「ミュオン異常磁気モーメント」の歴史について少々
「g-2実験 量子電磁力学の精密テスト と 標準理論のかなた」: https://slidesplayer.net/slide/15404475/#google_vignette :
『P1:歴史
1928年 Dirac は相対論的波動方程式を解き、電子のg-因子が丁度2になることを証明。
1947年 Schwinger はquantum electro dynamics (QED)を使ってg-因子が2からずれることを証明した。
1948年 Kuschは(注:電子について)g=2からのずれが、0.1%であることを発見した。(注1)
それ以来, 多くの(g-2)実験が電子だけでなく陽電子、ミュー粒子、等で行われ、QEDや標準模型(Standard Model)の有効性の試金石とされてきました。』
P2:QEDの考え方、計算の仕方
P3:同上のイラスト』
『P10~12:電子の歴史
1976年 Dehmelt (Washington) ペニングトラップを用いてより正確な測定を行った。4Kに冷やしたペニングトラップに1個の電子を閉じ込めることに成功した。(注2)』
以下2001年現在でのミュー粒子の例と説明が続きます。
ミュー粒子の実験の歴史としては
「muon g-2 の理論」: https://indico.ipmu.jp/event/164/contributions/2417/attachments/2070/2499/dnomura-slides.pdf :
P19に先行実験の歴史がのっています。(1960年以降分)
それによればセルンでの実験(1961~1976)が円形加速器での実験の始まりであって、それを引き継いだのがBNLの実験(1997~2001)となります。
そうしてBNLで使った装置をフェルミ研まで運んで装置をブラシアップしての実験が始まりました。(2018年~2022年)
そのフェルミ研の最終報告によって理論と実験値の差が5σに到達した、という事になりました。
で、そのフェルミ研までの実験の追試として「新しいやり方でのミュオン異常磁気モーメント測定実験」がJ-PARCで予定されている、設備の建設が進んでいる、と言う状況ですね。
さてそれでセルン~BNL~フェルミ研で行われてきた実験、それは「円形のストレージリングを使ったもの」なのですが、それを始めた人がP20~21に紹介されているJohn Stewart Bell (1928-1990)となります。
それで今後話題にしてゆく事になる「Thomas-BMT 方程式」についてはこのベルさんのセルンでの業績が元になっている様です。(注3)
“Polarized Particles for Accelerator Physicists”
by J. S. Bell
CERN preprint 75-11
Lectures given in Academic Training Program of CERN
1974-1975
(電磁場中での粒子の polarization の振る舞いを記述するThomas-BMT 方程式の解説、とくに magic momentum を使った CERN muon g-2 実験の原理の解説)
さてそれで「円形のストレージリングを使ったミュオン異常磁気モーメント測定」について「原理的な所からレビュー」していきましょう。
まずは理論上の計算では異常磁気モーメントaµは
aµ = (g − 2)/2
とされ、その値を近似計算の精度を上げながら求めているのでした。
それに対して同じaµなんですが実験においては
aµ=ωa/ωc
です。
ここでωaはアノーマリー振動数、ωcはサイクロトロン振動数です。
そうしてωsをスピン振動数とするならば
ωa=ωs-ωc
となります。
これはつまり「一様な磁場Bの中にミュー粒子を速度vで打ち込むとサイクロトロン運動を始めます。」(注4)
これはミュー粒子が持つ電荷と外部磁場の相互作用(=ローレンツ力)で円運動(=サイクロトロン運動)を始めるを示しています。
と同時にミュー粒子はスピン(=自転??)をもっていますのでそれに応じた磁気モーメント(=小さな棒磁石としての特性)も持っています。
そうしてこの磁気モーメントと外部磁場の相互作用でミュー粒子のスピンが歳差運動(=コマの首ふり運動)をはじめるのです。
それでその歳差運動の周波数がωs:スピン振動数となる訳です。
それでこの時にωc:サイクロトロン振動数とωs:スピン振動数は同じ値になる、と計算したのがDirac方程式でした。
しかしながら実際はこの両者は一致せずに少しばかりωs:スピン振動数の方が大きいのでした。
さて2つの少しだけずれた振動数が存在してそれが合わさると「うなり」という現象が起きます。
そのうなりの周波数は2つの合わさった周波数の差分で表されます。
そうして「ミュオン異常磁気モーメント測定」の場合も「うなり」が生じます。
その「うなり」の事をωa:アノーマリー振動数と呼んでいます。
そうであれば当然
ωa=ωs-ωc
となるのです。
そうしてこのωaと異常磁気モーメントaµは
