社会を見て、聞いて、感じる。

人生そのものがフィールドワーク。

3月5日(月)

2012年03月07日 23時43分28秒 | 2012年

  6時半起床。昨日までのバカンス気分と、今日の倦怠感の落差といったら半端ない。雨が降っていることもあって、余計に気が滅入る。

  今日は、一日オフィスで過ごした。事務処理と会議で一日が終わると、何だか損した気分になる。ただ、年度末の事務処理に追われる時期に入ってきているので、これからは今日のような日が増えるだろう。こればかりは仕方ないので、気合いを入れて頑張るしかない。

  19時過ぎに帰宅。夕食は、カボチャやレンコン、人参、大根などを入れた豚汁。カボチャが崩れ、全体的に黄色くなったが、その分甘みが出ていておいしい。また、夕食後には、沖縄で買ってきた紅イモタルトを食べた。沖縄のお土産といえば、これが鉄板だろう。

 


3月4日(日)

2012年03月07日 21時34分18秒 | 2012年

  7時起床。外から優しい風が入ってきて、気持ちの良い目覚め。今日は天気も回復に向かうらしい。

  朝食は、ホテルのバイキング。種類はそれほど多くないが、沖縄らしい品物も多く、特にもずく等の海の幸を入れて目の前で焼いてくれるオムレツが美味しかった。窓からの景色も良く、結局小一時間を朝食に費やした。こういう時間の使い方も、旅行の醍醐味のひとつだろう。

  10時前にホテルをチェックアウト。ホテルを出た瞬間、猛烈に気温が上がっていることに気付く。予報によると、今日の最高気温は28℃らしい。ただ、湿度がそれほど高くないので、気持ちの良い気候である。

  移動中、さとうきび畑を見つけ、車を止める。私の背丈よりはるかに高いさとうきびを前にはしゃいでいたら、危うく滑って畑の中にダイブするところだった。

  最初の観光地は、斎場御嶽(せーふぁうたき)。「御嶽」とは、神様が降臨する聖地という意味で、この斎場御嶽は琉球王国最高の聖地と言われ、世界遺産にも指定されている。聖地と言われるだけあって、敷地内は独特の澄んだ空気に包まれている。特に、三庫理(サングーイ)の奥から見える久高島(「神の島」と呼ばれている)の景色と、三庫理の前に立った時の中から吹いてくる心地よい風が印象に残っている。また、この風は久高島方面から来ているので、心地よさだけでなく、神聖なもののように感じられた。

御門口(ウジョウグチ:参道入口)からの景色。


沖縄戦で砲弾が着弾した後が、そのまま池として残されている。

その池の中には、イモリが何匹もいる。触っても全然逃げず、むしろ寄ってくる。かわいい。


きれいな殻のかたつむりを見つけた。


寄満(ユインチ:世界からの交易品の集まる豊穣の満ち満ちたところ)


周囲には、ガジュマルの木が生い茂っている。

ここも、かつては海底に沈んでいた。両サイドの壁はサンゴ(鍾乳石)で出来ている。

三庫理(サングーイ)この位置に立つと、隙間から吹いてくる優しい風に包まれる。

三庫理の奥からの景色。写真ではとらえられないが、遠くに神の島(久高島)が見える。

  斎場御嶽へ向かう道の途中に、天ぷら専門の出店がある。沖縄では、こういうところで天ぷらを買って食べ歩く文化があるらしい。こっちでいうところのコロッケのような位置づけなのだろうか。せっかくなので、全種類(とはいっても、芋、イカ、グルクン、野菜の4種類しかない)食べてみる。1個40~50円という安さが嬉しい。衣が厚めで、良い意味で柔らかく、揚げたてなのでとてもおいしい。ソースをつけて食べるのが定番らしいが、何もつけないままでも十分おいしく頂くことが出来た。また、テーブルの上に普通に黒糖が置いてあった。濃厚な甘さでおいしかったが、天ぷらと黒糖の組み合わせって、沖縄では普通なのだろうか。

  これまた移動途中に、今度は非常に綺麗な海に惹きつけられ、あざまサンサンビーチに立ち寄る。海開き(3月18日)の直前ということで、ビーチではその準備が進められていた。そして、ここから見る海の綺麗さといったら、本当に言葉では表現できない。おそらく、写真でも100%は伝わらないだろう。こんなに綺麗な海は生まれて初めて見た。

この景色を見て、海岸まで下りてみることにした。


砂浜の砂。


この海の景色は一生忘れないだろう。

  1時間ほど車を運転して那覇空港まで戻り、レンタカーを返却。一旦空港に荷物を預け、モノレールに乗って首里城を目指す。モノレールの窓から見る沖縄の市街地の景色も新鮮で、所要時間の30分があっという間に過ぎて行った。

  最寄の首里駅から首里城までは、歩いて15分ほど掛かる。この頃には気温もグングン上がり、日差しも痛いほどになってくる。もう、完全に真夏の気候だ。久しぶりに本格的な汗をかいた。しかし、途中で通った沖縄芸術大学の門に珍しいシーサーがいたり、綺麗な鳥を間近に見られたり、暑いながらも非常に楽しい散策となった。

