古田史学とMe

古代史を古田氏の方法論を援用して解き明かす(かもしれない…)

「シリウス」の「色」についての補足

2016年10月10日 | 古代史

 以前にも書きましたが、「斉藤国治」氏の『星の古記録』という書には、各種の古い記録に「シリウス」についてその色を「赤」と表現する記事があると書かれています。たとえばそこではプトレマイオス(トレミー)の「アルマゲスト」の中で「赤い星」として、「アルクトゥルス」(うしかい座α星)「アルデバラン」(牡牛座α星)「ポルックス」(双子座α星)「アンタレス」(さそり座α星)「ベテルギウス」(オリオン座α星)という現在でも「赤い星」の代表ともいえるこれらの星の同じように「赤い星」として「シリウス」が挙げられていました。またローマの政治家で哲学者の「セネカ」はその著書『自然研究』(『Natural Questions』の中で「…the redness of the Dog Star is deeper, that of Mars milder, that of Jupiter nothing at all…」と記していることがあげられています。(The Loeb classical library No.450)その他挙げられている例では紀元前三世紀に活躍したギリシャの詩人「アラトス」(Aratos)の書いた『Phaenomena』を訳した「ローマ」の政治家「キケロ」(Cicero)や「司令官」であった「ゲルマニクス・カエサル」(Germanicus Caesar)は、「アラトス」が「シリウス」について表現した「poikilos」という語を「with ruddy Light fervidly glows」つまり「燃えるような赤」と表現したり、「シリウス」のことを「vomits flame」つまり「炎を吐き出している」と表現しているとされます。(The Loeb Classical Library No.129)

 さらにこれらの他にも調べてみると以下の例が見つかりました。たとえば紀元前一世紀の古代ギリシャの天文学者の「ゲミノス」(Geminos of Rhodes)はその著書『Introduction to the Phenomena』の中で「dog days of summer」の暑さが「太陽」と「シリウス」が共に出ているからであるという「信仰」について「星は赤くてもそうでなくても明るいなら同じパワーがある」(…whether the stars be fiery, or whether they be merely bright, they all have the same power.…)とコメントしていますが、これは「シリウス」が「赤い」(かつ「明るい」)という事実を前提とした発言と思われます。(二〇〇六年に出されたJames Evans and J. Lennart Berggren.による英訳本、Princeton University Pressを参考にしています)
 これらに加えホメロスの『イリアス』(『Ilias』)にも「シリウス」についての記載があり、そこでは「…この時パラス・アテナは、テュデウスの子ディオメデスに、アカイア全軍中特にめざましい働きを示してその名を挙げさせようと、力と勇気とを授けた。その兜と盾とから炎炎たる火焔を燃え上がらせたが、そのさまは、大洋(オケアノス)に浴みして晩夏の夜空に煌々と輝きわたる星のよう、その星にも似た火焔を頭から肩から燃え上がらせ、大軍の相撃つ戦場の真直中に彼を押しやった。…」(『イリアス』第5歌冒頭)とありますが、この「晩夏の星」というのが「シリウス」であるとされ、そこでは「火焔」という表現がされていますが、これが「赤色」を示す語であるのは当然といえます。(※1)
 さらに「第22歌」の冒頭では、「収穫時に現れる星の如く、輝きながら走ってくるアキレウスを最初に認めたのは老王プリアモス、その星の光は、丑三つ時の夜空に、群がる星の間でも一際鮮やかに目に立って、世に〈オリオンの犬〉の異名で呼ばれるもの、星の中ではもっとも明るく、また凶兆でもあり、惨めな人間どもに猛暑をもたらす。走るアキレウスの胸の上の青銅の武具がその星の如く輝いた。」とあり、ここでは「凶兆」とあり、「猛暑をもたらす」とされるとともに「青銅の武具」と同じ輝きを示したとされます。
 「青銅の武具」は決して「青」や「緑」ではなく「強度」を増すために「錫」の配合を減らしているとすると(槍を跳ね返している事でもそれが相当強い事が解ります)、その場合「黄金色」となりますから、それが「シリウス」の色に表現につながっているとするとここでも「シリウス」は赤かったという事となります。
 また古代ローマの詩人である「ウェルギリウス」(Publius Vergilius Maro)(前七〇年から前十九年)の作とされる『アエネーアス』(『Aeneis』)にもシリウスの色についての表現が見られます。
 「アエネーアスの頭は天辺が燃え立つ。兜の頂から毛飾りが炎を吹き出し、黄金の盾はあふれる火を吐く。それはまさに、澄み渡る夜空で彗星がのろわしい血の赤に輝くとき、あるいはシリウスの炎熱、あの渇きと病をもたらして死すべき人間を苦しめる星が現れて、不吉な光で天を鬱(ふさ)ぐときのよう。」などです。(※3)そこでは「血の赤」と「シリウス」が対比的に表現されており、ここでも「シリウス」が赤かった事が示唆されていますが、それと同時に「渇きと飢えをもたらす」とされていることにも注目です。

「イリアス」の舞台となっているのはギリシア建国の年限とされる「紀元前八世紀」をさらに遡る時期とされ、この年次付近ですでに「シリウス」の色が「赤かった」事を示すと共にそれがさらに「増光」し「シリウス」(焼き焦がすものの意)という命名が(ギリシアにおいて)された時期がその建国時期に相当するらしいことが読み取れると同時にそれ以降灼熱と旱害さらには疫病をもたらす「凶星」として恐れられていたことが窺えるものです。

(※1)ホメロス(松平千秋訳)『イリアス』(一九九二年 岩波文庫)
(※2)ウェルギリウス(小川正廣訳)『牧歌/農耕歌』(二〇〇四年 京都大学学術出版会)(※3)同(岡道男・高橋宏幸訳)『アエネーイス』(二〇〇一年 京都大学学術出版会)「当該部分の英訳」
「… The radiant crest that seem’d in flames to rise,/ And dart diffusive fires around the field,/ And the keen glitt’ring of the golden shield./ Thus threat’ning comets, when by night they rise,/Shoot sanguine streams, and sadden all the skies:/ So Sirius, flashing forth sinister lights,/Pale humankind with plagues and with dry famine frights」
(THE TENTH BOOK)
 ここでは「sanguine」という語が使用されていますが、これが「血の赤い色」を意味するものであり、さらに「sinister」は「不吉」とか「邪悪」とか訳され、それは「シリウス」が熱波と乾燥をもたらすとともに、その色が「血の色」のようであるところからの連想であったと見られるわけです。

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