かやのなか

あれやこれやと考える

最近みた芝居の感想

2015-12-26 16:38:04 | 
秋から冬にかけて京都(一つは大阪)でみた小劇場のお芝居の感想など。
なんとなく時系列に並べたつもりですが間違っていたらすみません。



・ソノノチ/6人の「これからの宇」@スペースイサン
ハートフルでファンタジーな体を装っているが、設定の暗さと女性らしい情感にぞっとした。
セリフに散りばめられた天文学用語や知識が、雰囲気がいいという理由だけで使われているような感じがあり、積み上がるほどに散漫になっていく感じがあった。


・正直者の会.lab/ともし火が 炎となって 魔女を焼く@アトリエ劇研
とある団地で魔女と呼ばれた女の話。
主人公の少女がふてぶてしすぎて、むしろそっちが魔女に見えてしまった。
なんとなく全体的になまぬるい。効果がよくわからないものが沢山あった。


・何色何番/あたし≒あたし@人間座
夢見る女子(三十代)の頭の中を擬人化した話。
骨組みがシンプルでわかりやすい。
意味のない女子トーク、意味のない仕事、少女漫画を揶揄した自嘲気味のコントも面白い。
しかしヒステリーと自己弁護に終始するクライマックスは嫌だった。ハリセンが欲しかった。
すすり泣きが聞こえたが、客もここで泣いてどうするのかと思った。


・劇団925/家族の家族@independent theatre 1st
大阪の劇場にて。家族の物語二本立て。
1本目は戦後の空気を残したちょっと昔の日本の家庭が舞台。
にも関わらず役者の化粧と髪が中途半端に現代風で雰囲気が作りきられていない。
2本目が未来が舞台の軽めの話で、役者が兼ねているからという理由だろうけど、1本目はテキストが重い。
そのため、役者さんの発するセリフはやたら重いが存在感は軽い、みたいな変なバランスで粛々と舞台が進んだ。
全体に役者のお芝居が丁寧で好感。


・人間座/最果ての地よりさらに遠く@人間座
海外ものの翻訳。
実話が元になっているとあったので、観劇後に色々調べた。おもにwikiでですが。
島民が子殺しの罪に苦しんでいるシーンをみながら、ふと項羽から逃げ切るために自分の子供を馬車から投げ落とした劉邦のことを思い出す。
作る方も見る方も、翻訳調に引きずられてしまうと安易に異国趣味的になりがちだが、日本に置き換えたらどうなるかなと思いながら見た。



・あごうさとし/バベルの塔Ⅱ@アトリエ劇研
無人劇。あるのは役者の声と残像とテキストの文字情報のみ。
そもそもなんでこんな演劇を作っているんだろう。
客席と舞台のしきいが構造的にとっぱらわれてしまっているため、空間から客観性が一旦排除されて客は主体的に観劇せざるを得なくなり、その結果客は自然と自分の中の客観性とは何かを問い直さざるを得なくなる・・・ということのような気がするが自分で言ってて野暮ったい。
役者を情報という部品に解体して再度組み上げていく作業は、バベルの塔の建築に似ている。できあがったそこに生身の人間は生きていない感じはする。そういうことなんだろうか。
もっとこ難しく考えなければならない圧力を感じて嫌だ。逃げたい。
おしゃれな装置なのにラストの音楽のセンスが突然十年古い感じがした。


番外編:片山九郎右衛門/能「通盛」+狂言@観世会館
観世会館の一番前の席で能をみる。人生二回目。
前回は雰囲気しか楽しめなかった。
今回は、人の顔より明らかに小さい能面が、徐々に本当の顔に見えてきた。



並べてみるとなんやかんやで結構観てますね。
今年はもう多分みません。

孤独の円盤/スタージョン

2015-12-26 01:28:45 | 
夜の気分に任せて、現在進行中で読んでいる本について書いてみます。

読んでいるのは、翻訳者小笠原豊樹から逆引きして引き当てた作家、シオドア・スタージョンの「一角獣・多角獣」、短編集です。
初っ端の「一角獣の泉」を読んで、最初普通の小説だと思ったら途中から語り口が不思議な迷路に迷いこみ、ラストで扉をむりやりこじ開けられた気分に。
なにこれ? わからないままに次の「熊人形」、「ビアンカの手」と進み、「孤独の円盤」で、ついに心が平静でいられなくなる。

わたしは中高生でブラッドベリにはまったクチなのですが、例えばブラッドベリであったら、物語の結末は、その筆力で美しい虹色の風景の中に霧散させてしまうことがあります。
しかしスタージョンの場合、どんな理不尽で悲惨な悲劇の結末も、180度ひっくり返して、「大丈夫!」と力強く言い切る。
変な言い方ですが、これを読むまで物語から「この作家の責任感はすごい」みたいな感じを受けとったたことはなかったです。
懐の深さ、本質的なやさしさ、とでも言ったらいいのか。

しかも、書かれてる悲劇はSFなんだかファンタジーなんだかコメディなんだか、徹頭徹尾夢みたいに進行していく。
なのに、情感に訴えてくるものは妙にリアルで、与えられる救済には、夢が完全にそぎ落とされて、現実的な重みだけがある。
それは安心感とか、いわゆる「話のオチ」みたいなちゃちなアレじゃない。


孤独の円盤は、もっと若い頃に読んだら、面白さが理解できなかったと思います。
なにこのデウスエクスマキナは、と、浅はかなしたり顔で読み終えたかも。
今だから、心臓をじかに撫でられたような衝撃を受けたのだと。

一角獣の泉にもラストに救済があります。
直球ストレートで心臓を射抜いてくる、救済が。

だから、ああ、ブラッドベリを一段突き抜けたところにいたんだなと。
そう言ってしまっても、(あとで調べたら)ブラッドベリ本人が影響を受けた作家として挙げていたらしいので、多分怒らないと思う。

単行本は、めぐりあい、を読んだところで、あと半分を残していますが読み終えるのがもったいなくて進まない。

仕事納め

2015-12-26 00:36:48 | 日々のこと
一足早く、25日で仕事納め。今日の職場は朝から大掃除でした。
例年の掃除はひどい有様で、一年溜まりに溜まった垢をうんざりした気持ちでこそぎ落とす、という感じだったのですが、今年は毎週の掃除を比較的真面目にやっていたおかげでそれほどしんどい思いをせずに済みました。

ついでにふとツイッターもやめてみました。どうも瞬発力のない自分には使いにくかったもので。
全然更新していないにも関わらず一定数の閲覧者があるこのブログでしたが、あちらとの連携もやめてしまったのでますます人は来なくなるのではないかと思います。その分好きなようにしようと思います。

ときにマラソンの練習ですが、まる一週間以上何もしない期間が開いてしまったので、さっき外を走ってきました。6キロちょっと。
外を走るのも久々、三週間ぶりくらいだったからか、身体中がギシギシいいました。いやぁジムだけじゃだめですね。