなく、このまま無念の惨敗かと思われたところで、
今度はS君が確立変動を引き、その出玉を他のメンバーに回して凌ぎつつ、
やがて一人、二人と順に大当たりを引き始め、(乗ってきたねえ)
中盤以降は全員がドル箱を積み上げるまでに至った。
スタートしてからほぼ五時間近く。勝ちを確信した時点で終了することに。
トータルで十八万強の換金。一人あたり二万六千円の返金とあいなった。

じつは出向いた店は、当社にとって少なからぬ因縁のある店。
みんなの顔が赤穂の浪士のごとく見えたなあ(ウソ)。

みんないい顔してたねえ。粘り強くよく頑張ったよねえ。
特に今年は、S君の健闘が光っていたなあ。
また一年後の集結を楽しみに。

あ、そうそう、仕事もそのくらい真剣にやれよな、オマエラ!


【年に一度の海】

2005年12月28日 | 未分類
今日は会社の大掃除と忘年会。明日から一週間は、年末年始の休暇である。
三年ほど前から、忘年会のあとは二次会と称して、数人で海にくりだす。
海といっても、波がジャブジャブの海ではなくて、玉がジャラジャラの海。
そう、パチンコ台の「海物語」である。
四人のときもあれば六人のときもあり、メンバーは年によって変動するが。

ルールは至って簡単で、ひとり一万円ずつ出し合い、それを全体の資金とする。
わずかな金額で大当たりを引く者もいれば、出資額の二倍三倍呑まれる者もいる。
つまり勝っている者は、負けている者に、お金なり出玉なりを回していく。
誰かが大当たりをひいている限りは、継続できていくのである。

全体の資金が尽きたらそこで終わり。逆にドル箱がどんどん積まれた時には、
適当な頃合を見計らって終了、景品を換金する。儲けは全員で均等に分配。

採算部門も非採算部門もあるが、トータルでプラスを目指す。
どこか会社経営のようでもあるが、昨年までは勝率が上回っていた。

今年の成績は、はたしていかに…?


【賑やかな封印】

2005年12月26日 | 未分類
【雅楽】
メンバーが他界したり、遠方に嫁いだりして無期休止状態。
いくらなんでも週に一回、九州から通えとは言えんしなあ。
篳篥(ひちりき)は引き出し深く埋もれたまま。

【馬術】
金払わん居候会員が増えすぎたせいか、慢性赤字の末に所属クラブは閉鎖。
あまりに居心地がよすぎたせいか、他に浮気する気にもなれず、深く長~く休眠中。
七十歳すぎたら再開する…つもりではある。

【ピアノ】
ひとつふたつと増え続け、いつのまにか娘のぬいぐるみ置き場と化している。
こらあっ! アップライトの蓋は飾り棚じゃないって言ってるだろーが。

【油絵と帆船作り】
アトリエにしていたプレハブが、物置として完全占拠されてしまった。
布団やらストーブやら、扇風機やら乾燥機やら自転車やら…。
そんなに何でもかんでも詰め込んで、どうやって奥のもん出すんじゃあ。

【庭いじり】
脚立に登るとバランスをくずして身の危険を感じる。
剪定鋏を持つ手に力が入らず、ちょっと太めの枝が切れない。
なにより五十肩だか五十腕だかしらないけど、腕が上にあがらない。嗚呼!

【other】
ほかにもあれこれ封印しまくり、いまだ続いている趣味は仕事のみ。

・・・本業の勝馬投票の方は、ここ数年債務超過に陥っている。


【有馬から金杯へと…】

2005年12月24日 | 未分類
今年も大詰め。
明日はいよいよグランプリ、有馬記念である。
NHKが特番を組むほどに、社会現象にまでなったディープインパクト。
はたして古馬を相手に、どんなレースを展開するのか。楽しみではある。

毎年のことながら、有馬記念だけは他のレースと違って、夢を買うレースにしている。
一年をふりかえり、期待に応えてくれた馬たち、期待を裏切ってくれた騎手たち?
そんな悲喜こもごもの想いの集大成として、予想スタイルもいつもと違う。
好きな馬、応援する騎手へ、目いっぱい投票しよう(…当たったためしはないが)。
主婦が年に一度、夢を託して“年末ジャンボ宝くじ”を買うようなものなのかも。

そして有馬記念が終われば、おそらく年明けの東西の金杯へと、気持ちは瞬時にワープしてしまっているのも、これまた、いつものことなのであるが。
毎年金杯は、“金杯で完敗”だったのが、昨年は珍しく“金杯で乾杯”だった。
はたして来年の金杯は、完敗となるのか、乾杯の美酒に酔えるのか。

しかし、つくづく懲りないオヤジではあるな。
そんなわたしを、ウーパールーパーとでも呼んでください。
そう、かわいくて、愛らしくて、、、違う? 学名で言え?
学名は…、、アホロートル。。。 阿呆…老頭児?
アホなじじいってかぁ!


