→(9)からの続き
ネット上でも、“アタテュルク”、“銅像”等の単語で検索すれば、その手のニュースがじゃんじゃん出てきます。大手の新聞“ヒュリエット”紙のサイトで興味深い記事を見つけたので、ちょっと訳してみましょう。
- --------------------------------------------------
「アタテュルク像をめぐる衝撃的な論争」 ヒュリエット紙 2008年3月8日
原題:Atatürk heykelinde şok tartışma
http://hurarsiv.hurriyet.com.tr/goster/haber.aspx?id=8403345&tarih=2008-03-08
デニズリ(←トルコ西部、地中海沿岸の都市)市の共和人民党の郡支部長アリ=カヴァクが、市庁舎の前に立つアタテュルク騎馬像の、馬の生殖器の部分が公正発展党員によって切り取られたと主張。これに対してデニズリ市長であり、公正発展党員でもあるニハット=ゼイベクチは、”恥ずかしい言い分ですよ。こんなのが政治だとか異議申し立てだとか言うのなら、実に嘆かわしいことだ。“と述べた。
この論争に火をつけたのは、その日、共和人民党の建物で党の郡支部長アリ=カヴァクがマスコミ向けて行った記者会見である。デニズリ支庁の前にあるアタテュルク騎馬像は、1980年の軍事クーデター※の後、退役大佐であったアフメット=アジャルが市長を務めた時期に彫刻家タメル=バシュオール教授により製作・1981年に建立されたものだが、カヴァクは最近撮られたばかり像の写真を、報道陣に配布。以下のように語った。
※左右の政治対立による混乱に終止符を打つため、軍が介入した事件。軍政の下で秩序がある程度回復したとみなされた後、民政に戻された。この際にはイスラーム主義的な政治家も逮捕されている。退役大佐であった元市長は、もちろん世俗主義者だろう。
<ぺニスを公正発展党員たちが切り取った>
“ターバンで覆われた頭の持ち主が、今また芸術への冒涜を始めようとしています。芸術に、隠さねばならぬ部分など無いのですよ※。また、芸術家の同意を得ないで作品に手を加えることもあってはならない。公正発展党の市政は、アタテュルクが乗っている馬の性的な部分を切り取り、その痕を塗りつぶしてしまったのです。我々は、そうした芸術に対する冒涜を非難しているのですよ。アタテュルクの馬の性的な部分は、つい最近までありました。公正発展党の党員たちが切り取ったか、誰かに切り取らせたものと我々は考えています。“
※ ターバンはムッラー(イスラーム法学者、導師)の象徴。イスラームが偶像崇拝を禁じ、また人間の裸体表現に対し不寛容な点を揶揄している。
なお、裸体と芸術表現と言えば先月の“草薙事件”はトルコのメディアでも報道されたが、例の“裸で何が悪い!”という発言が誤解され、氏はあたかも“日本のスターにして、既成の社会的規範と戦うヌーディスト”であるかのように報じられた。お陰で、その記事を報じたある新聞サイトのコメント欄では、世俗主義的なネット民による草薙擁護の書き込みが相次ぐという珍現象が起きている。これについての詳細は「“草薙事件”がトルコ人から誤解されている件」参照のこと。
<こんな異議申し立てはダメだろう>
デニズリ市長にして公正発展党の党員でもある二ハット=ゼイベクチは、このような主張に応じるのを恥じたのか、当初は取材陣に対し、
“こんなことは記事にする必要無し”
と言っていたものの、後ほど共和人民党とカヴァクへの反論に転じた。自らが市長に就任した2004年に撮られたという銅像の写真を示しながら、彼らの主張を否定。
“銅像の状態に何ら違いが無いことが分かるでしょう?こんな異議申し立てはダメです。恥ずべきことと言えましょう”
と述べた。
<お笑い映画のようだ>
ゼイベクチ市長はまた2004年に市長に就任した際に、像の作者から承認を得つつ、銅像を修復。これを大理石で覆い、別の色に塗りなおしたのだと説明した。
“共和人民党の皆さんは調べてくれればよかったのに。ちゃんと調べずに、こんな滑稽な主張をしている。信じがたいですよ。まったくの喜劇だ。後世の劇作家や映画作家は、こういうのをネタにしないとね。大変面白いお笑い映画がつくれるでしょう。この一件があってからというもの、私はトルコの政治について、本当に悲観的になっています。”
とのこと。
<実はそんなにリアルではなかった>
銅像の製作者であるミマル=シナン大学の元講師、タメル=バシュオール教授はこう語る。
