坂下宿
鈴鹿峠のふもとにあるので坂下宿
東海道五十三次の江戸から数えて
48番目
鈴鹿峠超えを控えて
参勤交代の大名などの宿泊が多く
本陣 3軒
脇本陣 1軒
旅籠 48軒
三軒の本陣、今はなんも残ってない!
国道1号線沿いに
転石 ころびいし
山の山頂にあった石が
転げ落ちて来て
夜な夜な、不気味な音を立てて
人々を怖がらせた。
そこを通りかかった
弘法大師が石の供養をしたところ
石は静かになったとの事
江戸時代の名所図鑑にも登場している
との事で、かなり古いお話
筆捨山 ふですてやま
画家の狩野元信が旅の途中で
この山を描こうと、筆をとったが
山の風景が刻々と変わるので、
絵を描く事を諦めて、
筆を投げた捨てたところから
この山の名前がついたとの事。
広重の浮世絵
坂下宿もこの筆捨山を描いたもの
実際には滝はなかったが、
画面の構成を考え、広重がない滝を
描き、加えたそうです。
バス停も筆捨山!
弁天一里塚跡
107番目の一里塚!
1号線沿いにポツリと石標だけ
案内がないと、見過ごしてそうです。
1号線から、右折
旧東海道へ進みます。
坂下宿 街道です。
なんとなく、街道の名残は
ありますが、前日に
関宿の整備され、保存されている
街道を見たばかりなので
なんか、寂しい感じです。
明治に入り、
関西鉄道が開通してから、
宿場は、急速に寂れ
今は、空き家が目立ち、
荒れた茶畑も多く、
限界集落になりつつあるそうです。
歩いていても、崩れ落ちそうなお宅もあり
寂しい感じでした。
なんとか、ならないものかなぁ〜〜
まぁねぇ〜〜
家を修復したところで
そこで、生活が成り立たないと
定住できないと、ゆう事ですよね
鈴鹿馬子唄会館と、ゆう所で
トイレを借りました。
東海道を個人で歩いている方
たくさんいるようですが、
トイレ探し大変だろうなぁ〜〜と
思います。
ツアーだと、
あらかじめ、トイレをお借りする所を
ツアー会社で、抑え
ご挨拶も済んでいるのだと思いますが
トイレの心配なく、歩く事が出来ます。
この、馬子唄会館の出口に
心遣いが・・・
これから、鈴鹿峠を超える人に
まごの杖をどうぞとの事です。
峠を越えた所で、
お返し下さいという事です
同行の皆さんは、
ご自分で、登山用のスティックなどを
準備されている方もおりました。
私は借りようか、どうしようか
迷いました。
杖を持つことが、
かえって、邪魔になる事も
あるしなぁ〜〜と思ったのです。
結局、お借りしました。
ここからは、
杖を持って歩きました。
法安寺
坂下宿本陣の1つ、松屋の門が
ここ、法安寺の玄関として、
移築されています。
現在、坂下に残る唯一の本陣建物の
遺構だそうです。
あまり、昔の物が残されていない宿
なので、大事に保存していってほしいと
思いました。
金蔵院跡 こんぞういん
鈴鹿山護国寺
開かれたのは851年位との事で
かなり古いお寺です。
江戸時代には、上洛途中の
徳川家康や家光が、
休息したそうです。
明治になり、廃寺となり
今はこの、石垣だけが残ってました。
岩屋観音と清滝
東海道中の旅の安全祈願のために
三体の石像が安置されているそうです。
お堂の隣にある清滝と合わせて
清滝観音として、
知られているそうです。
なんか、入り口が狭く
ちょっと、怖い感じでしたが
これから鈴鹿峠を、
安全に超えられるように
お参りしました。
さて、岩屋観音をお参りしたら
いよいよ、鈴鹿峠超えです。