さわやか易

人生も歴史もドラマとして描いております。易の法則とともに考えると現代がかかえる難問題の解決法が見えてきます。(猶興)

「乾為天」(その2)初九、九二

2024-08-10 | さわやか易・講座
「初九、潜龍、用(もち)ふる勿れ。」
修養中の龍である。未だ世に出てはいけない。
(今回から、爻辞に入る。下から、初九、九二、九三、九四、九五、一番上は上九である。)
初九の龍は千年の間、地の底に潜んでいて、徳を養い力を養っているのである。帝王に成ろうとする王子は未だ幼少であり、師匠について学び、道徳の修養に努めている。地下にいる間は陽気がまだ弱く、成長を待たねばならない。
孔子の解説書(象伝)によれば、「龍徳にして、隠るる者なり。世を易(か)へず、名を成さず、世を遯(のが)るれども悶ゆる无く、是とせられざるとも悶ゆる无く、楽しめば則ち之を行ひ、憂(うれ)ふれば則ち之を違(さ)り、確呼として其れ抜く可(べ)からざるは、潜龍なり。」とある。
これを読むと、潜龍は帝王の子とは限らない。世に出る前に学んでいる者も、世に出ても自分の出番がない者、認められず陰に潜んでいる者全てが潜龍と言っても良い。あせらず、腐ることなく、日々を楽しみながら、将来を期すれば良いのだ。
 
「九二、見龍、田(でん)に在り、大人を見るに利(よろ)し。
地上に現れた龍である。大人に接し、よく意見に耳を傾けること。
修養を積んだものの、まだ右も左も解らない。充分に周囲の意見を参考にしなければいけない。特に大人の意見は尊重しなければならない。
孔子の象伝によれば、「龍徳にして正に中なる者なり。庸言(ようげん)之れ信、庸行(ようこう)之れ慎み、邪を閉(ふさ)ぎて其誠を存し、世を善くすれども伐(ほこ)らず、徳博(ひろ)くして化す。」とある。
二の位は中の位だが、九二は陽爻であるので、正しい位置ではない。しかし、「乾為天」という特別な卦であるので、中庸を備えているとなす。庸言、庸行は常の言と行動である。つまり、龍の徳を備え、中庸にいて、常の言動も慎み深い。邪悪を退け、誠を貫く、善政を誇らず、その徳は広く衆人に及ぶ。
未だ身分は低いところにあるものの、流石は龍(皇帝)の嫡男である。将来が楽しみである。