“銅像は私が作りました。あのアタテュルクの乗っている馬の生殖器の部分は、実はそんなにはっきりとした、リアルなものではなかったのですよ。今のと同じような感じです。2004年に像を修復するということで招かれ、デニズリまで来ましたが、その際にも自分で調べている。今日、馬の性的な部分が切り取られたとか言っていた人は笑えますね。馬のアレはそんなに大きいものではない、と言っているのです。私の作った銅像を政争の具にしようとしている連中には、ぜひ文句を言いたいですね。“
--------------------------------------------------
その記事には、銅像の写真もついていました。ちょっと引用するとですね、
↓問題の騎馬像の写真
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/77/e24394f2d2de6f3ad4fa7d7b2ec18cec.jpg)
↓“公正発展党員に切り取られた”とされる馬の生殖器の部分
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/d7/8ebbe49618a89d11deb4759e941b3687.jpg)
ちゃんとあるじゃないですかw。
まあ、本物の馬のその部分はあまり注意してみたことがないので、“いや、断じて途中からちょん切られている!”と言われたら何ともいいようがないですが。作者自身が元々そういう風に作ったと言っている以上、こういうものなんでしょう。
しかし、こんなことを言い出した世俗派=共和人民党の人たち自身も、本心では恐らく馬のイチモツなんてどうでもよかったに違いありません。
彼らの目的はあくまで、
1. 公正発展党員である市長をアタテュルクに対する“不敬罪”で追い落とすこと。
2. 公正発展党を国内各地でアタテュルク像を破壊しているイスラーム過激派のイメージと結びつけ、世間に対し“公正発展党の天下が続けばいずれはイスラーム全開になり、具象芸術や性的表現が一切禁止のサウジみたいな社会になりますよ!”というネガテイヴ・キャンペーンを行うこと。
の二つにあったのではないかと思われます。
もし馬のイチモツに問題が無ければ(というか、実際無かったんだろうけど)、他に何か銅像がらみの“不敬罪”のネタをこしらえたのではないでしょうか。 例えば、ニュースサイト”haber⑦”で報道された、この↓事件のようにです。
-----------------------------------------------------
「アタテュルクの像、本物に似ていないと反発を受ける」 2006年11月8日
原題:Heykeli Atatürk´e benzemiyor isyanı
http://www.haber7.com/haber/20061108/Heykeli-Ataturke-benzemiyor-isyani.php
サムスン県のガーズィ市(黒海沿岸の都市)で、市庁舎の入口に建立されたアタテュルク像が本物に似ていないとして、共和人民党の党員たちが反発している。銅像の作者は、ちゃんと似ているといって自らの銅像を擁護。
↓このニュースに添えられていた写真。 何だこれはw
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/5f/3f28ded95e809676d312a0222dd88cff.jpg)
(解放戦争の際アンカラの独立派に合流するため、イスタンブルを脱出した)アタテュルクが最初に上陸した都市であり、また、その名がガーズィ(←元来はイスラーム聖戦士の称号。現代では“解放戦争”の従軍者への敬称として使われることが多い。)=ムスタファ=ケマルに由来するにもかかわらず、市内にそれに相応しいアタテュルク広場が存在しないことに苛立っていた(公正発展党所属の)シュレイマン=カルドゥルム市長は、郡内の著名な彫刻家、ギョクハン=イェルリカヤにアタテュルクの銅像製作を依頼した。
六ヶ月の後、依頼されていた銅像は完成した。しかし、それを見た者の多くが本物のアタテュルクに似ていない、と不満をもらしているのだ。共和人民党に属する市議会議員たちは、銅像が似ていないことに反発を示し、この問題を市議会で議論。銅像の交換を求めている。
市長であるシュレイマン=カルドゥルムは、この件について調査し、もし似ていない場合は他の像と交換すると述べた。作者はといえば、共和人民党がその像を嫌っていることに驚いており、“断じて彼らと争うつもりだ”と述べている。
(以下、上の騎馬像事件と同じような展開なので省略)
------------------------------------------------