aµ=ωa/ωc
で結びついているのです。
さてそうであれば実験では
ωa:アノーマリー振動数、ωc:サイクロトロン振動数、ωs:スピン振動数
の内2つの周波数がわかれば異常磁気モーメントaµは計算できる事になります。
で、ストレージリングを使った実験では
ωa:アノーマリー振動数(=うねうねの振動数:注4)とωc:サイクロトロン振動数、
を検出して異常磁気モーメントaµを出しているのです。(注5)
コトバで書けば以上の様になりますが、さて実際にこれを実行に移すのはそうたやすい事ではありませんでした。
注1:電子の磁気モーメント: https://journals.aps.org/pr/abstract/10.1103/PhysRev.74.250 :
P.クッシュとHMフォーリー
物理学。 Rev. 74、250 – 1948 年 8 月 1 日発行
ちなみにこれに関連して「ラムシフト」: https://archive.md/7YyAT :1947年のラム・ラザフォード実験
注2:ペニングトラップについては: https://slidesplayer.net/slide/11232933/#google_vignette :のP8に詳細なイラストが載っています。
あるいは: https://slideshowjp.com/doc/73350/ :のP5にもきれいなイラストが載っています。
注3:「Thomas-BMT 方程式」: https://archive.md/XNGve :
記事から『さて電子スピンを回転させる方法ですが、電場と磁場を使います。原理はいたって単純で走っている電子に磁場だけをかけた場合と、磁場に直行する電場を同時にかけた場合の比較の絵が下記の図です。
要するに電場をかけることで電子の軌道は保ちながら、スピンだけを磁場によって変えるのです。当然実際に実験をやるためにはスピンの変化率が分からないといけないわけですが、それはThomas-BMT方程式というもので表されます。
またこの式から実験で使用するおおよその電場、磁場の強さを決定し、コイルに流す電流値やかける電圧などを決定します。ちなみに参照資料はジャクソン「電磁気学(下)」です。』
注4:「サイクロトロン運動」: https://archive.md/eUdvE :
記事からωc:サイクロトロン振動数は
ωc=qB/m
で表される事が分かる。
ここでqは電荷、Bは磁束密度、mは粒子の質量です。
ただしこれは非相対論的な扱いであって、相対論的には次のようになります。
γ=1/sqrt(1-v^2)でvはcで規格化すみとする。
少々雑な言い方ではあるが速度vで運動する事で粒子の質量はγ倍になる。
そうであれば相対論的には
ωc=qB/(γm)
と書かれる事になります。
つまりは「速度が速くなるとωc:サイクロトロン振動数は落ちる」のです。
参考「相対論」: http://fnorio.com/0162relativistic_dynamics/relativistic_dynamics.html#4-3 :
より基本的な説明は「磁場中の荷電粒子の運動」: https://archive.md/RSjwR :にあります。
注4:ωa:アノーマリー振動数(=うねうねの振動数)
実験で得られた生データから抽出された「うねうねパターン」は例えば本文の資料「g-2実験 量子電磁力学の精密テスト と 標準理論のかなた」: https://slidesplayer.net/slide/15404475/#google_vignette :の17ページの様になります。
で実験で得られる生データについてはフェルミ研で行われた実験で得られた実際のうねうねカーブは以下の資料で確認できます。
「フェルミ研究所ミュオンにおけるミュー粒子の異常歳差運動周波数の測定 g−2実験」: https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.103.072002 :2021 年 4 月 7 日発行
概要説明の下に7つの図が示されています。
左側の一番下にある図が「生データグラフ」になっています。
その部分をクリックすると拡大表示が現れます。
ちなみに画面の右側に PDF の表示が現れているかと思います。
それをクリックすると、なんとその図が載っている原論文がDLできる様です。(フェルミ研 太っ腹!)
注5:実際は検出されたサイクロトロン振動数を使っているのではなくて、計算で求めた名目上のγ=1のサイクロトロン振動数をつかっています。
そうしてその計算に必要な重要な数値が外部磁場Bの測定値となっているのです。
従って「実験で求める測定値はωa:アノーマリー振動数と外部磁場Bの2つ」となります。
追記:歴史を振り返ってみるとDiracに始まったこの物語で電子とミュー粒子はほぼ同じような発展をしてきている事がよく分かります。
つまりは「電子とミュー粒子は良いライバル関係にある」と言えそうです。
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