  首里城には高校時代の修学旅行でも来ていたが、その当時の記憶はほとんどない。今回改めて行ってみて、その理由がよくわかった。ほとんどが近年復元された建物や石垣なので、それほど歴史を感じないのだ。やけに綺麗な建物の中で展示物を見せられても、インパクトは薄い。

  再びモノレールに乗り、国際通りへ移動する。まずは、昼食。「とぅばらーま」という沖縄料理屋で、「海ぶどう丼」と「ゴーヤーチャンプル」を食べる。やはり、沖縄に来たらゴーヤーを食べないと。

  公設市場の中を一回りしてから、陶器好きの彼女の希望で、陶器店の連なる「壺屋やちむん通り」を歩く。これが、思っていた以上に面白い。様々な色や形の陶器があるので、私のような素人でも、見ているだけで楽しい。結果的には何も買わなかったのだが、ここの散策はおすすめである。

このシーサーが人気No.1らしい。確かに、めちゃくちゃ愛くるしい。


やけに下手に出ている不動産屋さんを発見。

  夏の暑さの中を歩き回ったため、少し休憩。塩の専門店「塩屋(まーすやー)」で、宮古島産の塩を使った「雪塩ソフトクリーム」を食べる。これが、本当においしい。汗をかいた後に食べたこともあって、ちょうどいい塩加減が最高なのだ。その後、「ブルーシール」にも立ち寄り、ダブルヘッダー。こちらでは、紅イモと塩ちんすこうのダブルを注文。塩ちんすこうはほとんどバニラとの違いがわからなかったが、紅イモは新鮮な味だった。この2日間はアイスの消費量がかなり多かったが、やはり沖縄のアイスは全体的にレベルが高い。

  国際通りを県庁前まで歩く。これで、沖縄観光は終了である。本当に、あっという間に時間が過ぎて行った。

  モノレールに乗り、空港へ戻る。お土産を購入し、喫茶店で休憩をしてから、那覇空港19:25発JAL922便に乗り、羽田へ。疲れているので寝てしまうかなと思いきや、最後の時間がもったいなくて結局ずっと起きていた。

  羽田空港到着後、横浜駅までバスに乗り、彼女と別れて家路につく。帰宅は23時過ぎ。あっという間の1泊2日だったが、本当に充実した内容で、彼女と良い思い出ができた。今回は南部しか回っていないので、次は近いうちに北部を回りたい。


3月3日(土)

2012年03月07日 07時31分11秒 | 2012年

  4時50分起床。6時前に家を出て、横浜駅で彼女と待ち合わせ、京急線に乗って羽田空港へ。羽田08:00発のJAL903便に乗り、沖縄那覇空港を目指す。途中、窓の外に雲から頭を出している富士山が見られた。こんな富士山の姿を見るのは初めてなので、しばらく見入ってしまった。

  沖縄に着いて真っ先に感じたのは、とにかく暖かいということである。気温は20℃を軽く超え、半袖一枚でちょうど過ごしやすいぐらいの気候だ。

  レンタカーを借り、観光に出発する。今回は1泊2日なので、南部のみを回る。少し雨が降っているが、それほど気にはならない。まずは、糸満市にある古民家カフェ「真壁ちなー」へ。明治時代に建てられた琉球古民家がそのままカフェになっていて、沖縄戦の際に打ち込まれた弾丸が柱に残っていたり、歴史を感じさせられる。メニューは、セットや単品料理を組み合わせて、定番の沖縄そば、ラフテー、豆腐チャンプル、じゅうしい(炊き込みご飯)などを食べた。どれも美味しい。全体的に味が薄味なので、多少量が多くてもペロッと食べてしまえる。

  お店を出る頃には雨が上がり、少し晴れ間も見えてきた。車に乗って5分ほどで、「ひめゆりの塔」に到着。壕の前で手を合わせてから、併設の「平和祈念資料館」へ入る。私は、高校2年生の修学旅行でここを訪れている。当時は、元ひめゆり学徒隊の方から直接体験談をお聞きし、あまりの衝撃に涙が止まらなかった。今回、もう一度直接お話を聞ければと思って訪問したのだが、生存者による案内は、高齢化等の影響もあり、2004年頃を最後に打ち切られたとのことだった。前回の訪問は2003年だから、その時が直接お話を聞くことの出来るギリギリの時期だったようだ。現在は、代わりに展示内容がリニューアルされ、当時の様子を視覚的に理解しやすいようになっている。また、インタビュー映像や文章によって体験談を見聞きすることも出来る。