銅像に適当な問題が見つからなければ、ただ“似てない”と言えばいいのかw。これはひどいw。
で、何故似てないかと言えば、きっと、“公正発展党の市長はイスラームがかってて、アタテュルクへの尊崇の念が足らないからだ。それが銅像の出来にも現れてるんだ”とか。そういう話になるんでしょう。別に市長が自分で作ったわけではないんですが。
彼らは本物のアタテュルクを見たことがあるんですかね?w以前に挙げた絵葉書を見ても分かるように、普通の雲とか山の形からも自然にアタテュルクを連想できるくらいコアなアタテュルク主義者であれば、細かい造形の違いなんて問題にならないはずだけどw。
でも、多分そんなのどうでもいいんだろうなあ。彼らにとって、アタテュルクの銅像なんていうのは所詮は“政争の道具”に過ぎないわけで。
気の毒なのは、この像の作者ですね。なまじ共和人民党と公正発展党の抗争に巻き込まれてしまったばかりに、下手したら“議会の進行を止めるくらい、似ても似つかないアタテュルク像を作ってしまった彫刻の先生”として、地元で延々と語り継がれることになるかもしれないw。
→(11)につづく
ネット上でも、“アタテュルク”、“銅像”等の単語で検索すれば、その手のニュースがじゃんじゃん出てきます。大手の新聞“ヒュリエット”紙のサイトで興味深い記事を見つけたので、ちょっと訳してみましょう。
- --------------------------------------------------
「アタテュルク像をめぐる衝撃的な論争」 ヒュリエット紙 2008年3月8日
原題:Atatürk heykelinde şok tartışma
http://hurarsiv.hurriyet.com.tr/goster/haber.aspx?id=8403345&tarih=2008-03-08
デニズリ(←トルコ西部、地中海沿岸の都市)市の共和人民党の郡支部長アリ=カヴァクが、市庁舎の前に立つアタテュルク騎馬像の、馬の生殖器の部分が公正発展党員によって切り取られたと主張。これに対してデニズリ市長であり、公正発展党員でもあるニハット=ゼイベクチは、”恥ずかしい言い分ですよ。こんなのが政治だとか異議申し立てだとか言うのなら、実に嘆かわしいことだ。“と述べた。
この論争に火をつけたのは、その日、共和人民党の建物で党の郡支部長アリ=カヴァクがマスコミ向けて行った記者会見である。デニズリ支庁の前にあるアタテュルク騎馬像は、1980年の軍事クーデター※の後、退役大佐であったアフメット=アジャルが市長を務めた時期に彫刻家タメル=バシュオール教授により製作・1981年に建立されたものだが、カヴァクは最近撮られたばかり像の写真を、報道陣に配布。以下のように語った。
※左右の政治対立による混乱に終止符を打つため、軍が介入した事件。軍政の下で秩序がある程度回復したとみなされた後、民政に戻された。この際にはイスラーム主義的な政治家も逮捕されている。退役大佐であった元市長は、もちろん世俗主義者だろう。
<ぺニスを公正発展党員たちが切り取った>
“ターバンで覆われた頭の持ち主が、今また芸術への冒涜を始めようとしています。芸術に、隠さねばならぬ部分など無いのですよ※。また、芸術家の同意を得ないで作品に手を加えることもあってはならない。公正発展党の市政は、アタテュルクが乗っている馬の性的な部分を切り取り、その痕を塗りつぶしてしまったのです。我々は、そうした芸術に対する冒涜を非難しているのですよ。アタテュルクの馬の性的な部分は、つい最近までありました。公正発展党の党員たちが切り取ったか、誰かに切り取らせたものと我々は考えています。“
※ ターバンはムッラー(イスラーム法学者、導師)の象徴。イスラームが偶像崇拝を禁じ、また人間の裸体表現に対し不寛容な点を揶揄している。
なお、裸体と芸術表現と言えば先月の“草薙事件”はトルコのメディアでも報道されたが、例の“裸で何が悪い!”という発言が誤解され、氏はあたかも“日本のスターにして、既成の社会的規範と戦うヌーディスト”であるかのように報じられた。お陰で、その記事を報じたある新聞サイトのコメント欄では、世俗主義的なネット民による草薙擁護の書き込みが相次ぐという珍現象が起きている。これについての詳細は「“草薙事件”がトルコ人から誤解されている件」参照のこと。
<こんな異議申し立てはダメだろう>
デニズリ市長にして公正発展党の党員でもある二ハット=ゼイベクチは、このような主張に応じるのを恥じたのか、当初は取材陣に対し、
“こんなことは記事にする必要無し”
と言っていたものの、後ほど共和人民党とカヴァクへの反論に転じた。自らが市長に就任した2004年に撮られたという銅像の写真を示しながら、彼らの主張を否定。
