ブルーモーメント                                               

チラシの裏にでも書いていればいい日常と考えていることを書いているブログです。

自分の絵の取り組み方は東洋的だったのか

2009-08-24 22:17:14 | 美術・絵画

『世界まる見え!テレビ特捜部』今日の放送で、「こんなに違う!?東洋と西洋」というのをやっていた。

http://www.ntv.co.jp/marumie/onair/090824/090824_04.html

 

>真ん中にトラがいる画像を見てもらうテストを行ったところ、
>アメリカ人は、ほぼ常に真ん中の物、この場合はトラを見ており、
>アジア人は、背景を見る時間が長く、ジャングルとトラを交互に見ていた。
>アジア人は、背景にあるものと真ん中にあるものとの『関係』を見ようとしていたのだ。

 

西洋画の誤報の基本で、「モチーフを詳細かつコントラストを強く描き前に出るようにして、脇役や背景はぼかして後退させるように描く」というのがある。

これは眼の焦点をモチーフに合わせたときの見え方に由来するようですが、これは西洋人の物の見方にかなり関係があるように思われる

 

東洋人的に視点を動かしていけば画面全体に焦点が合ったようになる。風景の空気遠近法のように焦点を合わせてもボケているものならともかく、近景まして室内や静物画なら全体が同じようになりますね。

もっとも東洋画では大胆な省略して余白にしてしまうという技法はありますけど。

 

正直いって、この西洋画の技法は最も受け入れられない考え方でした。ただ基本を学ぶからにはそれをしなければならない。出来るようにならなければならない、と考えてやっていたのです。(最近は別の目的で完全に受け入れられるようになったのですが、それはまた別の機会で)

 

もう一つは、私にとってもっとも重要な画家であるアンリ・マティスがそのような技法を使っていないというの理由でもある。

 

ただ、自分の考え方が東洋的だったのだなぁということをつくづく感じさせられる事柄でありました。

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絵を描く時はポジティブシンキングで

2009-08-23 12:17:40 | 美術・絵画

一昨日の「絵を描く時は楽しい気分で」で書いたように「Oの奴が・・・」という思いが出ること、すなわちアドレナリンやノルアドレナリンを出しながら描くことはまずないのだが、出来ばえに一喜一憂することが多いのがどうもよくない。喜ぶのはいいとしても落ち込むのはよくない。それを気にするほうがもっといけないと言えばそれまでだが。

 

昨日書いたブリジストン美術館に行ったのも、自信が持てない状況が続いたからだが(結果的にはよかった)。

 

落ち込むために絵を描いているわけではない。自分にとっては絵はパートナーであり運を好転させるものであるはずなのだ。

 

一喜一憂するのは目先のことしか考えていない証拠だといっていい。どうであれ結果はなるようにしかならない。だったら常に楽天的に、結果は全て受け入れる覚悟で。全ては向上のための材料と考えよう。絵は人生のパートナーなのだから。

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「うみのいろ うみのかたち」展

2009-08-22 17:18:44 | 美術・絵画

ブリジストン美術館で「うみのいろ うみのかたち」展を観てきました(8月19日)。

 

一言でいえば、これほど行って良かったと思った美術展はない。

 

個人的な事情だが、アートメーターを知って以来、毎日アートメーターの作品を視ていて、自分好みの絵ほど細部が、例えば葉の一枚一枚が、正確に描かれていることにおどろかされていた。

とてもこうは描けない。

 

基本的な絵の技法としては細部まで描く必要はないはずなのだが、毎日視ているとその考えがが間違っているような気さえしてきた。

 

絵が上手くなるようにとあるブレンマシーンイメージトレーニングしているのだが、その最中に、行こうか迷っていた「うみのいろ うみのかたち」展に行く決心がついた。

 

現在海の絵を中心に描いているので、それも少しは関係していたのだが、それ以上に印象は以降のコレクションが常設されているのを観るのが本当の目的だった。

 

そして行って名画を間近で見て、問題は一気に解決した。(本当は半分なのだが、残り半分は今後の発展的課題なので問題なし。本当はあるけど)

 

細部、例えば葉の一枚一枚の形を描いているのはアンリ・ルソーただ一人(アートメーター画家とは描き方が違うが)。

巨匠達はみなグロスで描いている。

 

そして、更なる収穫が。

自分にとって気になっていた、線のブレ・かすれ・継ぎ足し、ふち近くの塗り残し、修正した痕の残りや絵の具の凹凸、現代画ではべた塗りのむらや際の手ブレ・・・。

 

歴史に残る巨匠でもそうなんだ。モネ、ゴッホ、コロー、ミレー、ピサロ、マネ、シスレー、ルノワール、セザンヌ、ボナール、カンディンスキー、日本人画家、そしてピカソまで。

 

誰でもそうなんだ。どうやら自分は人間には出来ないことをやろうとしていたのか(アートメーター画家は出来ているけど)。

 

こんなことを気にするより、残り半分の課題に向かって精進しよう。

 

行って良かった。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibit/index.php?id=76

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絵を描く時は楽しい気分で

2009-08-21 20:11:23 | 美術・絵画

絵についてはブログを始めるときからテーマの一つにしたいと考えていたので、今回カテゴリーに新たに「美術・絵画」を付け加えました。

 

中学校の美術の時間で、O先生が作品をいち早く仕上げた生徒の作品を取り上げ、まだ製作中の他の生徒達のために解説をした。批評も加え。

 

『途中で「Oの奴が・・・」なんて思いながら描いてるんだな』(おれにはお見通しだといった感じで)

 

中学校の美術となると作品を仕上げるには相当な根気と時間を要する。

 

別の機会に先生は「作品はどれもみな簡単には作れないようになっている。それを完成させることでこれからの人生に必要な根気や精神が培われるんだ。」

 

先生独自の解釈もあるとは思われるが、文科省もそれを狙ってカリキュラムを考えているのかもしれない。もっとも文科省の意図とは関係なく、美術作品を仕上げるのはそれなりに大変ではあるが。

 

小学校でも高学年になるほど1作品に要する時間は長くなり、数週間になることは普通だった。だが中学ではそれに加え家に持ち帰って作るのが当たり前になった。

 

それがありがたくなかった。中学校時代は何かと忙しい時期でもある。

 

私は幼少期より絵を始め、小学校までは図工は大好きだった。ところが中学になると美術は苦役に変わってきた。

 

高校では美術を選択せず、長い間美術から遠ざかっていた。

 

 

長い年月を経て絵を再開した。というより始めたと言うほうが正確だろう。

 

今、絵を描くときにもっとも心がけていることは常に楽しい気分で、幸せな気分で描くこと。嫌な思いが出そうになったら一息入れる。

 

それ以前にそのような思い「Oの奴が・・・」という思いが出ないように楽しく幸せに描くように心がけています。

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