私は仕事で香港を二度訪れています。最初は1990年の初冬でした。夕会食の後でビクトリアピークに登りました。名画「慕情」の名シーンに出て来る丘です。見下ろす街のネオンは色とりどりで華やかでしたが、他と違ってまったく瞬きません。それはすぐ傍に空港があって、ネオンの点滅が飛行の安全に災いするからだそうです。それでも名にしおう100万ドルの夜景は素晴らしく瞼の奥に残っています。
今その香港は大きく揺れ動いています。かつて私が歩いた大通りは若者を中心とする市民デモに埋め尽くされ、それを阻止せんとする警察との衝突が起きました。発端は今年2月に香港行政府が立法会に提出した「逃亡犯条例改定案」です。現在犯罪人引渡協定が結ばれていない中国に対してこれを結ぼうとする条例です。多分これは中国政府の要求によるものでしょう。これが成立すれば中国により犯罪人に仕立て上げられた香港人、香港を訪れた外国人が中国に引き渡される恐れが出てきます。それは2047年まで保証された「一国二制度」の事実上の崩壊を意味します。28年後の香港を、その中核として生きる若者達が危機感を抱いて街頭に繰り出し、それを市民も支持しているのがこのデモの原動力なのです。
香港行政府の後ろには中国政府が居ます。現在香港行政府行政長官への立候補は事実上中国当局の同意が必要で、しかも投票権は親中団体のみに与えられる構造になっています。しかし本来は2017年以降普通選挙が実施される筈だったのです。14年春の全国人民代表大会でこれを変えたのは中国政府でした。そしてその秋の「雨傘革命」はこれに対する若者を中心とした抗議行動でした。雨傘革命は79日で潰えましたが、今回のデモは3月末から既に8か月を超えて続いています。前者は「新たに普通選挙を獲得せんとするもの」だったのに対して後者は「今ある自由を奪われるもの」であり、香港市民にとって危機感がひとしおだったのです。それは先月末の区議会議員選挙で親中派が大敗し民主派が4分の3以上の議席を獲得したことでも分かります。
一方現在中国の新疆ウィグル自治区では数十万人ものイスラム教徒のウィグル人を職業訓練センターと称する強制収容所に入れ、洗脳して従順化しています。人としての尊厳と人権を踏みにじる恐ろしい所業です。目的はウィグル人を「中国化」して分離独立の芽を摘むことです。
これらに対して米国は先月末に「香港人権・民主主義法案」を発効し、今月に入って「ウィグル人権法案」も制定すべく準備しています。世界的枠組みを次々とぶち壊し、一国主義に邁進するトランプ政権に反して、議会に代表される「自由と民主主義」の旗手としての米国市民の力は健在のようです。
そして今私たちも香港市民を応援しなければなりません。さもなくば2047年を待たずして香港の「中国化」を見ることになるでしょう。ウィグル人民の自由と人権も守らねばなりません。それは将来台湾の「中国化」を防ぐことにもつながるのです。
今世紀に入って唯一の経済・軍事超大国だった米国が中国に追い付かれようとしています。やがて並ばれ、抜かれるかも知れません。このところパナマやドミニカ共和国など、台湾と国交を結んでいた国々が次々と断交して中国と国交を結んでいます。彼ら対して中国が提示する経済援助が台湾のそれよりも遥かに大きくなって来たことが原因です。かくして中国が米国に代わって経済・軍事分野で世界をリードするようになるかも知れません。果たしてそれはどんな世界なのでしょうか。
「民主主義」は欠点だらけではありますが、今のところ人々の幸福にとってこれ以上のものはありません。その欠点の最たるものは「方針決定に時間がかかる」ことです。例えば英国のEU離脱問題です。16年6月の国民投票から4年目に入っていますが未だに決まりません。これは離脱派と残留派が拮抗している為です。しかし英国は民主主義の先進国であり、本日の選挙結果を踏まえ、来月には国民にとって最良の結論を出すことでしょう。私自身はEU残留を強く望んでいるのですが…。
これに対して今の中国は共産党独裁体制で人民の自由と人権を制限しています。政府を批判すれば即捕まり、命の保証も無い恐怖社会です。政治の使命の第一は国民を飢えさせないことですが、その点中国は1978年からの改革開放経済政策でかなりの好成績を収めたようです。第二は戦争しないことですが、中国の南シナ海などでの振る舞いを見るにつけ、いざという時は戦争も辞さない構えのように見えます。この二つは俳優菅原文太さんが亡くなる直前の沖縄知事選応援演説での要点でもあります。第三は人民の自由と人権を保障することですが、これに付いては中国政府は全くの零点です。
将来中国が米国を押しのけて世界をリードする時、共産党独裁政治が続き、人民の自由と人権の抑圧が続いていたら一大事です。中国の支援を受ける途上国の多くが同じ政治体制になる可能性があります。それはそこに生きる人々の大きな不幸です。
今私たちは中国を取り巻く香港、台湾、ウィグル自治区の人々が自由と民主主義を獲得出来るよう応援しましょう。中国政府はメディアやインターネットに障壁を立てて自国民に目隠しと耳栓をさせていますが、目隠しにも耳栓にも隙間があります。やがては89年にベルリンの壁が崩壊したように、91年にソ連邦が解体されたように中国の国民によって人権抑圧・独裁政治が倒されることでしょう。世界中の人々が自由と民主主義を享受できる日の到来を一日も早く実現するために、今私たちは大きな声を上げなければならないのです。