“銅像の状態に何ら違いが無いことが分かるでしょう?こんな異議申し立てはダメです。恥ずべきことと言えましょう”
と述べた。
<お笑い映画のようだ>
ゼイベクチ市長はまた2004年に市長に就任した際に、像の作者から承認を得つつ、銅像を修復。これを大理石で覆い、別の色に塗りなおしたのだと説明した。
“共和人民党の皆さんは調べてくれればよかったのに。ちゃんと調べずに、こんな滑稽な主張をしている。信じがたいですよ。まったくの喜劇だ。後世の劇作家や映画作家は、こういうのをネタにしないとね。大変面白いお笑い映画がつくれるでしょう。この一件があってからというもの、私はトルコの政治について、本当に悲観的になっています。”
とのこと。
<実はそんなにリアルではなかった>
銅像の製作者であるミマル=シナン大学の元講師、タメル=バシュオール教授はこう語る。
“銅像は私が作りました。あのアタテュルクの乗っている馬の生殖器の部分は、実はそんなにはっきりとした、リアルなものではなかったのですよ。今のと同じような感じです。2004年に像を修復するということで招かれ、デニズリまで来ましたが、その際にも自分で調べている。今日、馬の性的な部分が切り取られたとか言っていた人は笑えますね。馬のアレはそんなに大きいものではない、と言っているのです。私の作った銅像を政争の具にしようとしている連中には、ぜひ文句を言いたいですね。“
--------------------------------------------------
その記事には、銅像の写真もついていました。ちょっと引用するとですね、
↓問題の騎馬像の写真
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/77/e24394f2d2de6f3ad4fa7d7b2ec18cec.jpg)
↓“公正発展党員に切り取られた”とされる馬の生殖器の部分
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/d7/8ebbe49618a89d11deb4759e941b3687.jpg)
ちゃんとあるじゃないですかw。
まあ、本物の馬のその部分はあまり注意してみたことがないので、“いや、断じて途中からちょん切られている!”と言われたら何ともいいようがないですが。作者自身が元々そういう風に作ったと言っている以上、こういうものなんでしょう。
しかし、こんなことを言い出した世俗派=共和人民党の人たち自身も、本心では恐らく馬のイチモツなんてどうでもよかったに違いありません。
彼らの目的はあくまで、
1. 公正発展党員である市長をアタテュルクに対する“不敬罪”で追い落とすこと。
2. 公正発展党を国内各地でアタテュルク像を破壊しているイスラーム過激派のイメージと結びつけ、世間に対し“公正発展党の天下が続けばいずれはイスラーム全開になり、具象芸術や性的表現が一切禁止のサウジみたいな社会になりますよ!”というネガテイヴ・キャンペーンを行うこと。
の二つにあったのではないかと思われます。
もし馬のイチモツに問題が無ければ(というか、実際無かったんだろうけど)、他に何か銅像がらみの“不敬罪”のネタをこしらえたのではないでしょうか。 例えば、ニュースサイト”haber⑦”で報道された、この↓事件のようにです。
-----------------------------------------------------
「アタテュルクの像、本物に似ていないと反発を受ける」 2006年11月8日
原題:Heykeli Atatürk´e benzemiyor isyanı
http://www.haber7.com/haber/20061108/Heykeli-Ataturke-benzemiyor-isyani.php
サムスン県のガーズィ市(黒海沿岸の都市)で、市庁舎の入口に建立されたアタテュルク像が本物に似ていないとして、共和人民党の党員たちが反発している。銅像の作者は、ちゃんと似ているといって自らの銅像を擁護。
↓このニュースに添えられていた写真。 何だこれはw
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/5f/3f28ded95e809676d312a0222dd88cff.jpg)
