「異常磁気モーメント」とは何か?(注1)
前のページで示した様に式で書けば
aµ = (g − 2)/2
となっている値です。
で異常磁気モーメントの別の表示では
a=ωa/ωc
です。ここでωaはアノーマリー振動数、ωcはサイクロトロン振動数です。
そうしてωsをスピン振動数とするならば
ωa=ωs-ωc
となります。
さてそうであれば
a=ωa/ωc=(ωs-ωc)/ωc=ωs/ωc-1
が成立している事になります。(注2)
電子のaeの測定方法は(注2)資料の8ページめにある様な装置で行います。
そうして驚くべき事にこの装置では「電子一個をトラップして測定する」のです。(注3)
そうであればこの装置はまるで「イオン一個をトラップして時間を計っている光学原子時計とほとんど同じ」と言えます。
さてそれに対してミュー粒子のaµの測定方法はとても大がかりなものになっています。(注2資料の19ページ参照)
と言うのも静止したミュー粒子は短時間で崩壊してしまうからです。
従って本来は電子と同じように「一つのミュー粒子をトラップして測定する」のが理想的ですがそうはできないのです。
で、多くのミュー粒子を集めてひとかたまりにして静磁場の中でサイクロトロン運動をさせる、そうすればミュー粒子の崩壊までの時間が伸ばせてその間にωaを測定する、という戦略が取られています。
その様なミュー粒子ではありますが、そのかわりにミュー粒子は電子の質量の200倍ほどの有効質量をもっている為に、「新しい物理現象をさぐる」と言う面においては電子よりも優位な状況にあります。(注2資料の18ページ参照)
さてそのミュー粒子の「円形ストレージリング内での運動状況」ですが(注2)資料の20ページにその有様がイラストされています。
ストレージリング内に所定の速度を持って打ち込まれたミュー粒子の一群はその速度を保ったままリング内を円運動し続けます。
でそのときにaµ=0ならばミュー粒子のスピンの向きはミュー粒子の運動方向と完璧に一致している、と言うのが理論式から出てきます。
しかしながらaµ≠0なのでスピンは運動方向よりも早く回転する事になります。
20ページのイラストの赤矢印がそのスピンの回転状況を示しており、フェルミ研での条件の場合はミュー粒子が一周する間にスピンは約12度だけ余分に回転します。(注4)
つまり「一周で12度のずれが生じる」のです。
そうしてこのずれは回転回数が増えればその分に比例して順次増加していきます。(前のずれに次のずれが足し合わさっていく。)
さて「一周で12度のずれが生じる」のであれば
360÷12=30
ぐるぐるまわりを30回行えばまたスピンはミュー粒子の運動方向と一致する状態に戻る事になります。(但しここでは分かりやすく12度としていますが、実際はそれよりも少し小さいのです。)
さてそれはつまりωc(=サイクロトロン振動数)が30の時にωs(=スピン振動数)が31である事を示しています。
そうであればaµは
aµ=ωa/ωc=(ωs-ωc)/ωc=ωs/ωc-1
=31/30-1
=0.0333・・・
として求まる事になります。
しかしながらこのaµの値はγが29.4の時のミュー粒子の値であってこれをγ=1の時の値に戻してやる事が必要になります。(γ=1/sqrt(1-V^2):ここでVはストレージリング内を走るミュー粒子の速度です。)
何、話は簡単で29.4で0.0333・・・を割ればよいのです。
さてそうすると
aµ(γ=1)=0.0333/29.4=0.0011337・・・
と言うようにaµが求まる事になります。
話が随分とすすみ、もうaµ(γ=1)が求まってしまいました。
とはいえ実は「どうやってωs(=スピン振動数)を観測しているのか?」という話が済んでいません。
それはですね「ミュー粒子が崩壊する時にはスピンが向いている方向に陽電子を放出する」のです。
でその陽電子をストレージリングの内側に円周に沿って並べた検出器で検出するのです。(注5)
そうすると「スピンとミュー粒子の運動方向が一致している時」には陽電子がもつ運動エネルギーは大きくなる(単に放出された陽電子にミュー粒子の持っていた運動エネルギーが加算された、という事です)、でスピンがミュー粒子の運動方向と真逆の場合はその分放出された陽電子がもつ運動エネルギーは小さくなる、のです。
そうであれば「放出された陽電子がもつ運動エネルギーをモニターすればスピンの回転状況がわかる」という事になります。
ちなみに20ページのイラストではe(電子)になってますがこれは陽電子e+の誤りです。
そうやって「ミュー粒子崩壊ーー>陽電子+ニュートリノ」で発生してくる陽電子をモニターしていくと21ページでしめされたような「うねうね減衰カーブ」が得られることになります。(注6)
ちなみにイラストでは「電子の数をみる」になっていますがこれも「陽電子のエネルギーを見る」の誤りです。
この「うねうね減衰カーブ」の「うねうねを無視した=平均化した減衰曲線」はミュー粒子のひとかたまりが順次崩壊してその数を減らしていく状況をしめしています。
つまりはγが29.4の時のミュー粒子の寿命カーブになっています。
そうしてその減衰曲線にのっかった「うねうねの周波数」がωa(=アノーマリー振動数)そのものになっています。
注1:異常磁気モーメント: https://archive.md/wkZbL :
電子とミュー粒子の場合の理論計算のやり方の違いが説明されている。
注2:「レプトンの異常磁気能率 ーその物理が目指すもの」: https://slidesplayer.net/slide/11232933/#google_vignette :の10ページに異常磁気モーメントaとそれぞれの振動数についての説明があります。
それから電子を測定する場合に電子に作用している電場と磁場の状況、それからそれら外場によって引き起こされる電子の運動の様子のイメージとして9ページにイラストが載っています。
ただしこのイラストの様には実際の測定時の電子は挙動していない事には注意が必要です。(イラストは古典的な近似のイメージで示しています。)
QEDによる計算の方はg-2を算出し、そこから異常磁気モーメントaを計算している様です。(?)
で、μ粒子の場合は実験の方ではωa:アノーマリー振動数とωc:サイクロトロン振動数を検出して異常磁気モーメントaを算出しています。
注3:この装置の詳細については
「電子g 因子の“anomaly”」: https://www.jahep.org/hepnews/2021/40-3-3-g.pdf :にてご確認願います。
注4:上記注2で示した9ページの電子の歳差運動のイラストとミュー粒子についての歳差運動は歳差運動する時のスピンの磁場に対する傾き角がちがう、と言うことになります。
9ページの電子のイラストでは「通常のコマの歳差運動によく似た動き」が描かれていますが、ミュー粒子の場合は傾き角が90度になっている様で、従ってスピンの軸はサイクロトロン運動をしている平面内でぐるぐる回るという事になります。
注5:とはいえミュー粒子の回転速度がほぼ光速であるために、確かに走っているミュー粒子からみれば「後ろ向きに出た陽電子」ではありますが実験室系で見るならば「いずれの陽電子もミュー粒子の進行方向に出る」と観測されることになります。
注6:フェルミ研で行われた実験で得られた実際のうねうねカーブは以下の資料で確認できます。
「フェルミ研究所ミュオンにおけるミュー粒子の異常歳差運動周波数の測定 g−2実験」: https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.103.072002 :2021 年 4 月 7 日発行
概要説明の下に7つの図が示されています。
左側の一番下にある図が「生データグラフ」になっています。
その部分をクリックすると拡大表示が現れます。
ちなみに画面の右側に PDF の表示が現れているかと思います。
それをクリックすると、なんとその図が載っている原論文がDLできる様です。(フェルミ研 太っ腹!)
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