2017年3月1日(水)
今日の新聞で、江戸初期の絵図「江戸始図」発見のニュースがありました。
この江戸城の大天守が向けられた方角を今に教えているのは、皇居の造りがその方角を意識して造ってあるようにも思えますが・・。
ただただ広い敷地にお城を建設するとき、
「お殿様、どちらに向けて造ったらよいのでしょうか」と・・、こんなことを聞いたら怒鳴られそうですねぇ。
皇居を設計した時は、富士山のように思えますが、
家康様は・・・、
「生まれ在所に向けて造れ!」と・・な。
んん~~ん、どうも家康様がお生まれになった岡崎城を向けて造ってあったのではと、・・・上森一級建築士。
ちなみに、岡崎城はマリア様の陵墓に向けて造ってありましたねぇ。
イエス王家の陵墓である岡山の天神山から熊山遺跡、京都御所、そして江戸城大天守は一直線で結ばれていましたね。
そしてそこから、麻賀多神社へもそのラインは伸びていましたねぇ。