  生の声に比べればインパクトは弱いが、それでもここで見聞きする当時の様子は身の毛のよだつほど恐ろしく、凄惨だ。おびただしい数の負傷兵の看病をし、死体を片付け、砲弾の行き交う中を走り回り、動けなくなった仲間を置いて撤退し、動けなくなれば前線に置いて行かれ、最後は手榴弾で自爆したり、砲弾やガス弾、火炎放射器によって死んでいった彼女たちの姿に、現代の私たちは一体何を感じ、それをどのように今後の行動に反映させていかなければならないのだろうか。また、当時の彼女たちと同じような境遇に置かれている人々が、世界を見渡せば現在もいるということを、私たちはどう受け止めなければならないのだろうか。

  次へ行く前に、近くのお土産屋で少し休憩。さとうきびジュースと、さとうきびアイスを食べる。専用の機械で絞るさとうきびジュースはめちゃくちゃ甘いが、後味は案外さっぱりとしていて美味しい。アイスのほうも、さとうきびの味そのままに、和風の上品な甘さになっていた。どちらも、想像していたよりもはるかにクオリティが高い。

  次の予定まで少し余裕があったので、「平和祈念公園」へ立ち寄る。ここへ来ると、沖縄戦でいかに多くの方が亡くなったのかということをまざまざと痛感させられる。数字で「20万人」「県民の4人に1人」と言われてもピンと来ないが、ここへ来て全ての戦没者の名前が刻まれている「平和の礎」の列を見れば、一発だ。当時、数多くの方が身を投げたという崖から見える海はとても綺麗だが、一方で何だか寂しげな景色にも思える。ここに名前が刻まれている全ての戦没者の魂が安らかであらんことを、ただただ祈るばかりである。

  駐車場に戻る途中で売店に立ち寄り、アイスクリームを食べる。おすすめされるがままに、シークワーサーのアイスの上に紅イモソフトクリームという組み合わせに挑戦。どちらも素材の味が濃く、おいしい。また、売店のおじさんがいかにも沖縄といった感じのまったりとした雰囲気の方で、非常に癒された。

  続いては、「ガンガラーの谷」へ。巨大な鍾乳洞の天井部分だけが崩壊して出来た谷で、内部では現在も考古学者による古代人遺跡の発掘作業が行われている。予約制のツアーでしか中に入ることが出来ないが、結論から先に行ってしまうと、絶対におすすめのスポットである。カフェを併設した受付も鍾乳洞の中にあり、最初から何とも神秘的だ。しかも、これらの鍾乳洞は現在も成長を続けているとのこと。下記の写真(2枚目)で小さな突起が出来つつあるが、これだけ小さな突起でも、できるまでには数十年の歳月が掛かるらしい。

  周囲をサンゴの壁に囲まれたこの森では、とにかく自然の生命力に圧倒される。名物の巨大ガジュマルをはじめ、思わず息をのむような景色が広がっている。ガイドさんの解説も非常にわかりやすく、面白いし、勉強になる。そして、ツアーが終わる頃には、自然の生命力が自分の中にも入ってきて、中から力がみなぎってくるような感覚になる。これ以上はうまく言葉で説明できないので、写真に任せよう。

屋根の上の植物は、上から落ちてくる落ち葉の養分で成長しており、土がほとんどない状態でも生きられる。


鍾乳洞の天井部分だけが崩落して出来た谷であるため、周囲はサンゴの岩で囲まれている。


ガスランプを持って、洞窟に入る。

このように、男性器のような鍾乳石が見られることから、この鍾乳洞は「イキガ洞」(イキガ=男性)と呼ばれている。

ガジュマルの木は、「歩く」と言われている。これは迷信ではなく、実際にガジュマルは上から糸のような根を地面に向かって垂れおろし、その根が地面にたどり着くとそこに根を張り、足場を広げている。とてつもなく長い時間が掛かるが、確かに1歩1歩歩いているのだ。


実際に、発掘調査が行われている。この場所では、丁寧に埋葬された人の骨が見つかっている。

  夕食は、糸満市にある居酒屋「魚町屋ぶぶか」で。沖縄でしか食べられなさそうな品物を注文する。どれも特徴的で非常においしかったが、特に「海ぶどう」や「じーまーみー揚げ出し」(地元豆腐)、「生サバ刺し」が印象に残っている。また、デザートで食べた「海ぶどうアイス」も絶品だった。

「海ぶどうポン酢」


「じーまーみー揚げ出し」。お餅のようなトロトロの食感が新鮮だった。


「クチナジのバター焼き」


「グルクンの唐揚げ」


「ヒラヤーチー」。シンプルなチヂミのような食感。


「生サバ刺し」。生だと、一切臭みがない。


「ボンボコの串」(鳥の尻尾)


「マテ貝のバター焼き」


「マルカルポーネ」


「海ぶどうアイス」。塩系のアイスに、海ぶどうのプチプチした食感がよく合う。

  夕食を終え、今日の宿「サザンビーチホテル&リゾート」にチェックイン。スタンダードタイプの部屋を予約していたのだが、デラックスタイプにランクアップしてもらえたため、バス・トイレ別の広い部屋になった。窓を開けると心地よい夜風が舞い込んできて、リゾート気分を満喫することが出来た。