鳩山政権の経済運営は予想以上に酷い

2009-11-25 | 政治

ビル・エモット 特別インタビュー第二弾 「鳩山政権の経済運営は予想以上に酷い」
DiamondOnline 2009年11月25日
欧州きっての知日派で『日はまた昇る』の筆者ビル・エモット氏に、鳩山政権の経済運営に関する評価を聞いた。アジア重視の鳩山外交に対する前回の前向きな見解からは一転して、今回は手厳しい批判の言葉が相次いだ。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン副編集長、麻生祐司)

Bill Emmott(ビル・エモット)
1956年8月英国生まれ。オックスフォード大学モードリン・カレッジで政治学、哲学、経済学の優等学位を取得。その後、英国の高級週刊紙「The Economist(エコノミスト)」に入社、東京支局長などを経て、1993年から2006年まで編集長を務めた。在任中に、同紙の部数は50万部から100万部に倍増。1990年の著書『日はまた沈む ジャパン・パワーの限界』(草思社)は、日本のバブル崩壊を予測し、ベストセラーとなった。『日はまた昇る 日本のこれからの15年』(草思社)、『日本の選択』(共著、講談社インターナショナル)、『アジア三国志 中国・インド・日本の大戦略』(日本経済新聞出版社)など著書多数。現在は、フリーの国際ジャーナリストとして活躍中。

―あなたは、総選挙前のインタビューで、自民党から民主党への政権交代を機に、改革のモメンタムが戻ることへの期待を語っていたが、発足から2か月を経た鳩山政権の経済運営に対して、どのような評価を下しているのか。
 率直に言って、変化のモメンタムをうんぬんする以前に、四方八方に発せられるバラバラなシグナルに晒されて、鳩山政権が目指す経済運営の“ディレクション(方向性)”そのものを掴みかねている。
 (10月26日に行われた)鳩山首相の所信表明演説には、既得権益を突き崩し所得の再配分を目指すといった評価できる点は確かにあるが、日本にとって長年の命題であるサービスセクターにおける規制緩和の促進などの具体策はその後いくら待てども出てこない。「まだ2カ月目だから」という言い訳は、目下の厳しい経済状況を考えれば、あまりに悠長すぎるというものだろう。
 しかも、そうこうしているうちに、旧自民党政権の“オールドポリティクス”復活を思わせる出来事が相次いでいる。あくまで現時点での評価だが、日本を長年見てきたアウトサイダーとして、今回は何かが違うと思っていただけに、はっきり言って、残念な展開だ。
―オールドポリティクスを彷彿させる出来事とは具体的に何か。
 たとえば、モラトリアム法案(11月20日に衆院で強行採決された、金融機関に借金の返済猶予を促す「中小企業等金融円滑化法案」)であり、三井住友銀行出身の西川善文氏を事実上更迭し、元大蔵省事務次官の斎藤次郎氏を後任に就けた日本郵政の社長人事に象徴される郵政改革の大転換だ。
 特に後者の郵政民営化は、国際社会からも日本の改革の象徴と見なされていただけに、かくも安易な180度の方向転換はいただけない。英米でも、かつての小泉自民党政権への意趣返しに過ぎないと報じられている。実際、私も、あまりの急転換に唖然とした。とても事前にこの問題について真剣な検討があったとも、先行きについて確固たる成算があるとも思えないからだ。
 民主党の権力中枢からすれば、国民の主たる関心はもはやそこにはないから、国民新党の思いのままに任せても良い(そして反小泉改革的な世の風潮におもねった)ということかもしれないが、不採算の郵便局事業をどのように維持していくのかといった長期的な視点を欠いている。
 公共性を掲げるのはいいが、その維持コストを賄うだけの収入をどう上げるのか。官業のままでは立ち行かなくなるから先手を打って民営化を行い、経営の効率化を図り、新規事業参入の道を開くというシナリオ以上の成算があるのか、あるならば、私も知りたい。
 官業への逆行は、失敗すれば、巨額の国民負担につながるわけで、この転換を既成事実化して、風化させることは、日本のメディアも断じてしてはいけないと思う。
―こと鳩山政権の経済運営については、日本の大手メディアの関心は、事業仕分けに移っている。予算の無駄を洗い出すとするこの取り組みについては、どう評価するか。
 まず、事業仕分けの背後にある「戦後行政の大掃除」という変革方針自体には大賛成だ。鳩山首相は、所信表明演説で、これまでの官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと180度方向転換させることを表明したが、これは正しく日本が必要としていることだ。
 私の知る限り、日本では過去何十年にも渡り、政治のリーダーシップの届かぬところで、各省庁が自在に物事を進めていた印象が強い。したがって、財務省主導の批判はあるとはいえ、少なくとも政治が今まで以上に主体的に関わる形で、税財政の骨格が見直されることには、一定の評価をしたい。
 但し、事業の必要性を見極める際になにより重要なことは、ビジョンであり指導力だ。残念ながら、現在の鳩山内閣からはそれが伝わってこない。何も夢のような成長戦略を提示しろと言っているわけではないが、それにしても、大掃除をした後にどうしたいのかが見えなさすぎる。これでは、事業仕分けが果たして正しく行われるのかどうか不安視されても仕方ないだろう。
 そこへきて、既得権を打破するどころか守るかのごとき郵政改革の大転換の動きだ。これでは、日本の将来を買えと言われても、混乱して、確信は持てない。
―では、具体的にどうすればよいというのか?
 何も難しいことを言っているわけではない。マーケットキャピタリズムにソーシャリズムを加味した経済運営を目指す鳩山首相の所信表明演説の中身そのものは高く評価できるので、後はそこからぶれないことだ。
 具体的には、既得権益を突き崩すこと。その意味で、郵政問題は真逆の対応を取ろうとしている。むしろやるべきことは、公正取引委員会の独占禁止法執行能力の強化とセットで、既得権益化している分野が多いサービスセクターでさらなる規制緩和を進め、内需を活性化させることだ。電力しかり、通信しかりである。
 また、ここ数年言い続けていることだが、保護され恵まれた正社員という労働者グループと劣悪な環境に置かれた非正規社員という未保護労働者グループに分かれてしまっている労働者市場の二層構造を早く解消することだ。これは、社会正義の実現のためであることはもちろん、内需活性化という点からも非常に有効な改革だ。
―あなたは小泉政権下の2006年1月に日本経済の復活を予測した『日はまた昇る』(草思社)を上梓したが、今も日本は復活できると信じているか。
 まず率直に言って、あの題名がやや時期尚早だったことは認める。ただ、『日はまた昇る』の中で私が掲げた日本復活の諸条件は、今でも決して陳腐化していないし、実現不可能なことではない。それは、つい先ほど私が語ったことに他ならない。
 今の日本では、構造改革あるいは改革という言葉は、格差拡大を連想させ、忌避される言葉なのかもしれないが、それは日本にとって不幸な話だ。社会正義の観点から失業者や低賃金労働者に対して安全網をより効果的に整備し、福祉を立て直すことは、規制緩和や撤廃と両立可能だ。そこを誤解している議論が、世界景気の悪化の影響を受け始めた以降の日本には多すぎる気がする。
 民主党政権の現在のマクロ経済運営は、残念ながら、予想以上に酷いと言わざるを得ない。だが、願わくば、それが日本経済の問題の本質を分かったうえでの停滞と混乱であり、やがては打破されるための産みの苦しみであって欲しい。
〈下線は、来栖〉


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