【夫なりのトロロ】

2005年12月22日 | 未分類
わが家において、炊事はおふくろの領域であった。(ふつうはそうか)
だが年に数回、おふくろの夫であるところの、親父にも出番があった。
すきやきなどの鍋ものと、トロロ汁のときである。

亡き親父は、芋類が好きであった。
じゃが芋、さつま芋、里芋、とろろ芋。
里芋は、俗に赤芋の、硬くてゴジゴジした親芋が好きだったようだ。
わたしはズイキのついた、やわらかい子芋や孫芋が好きである。
その点は親父の遺伝子を受け継いでいないのかも知れない。

とりわけ、トロロ芋は好物だったらしく、トロロ汁にはこだわっていた。
自らダシ汁をつくり、念入りに芋をすりおろし、手間隙かけていたのを覚えている。
それを麦飯にかけて食する。いわゆるムギトロ飯。なん杯でもいけるといっていた。
他に惣菜はいっさいなし。
ただ単に貧しかっただけのことなのであるが。。。

いまでもトロロ芋をみると、すり鉢を股にはさみ、
すりこ木をまわしていた親父の姿が思い起こされるのである。


【赤だし恋し】

2005年12月20日 | 未分類
小学生の頃、担任の先生が、
「味噌汁を飲むと、脳ミソが濃くなって頭が良くなるんだぞ。」

学業憂愁だったわたしは、
「へえーっ、脳ミソって味噌でできてるんだ。」
と信じて疑わず、いまに至っている。

こども相手の表現だったにせよ、あながち嘘でもなさそうである。
脳の新陳代謝に必要なたんぱく質とビタミンB群を豊富に含んだ味噌は、まさに脳に効く食品なのだ。

味噌汁は大好きである(ただし赤味噌)。
なにはなくとも、味噌汁さえあれば満足できる。

しかし結婚後、状況は変わった。
国によって食習慣が異なるのは仕方がない。
我が女房の出生地においては、味噌への愛着が薄いようだ。

吸い物とか、コンソメやポタージュのスープ類が主で、赤だしは週に2~3度。
もちっと亭主の嗜好を優先せえよ。

誰か女房を嫁に貰ってくれ~。


【いと哀しかりける】

2005年12月18日 | 未分類
縫い物をしたいので、針に糸をとおせと母がいう。
確かに八十のばあさまには、ちと難儀かも。

ところがである。
いざやってみると、わたしとて大同小異。
いっかな糸は通らない。そもそも焦点が定まらない。
何度やっても同じこと。イライラは募るばかり。

そこでハタと気が付いた。
「そうだ、あれがあるだろ。ホラ、ああなって、こうなったやつ。」
そう、“糸通し”である。
これでクネクネヘニャヘニャした糸の先と格闘しなくて済む。
世の中には便利なものがあるもんだ。

再び、ところがである。
確かに糸通しに糸は簡単に通る。
だがその前に、今度は糸通しの先が針穴に通らない。
要するに柔らかい糸だろうが、硬い糸通しだろうが、針穴に命中しないのだ。

悪戦苦闘の末、糸通しの先端が針穴を通過するまでに、
おおむね3分47秒かかってしまったぞ。

なんともはや、糸が通るまでの道程は、いと遠し。


【見込み客】

2005年12月17日 | 未分類
ガムを噛んでいて歯が割れてしまい、義歯治療を施したのが三年半前。
治療が済めばそれで終わりかと思いきや、様子を見るため一ヶ月後にまた来いといわれた。
以来、月に一度の割で、もう三年半も通いつづけている。
最初のうちは疑問にも感じたが、行く度に歯茎の検査や歯の掃除をして貰っているうち、
メンテナンスと言う意味においては、安心かも知れないと思うようになった。

当初、フッ素は保険が利かないとかで、フッ素処理をした時などは何千円も請求されていたが、最近は保険の範囲らしい。
なによりも普段の生活の中では、なかなか歯の一本一本にまでは注意が行き渡らないのだ。
月に一度の大掃除をして貰えるとおもえば、安いものかも。
もっとも毎度、手入れがずさんと、お叱りを受けるのであるが。

律儀なわたしとしては今後も、来いといわれる限り通い続けるんだろうね。
それとも医院にしてみれば、いずれ総入れ歯の見込み客なのかなぁ……。


【憧れのホームメイド】

2005年12月16日 | 未分類
Homemade
Home maidじゃなくて。
わが家にメイドさんはいません。

 自家製のチーズをつくってみたい。
 自家製のソーセージをつくってみたい。
 自家製の豆腐をつくってみたい。
 自家製の味噌をつくってみたい。
 自家製の薫製をつくってみたい。
 自家製の……。