(解放戦争の際アンカラの独立派に合流するため、イスタンブルを脱出した)アタテュルクが最初に上陸した都市であり、また、その名がガーズィ(←元来はイスラーム聖戦士の称号。現代では“解放戦争”の従軍者への敬称として使われることが多い。)=ムスタファ=ケマルに由来するにもかかわらず、市内にそれに相応しいアタテュルク広場が存在しないことに苛立っていた(公正発展党所属の)シュレイマン=カルドゥルム市長は、郡内の著名な彫刻家、ギョクハン=イェルリカヤにアタテュルクの銅像製作を依頼した。
六ヶ月の後、依頼されていた銅像は完成した。しかし、それを見た者の多くが本物のアタテュルクに似ていない、と不満をもらしているのだ。共和人民党に属する市議会議員たちは、銅像が似ていないことに反発を示し、この問題を市議会で議論。銅像の交換を求めている。
市長であるシュレイマン=カルドゥルムは、この件について調査し、もし似ていない場合は他の像と交換すると述べた。作者はといえば、共和人民党がその像を嫌っていることに驚いており、“断じて彼らと争うつもりだ”と述べている。
(以下、上の騎馬像事件と同じような展開なので省略)
------------------------------------------------
銅像に適当な問題が見つからなければ、ただ“似てない”と言えばいいのかw。これはひどいw。
で、何故似てないかと言えば、きっと、“公正発展党の市長はイスラームがかってて、アタテュルクへの尊崇の念が足らないからだ。それが銅像の出来にも現れてるんだ”とか。そういう話になるんでしょう。別に市長が自分で作ったわけではないんですが。
彼らは本物のアタテュルクを見たことがあるんですかね?w以前に挙げた絵葉書を見ても分かるように、普通の雲とか山の形からも自然にアタテュルクを連想できるくらいコアなアタテュルク主義者であれば、細かい造形の違いなんて問題にならないはずだけどw。
でも、多分そんなのどうでもいいんだろうなあ。彼らにとって、アタテュルクの銅像なんていうのは所詮は“政争の道具”に過ぎないわけで。
気の毒なのは、この像の作者ですね。なまじ共和人民党と公正発展党の抗争に巻き込まれてしまったばかりに、下手したら“議会の進行を止めるくらい、似ても似つかないアタテュルク像を作ってしまった彫刻の先生”として、地元で延々と語り継がれることになるかもしれないw。
→(11)につづく
世界中の国の人間は基本的に自分と家族のことしか考えていない
それは日本も一緒
パラオ人が日本人に友愛を感じててもパラオを深く知らなければ
一般の日本人にとってダイビングのための観光地にいる現地人にしか過ぎない
トルコ人を悪く言うわけではないが
向こうの人が日本人と同じ民度である可能性のほうが少ない
彼らだっていろいろ虐殺やってるしね
麻生さんの漢字誤読叩きも、ひでぇと思ったが銅像の馬のチ●ポまでネタにするとは、頭イカレとるねー。共和人民党、逝ってよし!!
ところで前スレの元トルコ在住者さん:2009-06-07 21:07:42やポプラさんも述べていますが、ネットで調べると出るわ出るわ、トルコ人批判。(どの程度の信憑性が有るのかは不明)
ただ、あるブログ”新実誠のトルコ便り”では、地元に密着したレポートが有りましたので御紹介しておきます。興味の有る方はどうぞ。
↓
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?
いやいや、今回の一連の記事でネット検索するだけで、とても勉強になりますた。公正発展党もウンザリでしょうが、そんな下らん政治ニュースを聞かされる国民も悲しいものが有るなぁ・・・。日本人も人の国の事は言えんけど。
>親日なんて幻想に過ぎない
>世界中の国の人間は基本的に自分と家族のこ
>としか考えていない
そうだと思います。
>トルコ人を悪く言うわけではないが
>向こうの人が日本人と同じ民度である可能性
>のほうが少ない
今回の一件を詳しく見た限り、プロパガンダ耐性については普通の日本人もトルコ人も似たようなものではないかと思ったのですが、いかがでしょう?
>裸族殿
>麻生さんの漢字誤読叩きも、ひでぇと思った
>が銅像の馬のチ●ポまでネタにするとは、頭
>イカレとるねー。
国父の権威を利用している分、こちらのほうがはるかに質は悪いです。何だか、さんざんお互いに天皇を利用して自滅していった戦前の日本の議会政治を彷彿とさせますね。
日露戦争で日本が勝った事を喜んでいる国にトルコも入るんじゃないの?
世俗主義は欧化路線ってことで「売国奴」て目で見られ、他方公正発展党は「政教分離に違反してる原理主義者ども」てレッテルが貼られると。
まあ日本基準だとどっちも「ウヨ」認定されそうですが。右派でいっとき流行った親米反米論に近いかなむしろ。
新聞も日本を悪く書いてないしそれで
いいんじゃないかと。