くいものばっかって、、、まあ、その…。
つねづね思ってはいても、いざとなるとなかなかねえ。
なにせ、構想二十年以上にして、いまだ実現できてないわけで。

いままで自家製造っていったら、

 ………三人です。


【自発…】

2005年12月14日 | 未分類
最近の傾向として、、かどうかは知らないけれど。
信号の無い横断歩道で歩行者がいても、停まらない車がほとんど。
歩行者もジッと車が途切れるのを待っている。
すこし前までは、違った気がする。気のせいか。

ふと思い当たるのが、
車も停まらないけど、人も手を上げて意思表示しない。
手をあげて合図を送れば停まるだろうか。
すこし前までは、
手をあげれば停まる車のほうが多かったような…。気のせいか。

手を上げないから停まらないのか、
停まらないだろうから、手を上げないのか。
たぶん相関関係にあるのだろう。
自発性がどんどん薄れてるってことなのかい。

きのうの朝。
歩行者の姿を認めて、横断歩道てまえで車を停止した。
歩行者は私が停止したのを確認すると、横断歩道を渡り始めた。
対向車線を一台の車が走ってくる。
一瞬スピードを緩めたものの、そのまま停まらずに走り抜けた。
その後にも三台の車が続いていたが、一台も停まることはなかった。
その間、横断者は道路の真中で立ちんぼうのまま。

おまえら車に乗ってるってだけで、優位に立てるとでも思ってんのか!


【昔の名前で出てくるかい】

2005年12月13日 | 未分類
おーい、ドザヱモン。
うむっ? 昔の源氏名であったか?
はたして今は、何と名乗っておるのやら。

じつに半年振りの中京、冬の陣であるぞ。
今週は高松宮記念(GI)に次ぐスプリント決戦、CBC賞(GII)でござる。
もしどこか異国の地で、この告を見ているようであれば、
久し振りに“ジャンボ海老フライ”を賭しての勝負に馳せ参ぜよ。

以下に拙者の戦法を告知しておく。

 ◎ シンボリグラン
 ○ シーイズトウショウ
 ▲ タマモホットプレイ
 △ キーンランドスワン
 △ マルカキセキ

どこからでも、掛かってくるがよい。
言っておくが、“ミスターCB”なんてボケはなしであるぞ。
決戦当日、桶狭間にて待つ。遅れるな武蔵! んにゃ、ドザ衛門!

もし勝負がつかぬときの次なる合戦は、本年最後の“尾張特別”なり。


【タイムラグ】

2005年12月12日 | 未分類
腰がつらいときなど昼の休憩時間に、車の中でシートを倒して横になる。
カーラジオを聞きながら紫煙をくゆらせ、うつらうつら。

やがてGショックのアラームが、休憩時間の終わりを告げる。
車から降りドアロックをしたのち、わずかな時をおいて、ラジオが鳴っていることに気付く。
………。 
ふと見ると、手には鍵がない。
「しまった! やっちまった!」

インロックである。
しかし、わたしは慌てない。もちろんJAFも必要ない。

最近は自分の挙動に自信がないので、あらかじめ想定のうえ、マグネット式のキーケースにスペアキーを納め、車体の見えないところにくっつけてあるのだ。
取り外すのにはちょっと労力を要するが。

石鹸で手をゴシゴシ洗ってるときは、大抵インロックしたあとなのだ。

“備えあれば憂いなし”って言葉が、肝に染みるなあ。


【丹後三姉妹】

2005年12月10日 | 未分類
十九世紀後半、丹後の国に生まれ育った三姉妹。

長女の名は華美(はなみ)。
次女の名は唯美(ただみ)。
三女の名は耽美(ふけみ)という。

三人は「美」こそが何ものにも優るのだと唱え、その主義を貫き、のちに一派をつくるに至った。

現代においては、「叶 姉妹」がその思想をひきついでいる。

なお近年、世間でもてはやされた「団子三兄弟」とかいう楽曲とは、なんの関係もない。


【組み合わせは何とおり?】

2005年12月09日 | 未分類
ふたごの甥がいる。
出生時間こそズレはあるが、同じ年の同じ月、同じ日にうまれて、性別も同じ。
血液型も同じなら、星座も干支も同じ。
もちろん両親も、すんでる家も同じ。
たべるものも同じものを与えられ、他人同士にくらべれば、かなりの共通項がある。

でも赤ん坊のときから、ふたりはちがう。
顔つきや体型といった見た目もちがえば、性格も嗜好もちがう。
ちがう個体だからあたりまえ。

すぐに血液型を聞きたがるひとがいる。女性に多かったりする。
あるいは星座を聞く。ちょっと前の世代だと干支を聞く。
それで妙に納得したりしている。何を判断しようとしているのかわからない。
なぜ数種類のパターンでくくりたがるのかわからない。

きかれるのは決まってABO式。Rh式やMN式できかれたことなど、ついぞない。

結婚前の女性が、母子間血液型不適合を心配して、
相手の男性にRh因子の有無をきくとかなら、わからないではないが。

パターン好きは、占い好きだったりもする。